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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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417 公爵家への脅迫状

「――では……今からはマティウス君、と呼ばせてもらうが……。君にはオスカーとヴァネッサの身辺の世話を行うという名目で、試用という形にさせてもらおう。年齢が近いからということと、生活魔法が使えるからということでな」
「分かりました。お二人を護衛します。公爵は護身用にこのバロールをお持ちください。懐に入れておいて頂ければ大丈夫かと」
「おおっ。これはまた面白い魔法生物だな」

 ということで、バロールを公爵に渡す。公爵は受け取ったバロールと視線を合わせて楽しそうにしていた。うん……。オスカー、ヴァネッサの父親なだけあるな。
 公爵にバロールが、俺がオスカー、ヴァネッサの2人の護衛に付くことでカドケウスを自由にできる。レスリーの監視兼護衛であるとか、屋敷内の警戒も可能となるというわけだ。

「お2人に付けていた使い魔には屋敷の中を動いてもらうこともあるかも知れません」
「承知した。では、後は頼んだぞ、クラーク」
「はい。お任せ下さい」

 ドリスコル公爵とクラークの2人を交えて今後の段取りを打ち合わせたところで、応接室での話し合いも終了した。
「では、案内します」

 と、クラークがオスカーとヴァネッサのところまで案内してくれる。

「ありがとうございます」
「事件が事件なので、オスカー様がヴァネッサ様の身を守っております。これはヴァネッサ様の案ですな」

 ……なるほど。襲撃を逆手に取って2人が一ヶ所に固まる理由にしているわけだ。こちらが護衛しやすい状況を作ってくれているのは助かるな。

「クラーク様も、できる限り公爵のお側にいらっしゃるほうが僕としては安心です。襲撃を受けてもあまり無茶はなさらないよう」
「この老体までご心配いただけるとは」

 クラークは相好を崩す。まあ……クラークは有事に主人達を身を挺して守ろうとするようだし、公爵からは距離を取らないとは思うが……その際クラークが自ら盾になろうとする可能性がある。だがそこは俺の仕事なわけだしな。
 絨毯の敷かれた廊下を通り、屋敷の階段を登り……そしてオスカー達の部屋に到着すると、クラークは扉をノックした。

「オスカー様、ヴァネッサ様、以前お話していた使用人を連れて参りました」
「どうぞ」

 部屋の中に声をかけるとすぐにオスカーの返答があった。
 クラークと共に入室すると、そこには壁際に置かれた机を挟んで、向かい合うように座っているオスカーとヴァネッサがいた。俺の姿を認めると立ち上がって一礼する。
 念のため防音の魔法を使っておこう。

「お待たせしました。諸々の準備をしていたら遅くなってしまいました」
「いえ。テオドール様、ですよね?」

 ヴァネッサが尋ねてくる。

「はい。変装の指輪を付けて、今はマティウスということになっています。今の僕は使用人ということで」
「分かりま――いえ、分かったわ。マティウス」

 うむ。貴族と使用人というふうに見せかけないといけないからな。

「では、私めは失礼させていただきます」

 クラークが一礼して部屋を出ていく。カドケウスも一緒に部屋を出て行った。
 まずは屋敷の間取りなど、色々と調べさせてもらうとしよう。

「父との話はどうなりま……えーと。どうなったのかな?」
「色々と段取りを決めてきましたよ。公爵にはバロールを預けてきましたので動向も把握できますし、別行動をしていても守ることができます」

 そうだな……。2人は頭も切れるし色々と説明しておくとして……その間に古城の件を通信機でみんなに連絡をしておくことにしよう。



「……なるほど。そうなると、後はどこで仕掛けるかかしら」

 公爵とのやり取りで決まった段取りを話して聞かせるとヴァネッサは感心したように頷いて思案するような様子を見せる。
 今回は襲撃を待つよりもこちらから仕掛けるのが正しい。より差し迫った事態であるのはレスリーが黒幕である場合だ。だから、それを想定して動いていく。
 先程王城に立ち寄った際にメルヴィン王にも話を通しているし、公爵も協力してくれる。諸々の条件は整っている。

「それはもう決まっています。黒幕の立場が本当であれ偽装であれ、公爵に脅迫状を送付しないと、襲撃の意図を知らしめることができません」
「向こうの計略の性質上、次の手は読めるというわけだね」
「ですね。実行犯は捕まっていますが、別動隊がいないと襲撃の意味が成り立ちません。別動隊がいるということを臭わせるための脅迫状でもあります」

 襲撃を仕掛けた意図をこちらに知らしめるのが目的であるなら、それは絶対だ。襲撃犯は捕まってしまったが、その上で更に企てを進めようとするなら脅迫状を送り付け、別動隊がいる、ということにしなければ話が進まないわけである。

『フォルセト様達が宿に到着しました。ラヴィーネ、エクレール、アンブラム、共に異常無しとのことです』

 と、通信機にグレイスから連絡が入る。アンブラムが自宅に帰って情報を伝えたところ、前衛がもっといたほうがいいと、フォルセトとシオン達が協力を買って出てくれたというわけだ。確かに。彼女達の力は頼りにして良いだけのものはあるだろう。状況が整理できてきて、こちらがどう動くべきかも分かってきたところではあるしな。

『了解。こちらも現時点では異常無し。定時報告以外で状況が動いたら、その都度連絡するよ』

 返信をしてから……後は何か変化があるまで五感リンクに集中し、情報集めと様子見を行っていく。
 オスカーとヴァネッサも、今は待つ時と理解したようで、落ち着かない様子ながらも読書などをして時間を潰すことにしたようだ。
 ……この部屋にも炭酸飲料の魔道具が備え付けられていたりして、2人もそれをカップに注いで飲んでいたりするのは気になるところではあるが。どうやら公爵は余程気に入ったようだな。



 ――そして……次に状況が動いたのは外がすっかり暗くなり、夕飯が済んだ後の頃合いであった。
 オスカーとヴァネッサは気分が優れないので部屋で食事をとるということで、俺も2人と一緒に夕食を済ませ、一息ついた時だ。
 部屋の扉をノックする者がいた。

「クラークでございます。たった今、お屋敷に不審な書状が届きました。旦那様は皆を交えて話をしたいので、お2人にも食堂に来てもらうようにと」

 ……来たか。お互いに顔を合わせ、頷いてから連れ立って部屋を出る。
 庭を見張っている兵士達にも異常は無し。レスリーも動いていない。書状が外から届いたということは、前もって仕込んでいた可能性があるな。
 脅迫状の文面からでも得られる情報はあるだろう。まずは、内容の確認からだな。
 クラークの先導で食堂に辿り着くと、公爵と公爵夫人、レスリー、使用人達数名が集まっていた。夕食はもう片付けられてしまったようで食堂は綺麗なものであた。

「来たか。先程、カーティスを名乗る人物からこのような書状が届けられた。身に覚えがない不審な書状ゆえに、皆に意見を聞きたい」

 と、公爵は便箋をみんなに見えるように掲げてみせる。そこには……カーティスの署名があった。
 ここで……自らカーティスを名乗るのか。では、どうせ偽名であろうとは思うが、黒幕のことは仮称としてカーティスと呼ばせてもらおう。

「何が書かれていたのですか? いや、そもそも、誰が運んできたのです?」

 オスカーが公爵に尋ねる。

「内容はまだ見ていない。運んできたのは公の配達人だな。家人の誕生日を祝いたいので夕食後の頃合いを見て届けるようにという書状も、配達人宛てに添えられていたそうだ」

 ……公爵家に関わる者からのリクエストとあっては、配達人としても言うことを聞かないというわけにもいかないか。

「では……内容を皆の前で読み上げて行くこととしよう」

 手袋をした公爵が丁寧に便箋を取り出すと、それを読みあげていく。

「――夕食後の安息をかき乱すような無礼、許されたし。諸君らは今、どうお過ごしだろうか。襲撃を受けた不安に怯えているのであれば、それは我等の仲間の試みが成功したということだ。それとも、我等の仲間を退けて安心しているのだろうか? だとすればそれは誤りである。今こうして諸君らに書状を送り付けていることからも分かるように、まだ終わりではないのだから」

 公爵はそこで一旦言葉を切り、周囲の顔を見渡す。皆の表情に変化はない。続きが語られるのを待っている、といったところか。公爵が脅迫状の続きを読んでいく。

「……単刀直入にこちらの要求を申し上げる。何、難しいことではない。大公家との和解を取りやめ、旧来通りの関係を維持するよう努めることだ。ヴェルドガル王国の三家の均衡を乱し、新たな関係を作り直す必要などないということだ。この要求が通らないのであれば、公爵家には間を置かず、新たなる災いが降りかかるであろう。――カーティス」

 ……なるほど。襲撃後の状況がどう転んでも意味が通るようにしてある。字体もあの、直線的なもので筆跡が分からないように偽装工作がなされていた。

 そして三家の均衡を崩すなとすることにより、和解反対派の黒幕に、大公家側、王家側に関わりのある人物も候補として加わるように、攪乱をしてきているな。

 西区湾港部で襲撃を行わせたことや、あの実行犯達の質を鑑みるに、実行犯達が捕まることも、そこからある程度の情報が漏れることも想定していたのかも知れない。
 結局あの書状の内容にしても、実行犯が捕まってしまえば遅かれ早かれ魔法審問で明るみに出ていたことではあるだろうし。

 ……通常なら実行犯達が以前起こした揉め事と、釈放のためにどんな働きかけがあったのかなどから情報を追うべきなのだろうが……カーティスの想定している方法で情報を追いかけると、偽の情報を掴まされることさえ有り得る。

 家人達の様子を見ていたが、皆同様の反応といったところだ。オスカーとヴァネッサは脅迫状が来ることを想定していたから腹芸なのだろうが、レスリーも驚いたような表情を浮かべていた。演技なのかそうではないのかは分からない。
 多分、襲撃犯のところから見つけてきた書状をそのまま突き付けてもカーティスの動揺を誘うことはできまい。

 ……つまり、こいつの用意した盤上で戦うべきではないのだ。
 内容に関しては虚実が掴めず、論じるだけ無駄。
 カーティスの想定外の方法で一気に喉元まで詰め寄る必要がある。そして――そのための準備……打ち合わせと根回しは、既にしてある。

「旦那様。ここは陛下からお聞きになった、あの新しい手法が使えるのではありませんかな?」
「ああ。そうだな。後で実験しようと思って用意させておいたのが、こんな場所で役に立つとは思わなかった」

 と、2人がそんなやり取りをかわす。仕込んだ側から言わせてもらうと白々しいが、大貴族とその使用人だけあって腹芸もできるようだ。
 勿論、これも先程応接室で打ち合わせた段取りの上での流れである。
 他の家人が首を傾げる中、クラークは食堂の隣の厨房から、乾燥させた海藻を運んできた。これが……みんなに市場に行って買ってきてもらった物だ。
 クラークはそれをテーブルの上に置くとまた食堂を出ていく。

「海藻……? 何をするつもりかな?」

 脅迫状の話をしていたと思っていたらいきなり話が違う方向に転んで、展開が読めないのだろう。首を傾げるレスリーに、公爵は落ち着いた様子で応じる。 

「まあ――しばらく見ていると良い。書状には決して触れないように」

 出て行ったクラークはすぐにまた戻ってきた。今度はローズマリーの用意してくれたガラス瓶やビーカーなどの実験器具を持っている。

「マティウス。お前は生活魔法が使えるのだったな。手順を教えるからやって見せてくれ」
「は、はい」

 公爵からいきなり指名を受けて、戸惑う振りをしながら前に出る。
 方法としては海藻を燃やし――その灰や灰から煮出した溶液に酸などの薬剤を加えてヨウ素を分離させる、というものだ。
 言うまでもなく霧島景久――前世の知識である。まあ……中学生の時の記憶だな。化学教師が授業の内容を脱線させて行ってくれた内容である。
 公爵は俺の教えた手順をそのまま俺に語って聞かせてくれる。公爵の言う通りに海藻を刻んで灰にし――作業を進めていく。

「立ち昇る蒸気は有毒という話だ。吸わないように気を付けるのだぞ」
「窓を開けましょう」

 と、クラーク。

「風魔法で……閉じ込められると思います」

 如何にも初心者を装い、真剣な表情でたどたどしく詠唱を行いながら、そこから火魔法、風魔法、水魔法などを用いて水分を飛ばし、成分を分離させていく。発生した臭気を閉じ込め、固めて冷やしていけば……ヨウ素の結晶が作られた。

「これで、よいのでしょうか旦那様」
「うむ。この結晶を硝子の筒に入れて火で焙り、立ち昇る蒸気を手紙に当てる」

 すると紙に付着した汗の成分が反応し、指紋に色が着いて検出できるというわけだ。
 立ち昇るヨウ素の蒸気を手紙に当ててやると、手紙のあちこちから指紋がありありと浮かび上がった。

「これは……!」

 レスリーの表情は……変化した。目を丸く見開く。
 そう。指紋を捜査に用いるだとか、紙から指紋が検出できるだとか、この世界では知られていないのだ。
 DNA鑑定を知らなければ犯罪者とて髪などの遺留物を残さないようにするなどの対策が取れないのと同じように、脅迫状に指紋が残ることを知らなければ対策のしようがない。

「確かにこれは驚いたが……。こんなものが証拠になるのかな? 触れた指の痕が分かったから、それが何になると?」

 と、そこでレスリーが指紋の証拠能力そのものに疑問を呈してきた。
 そう。そうなる。新しい方法であるだけに、手法の正しさが証明されていなければ意味がない。だが、そういう話になることは俺の想定の内である。
 公爵は目を閉じて手袋を外すと、ガラス瓶に触れて、指紋を残してから言った。

「こうやって……ガラスなどに触れると痕跡が残るだろう? この渦巻模様は、例え親子であっても1人1人特徴が異なるそうでな。細かく分析していけば誰が何に触れたか分かるのではないかと異界大使殿が陛下に提唱しておられるそうだ。メルヴィン陛下は充分な頭数から採取して調べていけば自ずと正しさが証明できようと、この方法を新しく犯罪捜査に取り入れることに乗り気なのだとか。何せ……このように紙から浮かび上がらせることができるとなれば、応用の幅は広いだろう」

 公爵が語った言葉は……今回の方法で揺さぶりをかけてみてはどうかと提案した時にメルヴィン王が俺に答えた言葉そのままである。王城に戻ってきた時にメルヴィン王に提案して、根回し済みだ。
 手順を進めるのに当たっては、新しい物好きな公爵の性格を利用させてもらったわけだな。俺が出しゃばらなくても話が進められるし。

 指紋の証拠能力の有無の裏付けはまだこれからというわけだが……。それも時間の問題だろう。カーティスからしてみると、これは尻に火が点いた状態だ。
 もっと言ってしまえば、俺にとっては指紋の正しさなど既に論じるまでもないし、犯人の目星――確信に至れる情報があればそれで十分なわけである。

「此度の襲撃を計画した犯人……或いはその協力者は公爵家の中にもいるかも知れん。この紋様を参考に、一致する者を探し出し、これを特定する。捕まった襲撃犯のところにも指示書が来ているのではないかな? こちらも発見されれば同様に指の模様が検出されるだろう」

 公爵が皆の前で宣言する。だから、この脅迫状を処分するだけでは終わらない。

「僕も協力します。潔白が証明されれば疑心暗鬼にならなくて済みますから」
「兄様に同じく」

 と、オスカーとヴァネッサが同調し、自分の指紋を残すようにガラス瓶に触れる。夫人とクラークもそれに続いた。レスリーは……少し離れた場所から動かない。幾分か表情から血の気が失せているように見えた。

 誰であれ、公爵とその子供さえ指紋採取に協力しているのに……拒否する理由は作れない。座して死を待つか、それとも自分のところに辿り着かれる前に動くか。

 レスリーは俯いていた。
 一挙手一投足も見逃さない。特に魔力の動きは。無詠唱による攻撃魔法も、片眼鏡であれば予兆を察知できよう。

「ふ――ふふ……」

 それは……笑い声であった。小さく肩を震わせている。

「レスリー。何がおかしい?」

 公爵が眉をひそめて問う。

「いや、これは驚きだ。異界大使というのは、こんな方法をどうやって見つけたのか。それとも、何かの書物から得たのかな? いずれにしても私の見識もまだまだというわけだ」

 がくがく、とレスリーの頭部だけが不自然に揺らぐ。そして――顔を上げた。ヴァネッサが息を呑んだのが分かった。そこには憎々しげに歪んだ表情が張り付いていたのだ。彼女が見た表情というのは、これか。
 そして、魔力に異常な反応。これは――!?

「下がって!」

 咄嗟に皆の前に出て、大きくシールドを展開する。しかし、レスリーの取った行動はこちらの予想とは違うものだった。大きく後ろに飛んで、大食堂の天井――隅に背中で貼り付く。
 目。その目もその動きも、人間のものではない。山羊の瞳のような、横長の瞳孔が爛々と輝いている。魔人か? いや……それも違う、ような気がする。

「色々と仕込んでいたというのに。それらも役に立たなくなってしまったな。まあ、良いさ。少しずつ同調させて、ようやく自由に動けるようになってきたんだ。こういう力技は興が醒めてしまうが……今ここからでも、夢と現を揺らがせる私にならば、状況をひっくり返せるということを見せてやらねばね」

 ……こいつ。レスリーに憑依しているのか?
 さっき、確かにレスリーの胸のあたりから……人間のものとは思えない得体の知れない魔力が噴き出して、鎖のように四肢に絡みついたのが見えた。

「……何者だ。お前は」

 天井に貼り付いて、笑うレスリーに尋ねる。レスリー……いや、レスリーの身体を借りた何者かは、瞳を爛々と輝かせながら歓喜の表情で言った。

「――夢魔グラズヘイム。ワグナー=ドリスコルの時代には夢潜みの大悪魔とも呼ばれていたよ。これは……ワグナーの子孫への復讐なのだよ、少年」
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