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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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378 佞臣カハール

 カハール一派と吸血鬼達を逃さず、きっちり壊滅させるのが目的。となれば、まずは情報収集からだろう。充分な距離を取りながら、街の周囲をぐるりと見て回る。水晶板に大写しにして外壁の状態を皆で見て探っていく。

「……何か気付いたことがあれば仰って下さい」
「うむ」

 まず警戒すべきは、街を覆っている妙な結界だ。片眼鏡で見ると何やら、外壁より内側――街全体を覆う魔力を感知することができた。
 ぼんやりと薄暗い町。あれは……陽光を弱めているのか? まだ日は沈んでもいないのに闇の精霊が壁の内側を悠々と泳いでいるのが見える。これは……壁の内側なら吸血鬼が活動できる可能性があるな。そして日差しが弱められるということは、そのまま気温の低下にも繋がっていると。

 砂漠で吸血鬼というのは不利になる組み合わせかと思っていたが、この分では街の外――砂漠を移動する際の陽光対策もあると見るべきだ。
 ……最高クラスの吸血鬼は昼間でも動けるらしいがな。陽光の影響を、身に纏ったオーラで遮断することで防げるのだとか。前にあったヴァージニアでもそこまでではなかったから、相手の強さを計る目安にはなるか。

「何か妙な結界が張ってあるようですね。昼間でも吸血鬼が動けるかも知れません」
「厄介な……」

 まだ調べなければならないことは他にもある。……放置された砂漠の街。民家はどこもかしこも朽ち果てているようだ。少なくとも好んで住みたいと思える状態ではない。

「吸血鬼達は一先ず置いておきましょう。普段は街中にはいないでしょうね。これでは」
「だろうな。民家を手直しして使っているのではなく、全員であの城砦に篭っているのだろう」

 外壁もあちこち崩れているが、こちらはまだ用を成している。外からは勿論、内側からも簡単に乗り越えていくことはできないと思われた。外壁の門は東西南北に1つずつ。門もまだ使えるようだ。
 門は今は閉ざされているが、門番はいない。城砦の上階の窓に見張りがいるようではあるが……。

 そして街の中央に水場。岩山の窪みのようになった場所の底に、水が溜まっている。
 本来は籠城用に城砦内部にも井戸が引かれていたそうだが……この場所を捨てた時には既に城砦内部の井戸は水が出なくなっていたという。街の中央部にある泉も――本来よりはかなり水位が下がってしまっているのだろう。昔はあの窪みの縁ぎりぎりまで水が来ていたというのだから、かなり湧水量が減っているのは間違いない。
 ここで重要なことは……連中が水を確保するには街中に水を汲みに出る必要があるということだ。

「……さて。どう攻めたものか。外壁は問題ないが、極力逃さずとなるとな。昼間なら大丈夫かと思ったが、吸血鬼達も動けるとなると中々に手強い」
「門を封鎖してしまいましょう。壁をそのまま連中の檻としてしまうわけです」
「ほう。面白いが……封鎖の手段は?」
「テオドールは魔法建築も得意分野、です」
「なるほどな」

 シーラが補足説明を入れてくれた。ファリード王は愉快そうに頷く。

「外壁の上までは結界の範囲が及んでいません。連中は酷暑を嫌っているのか、高所から遠方を見張ってさえいれば大丈夫と思っているようです。つまり、壁の外側ぎりぎりは監視の死角になっています。門を封鎖し、城砦内部から外壁の外側に抜ける通路がないかを確認さえしてしまえば、街の外に抜ける道は空からしかなくなる。吸血鬼以外にはこれで対応が可能です」

 ガルディニスの連れてきた吸血鬼は翼を生やして飛んでいたが、少なくともカハール一派が外に出るにはレビテーションかそれに準じる魔道具が必要だ。そんなもので空を飛ぼうとすれば飛竜達の良い的になるだけだ。

「彼らがこちらを寡兵と見て、立て籠もる可能性はありませんか?」

 グレイスが尋ねてくる。
 戦場として想定していたのは主に2ヶ所。街中と城砦内部だが……まともな攻城戦をやる気にはならないな。吸血鬼との戦いは時間帯問わずであるなら、内部構造のわからない城砦内部より、外で戦うほうが有利なのは間違いない。
 まあ、城砦攻略の方法も想定しておかなければならないところはあるが。

「その時は水源を押さえ、水流操作で城砦内部に行くはずの水を干上がらせる。飛行船はぎりぎりまで隠して、飛竜を見せてやれば動かざるを得ない」

 俺の言葉に、ローズマリーが頷く。

「竜を用いて先遣隊がやって来たと向こうが判断すれば、水を確保して脱出するために早急に打って出るしかない、というわけね」

 そう。カハール達は水が無ければどこにも行けないし、どちらにしてもそれほど長時間立て籠もることもできない。
 寡兵であれどバハルザードの将兵達が攻め入ってきたということは、自分達の居場所が割れているということだ。そうなるとファリード王率いる本隊が来る前に逃げなければならないと判断するだろう。嫌でも水源を押さえにこなければならない。

 水魔法で全員の渇きを潤すだけの飲み水を用意できるなら話は変わって来るかな。まあ、それはそれで魔術師にとっては大きな負担になるし、アシュレイ並の水魔法の使い手が必要になる。いずれにしても急いで脱出する必要はあろう。

「そして、空を飛ぶ敵はこれを僕達が対処。陛下はカハール達の相手を、ということでどうでしょうか?」
「飛行が可能な吸血鬼となると、それなりに強力な吸血鬼ではないのか? 高位の個体がいる可能性もある。それを任せるというのは……」
「空中戦は僕達の得意分野です。それに……因縁のある相手ですから」

 そう答えると、ファリード王は目を閉じる。
 俺達に負担が行くというのに賛同しにくい部分があるようだが、高位の吸血鬼達と相対した場合のことを想定するなら、この組み合わせが最善だろう。それはファリード王も分かっているのか、少し渋面を浮かべて思案していたようだが、やがて頷いた。

「……すまん。では我等はカハール達に注力しよう」

 彼らにとっての因縁の相手は何をとってもカハールだろうからな。

「よろしくお願いします」
「私達も吸血鬼の相手はできると思いますが」

 エリオットが尋ねてくる。

「戦況を見ての空中戦と対地攻撃、逃げようとする相手の排除といった遊撃を行って貰えると全体が有利に運ぶのではないかと」

 吸血鬼の頭数による空中戦の趨勢。それから地上戦の状況を鑑みて動いてもらえればというところだ。逃亡しようとする者への攻撃が行いやすいのも討魔騎士団だろう。

「分かりました。遊撃の指揮はお任せ下さい。ライオネル殿は……ファリード王と共に地上戦を行ってもらえるだろうか?」
「承知しました」

 なるほど。ライオネルは土魔法が得意分野だからな。
 即席で兵器を組み立て、防壁を築き、ゴーレムを作ってと……確かに地上戦に加わったほうが有利に事を運べるだろう。
 エリオットは他の討魔騎士団達にもそれぞれ仕事を割り振っていく。討魔騎士団については問題あるまい。

「では早速、街を封鎖して退路を断ってしまいましょう。ステファニア殿下。コルリスの同行をお願いしたいのですが」
「身体が大きいから見つかったりしないかしら?」
「光魔法でコルリスの姿を見せないように降下します」
「分かったわ。私も一緒に行ったほうが良さそうね。コルリスの見たものをすぐに伝えられるから」

 確かに……通信機で連絡するよりも早く伝達できるか。

「では、よろしくお願いします」
「そうなると、護衛も必要ですね」

 アシュレイが言って、メイスを手に取る。ふむ。パーティーメンバーで降下と言う形になるか。

「となると飛行船からの城砦の監視……が私達の今すべきことかしら」

 と、アドリアーナ姫。何気に水晶板の操作もお手の物だし、伝声管の位置も把握しているからな。そのあたりはお願いしよう。
 では、早速動くとしよう。パーティーメンバーとコルリスを連れて、甲板に出る。ジークムント老がシリウス号を外壁のすぐ端の上空に位置する場所へと移動させた。

「それじゃあ、行こう」
「はいっ」
「ん。いつでも」

 みんなを見て言うと、答えが返ってくる。マルレーンも真剣な面持ちで頷いた。
 みんなも気合は十分なようだ。甲板の端から飛び立ち、光魔法のフィールドで覆いながら緩やかな速度で降下――そして砂の上に到達する。

「コルリス。地下に空洞がある場合は、ある程度の距離があっても感知することは可能かな?」

 コルリスに尋ねる。するとコルリスは爪で地面を叩いてからこくんと頷いた。
 ここは、岩場の上に作り上げた拠点のようだからな。砂の堆積層も浅いようで、コルリスは進みながら爪でコツコツと地面を叩いている。
 片眼鏡で見る限りだと単純に音を聞いているわけではなく、魔力を打ち込んでソナーのように反射を感知しているようだ。

 コルリスと共に外壁を移動していく。やがて金属製の門に到達。これを外側から溶接するように封鎖し、構造強化で内側から破れないように補強する。
 2番目、3番目と門を封鎖して、更に進んだところで、ステファニア姫が言った。

「コルリスが、地中に何かを見つけたようだわ」
「分かりました。では、先に最後の門を封鎖してからここに戻って来ましょう」



 最後の門を封鎖し、コルリスの探知に引っかかった場所まで戻ってくる。
 さて。何が出てくるやら。コルリスが岩盤を掘り進むと何やら空洞に出た。
 岩盤を掘り抜いてあちこちを補強した作りのようで、城砦側へ続く通路と、近くにある岩場に向かって進む通路が続いている。
 城砦内部から脱出するための避難通路というわけだ。この通路をカハール達が把握しているかどうかは分からないが、少なくともファリード王達の保有している資料には無かった。

「古い通路。新しく改造されたというわけではなさそう」

 シーラは通路の少し奥まったところまで行ってしゃがみ込み、床に体積した埃などを調べているようだ。

「城砦の作りといい……この拠点を建造したのは土魔法の使い手だったのでしょうね。ここに土魔法の息継ぎの跡があるわ」

 クラウディアは通路の壁面に触れて、その構造を見ながら言う。

「ん……。新しい足跡も発見」
「とすると連中はこの隠し通路を見つけてるわけか」

 そうなると、わざわざ別の通路を確保するということはしないだろうな。ファリード王は把握していなかったわけだし。彼らが見つけた時には誰1人として立ち入った形跡も無かったはずだ。
 一先ず通路は塞いでしまおう。土魔法で作り出した分厚い岩で埋めて塞ぐ。コルリスの開けた穴も閉じておかなければならないが、その前に通路の先にある脱出用の出口も確認しておくべきだな。

「行け」

 斥候代わりにバロールを放ち、通路の先を探らせる。少し進むとすぐに出口が見えた。よし……。見張りはいないようだし、こっちも塞いでしまおう。
 ――と、丁度その時、カドケウスのほうでも動きがあった。メルンピオスからここまでやって来た間者達が、城砦内部でカハールらしき人物に接触したようだ。
 カドケウスは既に城砦内部に侵入させている。五感リンクで向こうのやり取りを探る。

 ……暗い部屋だ。部屋の中には数名の人物。カハールと思われる男は、椅子にふんぞり返るように座っていた。高価そうな指輪だとか装飾品を身に着けている。

「報告を」
「はっ。カハール閣下。こちらが女官より受け取った書状になります」

 片膝をついた間者から書状を受け取り、燭台の明かりでそれに目を通す。

「――ふん。エルハームは影武者か。つまり、本物の姫は亡くなったか、怪我をしたと言うわけか?」
「恐らく戦闘に巻き込まれたからではないかと。本物の姫の容態は不明ですが、街中の兵士達の動きは慌ただしくなっておりました」
「山岳地帯に派兵するというわけか? これは……上手く北に目を向けさせることができたのでは有りませんかな?」

 カハールが視線を巡らし、暗がりにいた人物に話しかける。

「さて……どうかな。お前達の手勢はどうなった? 姫を誘拐し、合流して戻って来るのではなかったか?」

 カハールにそう尋ねたのは、暗闇に爛々と輝く赤い瞳を持った女だった。肌は青白いが唇はやけに赤い。……吸血鬼か。この場でカハールをカドケウスに捕らえさせて終われば良かったのだが、そうもいかないようだな。
 吸血鬼連中にカドケウスの存在を気付かせると、ファリード王以外の存在が介入していることに気付かれる恐れがある。向こうが通常の戦力だけと思って侮って前に出てきたところを叩くべきだ。先に逃げることを考えさせてはいけない。

「目的を果たせず山岳地帯側へ逃げた、と書状にはありますな。それもダール達との打ち合わせにあった話なのです。襲撃が失敗した際の次善の策という奴ですな。ですがいくつか……気になる点もあります」
「書状を」

 吸血鬼の求めに応じ、カハールは書状を渡す。書状に目を通した吸血鬼は目を細める。

「傷付いた姫を、通りかかったヴェルドガルの使者が空飛ぶ船で保護したとあるが……これはどういうことだ。貴様は何か知らんのか?」

 吸血鬼は間者を睥睨する。

「はっ。その点については間違いないかと。私も船着き場で翼の生えた船を目にしております」

 この情報は、街中でも噂になっているので伏せるより出しておくべき、と思っていた部分だ。間者も船着き場で見ているので、書状の中でも触れないわけにはいかない。

「ヴェルドガルに関してはファリードが招いたようです。教団の幹部をタームウィルズで倒したから、その礼だとか」
「教祖が死んだらしいことは知っている。我等がこの地方に目を付けたのも、教祖が秘密にしていた聖地を探るためだ」
「……ナハルビアの遺産、ですか」

 吸血鬼の言葉に、カハールは薄ら笑いを浮かべる。

「貴様らが喜ぶような遺産であるかどうかは知らんぞ? 我等は教団への協力の見返りとして、この街を夜に閉ざす秘術を教祖から受け取った。故に――あの方は教祖の言う聖地とやらに並々ならぬ興味を持っているのだ。ナハルビアの伝承にもあろう。恐らくそれは、魔人の秘宝や秘術。或いはそれに類する技術を有する何者かだ。確たる証拠はなくとも放っておく手はない」
「もし財宝でありましたら、私共にも分けていただけるのでしょうな?」
「それは夫の意向次第だが……秘術はともかく、金銀財宝であれば分けることもできよう。私もフラムスティード家の伯爵夫人として、それぐらいは口添えしてやってもいい」

 フラムスティードの夫人……と言ったか。

「ありがとうございます、イゾルデ殿」
「話を戻そう。他はともかく、その船とやらには警戒を払う必要がある。空に注意して監視させるべきだ。可能ならば、そのような不確定要素が国内にあるうちに行動を起こすべきではないが――」
「……そのように通達しておきましょう。しかし、これ以上は待てませんな。再び間者を放ち、使者の帰還を確認してから動くとなると、その確認までに何日もかかってしまう。兵達には我慢を重ねさせていただけに、これ以上は不満を抑えておけなくなる可能性もあります」

 カハールの返答にイゾルデは思案するような様子を見せた。やがて顔を上げて答える。

「よかろう。好きにしろ。だが、集落を襲っても皆殺しにはするな。主だった者を何人か生け捕りにしてくれば、我等の下僕にして略奪そのものが起こっていないことにしてやる」

 牙を見せて艶然と笑うイゾルデに、カハールは引き攣ったような笑みを浮かべたが、間者達に向き直って言う。

「では――兵達に出陣の準備をさせておけ。イゾルデ殿の今のお言葉も、しっかりと通達するのだぞ」
「はっ。カハール様」

 指示を受けた間者達が部屋を出て行った。

「あの野卑で無礼な簒奪者に、目に物を見せてやらねばならん。玉座から引き摺り下ろし、這いつくばらせて命乞いをさせてやる」

 間者の背を見送り、カハールが呟く。

「そしてお前がこの国の王となる、か? ま、それで我等も安住の地を手に入れることができよう」

 背後からカハールを見やるイゾルデの顔には、言葉とは裏腹に小馬鹿にしたような笑みが浮かんでいた。
 ……もう十分だな。カハールには精神操作をされている様子が見受けられないし、その手勢も何ら遠慮する必要のない連中のようだ。
 街の封鎖も終わり、舞台は整った。連中が異常を察知する前に、こちらも動くべきだろう。
いつも拙作をお読み下さりありがとうございます。

とうとう書籍版1巻発売日を迎えてしまいました。
どうなるものかと不安ではありますが、皆様に楽しんでいただけたら幸いです。

ここまで更新を続けてこれたのも偏に皆様の応援のお陰です。
改めてお礼申し上げます。

書籍版共々これからも更新頑張っていきますので、
よろしくお付き合い下さいませ。
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