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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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34 アシュレイ初陣

「スリープクラウド!」

 アシュレイが無詠唱での魔法を発動させると、彼女の手から煙が吹きつけ、通路の奥から現れたゴブリンの一団が意識を失って膝から崩れ落ちた。
 そこへグレイスが踏み込み、力任せに蹴り飛ばす。ゴム鞠のように壁に張り付いてそれっきりゴブリン達は動かなくなる。
 通路の奥から青白い魔法の矢――初級魔法マジックボルトが飛んできたが、それをこちらはマジックシールドで防ぎつつ、反撃に雷撃を叩き込む。ローブをまとったゴブリンシャーマンが短く悲鳴を上げて倒れた。
 ん。まあ、戦闘自体に問題はなさそうだ。

 アシュレイが使ったのはスリープクラウド。睡眠ガスを発生させる魔法である。下級魔法の区分ではあるが、れっきとした治癒魔法の裏に位置づけされる代物だ。

 簡単に悪用出来てしまう魔法なので普通は教えてくれない物なのだけれど、ロゼッタは割合その辺自重する気がないらしい。それともアシュレイの人となりや社会的立場を加味してのものか。

「何時の間に無詠唱を覚えたの?」

 今後もアシュレイを連れて迷宮に潜るにあたり、彼女を戦力の一角として位置づけて戦闘を組み立てていかなければならない。何が出来るか聞いて見た所、スリープクラウドが使えると言うので、初手でそれをかけてから交戦……と考えていたのだが、もう無詠唱を物にしているとは少し驚いた。

「テオドール様と迷宮に潜る事になるかもと聞いて。取り急ぎ、便利そうな魔法をいくつか無詠唱で出来るようにと、空いた時間をほとんど魔法の修練に費やしていたんです。生活魔法で無詠唱のコツも解ってきていましたし」

 ……ロゼッタが「大丈夫」と言っていたわけが解ったというか。

「怖くはありませんか、アシュレイ様?」
「大丈夫です。魔法が使える領主である以上、こういう事は避けては通れないと思いますので。いざという時、足が竦まないようにブレイブウィンドも使っていますし」

 初級魔法ブレイブウィンド。勇気を奮い起こす魔法、と言われている。
 ロゼッタの助言もあるのだろうが、中々実戦的な想定をしているようだ。
 俺もグレイスも、倒した敵があんまりスプラッターな事にならないように注意してはいるし、グレイスが解放状態となっているから、フリーになったカドケウスにはアシュレイに攻撃がいかないよう警戒をさせている。

「それにお二人が一緒ですので、心強いです」

 アシュレイの表情や声色に危うい所は感じられない。俺が最初に感じた印象よりも彼女の芯は強いのかも知れない。体力的な問題も治癒魔法の使い手なら解決できるしな。
 念の為の赤転界石も用意してあるし……この調子で進んで行こう。

 さて。今いる場所は迷宮の地下12階だ。とりあえず外の事は状況が落ち着くまで待った方がいい。面倒事を避けるために引き篭もりつつ情報収集という感じで行こう。

 地下12階は……魔法を使うゴブリンシャーマンや、巣を張って獲物がかかるのを待つヒュージスパイダーなどが出現するようになっている階層だ。
 現実であるのにレベリングと言って良いのかは疑問が残るが、安全マージンを取ったまま魔物討伐に慣れるには手頃な階層だと思う。

「敵です」

 現れたのはウッドパペットが5体。既出の魔物も段々と同時に出現する数が増えて来ているな。

「ライトバインド!」

 他の敵がいない事を確認してから連中をまとめて拘束する。今度はアシュレイが前に出て、手にしているロングメイスを振りかぶった。
 近距離戦も慣れていくと言う事で、ウッドパペットのみが相手の時は拘束してから接近戦をしてもらうという事になっている。パペット相手ならどんな倒し方をしてもトラウマになったりしないしな。

「はっ!」

 アシュレイの振り抜いたメイスは、見事にウッドパペットの頭をふっ飛ばしていった。
 彼女のロングメイスは魔法の発動体として見た場合優れているとは言い難いが……中々業物のようだ。軽量化や加速のエンチャントが施されているらしい。
 軽量化で取り回しを良くしつつも、インパクト時にそれを解除する事で威力を増大させられるという代物だそうな。腕力に優れないアシュレイでも使いやすいし威力も出せるわけだ。

 近接が得意距離である俺はともかくとして。魔術師の近接戦用の手札というのは用意しておいて損はしない。だがメイスというチョイスは……何やら俺やグレイスの影響がありそうで少々責任を感じる所が無くもない。

 グレイスは何時も通りだ。無造作にウッドパペットを斧で輪切りにしている。彼女にかかればウッドパペットなんて薪同然だな。アシュレイが一体を倒す間に両手の斧を縦横に振るって残りのパペットを平らげていた。

「お見事です」
「アシュレイ様こそ」

 2人は顔を見合わせて笑みを浮かべる。迷宮探索だというのに妙に和やかと言うか……。まあ、敵が弱いからな。

 手早く剥ぎ取りを終えて通路を進んでいくと脇に扉が見えた。扉を開けて中の様子を窺うと、部屋の真ん中に木箱が置いてある。
 さてさて。今回の探索は剥ぎ取りの他にも楽しみが増えている。
 つまり、新月を過ぎたから宝箱が復活しているのだ。この辺りの階層では大した宝も出ないだろうが、今はアシュレイのレベリングもあるし、2人と探索の基礎的な情報を共有する場面なので基本に忠実に、じっくりいこうと思うのだ。

 宝箱は通常、小部屋や大部屋に配置されているが……魔物がいないとも限らないので部屋に入る時は注意を払う必要がある。
 この部屋にも宝箱にも、罠は無いようだ。箱の中身は低級のヒーリングポーションであった。
 ポーションは外傷を手軽に治せるから所持していれば心強いのは間違いないが、持ち運ぶには結構かさばる。売り値も中々良いので持っておくか転送してしまうか少々悩む物品ではあるのだ。

「この辺はまだ無いけれど。もう少し下の階層に行くと入口や宝箱に罠が仕掛けられている事があるから気をつけてね」
「はい」
「わかりました」

 2人は頷き合う。

「ま、解除は俺がやるけど」
「私達も覚えた方が良いのでは?」
「いや。俺でいいんだ」

 罠の種類の見分け方に解除の仕方。色々覚える事も多いし一朝一夕でどうなるというものでもない。実地で怪我をしながら覚えるなんて……しなくて良いだろう。
 それにアシュレイは完全にノータッチでいた方が良い。パーティーの回復役が怪我をする事態は極力避けるべきだからだ。俺が怪我をする分には、まあアシュレイの方が治癒魔法の威力が高いので問題ないしな。

 引き続き小部屋を探索していると、地下13階に続く階段を見つけた。
 まだ転界石は溜まっていないが。ここはまあノータイムで進んでいいだろう。

「地下13階からはカッターマンティスが出てくる」

 鋭い鎌を持つ巨大カマキリである。剥ぎ取り部位である鎌は魔石抽出も出来るし、頑丈なのでそのまま道具に加工出来たりする。
 下へ降りて探索を続けていると、通路脇に少々毛色の違う扉が見えた。

「あの扉は? 模様が今までの扉と違いますが」
「大部屋だね。浅い階層だと解りやすいようになってる。中に大量の魔物がいる事があるから、入る時は注意してね」
「なるほど……。どうなさるのですか?」
「勿論突入して行く。魔物部屋が見れるなら、どういうものかとか――そういうのはこの辺りで見ておいた方が後学の為になるから」

 経験値だとかレベルと言って良いのかどうかは解らないが……魔物部屋を攻略するのは戦力増強に一役買ってくれるだろうし。

「……じゃあ行くか。アシュレイは入口の所から、あまり深くに入らないように。カドケウスが防御をしてくれるから、詠唱するなら落ち着いて出来るからね」
「――解りました」

 アシュレイが頷いて、朗々と詠唱を迷宮に響かせる。

「ラウンドガーディアン!」

 俺とグレイスの周囲に光の球体が回る。
 光魔法第4階級。防御魔法の類だ。
 対象の周囲を旋回して背中や死角からの攻撃に対して盾になってくれるという代物で、現在アシュレイの使える魔法の中では一番高度なもの、だそうな。
 呪文の完成と同時に扉を開け、グレイスと共に部屋の中に飛び込む。
 果たしてそこは――ものの見事に魔物部屋であった。蜘蛛と蟷螂という編成だ。蟻もそうだが……昆虫系の魔物はあんまり好きじゃないなぁ。まあ、蜘蛛は昆虫じゃないけどな。

「ブリザード!」

 第6階級。水と風の中級複合魔法だ。部屋の中に冷気の渦が吹き荒れると、連中の動きが目に見えて悪くなった。
 背中はグレイスとアシュレイの防御魔法に任せ、手近にいた蟷螂に躍り掛かる。
 魔法杖を風車のように回し、蟷螂の両腕を関節部から切り飛ばし、頭部を叩き潰す。魔法杖の回転に巻き込まれて蟷螂がバラバラになりながら宙を舞う。

「エアバレット」

 ヒュージスパイダーが糸を吹きかけてくるが、風魔法で押し返す。
 自分の糸を浴びて、大蜘蛛は足をバタつかせる。
 蜘蛛が自分の網に引っかからないのは粘着質でない縦糸を選択して足場にしているからである。つまり、粘着糸を押し返して浴びせてやればこんな物だ。アイシクルランスを叩き込んできっちり止めを刺し、次の敵に打ち掛かる。

 大鎌を掻い潜り、懐に飛び込む。循環状態から武技、天衝脚を放つ。魔力を乗せた蹴りを繰り出せば蟷螂は真下から垂直に吹き飛ばされる。落ちてくる所を、胴体から2つに断ち切る。

 2人にちらりと視線を送る。
 目に飛び込んできたのはグレイスに大鎌ごと粉砕されている蟷螂だ。
 グレイスは左右に持った斧を交互に投げつけては引き寄せ、投げつけては引き寄せと、冗談みたいな速度で振り回し、魔物どもをバラバラにしていく。

 アシュレイの方はと言えば、詠唱に集中しているようだ。
 当然彼女自身は無防備ではあるのだが、そこに蟷螂が不用意に接近してカドケウスに足元から串刺しにされていた。飛ばされる蜘蛛の糸も同じ。カドケウスに正確に阻まれる。カドケウスの防御は完璧だ。この辺りの階層で突破出来そうな相手はいないだろう。

「アクアジェイル!」

 水魔法第3階級。水の檻に閉じ込めて窒息させるという魔法だ。当然、昆虫にも効果は充分ある。
 カッターマンティスが立方体の水の中に閉じ込められてもがいていた。

 ――あっちも問題無さそうだな。なら、こっちはこっちに集中しよう。

「サンダークラウド!」

 雷魔法第6階級。紫電を纏う暗雲が放射状に広がっていく。
 雷撃本来の弾速の速さは無い魔法だが、あの雲に触れれば感電する。密集している魔物部屋では――避けるスペースなどない。
 視界に入っている魔物達が纏めて黒焦げになって行った。



 全滅させるまでそれほど時間もかからなかった。
 カッターマンティスとヒュージスパイダー。合わせて30匹ぐらいだろうか。蜘蛛の剥ぎ取り部位は腹部である。
 結構遠慮なく暴れたが、剥ぎ取り出来る個体もそれなりに多い。損傷が酷い場合は纏めて魔石抽出の魔法をかけるので無駄が出ないという寸法だ。気を遣いながら戦うなんて面倒だし。
 個々の単価は大した事がないが……数はそこそこなのでまずまずの収穫が期待出来そうである。
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