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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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383 南のオアシスにて

「初めまして。ステファニア=ヴェルドガルと申します」
「アドリアーナ=シルヴァトリアです。お見知りおきを」

 2人がファティマに自己紹介をする。スカートの裾を摘まんで挨拶をすると、ファティマもまた丁寧に一礼を返した。

「これは恐れ入ります。賓客をお迎えすることになると我が君から伺っておりました。マスマドルに足を運んでくださるとは、光栄に存じます」
「これはご丁寧に」

 ステファニア姫が挨拶をしたところで、俺もファティマに自己紹介をしていく。

「ヴェルドガル王国から参りました。テオドール=ガートナーと申します」

 俺に続いてみんなも自己紹介を済ませたところで、エルハーム姫が言った。

「テオドール様は異界大使であらせられます。カハールの残党に待ち伏せされた私を窮地より救って下さったばかりか、父上と共にカハール一派と教団残党の吸血鬼達の討伐にご助力を頂きました」
「それは……」

 ファティマはエルハーム姫の言葉に目を丸くしたが、すぐに表情を穏やかなものに戻し、静かに頭を下げてくる。

「そうでしたか。であればバハルザードにとっては大変な恩人。このような場所で立ち話もありますまい。是非、車に乗って館までいらしてくださいませ」
「ありがとうございます」
「では、私達は引き続きシリウス号の警備に当たります」

 と、エリオットが言う。一応カハールと吸血鬼の一件は片付いているし、デュオベリス教団もかなり衰退している様子ではあるが……だからと言って警備をしないわけにもいかないか。

「それなら半舷休憩を取れるようにしましょうか」

 一段落しているのは間違いないからな。

「そうですね。メルンピオスでは目立たないようにしていましたから。異国の空気というのは皆も興味深いのではないかと」
「街中は自由に見て回って頂いて構いませんよ。衛兵達にも通達しておきましょう。屋敷でお食事等の準備をしておきますから、交代で休憩ということであれば、是非足をお運び下さい」
「それは助かります」

 エルハーム姫からの紹介の内容が内容だったからか、VIP待遇である。まあ、元々国賓扱いではあるのだろうが。

「後は……そうですね。このあたりの水辺であれば、泳いだりもできますよ。彼らなどは遊びたがっているのでは?」

 ファティマはシリウス号の甲板に目をやって笑みを浮かべる。
 見送りにきたらしい。甲板から顔だけを覗かせているリンドブルム、サフィールにコルリスにアルファ達。
 ……うん。水浴びができるとなれば喜びそうだな。オアシスの水辺というのが丁度砂浜のようになっていて、また良い感じに風情があると言うか。
 ヤシの木も生えているので、淡水なのだろうが南国の海辺に来たような印象がある。

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。月神殿と冒険者ギルドにも立ち寄っておきたいのですが」
「分かりました。後程案内致しましょう」
「じゃあ、みんな。また後で」

 と、甲板からこっちを見ている面々に手を振る。リンドブルムとアルファは小さく頷き、コルリスが手を振る。サフィールも前足を引っ掻くように振っているのは……コルリスの動きを見て学習したわけか。リンドブルムとアルファが真似をしないのは性格的なものかも知れない。
 というわけで駱駝の牽く車にみんなで分乗して領主の館へと向かう。

「しかし驚きました。そのようなことが起こっていたとは……」

 館へと続く坂道を登っていく道すがら、ファティマが言った。

「急な話でしたからね。実はここに参りましたのも、カハールの残党を掃討してからすぐなのです。メルンピオスに忍び込んでいた間者を追跡し、連中の拠点がブロメピトの廃城にあることを突き止め……空飛ぶ船にて強襲を仕掛けたと言うわけです。カハール達を捕え、私達は父上と別れてそのままマスマドルへ参りました」

 エルハーム姫が事情を説明すると、ファティマは得心が行ったというように頷き、空を仰いで目を閉じた。

「道理で情報として入って来なかったわけです。しかし、とうとうカハールが捕えられましたか」
「政に終わりはありませんが、大きな懸念の1つが払拭されればきっと民も喜ぶでしょう」
「ええ、本当に。陛下には私にこの街を任せて頂いて本当に感謝しているのです」

 ……ということは、先王の代ではファティマやその両親はマスマドルから遠ざけられていたわけだ。ファリード王が王位を継いでからマスマドルに戻されたということから考えると、前の領主は多分、カハール側に近い人物だったのだろうと推測される。
「どうやら前の領主は、あまり良い領主ではなかったようね」
「そうですね。領主が代えられたということは……」

 ローズマリーが小さく呟き、アシュレイも自身の境遇から思うところがあるのか神妙な面持ちで頷いていた。
 そうだな。瑕疵がなければそう簡単には領主は動かせないだろうし。ファリード王のような人柄なら義理を重んじるだろうから尚更だ。そこでファティマが戻ってきたということは……つまり前の領主もまたろくでもない奴だったからという結論になる。
 要するに南西部も他の地域同様荒れていたが、ファティマが立て直している最中というわけだ。

「カハール達が本格的に行動し出す前に片付けられて良かったわ」
「全くね。私達の国にいた連中も大概だったけれど……。我が身に置き換えると、これからという時期に暴れられるとうんざりするものね」

 頷き合うステファニア姫とアドリアーナ姫。ロイとザディアスのことか。……まあ、どこにでも厄介な手合いというものはいるものだ。
 やがて駱駝車は坂を登りきり、石造りの建物の前で止まる。

「どうぞこちらへ」

 と、館の中へと通される。石材で作られた回廊には陽の光が奥に差し込まないよう、庇のような装飾が見られる。
 ドーム状の屋根は共通しているが、元々ここはナハルビアなのだし、バハルザードとは建築様式が違うところがある。内装はタイル張りではなく、彫刻のような装飾が多いようだ。
 建物の中に水路が引かれていて、庭園にはヤシの木まで植えられている。夕暮れ時になって急速に気温が下がって来ているが、水を引いたり緑を植えているのであれば日中も割と涼しかったりするのではないだろうか。

「ここが貴賓室です。どうぞごゆるりとお寛ぎ下さい」

 ファティマが通してくれた部屋は高所からオアシスが一望できる眺めの良い部屋であった。広々としていて、机にテーブル。天蓋付の寝台などが備え付けられている。何段か高くなったところに絨毯の敷かれたスペースがあるが……そこはそのままその上で寛げるようだ。

 仕切りの向こうにある部屋には大きな浴槽まで見える。館に引いている水を利用しているのだろう。入浴というより、暑い時に涼を取る目的で作られているのではないだろうか。

「ありがとうございます」
「申し訳ありませんが、夕食までは少々お時間を頂くことになってしまいそうです。ギルドや神殿へ急ぎの用事がおありでしたら、案内致しますのでお申し付け下さい」

 んー……。まあ、到着して早々動く必要もあるまい。通信機でタームウィルズへ近況の報告と向こうの状況を教えてもらえば今日のところはそれで良いか。

「戦いの後でみんなも汗を流し、腰を落ち着けたいと思いますので。明日にでも案内して頂ければ助かります」
「畏まりました」

 と、そこで女官達が切り込みの入ったヤシの実を持ってきた。

「果汁を器に注いで飲んだり、果肉を匙で掬って食べたりするのです」

 エルハーム姫がヤシの実について説明してくれる。

「外側が火で焙ってあるんですね」
「そうですね。外側の皮を剥いて炭火で焙ると、果肉から甘味が果汁に溶け出して風味が増すのです」

 へえ……。それは知らなかったが、そうなると結構手間がかかっているな。しかも焙られた後に水魔法か何かで冷やされているようで、ひんやりとしている。

「それでは失礼致します。何かありましたらお申し付けを」

 ファティマが一礼して部屋を出ていった。
 早速みんなでヤシの実の試飲と試食をして見る。

「うむ。これはまた、程良い甘さと言ったところじゃな」

 アウリアが一口飲んで満足げな表情で感想を述べる。マルレーンも気に入ったのかこくこくと頷いていた。
 若干、植物特有の匂いがあるが……うん。さっぱりした味わいで良いのではないだろうか。
 シーラやアウリアなどは異国情緒のある貴賓室に興味津々といった様子であるし、恐らくステファニア姫やアドリアーナ姫も同じだろう。

 壁に長柄の大きな羽扇がかかっていたりと、南国の王侯貴族の家ならではといった道具が用意されていたりするし、確かに色々と興味が惹かれるのも事実だ。まあ……戦いの後でもあるし、今日は多少のんびりと行動をさせてもらうとしよう。
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