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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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396 ハルバロニスの食卓

 シオン達に案内されて塔の上階にある部屋へと通される。
 ……何となくだがタームウィルズの王城セオレムに似た建築様式かも知れない。
 どちらも月由来だと考えると納得できる部分もあるが……砂漠の街マスマドルの領主の館で見たような内装、絨毯を敷いてその上で寛げる作りなど、ナハルビアの影響も見られるな。
 とは言え、ハルバロニス内の気温は熱くも寒くもなく、快適な温度に保たれているようだ。

「この部屋や隣の部屋を自由に使って下さい。町や塔への出入りは自由なので、希望するなら案内もします。僕達は向かいの部屋にいますから」
「ありがとう」

 シオンの言葉に頷く。

「あれは何の施設ですか? 何かの作物を作っているのですよね?」

 アシュレイが塔の窓から街並みを一望して、シグリッタに尋ねた。

「あれは……水田……よ。外だと育ちにくいから、中で稲を育てているの」
「……稲?」

 ……何やら気になることを言ったが。
 俺も窓際に行って町を見下ろしてみると確かに遠くに水田が広がっていた。既に収穫された後のようだが……。町に入ってきた時には、塔の陰になっていて見れなかった場所だな。地下ではあるが、魔法の光が降り注いでいて、それで作物を育てられるというわけだ。

 水田の向こうは地下水脈の一角を壁で囲ってあり……そこでは魚を養殖しているのかも知れない。ハルバロニスの住人が魚を魚籠(びく)に網で移しているのが見えた。
 足りないものは上の森から狩りや採取などで調達。ハルバロニスと結界内部で完全に自給自足が可能な環境を整えているのだろう。

「お米って言ってね。炊くと美味しいの。沢山収穫できて、保存もできるんだよ」

 と、マルセスカが明るい笑顔を見せながら言う。

「月の王様の慈悲、だそうです。地上に追放した時に、いくつかの作物の種も預けてくれたとか」
「ハルバロニスは水が豊富だから……ああやって稲を育てているのよ」
「……ああやって水を張って育てるのね」

 と、クラウディアが稲を見ながら頷く。

「クラウディアは食べたことがあるの?」

 尋ねると、クラウディアは首を横に振る。

「魔力嵐が起こる前に地上から送られて来て、育て方を調べていると言っていたけれど」

 なるほど……。地上を支配していた月ならば、色々な地域から作物を集められるか。クラウディアが地上に降りて以後は交流が途絶えていたわけだから、当然魔力嵐の大災害以前に月に持ち込まれたもの、ということになる。
 それにしても、追放されながらも月の王家への恩義を忘れていない様子なのは、食べ物関係で恩情を残してくれたからという面もあるのかも知れない。

「……興味があるわね。森に生えている有用な植物や食べ物も持ち帰りたいと思っているのだけれど」
「それならお手伝いします。んー。稲の種籾も……多分持ち帰れるかな?」

 ローズマリーの言葉に、シオンが頷いた。
 うむ……。元々森で採取などをしていたシオン達の協力があれば色々と捗りそうだ。
 稲を持ち帰れるというのもそうだが、俺としては今日の夕食も楽しみになった。後は稲の種類が気になるところだ。個人的にはジャポニカ米に類似した品種だと嬉しいのだが。



「――というわけで、今日はハルバロニスに宿泊できます」

 夕食まではまだ間があったので、一度シリウス号に顔を出してエリオット達と連絡と相談をしておくことにした。

「分かりました。半舷休憩ということでマスマドルの時とは順番を入れ替えて宿泊ということにしましょうか」
「そうですね」
「シオン! すごいモグラがいたよ! 石食べてた!」
「……大きなモグラよ。ヒポグリフや飛竜もいた。後で絵に描かなくちゃ」

 エリオットと話をしていると、シリウス号の中を見て回っていたマルセスカとシグリッタがシーラやイルムヒルトと共に艦橋に入ってきた。エリオットとのやり取りを聞いていたシオンは2人の様子に小さく首を振る。

「2人とも……。遊びに来たわけじゃないんだからね」

 ふむ。2人は割と奔放で真面目なシオンがまとめ役という感じか。普段はシオンが苦労しているのかも知れない。
 ハルバロニスから出入りするのに見張りに話を通す必要があるのでシオン達にも同行してもらったのだ。シリウス号に案内したのもマルセスカが興味がありそうだったので一緒に来てもらった形だ。
 町の案内や森での採集でもお世話になるので、こちらからも良好な関係を築いておきたいところはあるし。

「シオンも一緒に見てくるといいよ。連絡は終わったし」
「本当ですか?」

 と、嬉しそうな表情をするシオン。本当は彼女も船内探検に加わりたかったわけだ。性格的には、何となくシャルロッテに似ている気がする。

「……後で、あのモグラや飛竜達を模写させて欲しいわ。実物を見ながらだと、絵も強くなるの。魔法陣の中で絵を描く必要があるから、ハルバロニスに来てもらう必要があるけど」

 シグリッタがそんなことを言ってくる。

「んー。それは構わないけど。フォルセトさん達の許可をもらってからが良いんじゃないかな?」
「分かったわ」
「じゃあ、折角艦橋に来たし、次は炭酸水を」

 と、イルムヒルトがどこか楽しそうな口調で船内設備の紹介をしていく。孤児院出身ということもあり、イルムヒルトはシオン達の相手が楽しいのかも知れない。

「んん……何か口の中で弾けてる」
「あははっ。何これ」
「面白い……わ」

 炭酸水を口にして声をあげるシオン達である。その光景をにこにこと見ているマルレーンとセラフィナ。
 シオン達の反応に同調するように目を閉じて頷いているステファニア姫、アドリアーナ姫とアウリアの3人は……まあ、いつものこととして。
 楽しんでもらえているなら何よりだ。カードであるとか炭酸水のサーバーはハルバロニスとの友好の印ということで寄贈するのも良いかも知れないな。

「それにしても……旧都やハルバロニスとの行き来も簡単になると安心なのですが。マスマドルからだと少し距離がありますから」

 シオン達の様子に微笑んでいたグレイスが顔を戻してそう言うと、エルハーム姫が頷く。

「旧都については、フォルセト様達の意見を聞いた上で父上と相談してみます。現在の迷いの森における魔人の脅威が少ないことを考えると、ナハルビア旧都も積極的に復興させて行くべきなのではないかと思いますから。月神殿に神官と巫女を派遣することも検討しましょう」
「となると、前もって旧都の神殿跡に足を運んでおけば手間が省けるわね。信仰の力が蘇った時点で機能するようになると思うわ。ハルバロニスは……そうね。彼らはまだ王族を敬ってくれているようだし、転移門を繋ぐのは難しいことではないと思う。このことも、後で相談しないといけないわね」

 ふむ。話がまとまればナハルビア旧都とハルバロニスにも直接来られるようになるか。



 そして……その日の夜。塔の上階にある食堂に用意してもらった夕食は、俺としては中々嬉しいものになった。

「なんだか、少しだけ甘い」
「粘り気があるのに、口の中で解ける感じですね」

 白米を口にしたシーラとグレイスがそんな感想を述べる。
 俺も米を口に運んで味わってみるが……。うん。品種としてはかなりジャポニカ米に近いものだ。テオドールとしては初めて食べるものなのだが、景久の記憶としては懐かしい味わいというか食感というか。
 野生種に近い稲というのは食べたことがないが、月かハルバロニスで品種改良も進んだのかも知れないな。これはやはり、是非種籾を分けてもらいたいところである。

 他に食卓に並んだものとしては焼いた白身魚や森で見かけたヤシガニのような生物の切り身を入れて煮込むことで出汁を取ったスープ等だった。
 主食が米になったからか、魚料理やスープの味付けも米に合うように作られているような気がするな。

「これは美味しいですね」
「皆様のお口に合ったのなら幸いです」

 俺が感想を口にするとフォルセトが微笑みを浮かべる。
 和やかに夕食は進み、そして食事が一段落したところでフォルセトがシオン達に言った。

「先程の話の続きですが……みんなで話し合った結果、皆はシオン達に外を見て来てもらうのも良いだろうという方向で纏まっています」
「本当ですか!?」

 と、シオンが表情を明るくする。

「ええ。ですが、あまり無茶はしないように。相手が魔人であるということを忘れてはいけませんよ」
「はい! フォルセト様!」

 シオン達は手を取り合って喜んでいる。

「フォルセト様にはいくつかご相談したいことが……」
「はい」

 あちらの話も纏まったところでエルハーム姫がフォルセトに切り出す。シリウス号の中で話したことなどをフォルセトに話して聞かせる。

「――ナハルビア旧都の復興と、転移門の設置、ですか」
「上手くすれば、記憶消去の魔法薬の原材料も迷宮で入手が可能かと」

 と、転移門の設置を後押しするためか、ローズマリーがそんなことを言う。

「なるほど。確かにその可能性はありますね。いずれも私1人の一存では決めにくい部類ですが……また古老達と相談しなければいけませんね」

 フォルセトは静かに頷く。

「後は、モグラかな。大きいの」

 マルセスカが言うと、シグリッタも頷く。

「モグラ? 何の話ですか?」
「船の中にいたんです。ステファニア殿下の使い魔というお話でした」
「……絵を描きたいから、ハルバロニスに呼んでもいい?」
「ああ。そういうことですか。そちらについては構いませんよ。町の皆にも、話を通しておきましょう」

 と、フォルセトはシオン達の言葉を理解したのか、苦笑して頷くのであった。
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