挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
41/1120

38 生まれた理由、生きる理由

「……おはよう、グレイス」
「はい。おはようございます」
「……っ。お、おはようございます」
「うん、アシュレイもおはよう」

 目を覚ますとグレイスが微笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んでいた。
 俺達の声で目を覚ましたのだろう。アシュレイは自分がどんな体勢で寝ているのかに気付いたらしく、目を丸くして上体を起こした。

「すみません……」

 肩を小さくしているアシュレイに苦笑する。

「いいよ。よく眠れた?」
「……はい」

 外の警戒に当たっていたカドケウスが戻ってくる。
 カーディフ伯爵家の事が片付いたとはいえ、まだ残党が残っていないとも限らない。しばらくの間はカドケウスの夜間警備は続けていく予定だ。

「カドケウスの方はテオにお任せしますね。朝食を作ってきます」
「グレイス様、私もお手伝いします」

 グレイスの後を追って、アシュレイが台所の方に走って行った。
 今日の朝食を何にするかとか、割合楽しそうな声が聞こえてくる。
 グレイスも……ガートナーの屋敷にいた頃より柔らかい表情をしている時間が増えた気がするな。



「おはよう、テオドール」
「うん。おはよう」

 馬車で冒険者ギルドの近くの広場まで行った所で、シーラと合流した。
 朝の挨拶もそこそこに4人連れ立ってギルドへと向かう。イルムヒルトの容態が良くなっていれば話を聞く事が出来るだろう。
 馬車を厩舎に預けてギルドに入ると、ヘザーはいつも通りカウンターで書類の整理などしていた。 
 こちらに気付いたヘザーにも朝の挨拶をしてから魔物達の事を尋ねてみると小さく頷く。

「解りました。こちらへどうぞ。ところでそちらの方は?」
「あー。何と言いますかね。パーティーメンバーに加わってもらうかどうか、検討している最中の方ですね」

 まあパーティーメンバーに加わるかどうか、なんて話はシーラとは全くしていないけれど。
 これきり同行しなくて、或いは今後一緒に顔を出しても問題なさそうな曖昧な返答をしておく事にした。

「シーラという。その場合冒険者登録するからよろしくお願いする」
「そうですか。私はヘザーと言います。よろしくお願いします。シーラさん」

 ヘザーは特に気にした様子もなく頷いて、俺達をギルドの奥の部屋に案内してくれた。彼女の話によると、怪我人を収容する設備、だそうな。
 出来る事ならあまりお世話になりたくない部屋ではあるな。部屋に近付くと、中から歌声が聞こえてきた。
 ……歌に魔力が乗っている。歌詞と音程によっては容易に呪歌になるものだろうが……何故だかその辺の子供に広く歌われているわらべ歌だ。ハーピーとセイレーンの混声合唱とか……色々有り得ないな。

 ノックをすると歌声が止む。 
 室内に入るとこちらに彼女達の視線が集まった。そこには3人の――というべきか。女型の魔物達が寝台の上に寝かされて大人しくしていた。前カドケウスの情報で見た者達だ。

 3人が3人とも変化の術を使っているらしく、人間の姿にとても近い姿を取ってはいるが、ハーピーは袖の所から羽毛が覗いているし、セイレーンは耳が魚のヒレのような形状をしている。
 となると、ぱっと見で全く人間と見分けがつかないのがラミアのイルムヒルトと言う事になるだろうか。

「えーっと。初めまして、ですかね。テオドール=ガートナーです」

 ここに来たのは彼女達が礼を言いたいから、と言う事だったはずだ。

「おおっ。子供だ。人間の子供だ」
「これが私達を助けてくれた人間?」
「あらあら、これはご丁寧にどうも。私イルムヒルトです」

 ハーピーとセイレーンは顔を見合わせた後、まじまじとこちらを見つめて来て、イルムヒルトはと言えば笑みを浮かべて小首を傾げる。まあ……反応からしても人間社会に慣れているというのが一目瞭然で解りやすい。
 イルムヒルトは終始目を細めてニコニコとしていて、何やら随分とおっとりした雰囲気だ。はっきり言えばラミアらしくないというか、そもそも魔物らしくない。さっきのわらべ歌を2人に教えたのはイルムヒルトだな、多分だが。

「ふふ。代表してお礼を言いますね。テオドール君」
「いえ。自分の為でもありましたので。ええと、こちらがグレイスとアシュレイです」

 お互いに自己紹介する。ハーピーはドミニク、セイレーンはユスティアというそうだ。それぞれ雀斑のある子供っぽい方がハーピーで、切れ長の目で泣きぼくろがある美女がセイレーンだ。

 ……シーラがやや落ち着かない様子だ。どこか所在なさげにうろうろしている。

「ヘザーさんはまだ仕事の途中だったのでは? こちらは大丈夫ですので」
「そうですか? まあテオドールさんなら滅多な事はないでしょうから、ここはお任せしますが」

 ヘザーに言うと小さく首を傾げたが、彼女は部屋を出て行った。
 盗賊ギルドで技術を身に着けて冒険者として身を立てているという人種は意外と多いようなので別にこちらとしては何も後ろ暗い事も無いのだが、シーラが人目を気にしているようだったので。
 俺の身の周りの人物が誘拐事件の情報提供者だと言う事を、副長オズワルドは知っている。その人物が盗賊ギルド所属と言う事も薄々解っている節があった。

 だから余りシーラが誘拐事件の関係者と近しい立場というのは、ギルド職員の前では見せない方が良いだろう。冒険者ギルドの方が慮ってくれても、盗賊ギルド側はその辺厳密かも知れないし、建前は必要なのだ。

「イルムヒルト、大丈夫だった?」
「ええ。ギルドの人が兎を差し入れに持って来てくれたの。シーラちゃんこそ、今日はちゃんと正面から入って来たのね」
「テオドールが助けてくれた」

 シーラとイルムヒルトがお互いの無事を喜びあっているようなので、彼女から話を聞くのはとりあえず後回しにしてドミニクとユスティアに話を聞いて見る。

「お二人は、ここに来る前はどこに?」
「どこって言われてもなぁ。生まれ故郷を人間がなんて呼んでるかなんて知らないし、訳も解らない内に魔法で引っ張り込まれて牢に入れられたからな」
「私も。いきなり魔人に捕まっちゃったのよね」
「生まれた場所から、いきなり境界都市内部に連れてこられたと?」
「そうなるね」

 ……魔人リネットの研究成果、か。都市外部からの強制召喚と言う事になるのだろうが、結界があるから都市内部での召喚魔法には色々制限が掛かるはずだ。
 契約をしている魔物の召喚ならともかく、野良の魔物は都市内部に立ち入れないはずだし、そもそもの話をするなら魔人が都市内部にいる事そのものがおかしい。そう言った結界は、まず魔人の排除を念頭に置いて張り巡らされるものなのだ。
 つまり、リネットはどうやってか結界を掻い潜って入ってきたわけだ。今頃神殿でも王城でも、お偉いさんが頭を抱えている事だろう。

 そうすると彼女達の立場は案外安泰かも知れない。シーラにとっては良いニュースではあるだろう。
 魔人と多少接点のあった貴重な証人でもあるが、割と友好的で協力的な魔物である以上は冒険者ギルドと、そこに所属する冒険者達の心証を損なってまで無碍に扱う道理はない。
 人間に捕まったから不信感が無いかと思ったが、どうも彼女達の認識としては魔人に捕まった、という物のようで。

「イルムヒルトさんは?」
「私は迷宮で生まれた魔物なの。元々境界都市に住んでいたのよ」

 まあ……それはシーラから聞いていた通りだが。

「迷宮で暮らしていた時のお話をお聞きしても?」
「んー。お話するのはいいけど、そんなお話に興味があるの?」

 イルムヒルトは自身の唇に指を当てて首を傾げる。

「ええ。迷宮の魔物は普通と違うし、気になりますね」

 例えば俺がここにいる理由だって境界迷宮にあるかも知れない。
 異界に繋がると言われる迷宮。なら――地球と、異世界の境界だってあってもおかしくはない。
 でもまあ出生や出自の秘密なんて、解らなければ解らないで構わないのだけれど。
 こうして生きている以上は、何をするにしたって死ぬまで生きなきゃならない。己の出自の理由なんて俺みたいな奴に限らず、どれほどの人間が把握しているというのか。

 BFOで景久はテオドールの出自を色々設定はしたけれど……母が魔人と戦ったとか、そんな情報までは設定していないのだから。俺の人生は俺の物。母の人生は母の物だ。

「……私もね、それが知りたいの」

 イルムヒルトは笑顔のままであったが、どこか困ったような色がそこに混じる。迷宮の奥に戻れなくなったとか、スネークバイトに地図作成の依頼で会っていた、とか言ったっけ。
 その理由は――生まれ故郷に戻る為か、生まれた理由を知る為か。

「迷宮の中でみんなと一緒にいたのは――おぼろげに覚えてる。迷宮の中に集落みたいなものを作って、暮らしてたの」
「集落――ですか」

 どう考えても……知らない区画だな。友好的魔物のたまり場、とか?

「でも何て言えば良いのかしら。あの頃の事は夢を見ていたような……私もみんなも、決められた事を決められた通りに送る生活だったわ」

 決められた事を決められた通りに、か。
 他の敵対的な魔物も、迷宮に侵入してくる異物を排除する抗体のような役割を担っているような印象があるので、彼女達の集落にもNPCの村のようなイメージを抱いてしまうが。

「迷宮にいた時はずっと心地よくて、お腹も空かなくて。不安なんて何もなかったけどね」
「それが、どうして外に?」
「過程は……よく覚えてないの。でも気が付いたら外にいて。その瞬間、初めて世界に色が付いたような気がするわ。その代わり、私は迷宮から拒絶されてしまったのね」

 ……迷宮側が使役し、支配していたと見るべきなんだろうな。
 そんな風に独白するイルムヒルトは、とてもではないが作り物のようには見えないから。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ