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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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366 王使と内通者

「とすると、バハルザード王家縁の者が乗っている竜車ということになりますか?」

 俺の質問に、ステファニア姫は顎に手をやって思案するような様子を見せる。

「或いは……使者かしらね。方向からすると向かう先は山間の遊牧民の族長達の所か、或いはヴェルドガルか……」

 ヴェルドガルに向かう……かも知れないバハルザード王家の関係者……。
 現時点ではまだ両者の抱えている事情は分からないが、これからバハルザード国内で活動するというのにこれを見逃すというわけにもいかないだろう。

「どうなさいますか?」
「んー。まずシリウス号はもう少し目立たない場所へ移動させる。竜車側を助けるとしても、厄介なことにならないよう状況を見極めてからかな」

 ここは他国なのだし、慎重に動くべきだ。特にバハルザードの情勢を聞く限り、現国王側と先王の派閥争いがあったようだし。
 幸い、竜車が待ち伏せの地点に辿り着くまでまだ少々の時間がある。視線を巡らし、カドケウスを見やる。猫の姿を取って静かにしていたが、視線が合うと椅子の上から降りてこちらを見上げてくる。

「――よし、行け」

 俺の言葉を受けたカドケウスは液状化し、床の上を滑るように艦橋を出て行った。通路を通り甲板へ出る。鳥の姿を取るとそこから飛び立った。

「まず……待ち伏せしている連中に探りを入れないとな」

 視界をリンクさせ、カドケウスを直接制御していく。
 待ち伏せをしている連中の背後から岩場に降り立つ。男達は道の向こうを見ていて、こちらには注意を払っていない。

 鳥の姿から再び液状の姿へ戻し――岩陰から岩陰へとその身を滑らせ、あっという間に連中の仕掛けた落石罠の岩の中へとその姿を埋没させる。

 連中は余計な口を利かない性質なのか。岩場に腹這いになったまま、じっと道の先の様子を窺っているようだ。
 まあ……少々引っ掻き回して探りを入れてみるとしよう。まず崖下にある道の様子を確認。誰もいないことを確かめて落石罠の中から手軽な岩を適当に見繕い、あたかも自然に崩れたかのように岩の一部を崩して道へ落とす。

 落岩が派手に砕ける音を立てると、男達は弾かれたようにそちらを見やった。

「何だ!? 何が起こった!?」

 と、男達はあちこちを見回し、警戒を払う。が、その場にいるのは男達と、岩の隙間に潜んで様子を窺うカドケウスだけだ。シリウス号も連中からは見えない岩影に入って待機中。気付けるはずもない。

「ど、どうやら罠の一部が崩れたようです」

 やがて連中は音のした方向を覗いて何が起こったのかを理解したようだった。まあ、状況から見て自然に崩れたものと勝手に判断したのだろうが。

「全く……。この罠は大丈夫なのだろうな!?」
「は、はい。強度は問題ないはずです」

 連中のリーダー格らしき男が答えた男を睨みつける。

「はず、では困るのだ! 連中が通りかかる前に仕掛けが崩れでもしてみろ! 計画が水の泡なのだぞ!」
「は、はい……!」
「もう一度、全て確認しろ! 良いな!」
「はっ!」

 リーダー格が凄むと、部下は弾かれたように他の者達に指示を飛ばす。凄まれたほうは連中の副官といったところか。
 男達はある程度手際よく、落石の罠やら布の下のバリスタやらを確認して回る。

「問題ありません!」
「全てと言ったはずだ。捕らえてある奴は? 縄や猿轡が緩んでいないか、今一度全て確認せよ」

 リーダーの言葉に頷いた部下が、バリスタの隠してある布の下から、縛られた男を引っ張り出してきた。顔に痣があって、暴力を振るわれた形跡が残っているが……その服装は先程見た遊牧民のそれとよく似ている。

「確認しましたダール様! 縄も猿轡も緩んでいません」

 その言葉に、リーダー格――ダールは鷹揚に頷くと、男を見下ろして鼻を鳴らした。

「ふん。薄汚い魔人の犬めが」

 と、ダールが吐き捨てる。
 魔人の犬……? するとこいつは……デュオベリスの信徒か? では、信徒を捕らえているこいつらは一体なんだ? 遊牧民の中に信徒がいたということか、それとも――。
 言われた信徒は最早開き直っているのか、猿轡をされたままで愉快そうに肩を震わせた。

「ふん。何やら我らに言いたいことがありそうだな」

 捕虜に侮られるのが気に食わなかったか、それとも不機嫌の憂さでも晴らそうと思ったのか、ダールは顎で指示を出し、信徒の猿轡を外させる。

「ク、クク……。その犬にまで縋るてめえらがあんまり滑稽だからよ」
「下らんな」

 ダールはそう言って笑いながら男を蹴りつけた。男は地面に転がったが、口の端から血を垂らしながらも、それでも口を噤むことをしない。

「こ、こんな格好までさせやがって。俺達のほうがまだしも義理や道理を知ってるってなもんだぜ」
「元通り縛りつけて転がしておけ。抵抗するなら多少痛めつけても構わん」

 言うと、部下達が頷いて男に再び猿轡を噛ませていた。
 ……なるほど。状況は大体分かった。義理や道理という言葉から察するに、待ち伏せ側はそれに反するような行いをしていると推察される。それを手持ちにあるバハルザードの情報に当てはめていくと……多少はこの連中の素性にも察しがついてくるか。

 デボニス大公領での話では王位継承に伴って権力の座を追われた者達は野盗に身を窶しているのではなどと言われていたが、まだ王の家臣側として名を連ねている者が謀反を企んでいる可能性も消えたわけではない。
 完璧に素性まで特定できたわけではないが……現国王を嫌う何者かがこういった工作活動をしているというわけだ。

 手口としては、デュオベリス教団の信徒を捕らえ、遊牧民の格好をさせて死体を現場に残すことで、遊牧民の中にデュオベリスの信徒が紛れ込んでいると思わせる。こんなところだろうか? 
 王と遊牧民との間に不和の種を撒くことでバハルザード王国内に混乱を起こすか……或いは現国王の力を殺ぐ、というのがその狙いだろうか。

 現国王の人となりを俺は知らないが、バハルザードが安定に向かっているところで無関係の遊牧民を巻き込んで諍いを起こそうというこいつらのやり口は……はっきり言えば気に食わないな。
 遊牧民とバハルザードが険悪になるというのも。下手をするとヴェルドガル南部に飛び火する可能性さえある。

「――どうやら待ち伏せしている側は、デュオベリス教団と遊牧民を下手人に仕立て上げようとしているものと思われます」

 俺に注目していたみんなにそう話して聞かせる。

「それは……止めなければならないわね」
「それについては同意見です。ですが、竜車側に待ち伏せしている連中の内通者がいないとも限りません。待ち伏せを事前に潰して騒動を起こすと、内通者が反応して何らかの行動に出る可能性があります」
「確かに、用意周到ですからね」
「ええ。そんな待ち伏せができること自体、内通者がいる可能性が高いわ」

 グレイスが頷き、ローズマリーが同意を示す。
 王家の使者が通る道を知っていて事前に準備ができるというのは、その情報を何らかの手段で得ているから、ということになる。落石は竜車を潰すためでなく、進路か退路を遮断する方法として用いれば使者を誘拐することも可能になるだろう。

「待ち伏せ側に察知されないように、竜車側の王家の使者と思われる人物に直接接触を試みてみましょう。こちらもある程度危険が予想されるので、僕が直接向かうことにします」



 山間の道はあまり広くも無いし、大きく曲がっている場所もある。
 従って、山陰に入ってしまえば容易に待ち伏せ側からの視線が切れる。そういった場所を上空から見繕って竜車側と接触を図ることにした。
 リンドブルムに跨がって甲板から飛び立ち、一度大きく迂回しながら目標の場所まで移動。リンドブルムには岩陰で待機していてもらう。リンドブルムが姿を見せると、待ち伏せが露見していることが察知される可能性があるからだ。
 そして……道を登ってきた竜車達の前に、道の向こうから姿を現す。

「全隊止まれ! 王使である! そこの者――道の脇に下がられよ!」

 竜車の進みが即座に停止し、先頭の兵が槍の石突きを地面に突き立てるように打ち鳴らす。

「王使とは……歩みを妨げる無礼をお許しください。ヴェルドガル王国からメルヴィン陛下の命を受けてこの国に参りました、テオドール=ガートナーと申します」

 そう答えると兵士達は顔を見合わせた。予想外の返答だったらしい。

「ヴェルドガル王国……? それは真でありましょうな?」
「はい。身の証はこれに」

 と、デボニス大公から渡された便箋を見せる。封蝋にも便箋にも大公家の家紋が刻まれている。兵士はそれを受け取ると目を丸くし、騎士らしき男にそれを手渡す。

「こ、これは……確かにバルトウィッスル家のもの……! な、何故斯様な子供が1人で……い、いや、しばし待たれよ」

 騎士は驚いた様子で便箋を受け取ると封蝋に触れた。が、流石に中を検めるのは躊躇われるらしい。少しの間固まっていたが、そのまま竜車の中へと持っていった。少しの間を置いて、騎士がこちらに向かって声を掛けてくる。

「テオドール殿と申しましたな。殿下がお会いになられるとのこと。こちらへ参られよ」
「ありがとうございます」

 殿下……殿下と言ったか。まずは竜車の前まで行き、片膝をついて貴人に対する挨拶をして、名を名乗った。

「テオドール=ガートナーと申します」
「お顔をお見せ下さいませ」

 そんな声が聞こえた。顔を上げると、そこには装飾品で着飾った女性がいた。口元をヴェールで覆い、表情は窺い知れない。服飾も衣装もやはりヴェルドガルとはかなり違うな。ドレスの刺繍も細かかったりとかなり高級そうな格好だ。

「私はバハルザード王家が第2王女、エルハーム=バハルザードと申します」
「これはご無礼を」
「いいえ。まずはお預かりしたデボニス大公の書状をお返ししましょう。私に宛てられたものではないでしょうから」

 結局中身は検めなかったらしいが……。

「……失礼を承知で申し上げます。王使と知りつつこのようにお手間を取らせておりますのは、実は内密にお耳に入れたき儀があったからなのです」
「ほう、それは?」
「このままでは話せません。しかし猶予もそれ程多くはありません。身の潔白を証明するためにも、どうか書状の中身を検めてはいただけないでしょうか。デボニス大公がこのような場合に信用を得るためにと託して下さった書状なのです」
「わかりました」

 エルハーム姫は封蝋を剥がし、書状の中身に目を通す。

「……確かに。異界大使殿の身元を証明するとの内容。この筆跡にも見覚えがあります。デボニス大公の直筆の字に、相違ありますまい」

 そう言って、エルハーム姫は竜車の中に招き入れるような仕草を見せた。

「いけません、殿下。もしものことがあれば……! この者が本当にヴェルドガル王家の使いであるというのなら、供の者1人連れていないというのもおかしな話ではありませんか」
「……では、貴公が同席し、私の身を護るということならば良いでしょう」
「……はっ」

 騎士はエルハーム姫に言われて、頭を下げた。武器の類がないか確認してもらってから竜車に乗り込む。ウロボロスとバロールは――リンドブルムに預けているからな。今は丸腰だ。どちらも呼べば手元に引き戻せはするが。
 エルハーム姫は風魔法を用いて内部の音を遮断してみせた。そしてヴェールを取り去り、素顔を見せてから尋ねてくる。

「では、お話をお伺いします」
「はい。この先、隘路の岩場にて、崖の上に落石の罠を仕掛けて待ち伏せている一団を発見しました」
「それは……真ですか?」
「はい。供の者を連れていないのもそれが理由です。曲者に察知されないように1人で先行し、もしもの場合制圧が可能なようにと、後方にて待機してもらっています」
「……なるほど。内密に、と仰った理由が分かりました。貴方はこの一団の中にも、内通者がいると考えている」
「はい」

 エルハーム姫の言葉に頷くと、騎士が目を見開く。

「斥候を放って曲者の動向も確かめました。連中は捕らえたデュオベリス教団の信徒に遊牧民の衣服を着せ、襲撃の現場に残すつもりでいるようです。このような真似をする者に、心当たりはおありですか?」

 連中の手口を説明したあたりで、エルハーム姫の表情に不愉快そうな色が覗いた。しかしそれも一瞬のこと。感情の読めない静かな表情に戻ると口を開く。

「はい。教団でないのならば先王に仕えていた元宰相――カハールの息のかかった者でしょう」
「カハール……」
「佞臣です。先王を酒色に溺れさせ、国を徒に混乱に陥れた。今は――反逆者として追われている身ですが」

 ……なるほど。やはり、元々王国の中枢にいた者達の仕業というわけだ。王宮の中に内通者が残っている理由も納得のいくものではあるか。

「私は遊牧民の族長達の下へ向かい、王からの友好の品を収め……そしてヴェルドガルからいらっしゃる使者も案内するように仰せつかっております。つまり、テオドール様をお迎えするのも私の元々の役目であったのです」
「そうでしたか……」

 つまりエルハーム姫は友好の使者というわけだな。確かに、織物や装飾品といった物資を竜車に積んでいるようだ。

「……後方に待機している供の者達というのは、曲者達を制圧できそうですか?」
「可能かと存じます。落石の罠を機能しない頃合いで潰し、それを合図にして一気に制圧するつもりでいますが……」
「では、このまま何食わぬ顔で隊を進めさせましょう。カハールの手の者を捕らえ、内通者についても調べなければなりません」

 中々……肝の据わった姫様だな。確かにそれが上策ではあるが、自分の身を危険に晒す可能性もあるというのに。
 エルハーム姫は防音の魔法を切ると、外の兵士達に向かって指示を出す。

「このまま前に進みなさい」
「はっ!」

 竜車が動き出し、もう一度話の続きをしようとエルハーム姫が防音の魔法を用いた、その時だ。
 隣で話を聞いているだけだった騎士が、懐から短刀を抜いてエルハーム姫の喉元にそれを突き付けようとした。

 一瞬遅れて、空いたもう一方の手が腰に吊るしていた曲刀の柄にかかる。こちらは抜き放ちざまに俺に叩き込まれるはずのものだったのだろう。しかし――結論から言えば血の一滴も出なかった。

「こ、これ、は……!?」
「残念」

 短刀はエルハーム姫の首には届かず、途中でシールドで阻まれていた。
 そればかりでなく、四方八方に展開したシールドにより、騎士の動きを制限してそれ以上の行動の一切を不可能にしている。
 短刀、刀の柄頭。頭上、肘、肩、膝、胸に腰、背中等々、各所をシールドで遮られ、完全に固定されていた。斬りかかることはおろか、逃げることもできない。

「な、何を……」

 エルハーム姫は突然の事態に言葉を失っていた。

「エルハーム殿下は防音の魔法をそのままにお願いします。例えば、僕が狼藉を働いたなどと下手人が外の兵士に叫んだりすると、少々面倒なことになりますので」
「えっ、ええ。そ、それは勿論です。し、しかし私の配下であった者がとんだご無礼を……」

 と、戸惑いながらもエルハーム姫は頭を下げてくる。少々気の抜けるやり取りだ。

「お気になさらず。誰も怪我はしませんでしたから」

 そんなやり取りをかわすと、騎士が激昂した。

「き、貴様――!」
「寝てろ」

 悠々と騎士の眉間に指先を伸ばし、雷魔法を発動させる。バシン、と小さな割には重そうな音が響いて、眉間と指先の間で小さな稲妻が迸ると騎士が白目を向いて座席に崩れ落ちる。魔法封印とライトバインドで完全に無力化しておくとしよう。

「早速1人、内通者が炙り出されたようですね。では――行きましょうか」

 と、目を見開いて呆気に取られているエルハーム姫に笑みを見せた。
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