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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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357 東国からの書簡

「これは大使様」

 炎熱城砦を探索して――迷宮入口に出て来たところで、石碑の近くにいた兵士達が姿勢を正して敬礼してきた。

「お務めご苦労様です」

 一礼して応対すると兵士達も愛想良く笑みを浮かべた。

「兵士の数が目に見えて増えてきているわね。父様も警戒度を上げているのでしょうね」

 ローズマリーが神殿へと向かう螺旋状の階段を登りながら、少しだけ後ろを振り返ってそんなふうに零した。

「そうですね。この場所に限らず、街中でも良く見かけますよ」
「封印の扉が開放される日が近付いてるからでしょうね」

 グレイスの言葉にアシュレイが答える。

「テオドールの見立てでは……魔人達は扉ではなく、宝珠の封印解放に合わせて戦力を集中させる、ということだったかしら」

 クラウディアが思案しながら尋ねてきたので、頷いた。

「うん。魔人達の出方も状況に合わせて変化しているみたいだからな。アルヴェリンデの行おうとした破壊工作を跳ね返した以上は、そのことも向こうに察知されてる、と考えておくべきだと思う。そうなると……敵方もますます慎重になるんじゃないかな」
「厄介ね。潜伏するか、それとも次は手出しをしてこないのか」
「まあ……裏で立ち回ろうとするんじゃないかとメルヴィン王と予想を立ててはいるけど。宝珠が集まったところで攻め込んできて力押しでまとめて奪おう、なんて可能性も考慮はしてる」
「つまりそっちも警戒しているから兵士が増えている、と」
「だと思うよ」

 シーラの言葉に頷いた。
 俺とメルヴィン王の見解では宝珠の封印が弱まるその時にこそ本命の攻撃が来る――とは考えているのだが、だからと言って別の可能性を切り捨てて良いわけもない。なので警備体制や来たるべき日への訓練に万全を期すことに変わりはないのだ。

「向こうが戦力を温存しようと考えているというのは確かにあまり良い話ではないけれど……それはわたくし達にとって利点として働くところもあるわね」

 ローズマリーが羽扇を軽く閉じたり開いたりしながら言う。

「戦力をこちらに集めようとするから、他所で工作している余裕が無くなる――かな」
「ええ。他の場所には手出しをされにくい状況ではあるわ。ザディアスが失脚して、シルヴァトリア側での基盤を失ったとしても……魔人達がそのことで今騒動を起こすのは嫌うでしょう」
「そうだな。逆に言うと次に魔人が差す手であちら側の動向も分かる」

 早いタイミングで強硬策に出てきた場合は、向こうには何らかの理由で猶予が無い、などの背景が考えられる。相手が魔人集団ということでこちらの社会とは断絶しているために情報は集めにくいが、それでも今までの動きやこれからの動きから、得られる情報はあるはずだ。

 いずれにせよ俺達はそういった考察はしながらも炎熱城砦に通い、あの場所に慣れるために訓練を兼ねた探索を行っていくだけだ。これが空振りに終わったとしても迷宮で魔物達と戦っているわけだから無駄にはなるまい。

 それと並行してシリウス号への音響砲配備と取扱いの習熟に関する訓練、ザディアス達の使った瘴気術を逆手に取った対抗術の開発、飛竜や竜騎士に装備させることで戦力を増強する魔道具の作成などを進めるとして……とりあえず今は炎熱城砦で集めてきた素材を換金するために冒険者ギルドの窓口に向かうとしよう。

「こんにちは、ヘザーさん」
「ああ、こんにちは、テオドールさん」

 受付嬢のヘザーに挨拶して素材を引き渡す。換金待ちをしていると、ヘザーが少し声のトーンを落として話しかけてきた。

「ギルド長から言伝を預かっています。テオドールさんが迷宮から出てきたら、奥へ通して欲しいとのことでした」
「分かりました」

 アウリアからか。となると、前に調べて欲しいと頼んだ件についてだろうか。

「少しギルド長と話をしてくる」
「はい。行ってらっしゃいませ」

 みんなに言い置いて冒険者ギルドの奥――アウリアの待っている執務室へと向かった。

「おお、テオドール。来たか」
「はい。こんにちは」

 挨拶を交わし、アウリアに促されて向かいに座る。出された飲み物はお茶ではなく、何やら炭酸飲料であった。

「ああ。これは魔道具をお買い上げに?」
「うむ。私物として持ち込んだものじゃが、ギルドの職員達もすっかり気に入っておるぞ」

 と、アウリアは笑った。

「さて。まあ世間話はこれぐらいにして、頼まれていた調べ物の件じゃな」
「また……早かったですね」
「竜籠で書状を東や南の冒険者ギルド支部に送ってな。色々と伝手に協力してもらったというわけじゃな。情報は早ければ早いほど良いからの」

 アウリアはそう言って鍵のかかった引き出しを開けると書類を渡してくる。……ありがたいことだ。アウリアに一礼する。

「ありがとうございます。拝見します」
「うむ。その間に地図も持って来よう」

 紙束をめくり、内容に目を通す。東で起こっていた吸血鬼事件の発生件数など、統計的な数字の推移についてまとめたものだ。ある年を境に一度増えて、その後目に見えて少なくなっている。
 地図を持って戻ってきたアウリアが、俺に言う。

「一度増えてから減っている数字があるじゃろ? それは、吸血鬼達の間で混乱が起こり、統制がつかなくなった結果として表向きに見える数字が増えた結果、と見ておる」
「例の、吸血鬼騒動があった貴族家の事件が契機となっているわけですか」
「そうさな。それにより吸血鬼達の元締めが拠点を移し、組織だった行動ができなくなったせいで末端の吸血鬼事件が表に出た、というわけじゃな」
「そして表に出た事件は解決され……吸血鬼事件の数は一気に減る、と」

 恐らくそのアウリアの見立ては正しい、と思う。事件の前であっても、他の地域との比較でも発生件数が高めであることを考えると、事件の前はそれなりに隠蔽に成功していたというところか。
 紙をめくる。事件以後周辺各地でどれだけ吸血鬼事件が起こっているかを追いかけたデータ。地図と地名、各所の発生件数を照らし合わせて見てみれば……一度吸血鬼達が放射状に広がるように逃げたのが分かる。これはやはり、状況の変化で混乱が起こったからだろう。しかしそれも少し間を置き――時間の経過と共に南西目掛けて動いて行っているのが分かる。

「ヴェルドガルを迂回して南西へ――という感じでしょうか」
「治安の良いヴェルドガルを嫌ったのであろうな。南方は或る王が圧政を敷き、一時期混乱があったから吸血鬼共も潜伏するのに丁度良かったのであろうよ。デュオベリス教団との争いにより、代替わりしても未だに混乱しているところもあるからのう」
「そして同じように、裏で暗躍するデュオベリス教団と手を結んだ――」
「という可能性はあるの」

 更に紙束をめくる。まだ封の開けられていない書簡が出てきたが……。

「開けて構わんよ。それに関しても、お主に頼まれておったものじゃ」

 今までの年代や発生件数、地名などが記された紙とは少し異なる内容がそこにはあった。東国の――吸血鬼騒動が起こった貴族家についてだ。

「あまり詮索する気はないのじゃが……やはり、グレイス殿に関してのことかの?」
「はい」

 アウリアの言葉を受けて頷く。アウリアとしては俺と吸血鬼絡みということで多少予期した部分はあるのだろうが、こうして奥に通して一対一で話す状況を作ってくれたというのはありがたいことではあるな。

「そうか。そう思ったゆえ、その貴族家に関する報告にはまだ目を通しておらんのだ。推測して思い至ってしまった以上、踏み込む領分ではない気もするゆえな」
「それは……ありがとうございます。僕としては今までは僕自身に基盤も無かったですし、年月が経ってしまったところもあるからとも思っていたのですが……ここ最近になって東に近付く機会が生まれたり、南方に魔人の手がかりが出てきてそこに吸血鬼が絡んだりと、どうにも無関係のままでとも言っていられなくなりましたからね」

 一旦言葉を切って、息を吸い、吐いてから切り出す。

「もし古い因縁があるのだとしたら、不測の事態に陥らないように事情を把握しておきたいんです。彼女と関わりのある話であるなら、彼女の望むようにしてあげたいですし、僕も力になりたいですから」
「そうか……。お主がそうやってはっきりと決めているというのは心強いことよな」

 アウリアは俺の言葉に、微笑みを浮かべる。

「この資料は……」
「持って行ってもらっても問題はないぞ。魔人に関わりのあることなら異界大使の裁量でもあるゆえ、最大限協力して欲しいとメルヴィン王から要請を受けているのじゃ」
「ありがとうございます。大切に活用させてもらいます」

 そう言って立ち上がる。アウリアが視線を向けてきたので笑みを返した。

「では、帰ってから、まずはグレイスと話をしてみます」
「うむ。それがよかろう。きちんと話をすれば後で問題が大きくなることもない」

 と、穏やかに笑うアウリアに見送られてギルドを後にしたのであった。



「グレイス。少し話をしたいんだけど、いいかな? 幾つか確認をしたいことがある」

 家に帰ってグレイスにそう声を掛けると彼女は静かに頷いた。

「はい」

 何事もみんなで相談するというのは望ましいのかも知れないが――まずは筋として、内容をグレイスだけに伝えるべきだ。みんなも交えて話をするかどうかを決められるのも、やはりグレイスだけだろうしな。
 みんなもそのあたりのことは承知してくれているらしく、真面目な話、ということが雰囲気で分かると頷いた。うん。みんなにしても色々あったからな。

 ではまず、2人で話せる環境を作らせてもらうとしよう。
 グレイスと共に和室に移動。みんなは居間で待っていてもらう。

「話って言うのは――この前母さんの家でグレイスと話をしたことに関わっていることなんだ」
「私自身のことですね」
「うん。念のためにギルドを通して吸血鬼騒動の統計を調べてもらって……。その数字から東の国にいた吸血鬼の首魁が南に移動したんじゃないかって推測している」
「――南。デュオベリス教団ですか」

 グレイスは少し目を丸くしたが、俺が何故この話をしているのかに思い至ったようだ。デュオベリス教団と吸血鬼が手を結んでいる場合、南方に赴いた場合に、グレイスにとって何かしら因縁のある相手と遭遇する可能性がある。グレイスは俺の行く場所に同行をするだろう。だから、知っておく必要はある。ある、のだろうが――。

「うん。予想外の事態は避けたいと思っているから……だけれど、それが一番の理由っていうわけじゃないんだ。もしかしたら、余計なお節介をしているのかも知れない。だからさ、グレイスが望まないのなら、この話もここで止める」

 けど、それでも。グレイスは昔、自分の母親のことを俺に話をしてくれた時に、懐かしそうに……優しい顔をしていた。
 そしてグレイスの父親も。恐らく妻子を守ろうとした。それを、グレイスも知っていて。
 だから俺は……彼らのことを知るかどうか。それを選択できるような機会を作りたかった……ということなのだろうか。言葉にするのが難しいけれど。或いは……俺を支えてくれたグレイスに、何かを返したいというだけなのかも知れない。
 しかし俺の言葉にグレイスは首を横に振った。そして、言う。

「そんなことはありません。それは――私の両親のことですね?」
「ああ」
「私が……。私がいたいと思う場所は何時だって、テオの隣です。ですから、それを知ろうとするには……きっと私の出自から迷惑をかけてしまうのではないかと、敢えて知ろうとしてこなかったところはあります。けれどそれを、テオが調べて下さったというなら、お聞きしない理由がありません。嬉しいです」

 そう言ってグレイスは胸に手を当てて微笑む。
 グレイスの目を見て頷き、アウリアから預かった書簡を渡す。内容については、一応見せられるものかどうかについては確認済みだ。

「フラムスティード……」

 フラムスティード伯爵家。それが吸血鬼事件が起きた貴族家の名。そして当主一家が行方不明になった伯爵家の名だ。これだけでは状況証拠で確たるものはないが……。そこには当事者の名と家紋が記してある。行方不明になった当主とその妻の名と。
 グレイスは書簡を指先でなぞると、目を閉じて胸にかき抱いた。

「そう……。この名も、家紋も、知っています。昔――見たことが……」

 そう言って、グレイスは俺を抱きしめてきた。
 俺からもグレイスをそっと抱き締め、その髪を撫でる。さらさらと、指の間を零れていくような感触があった。

「……ありがとうございます、テオ」

 やがてどちらからともなく離れ、そしてグレイスは頷いた。

「みんなに話をしましょう」
「良いのか?」
「はい。きっと、そうしないといけないことだと思います」
「分かった」

 俺も、グレイスの目を見て頷いた。みんなを守るための情報でもあるし、隠し事もしたくないか。うん。分かったよ。
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