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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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377 砂漠の城砦

 船は間者とカドケウスを追って南西へ。
 追跡の時間、手が空いているのでまずは精神支配を受けていた騎士、ラザックと話をさせてもらうことにした。
 ファリード王とエルハーム姫を交え、船室でラザックと話をする。

「改めて自己紹介を。ヴェルドガルから来ましたテオドール=ガートナーと申します」
「ラザックと申します。テオドール卿には……大変なご無礼を働いてしまいました。にも拘らず、カハールとの戦いに赴く機会をお許し下さったことに、感謝の言葉もございません」

 ラザックは恐縮しきりといった様子で、かなり鍛えられた肉体を小さくしながらそう言ってきた。

「精神支配を受けていたのであれば、詮方ないことかと存じます。僕としては許すも許さないもありません」
「私も、ラザックが裏切ったわけではないと知って、喜んでいるのですよ」

 エルハーム姫が言うと、ラザックは目を閉じて深々と頭を下げた。

「それより、僕のほうこそ雷魔法を用いましたが、お加減のほうはいかがでしょうか?」

 雷魔法第3階級スタンボルト。これは丁度スタンガンのように機能する魔法だ。スリープクラウドのように気の持ちようで抵抗できる、というものでもないので、ああいう場面では有用ではあるのだが。

「それについては全く痛みなどはありませんので、ご心配なさらず」
「一応調べておきますか。お手を」

 ラザックの手をとり、循環錬気で診てみる。……生命力、魔力の流れに淀みはない。正常なようである。頷いて離れる。

「大丈夫だと思います」

 ラザックは些か戸惑っていたようだが、静かに頷く。

「体調は問題無いようですが……あの1件については、あまり気に病まないで頂きたいのです」
「そういうわけには……私はファリード陛下に忠誠を誓った身。操られていたとは言え、逆らうことさえ考えられなかったとは、情けのない……」

 ラザックは目を閉じてかぶりを振った。

「ですが、戦いで気負い過ぎて傷付くことを厭わないようなことをすれば、きっとファリード陛下もエルハーム殿下も悲しまれるでしょう」

 そう言うとラザックは少し目を丸くして顔を上げた。

「何と言えば良いのか……贖罪のために戦って傷付くことをお2人は何より危惧しておりますよ」

 自分の不甲斐なさから戦いに赴く。それは分かる。だけれど目的が罪滅ぼしでは、自分を罰するため戦うようなものになってしまう……気がするのだ。
 そもそもラザックに関して言うのなら、ファリード王もエルハーム姫も罰するつもりはないのだし。
 ファリード王もエルハーム姫も、そんなラザックを真っ直ぐ見て頷く。

「……贖罪のためにか。確かにそうだな。俺は王であるがゆえに仲間を戦地に連れていかなければならないが……カハールなどのためにこれ以上、忠臣を失うほうが業腹でな。俺に忠誠を誓ったと言うのであれば、長く国に仕えてくれるほうが嬉しい」
「あの時は確かに驚きましたが、本当のことを知ったからには、もう気にしていないのですよ? 私も無事だったのです。ラザックが罰せられる必要はない」
「……ファリード陛下……エルハーム殿下……私のような者のために、そこまで……」

 ラザックは目を閉じて2人の言葉に感じ入っていたようだったが、やがて顔を上げて、笑みを浮かべる。

「承知しました。贖罪ではなく挽回のために、ですな。では不肖ラザック、王国のために武功を立ててくると致しましょう」

 その笑みは吹っ切れたような印象がある。ファリード王はその表情を見て満足げに頷いた。



 乾いた原野をシリウス号が進む。南西部へ進めば進むほど、景色が荒涼としていくのが分かる。植物もどんどん少なくなり、代わりに砂地が増えていく。風に巻き上げられた砂が眼下を流れていく。

 遮蔽物がないので高度を上げ、間者達からも十分な距離を取っている。
 とは言え、船首部分に組み込んだ光魔法の魔道具により、地上からシリウス号を目視することはできない状態だ。光のフィールドを船の下方に展開し、船の後方――つまり地上から見れば空の景色――を映し出すことにより、疑似的に視覚へのカモフラージュを行っているというわけである。

「さて……。連中どこに行くつもりなのか」
「拠点になりそうな場所から考えるとあまり候補は多くないですからね」

 ラザックとの話が終わって艦橋に戻って来てからは気がかりの1つが消えたからか、シリウス号の内部の設備や炭酸水などを面白がったり感心していたファリード王ではあるが、もう気持ちを切り替えて、机の上に地図を広げて間者達の向かう先――カハール達の潜伏先と、その目的を見極めようとしている様子である。
 ふむ。では俺からも現時点で分かっている情報を伝えていくことにしよう。

「僕達がいる場所は地図上で言うとここになります。追跡させている使い魔が少し離れてこの位置。間者達は更に離れた……ここですね」

 と、地図上に土魔法で作った矢印型の駒を3つ配置する。ナハルビア王国の首都であった場所に城を。近くにある森に木の駒を配置。
 更にカドケウスの移動してきたルートも地図上に描いた。これはカドケウスの計測による報告で導き出されたものなので、かなり正確なものだ。

「間者達はどうやら、地図と方位磁石をこまめに確認しながら動いているようです」
「だろうな。連中は街道から外れて動いている。巡回の兵に発見されないようにする用心なのだろうが、自分の位置を見失えば水源に辿り着けずに衰弱し、魔物などにも襲われることにもなろう」
「吸血鬼達の目的が森にあるのだとすれば……少し方角が違いますね」

 グレイスがその図を見て首を傾げる。

「砂漠地帯は川沿いの街道から外れてしまうと拠点が非常に少ない。だが川から離れても水源となる泉が幾つか点在していてな。とすると――」

 ファリード王は矢印の向かう先を指で辿り、1点を示す。

「この方向で連中が向かうとしたら、ここか」
「この場所は?」
「ナハルビア王国が首都を放棄した折り――ナハルビアの民はいくつか内陸部の拠点を放棄している。ここはその1つだ。水源があっても、王家という後ろ盾や首都という要地を失ってしまっては維持するのが難しい場所ということだな。加えて、泉も湧水量が少なくなってきていて、共同体を維持するには厳しくなっていた」

 首都への物流が途絶えてしまうと、この土地への物流も同時に途絶えてしまうということだろう。魔物や盗賊から拠点を守るための兵力もいなくなる。そうなると放置せざるをえなかった場所ということになるか。
 水の量は……カハール達にとっては過不足ない程度ということになるかも知れない。

「人数がもう少し小規模なら、拠点にはおあつらえ向きかも知れませんね」
「うむ。位置関係も些か問題だな」

 ファリード王がその拠点の場所から地図を指でなぞっていき、また1点で止まる。

「街道沿いにあるこの場所は、ナハルビアが首都を放棄し、バハルザードに併合された後の、南西部最大の街だ」
「確かに……。連中が目を付けたのは、森にも街にも、どちらにも出撃していける場所、ということになりますか」

 正確には、街道を通りかかる商人を目当てに出撃していける立地だ。

「加えて、吸血鬼が潜伏するのにはおあつらえ向きの場所だな」
「と、仰いますと……」
「泉のすぐ近くに、巨大な岩山がある。ナハルビアの者達はそれをくり抜いて内部に城砦を作ったというわけだ。ここは地下部分まで掘られている」

 それは……確かに厄介だな。日中に強襲しようが夜中に攻め入ろうが、吸血鬼達も対応できるというわけか。上の構造部分を丸ごと破壊してしまう――程度では、カハール達はともかく吸血鬼相手では安心できないだろうし。

「内部構造は分かっているのですか?」
「南西部についての資料は用意してきている。バハルザードで調査も行ったからな。連中が手を加えていなければだが、外部への出口はそれほど多くない」

 まあ……城砦だからな。攻め入られにくくしているのだろうから、当然だが。
 資料は参考程度に見ておこう。後で目を通させてもらうとして。

「話を戻そう。連中も食い物を確保しなければならない。となると、連中が目を付けたこの場所からならば、街道で野盗として略奪をすることもできるし、拠点で物資の購入もできる。例の森にも……その日の内には移動できる距離ではあるな」
「……街道で略奪したお金を使って、食料や武器を買い出したりするわけですね」

 不愉快そうにエルハーム姫が眉を顰めて呟く。

「その通りだ。カハールは宰相の職を追われる寸前、危険を察知して逃げ出した。その時にそれなりの量の金銀財宝を持ち出している。当面はそれを切り崩し、目立たないように立ち回りながら戦力を立て直すつもりだったのだろうが……。こちらに手を出してきたということは、ある程度態勢が整ったということなのだろう」
「それでも、正面から当たればバハルザードの軍が勝つのでは?」
「正面から当たれば、な。仮にカハール征伐のために大軍を動かしたとしよう。潜伏先が分からなければ補給のために軍を街道沿いに動かさざるを得んのだ。察知されれば逃げ出されてしまう」
「なるほど……。例えば、街道沿いの各拠点に見張りを用意しておいて、軍が動いたのを察知したら狼煙をあげるなどすれば良いというわけね」

 と、ローズマリーが羽扇で口元を覆いながら頷く。
 配下の者に合図を送らせて危険をいち早く察知し、砂漠の奥地に逃げることができるというわけだ。

「うむ。バハルザードが使っていないオアシスや放棄された拠点が、砂漠の奥にはまだ幾つかある。そういった場所に逃げられたら、見つけるのは中々難しくてな」

 相手のいる場所が分からないまま砂漠での捜索と戦闘……実際過酷なものになるだろう。
 そうでなくてもバハルザードは拠点周りの安定に努めていたわけで。
 カハールの潜伏先が山岳地帯か砂漠地帯であるとは薄々分かってはいても、兵を差し向けられなかった理由はそこにあるのだろう。

「国を傾けた宰相にしては中々厄介な手を使うのね」
「デュオベリス教団の手法を踏襲しているのでしょう。教団は南部の砂漠で同じようなことをしていたそうです」

 クラウディアの感想に、エルハーム姫が首を横に振る。
 かつての敵の手口か。少人数で大軍に対抗するには有効な手段なのだろうが……教団の協力者であった吸血鬼達と手を組んだことで、ノウハウを得てやりやすくなった部分もあるだろうな。

「カハールだけならばそれ程脅威ではない。人望が無いから民衆の協力を得られん。しかし……吸血鬼と組んだとなれば話は別だ。山岳地帯に俺の目を向けさせておいて動き出す予定だったのだろうが……今度こそ逃すわけにはいかん」

 そう言ってファリード王は眉根を寄せた。そうだな。逃がさないような手立てを考えないといけないだろう。
 そしてシリウス号は間者達を追って進み――やがて、砂漠にそびえる岩の城砦が遠くに見えてくるのであった。
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