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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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385 冒険者達の噂話

 ――明くる日。朝食をとってからすぐに街へ繰り出した。
 日中気温が上がる前に用件を済ませてしまうのが良いだろうというわけだ。到着した月神殿には、やはり水の精霊王の祭祀場が隣に作られている。

「やはりこのあたりは水の精霊王を熱心に祀っているのね」

 ローズマリーが言うと、案内役であったファティマが答える。

「泉や川が無ければバハルザードの暮らしは成り立ちません。南西部は特にそうです」
「そうね。砂漠か……。やっぱり自分の目で見なければ分からないことも多いわね」

 ファティマの言葉にローズマリーは静かに頷く。

「では、始めましょう。契約魔法だから、問題がありそうだと判断したら断ってもらって構わないわ」
「はい」

 クラウディアは早速作業に取り掛かる。ファティマが許可を出している限りは転移が可能となるという、契約魔法を絡めた術式だ。
 月神殿の敷地に立ったクラウディアが、ファティマの手を取りいくつか言葉を交わす。
 ファティマはクラウディアからの言葉……契約内容に対して考えながら受け答えしているようであった。やがて契約が成立したのか足元から魔力の輝きが走っていき、月神殿の敷地を囲うように一周してくる。このへんは手慣れたものであっという間である。

「巫女達には魔人の襲撃のような緊急事態があった時に月女神に祈るように伝えておいてもらえれば嬉しいわ。魔人に対する有事に援軍に来ることができるから」
「分かりました。通達しておきます。それにしても転移魔法といい、空飛ぶ船といい……ヴェルドガルとシルヴァトリアが手を取り合うと凄いことになるのですね」

 ファティマは自分の顎に手をやって感心したように頷く。
 エルハーム姫からマスマドルを訪れた目的が聖地の調査であることを聞かされているファティマであるが、かなり積極的に協力してくれるようだ。
 クラウディアについては、例によって月神殿の偉い人、という紹介の仕方になったが、魔人絡みの話である。しかもナハルビアが無くなる主因となった無明の王に関係していることや、エルハーム姫からの話であったことから、割合スムーズに話が進んだのだろうと思う。

「では……次は冒険者ギルドでしょうか」
「ギルドの前まで案内はしますが……領主が中に立ち入って情報を求めるというのも誤解を招きかねませんので、外で待たせてもらうことにしましょう」
「でしたら、私も外で待っていたほうが良さそうですね」

 ファティマの言葉にエルハーム姫が答える。
 冒険者ギルドの独立性尊重というわけだ。ファティマとしてもギルドとの関係は良好なままでいたいということなのだろう。というわけで、ステファニア姫とアドリアーナ姫もギルドの中までは同席しない。ヴェルドガルとシルヴァトリアから情報提供をお願いするという形なので名前は出すことになるかも知れないが。
 まあ……アウリアが同行しているので大きな問題はないだろう。

「ラクダの背中のコブは栄養が足りないと萎んでいくそうじゃ。砂漠は過酷じゃからして、こういうものを背負っているわけじゃな」

 と、当の本人はマルレーンに駱駝のコブについて講義をしていた。真剣な表情でマルレーンとシーラが頷いている。
 アウリアのそれは冒険者をしていた時に得た知識だろうか。それだけなら博識で通るのだが、コブの感触を右手で全力で堪能しながらというあたりが若干残念ではある。まあ……コブの中身は脂肪であると言うから、感触が良いのは分からないでもないが。



「では、参ろうか」

 駱駝車に乗って街中を行き、到着したのはオアシスからもそれほど遠くない、大きな建物だった。石造りの建造物で、木材はほとんど使われていない。同じ冒険者ギルドでもまるで印象の違う建物だ。アウリアと連れ立って建物の中へ入る。

「いらっしゃいませ。どういった御用件でしょうか」
「すまぬが、依頼でも登録でもなくてな。ヴェルドガルはタームウィルズ冒険者ギルドの長をしておる、アウリアと申す者じゃ」
「これは……別支部のギルド長でいらっしゃいましたか」
「うむ。済まぬが、ラヒムに取り次いではもらえぬかの。知り合い故、タームウィルズのアウリアが来たと伝えてもらえば分かるはずじゃ」
「かしこまりました」

 受付嬢はアウリアの言葉を受けてギルドの奥へと向かった。
 流石に顔が広いな。冒険者ギルドの支部長同士での会合のようなものもあるようだし、あちこちに知り合いがいるのだろうとは思っていたが。或いは冒険者時代の知り合いかも知れないが。
 そして、少しの間を置いて、受付嬢が戻ってきた。

「どうぞこちらへ」

 と、ギルドの奥へと案内してくれる。奥の廊下を通り、2階へと上がり……通された部屋にその人物はいた。魔術師風の出で立ちをしている。髪に白いものが混じった、落ち着いた佇まいの男である。

「久しいのう、ラヒム」
「アウリアか。いきなりだから何事かと思ったが……何やら訳ありそうな話だな」

 ラヒムは俺達の姿を認めると部屋の奥に入るように促してくる。執務室と応接室を兼ねたような部屋で、奥に事務用の机。手前に来客応接用の机と長椅子が置いてある。

「まあ、手間はかけさせんよ。少し情報が欲しいだけでな」
「答えられることと答えられないことがあるが……その前に、まずはお客人に挨拶をせねばなるまいな」

 ラヒムは俺達に向き直ると丁寧に一礼する。

「マスマドル冒険者ギルドの長をしております、ラヒムと申す者です」
「これはご丁寧に。テオドール=ガートナーと申します。ヴェルドガル王国の、異界大使をしている者です」

 と、俺に続いてみんなも自己紹介をする。

「どうぞおかけください」
「ありがとうございます」

 みんなで席に着いたところで、先程の受付嬢がやって来てお茶がカップに注がれる。全員にお茶が行き渡ったのを見計らってラヒムが本題に入った。

「情報が欲しいということでしたな。どういった内容でしょうか?」
「実は……ナハルビア王国の旧都近郊に広がる森について、何かご存じのことがあればお話をお伺いしたいとここへ参りました。これはヴェルドガルの公務でもあるのですが……情報提供のお願い……或いは依頼と受け取っていただいても構いません」

 強制だとか要請だとかいう形にならないよう、こういう話になるわけだ。

「なるほど……。しかし、公務ということでしたら協力するのは吝かではありません」
「ありがとうございます。ご協力感謝します。ですが、まだ理由を話していないのですが、構わないのですか?」
「詳しい事情は、彼女が知っているのでしょう? であれば、あまり多くは聞きますまい。依頼と申されましたが、多くの情報があるわけではありませんし……あの森から魔人がやってきたと恐れる老人もおりましてな。確か……ヴェルドガル王国は近年、魔人による騒動があったはず。私の推測に答える必要はありませんが、そのことに絡んでのことではないかと愚考する次第です。であれば、協力するのは寧ろ当然でしょう」

 ……なるほど。かなり切れる人物だな。アウリアが同行していることからこちらの事情を聞かずとも信用し、公共性の高い事情がある、と判断して手持ちの情報から推測を広げていったのだろう。逆に言うなら、アウリアの人徳でもあると言える。

「さて。何から話したものでしょうか。あの森が普通とは違うというのはご存じですか?」
「はい。奥地に行こうとしても何時の間にか外に戻って来てしまうとか」

 俺の言葉にラヒムは頷く。

「左様です。あの森は砂漠では普通手に入らない素材や薬の材料、食料も手に入る場所でしてな。放棄されたナハルビア王国の旧都を冒険者達が拠点として利用しているのです」
「そうなんですか?」

 それは初耳だ。

「はい。30年前の惨状と、森の特殊性からナハルビアの民はあの森を忌避しましたが……冒険者達はそう言った土地にこそ価値を見出す傾向がありますからな。商人も旧都まで足を伸ばし、冒険者に依頼をしたり物資を運んだりしているわけです。我々としては王宮跡に立ち入ることを禁じておりますが、森への立ち入りまでは禁じられません。それはファリード王やシェリティ王妃も同じようで、冒険者達が森に入ることは利点のほうが勝ると思っているようでしてな」

 言われてみれば……そういうものだろうか。危険を恐れていたら冒険者稼業は務まらない。ある者は生活の糧を求めて。ある者は迷いの森の奥地を踏破しようと、足を運んでいるのだろう。
 森から魔人がというのは確証のない噂話でしかなかっただろうし、森への立ち入りまでは王家も禁じられないだろうからな。
 しかしそれでナハルビアの旧都を拠点として再利用、ね。逞しいと言うかなんというか。
 王宮跡への立ち入りを禁止、というのはバハルザード王家の不興を買わないようにだろう。
 そして、カハール達が直接旧都の街を拠点にしなかった理由も分かった。冒険者達と、商人達が既に足場を作っているから、別の場所を拠点にして準備を進めなければならなかったと言うわけだ。

「確度の低い情報もありますぞ。かなり奥まで進んだ冒険者達がいて……そこで何者かに襲われたとかいう、噂話の類ですな」
「何者かとは……?」

 魔人、だろうか? 思わずグレイス達と顔を見合わせる。

「分かりません。子供のような小柄な人影で、互いの名を呼び合って連携してきただとか。襲われた冒険者達は全員あっけなく気絶させられ、目を覚ました時は森の外れだったそうです」
「子供……。その冒険者達に会うことはできるのかの?」
「残念ながら、噂の出所までは。大分前にこの街を離れてしまっているとも聞く」

 そうか……。奥地まで入った方法やらその大体の場所を割り出したかったんだがな。

「気絶で済ませるあたりは……話が通じそうではありますね」
「そうあって欲しいですね」

 グレイスが言うとアシュレイが頷く。

「んー。もし遭遇した場合は……一応交渉から入るかな」
「重ねて言っておきますが、確度の低い情報です。森を踏破すると大言壮語を口にしたものの、魔物に負けて逃げ帰ってきたから恥ずかしくてそんなことを言っただとか、奥まで進めたということにして注目を浴びたかっただけだとか、色々言われている話でもありますからな」

 うん。確かに……何とも言えない話だが。
 まあ……いるという前提で警戒しておくに越したことはないだろう。魔物は間違いなくいるようだし。
 とは言え……森の咎人の話を鑑みるに、エルハーム姫も同行していることだし、全く話が通じない相手というわけでもなさそうではあるかな。
いつも拙作をお読み頂きありがとうございます。
誤字脱字の報告、感想、ブクマ、評価、PV等々、日々の励みとなっております。
お陰様で400話に到達することができました。この場にてお礼申し上げます。

活動報告に301から350までの登場人物の簡易紹介記事を掲載しました。
この間の新規の登場人物は少な目ではありますが、ご活用頂ければ幸いです。
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