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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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369 遊牧民の宴

 飛び入り参加になってしまう形だが、エルハーム姫から話を聞いた遊牧民達は随分喜んでくれているようで。
 お互いに自己紹介や、停泊している船の説明などを一通りしてから拠点の中で最も大きな天幕に通された。
 間仕切りを配置換えすれば間取りを変えることも自由にできてしまうそうで……氏族総出で準備をすれば、あっという間に宴会場に作り替えてしまえるそうだ。といっても、遊牧民達も事前の使いによってエルハーム姫が来ることを通達されていたそうで。元々宴会の準備が進められていたところもあるのだろう。

「これは……すごいですね」

 と、グレイスが天幕の中を見回して、感心したように息をつく。

「タームウィルズともシルヴァトリアとも違う感じですね……。それにしてもこれは……」

 グレイスやアシュレイの感想も分かる。床に色鮮やかで複雑な模様の絨毯が敷き詰められていて、天幕の中はまた雰囲気が違うのだ。

「興味深いのう」

 女性陣だけでなく、ジークムント老も周囲に視線を巡らし顎髭に手をやって頷いている。
 床だけでなく壁にも絨毯がかけてあったりする。遊牧民は先祖代々で織ってきた絨毯を壁や間仕切り、或いは断熱材代わりとして利用しているそうだ。絨毯は細やかな刺繍がされていて……これはタームウィルズでも交易品として高値で売られている。王城でも使われているのを見たし、貴族家でも、使っているところはあるだろう。遊牧民達の外部ではそういう高級品の部類なのである。

 グレイスやアシュレイ……他のみんなもそうだが、刺繍をする面々には壁一面、床一面の織物の刺繍に費やされた労力や価値というのが解るのだろう。

「ささ。どうぞ奥へ」

 と、族長ユーミットの勧めに従い、天幕の中に腰を落ち着ける。すぐに一族の人達が食べ物や飲み物を運んで来てくれた。遊牧民の女性陣は皆、ジャラジャラと音がしそうな細やかな装飾の耳飾りや首飾りをつけていて、何とも華やかな印象だ。

「こう、めでたい席では肉料理が食卓に並ぶこともあるそうでな」

 アウリアが説明してくれる。
 乳製品と野菜に果物が普段の食生活らしい。なのでそういった物は勿論食卓に並ぶのだが、祭事や宴会、特に大事な客が来た場合は肉料理も出るということなのだろう。
 ヨーグルトソースの掛けられた肉料理やスープなどは……まあ、タームウィルズでは見ないものだな。酸味や塩味も感じるが、全体的にさっぱりとした、まろやかな口当たりだ。ケバブも香辛料がふんだんに使われていて、香りも良い。
 グレイスにとっては色々刺激になっているのだろう。料理を一口食べるごとにゆっくりと味わっているようで。近々家で出される料理のレパートリーに加わるかも知れない。

 そこに演奏も加わる。楽士ではなく、部族の少女が楽器を持ち出して奏で始めたのだ。こちらはやはり、イルムヒルトやシーラが興味を持つ内容のようで。特に、リュートに似た楽器であるために尚更なのだろう。

「あの楽器はなにかしら?」

 と、イルムヒルトが首を傾げる。

「これはバーラマというのよ」

 と、演奏している遊牧民の少女が笑みを浮かべて答えた。リュートに比べるとネックが長い。異国情緒溢れる味わいのある音色が響き渡る。音階の使い方の違いが民族的音色の違いを生んでいるわけだな。
 後で交代の折に船から楽器を持って来て、イルムヒルトも演奏や歌を聞かせる、ということで話が纏まったらしい。

「女性陣は楽器や刺繍に興味がおありのようですな」

 ユーミットが笑みを浮かべた。

「彼女達も刺繍や演奏をしますので」

 イルムヒルトは弓も扱うしな。遊牧民とは話題が合いそうな気がする。

「ほうほう。それは興味深いですな。テオドール殿の御召し物ももしかすると?」
「ああ。そうですね。彼女達の手によるものです」

 誕生日に貰ったウェストコートだ。俺がそう答えると逆に遊牧民の女性陣の興味を引いてしまったらしく、視線がこちらに集まる。

「変わった柄」
「でも細かくて丁寧ね」
「そうね。糸も生地も、とても良いものだわ」
「北ではこういった物が流行っているのかしら?」

 と、興味津々といった様子でしげしげと刺繍を見られる。ううむ。

「こらこら。お前達。客人に失礼だろう」

 ユーミットがたしなめると、女性陣達も少し慌てたように離れた。

「申し訳ありませんな、騒がしくて」
「いえ」

 ユーミットに苦笑して答える。

「あの模様は魔法絡みの……そう、魔除けのようなものね」
「まあ。それは素敵ですわ。旦那様のために、ということですよね?」

 ローズマリーの言葉に、遊牧民の女性達が笑みを浮かべる。

「……ええ、まあ。私達の婚約者なのだけれど」

 そう言ってローズマリーは羽扇で表情を隠す。

「ふうむ。どうですかな、ユーミット殿。我らの作るものを楽しんでもらえるということなら、我らの衣服や装飾品、織物や楽器なぞをお贈りするというのは」
「ふむ。良いかも知れんのう。あちらのお嬢さんには演奏を聞かせてもらえるわけだし、持て成しだけでは釣り合うまい」

 贈り物にというぐらいなのだから本来なら交易などで得られるものなのだろう。話に聞いた通り、義理堅い人々である。エルハーム姫は俺達が彼らと親睦を深めているのが嬉しいのか、笑みを浮かべて頷いていた。



 ――と、言ったやり取りを経て、衣服に耳飾り首飾り、絨毯に楽器までもらえることになってしまった。それは良かったのだが……女性陣は何やら皆で盛り上がっていて、早速着替えてくるという話になり、遊牧民の女性達と別の天幕に着替えに行ってしまった。
 そして……最初に戻ってきたのはマルレーンだ。遊牧民のゆったりとした衣服や装飾品を身に着けて、手に元々着ていた服をしまった包みを提げて、天幕の戸口から顔を出してこちらを見てくる。

「おかえり」

 声を掛けると、マルレーンはにこりと微笑んで天幕の中に入ってくる。マルレーンに引き続いて皆も戻ってきた。勿論、全員遊牧民の衣装着用だ。セラフィナに誂えたような衣服があるのは……。

「子供のね、人形用に作ったんだって。私にももらえたの」

 と、楽しそうに天幕の中を飛び回る。

「どうかしらね」

 クラウディアが笑みを浮かべて小首を傾げる。露出度は低いので、照れている感じはない。寧ろ着替えを楽しんでいるのだろう。楽しそうな雰囲気がこちらに伝わってくる。

「ん。似合ってる。またみんなの雰囲気が変わって来るね」

 そう答えると、彼女達は顔を見合わせて微笑んだ。

「ひらひらしてるけど、動きやすくて良い感じ」

 と、シーラが着心地についての感想を述べた。まあ……この格好で家事やら放牧やらするのだろうからな。実用性も兼ね備えているのだろう。

「確かにこれは良いわね。お城にいたのでは一生着る機会なんてなかったんじゃないかしら?」
「そうね。シルヴァトリアから見るとまた距離が離れていて交易品も手に入れにくいから、これは貴重だわ」
「ふうむ。儂は今回何もしておらんのじゃがな……。まあ、森では頑張らせてもらうことでお返しとしようかの」

 ステファニア姫、アドリアーナ姫、アウリアの3人も着替えたらしい。3人とも異国情緒を楽しんでいるようで何よりである。

「はあ……ここは良いですね。あっちに羊や山羊が沢山いましたよ。人懐っこくて何とも……」

 シャルロッテとしては動物が気になるらしい。まあ……シリウス号でも移動中は手が空くと飛竜達の世話を手伝ったりしているようだからな。

「それじゃあ、私も船まで楽器を取りに行ってくるわね」

 遊牧民の格好をしたイルムヒルトがシーラと一緒に天幕を出て行った。

「テオもお着替えになられてみては如何でしょうか?」

 グレイスが笑みを向けてくる。

「あー。俺はどうかな。みんなと違ってそんなに盛り上がらないんじゃないか?」
「そんなことは。私達も見てみたいですから」

 ……ふむ。まあ。そういうことなら。
 着替えて戻ってくると、イルムヒルトとシーラもリュートを持って戻ってきていた。

「お似合いです、テオドール様」
「うむ。これは立派なものだな」

 アシュレイの言葉に、遊牧民達も頷く。

「そう、ですかね」
「立派な戦士の姿ですね」

 と、エルハーム姫が相好を崩す。
 着飾った女性陣とは少し趣が違い、何やら腰に曲刀に矢筒まで装備してしまって、これから狩りに出かけるといったような装いである。
 遊牧民達はやはり弓の腕前が凄いとのことで、ゴブリン程度の魔物なら騎射を用いて自力で軽々と撃退してしまうそうだ。

 俺はどうかと言われれば……弓に関してはBFOで少し齧った程度なので人前で披露できる腕前でもない。この格好も見せかけだけだな。うん。

 俺の着替えで場が沸いたところにイルムヒルトの演奏も加わって、遊牧民達も随分と楽しそうであった。
 こんな調子で、討魔騎士団や護衛隊の面々などと交代しつつ、遊牧民達との宴会は随分と盛り上がったのであった。
 うむ……。捕虜を抱えていることを考えるとあまり長居もできないが、思わぬところで異文化交流となってしまった。まあ、ヴェルドガルにとっては南の国境付近の安定にも繋がることなので悪いことではあるまい。
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