挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
419/1121

404 夕暮れのタームウィルズ

 艦橋にはイルムヒルトの奏でるリュートの音色が響いている。その音色にラヴィーネが欠伸をしたりしている。セラフィナはラヴィーネの背中の上。毛皮に顔を埋めるようにうつ伏せに抱き着いてリラックスしているようだ。編み物をしたり本を読んだり。思い思いに過ごす穏やかな雰囲気でシリウス号は進む。

 街道沿いを北上し――乾燥地帯を抜けて高原へ。そこを更に進んでいけば国境の間に跨る山岳地帯だ。山頂付近には既に雪が積もっていた。

「山が真っ白……」

 と、シオンが眼下の光景を食い入るように見ながら言う。

「標高が高いところは寒くなるからな。これからどんどん気温も下がっていって、さっき通ってきた高原付近も雪が降るんじゃないかな」
「雪……これが……」

 答えると、シグリッタとマルセスカも感心したように頷いて水晶板を覗き込んでいた。
 山岳地帯を抜け、ヴェルドガル側に入って標高が下がってくると、紅葉した景色も増えてくる。高所から見る景色は次々と移り変わっていく。シオン達にとって何時まで見ていても飽きないものらしい。

 紅葉した山々を抜けて平野を更に北上していけばデボニス大公の領地に至る。
 大公には書状を書いてもらったりと今回の旅では世話になっているし、無事に戻ったことや、書状については礼を言わなければならないだろう。
 バハルザードとの関係や今回の旅の顛末など色々と話をしておくべきこともあるので、大公の城へ立ち寄って挨拶をしていくことにした。

「デボニス大公には色々とお世話になっています。私もご挨拶をしたく存じます」

 エルハーム姫が言う。

「殿下はデボニス大公と面識がおありなのですか?」
「いいえ。しかし書状での挨拶なら何度か行っております。私達や遊牧民達との交易も積極的に行って下さいますし……バハルザードにとってはやはり恩人と呼べるお方ですね」

 ……なるほど。混乱に乗じるような真似をしなかっただけでもバハルザード側としては有り難いわけだ。
 対外政策としてもメルヴィン王とデボニス大公の意向はそう大きくは乖離していない。デボニス大公がファリード王達と繋がりを持つということは、先王やカハール達よりファリード王達を支持するとヴェルドガルが言っているに等しい。それはファリード王の求心力を増強する結果にも繋がっていただろう。

 やがてデボニス大公の領地が見えてくる。外壁にいる兵士達に挨拶をし、領地の中へと進む。デボニス大公の居城は水路に囲まれた、壁面に蔦の這う古城……という雰囲気であるが、その蔦も赤く色付いていて、何とも趣のあるものとなっていた。

「綺麗なお城ね……。後で絵にしなくちゃ……」

 それを見たシグリッタが目を細める。シグリッタは動物も描くが風景画も描くらしい。もっとも、風景画は単なる趣味でしかないようだが。

「後からで描ける?」
「私の場合、見たものをあんまり忘れない性質だから……」

 シーラの質問にシグリッタが答える。なるほど。映像記憶という奴か。後で絵を描く時に色々便利なのかも知れない。

 さて。前回来た時と同じように円筒形の競技場にシリウス号を停泊させ、居城へ向かうとしよう。



「おお、皆様! ご無事で何よりです!」

 城へ向かうと、俺達を出迎えてくれたのはデボニス大公ではなく、長男夫妻であるフィリップとエレノアであった。マルレーンが嬉しそうにスカートの裾を摘まんで挨拶をすると、夫妻は微笑ましい物を見るような、柔らかい笑みを浮かべる。

「バハルザードより戻って参りました。デボニス大公にお礼と挨拶をと思い、立ち寄った次第です」

 ステファニア姫がそう言って一礼する。

「これはステファニア殿下。ご丁寧に。しかし、申し訳ありません。父は今現在、タームウィルズを訪れていて不在なのです」

 と、フィリップは申し訳なさそうに言う。

「となると、次の春まではタームウィルズに?」
「いえ。用が済めば戻ってくるとのことです」
「そうでしたか。では、どこかで入れ違いになってもいけませんし、今回の旅についての報告や書状についてのお礼をお伝えしておこうかと」
「分かりました。もし父が入れ違いに戻ってくるようでしたら、しかと報告しておきましょう。どうぞ、こちらへ」

 と、フィリップは城の奥の貴賓室へと案内してくれる。
 ……ふむ。まあ、入れ違いにならないよう通信機でアルフレッドに連絡はしておこう。こちらが帰途にあることと、デボニス大公を訪ねたが不在であったことなどを連絡する。

「お初にお目にかかります、フィリップ様。バハルザード王家より父、ファリード陛下の名代として参りました、エルハーム=バハルザードと申します」
「おお。お噂はかねがね」

 貴賓室に通されてお茶が出たところでエルハーム姫が自己紹介をすると、フィリップ達も相好を崩して自己紹介を返していた。フォルセト達もそれに続いてフィリップに挨拶をする。

「デボニス大公に(したた)めていただいた書状についてのお礼を言わせて下さい。カハール達の手勢がエルハーム殿下を襲撃しようとしていたので助勢に入ったのですが……信用を得るためにいただいた書状がとても頼りになりました」

 と、皆の自己紹介が終わったところで、俺からも礼を言って頭を下げる。

「それは何よりです。しかし……バハルザード領内について早々カハール絡みの騒動とは。南の旅は中々波乱含みだったようですな」
「かも知れません」

 苦笑を返し、それからフィリップに南方の状況を伝える。
 教祖や幹部、戦士階級をごっそりと失ったデュオベリス教団の活動が下火になっていること、聖地には教団が勢力を盛り返すような脅威が存在しないこと、カハール達が残党と共に捕縛されたことや、ブルト族やバハルザード王家との関係等々といった内容だ。

「……なるほど。エルハーム殿下もお出でになったのであれば、今後とも両国の関係は安泰でしょうな。ブルト族やバハルザード王国との交易や交流もますます盛んになるというもの。いや、春が今から楽しみです」

 と、フィリップは嬉しそうな様子だ。

「この後は皆様どうなさるご予定ですか?」

 エレノアが尋ねてくる。

「そうですね。シリウス号の速度から言えば、タームウィルズにも今日中に帰れるかとは思うのですが……」
「それはまた、素晴らしいものですな。父がタームウィルズにいることや、陛下への報告を考えると、帰途は早めのほうが良いでしょうが……ふむ。皆様はもう昼食はお済みなのですか?」
「いえ。まだです」
「では、せめて昼食をどうぞ。父は不在ではありますが、歓待せずにお帰しするわけにも参りません」
「ありがとうございます。ご相伴に与らせていただきます」



 そうして、討魔騎士団共々デボニス大公の領地で遅めの昼食をとってからタームウィルズへの帰路についた。
 アルフレッドからはデボニス大公が現在タームウィルズに滞在中であると返信があった。
俺達の帰還についても大公に連絡しておくとのこと。うむ。これで入れ違いになるということはあるまい。

「では、船を出すぞ」

 人員の点呼などが終わったところでジークムント老が言う。ゆっくりとシリウス号が動き出し、外壁を出たところで段々と速度を上げて――川沿いの街道を更に北上していく。
 夕方ぐらいにはタームウィルズに到着するだろうか。そのあたりのことはアルフレッドに連絡しておくのが良いかも知れない。

 北上するに従い植生も俺の見慣れたものになっていくが、山の上のほうなどはもう紅葉も終わってしまって、冬の気配を感じるものになっていた。その景色を見てフォルセトが言う。

「シリウス号の中は過ごしやすいですが、ヴェルドガルは寒いのですね。ハルバロニスは一年を通してそれほど温度も変わらないので余計そう感じるのかと思いますが」

 うん……。フォルセト達は地下都市と熱帯雨林、それに周辺の砂漠ぐらいしか外界を知らないはずだからな。俺達にとっても結構気温の差を感じるのだから彼女達にとってはかなり違うのだろう。

「確かに……向こうから帰ってくると肌寒く感じますね」

 グレイスが頷く。

「タームウィルズに着いたら、冬用の衣類を買いに行くのが良いかも知れないわね」
「そうですね、みんなで買い物に出かけるのが良いのかも知れません」

 ローズマリーが少し思案するように言うと、アシュレイも笑みを浮かべた。
 フォルセト達もハルバロニスから出る際に身の周りの物を持って来ているようだが、冬服の用意は最初からないだろうしな。
 エルハーム姫――バハルザードに関しては、季節によって夜間は結構冷えるようなので寒さに対する備えもあるようだが。

「ラムリヤは……寒さは大丈夫なのかしら?」

 クラウディアがエルハーム姫の肩に乗っているラムリヤに尋ねる。問われたラムリヤは首を縦に振った。
 トビネズミは乾燥地帯から砂漠に生息すると聞くが……。まあ、そのあたりは流石魔法生物というところか。
 タームウィルズに到着してからあれを買いに行くだとか、何が必要だとかいった話をしながらシリウス号は進んでいく。
 やがて日が暮れてきた頃になって――小高い山を越えると、夕焼けの色に染まった王城セオレムが突然視界に飛び込んでくる。

「凄い……」

 フォルセトが水晶板を見てその光景に目を丸くする。エルハーム姫やシオン達も同様だ。言葉も無いといった様子で、眼前に広がる光景に圧倒され、目を奪われていた。
 王城セオレムもだが……その後ろに広がる大海原もバハルザード首都近辺やハルバロニスにはないものだからな。

「ようこそ、タームウィルズへ」

 ステファニア姫が笑みを浮かべる。
 そうして、シリウス号は西区にある造船所を目指してゆっくりと進んでいくのであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ