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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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336 結晶の魔獣

「さて……」

 外に飛び出した時点で奴は岩の鎧を解除している。鼻をひくつかせて結界に隙間がないか探っていたようだが――こちらに向き直る。
 その瞳の奥に怒りの感情をたたえたままで、低い唸り声を上げている。
 俺を敵として認識したか。それでいい。ウロボロスを構えて対峙。無造作に間合いを詰める。ベリルモールの瞬発力からすれば、既に間合いの内側だろう。

 ほんの数瞬の間を置いて、前足の爪を前に突き出したまま破城槌のように突っ込んできた。横っ飛びで回避。振り向きざま火球をぶっ放す。
 ベリルモールは結界の床面に爪を引っ掛けるようにして火花を散らしながら勢いを殺し、器用に体勢を入れ替えて向き直る。
 と、眼前に迫る火球を爪で切り裂くように撃ち落とした。その瞬間にはこちらもシールドを蹴って突っ込んでいる。
 後ろ足で立ち上がり、左右からの爪撃を繰り出してきた。踏み込みながら右を避け、左の一撃を傾斜をつけるように展開したシールドで逸らす。間合いの内側に入り込み、がら空きになった脇腹目掛けてウロボロスで薙ぎ払いを見舞う。

 命中するその寸前、結晶の盾が作り出されてこちらの攻撃が阻まれていた。頭上で杭のような岩が形成され、直下に叩き付けられる。当たる前に脇から抜けて後方へ飛ぶ。結界を蹴って反転。肉薄する。
 振るわれる爪とベリルモールの周囲から撃ち出される結晶の槍。ウロボロスで払い、ネメアとカペラで打ち落とす。牙をぶつけるような音を立てて、大顎で噛み付いてくる。鉱石を噛み砕く程の咬合力。巨体故の風圧が至近で唸る。

 爪の死角は魔力で結晶や岩を生み出して補うわけか。かなりの魔力を持っているらしく、至近での撃ち合い、斬り合いで結晶が砕けて無数に弾け飛ぶ。
 大岩を生み出してシャベルのような前足で抱え、叩き付けるように振り下ろす。跳ぶ。岩ごと結界に叩き付け、更にその岩を爪が易々と切り裂いていく。

 軋むような音を立てて、ベリルモールの背中から無数の結晶が生えてきた。針鼠のような姿となり――そこからこちらを振り返りもせずに対空砲火とばかりにぶっ放してくる。右に左にネメアとカペラにシールドを蹴らせて飛ぶが、避ける方向へ先回りするように弾幕が正確に狙いをつけてきた。

 やはり、視覚ではないな。何をどう感知しているのか。
 モグラと言えば嗅覚や聴覚が鋭いと聞くが……それはベリルモールにも当てはまるのだろうか。先程放った火球も振り向きざまに軌道を見切って打ち落としていたし、集落にあるのだろう鉱石にも鼻で嗅ぎ取って反応していた。

 例えば――魔力を嗅覚で感じ取れるとしたら? ならば目を惑わすような挙動はするだけ無駄。大技も事前に察知されてしまうだろう。あの瞬発力を以ってすれば綺麗に当てるのは中々難しい。ましてや、岩や結晶の鎧を纏えるとなれば。
 こちらも合わせるように動きを変えて、弾幕を突っ切るようにベリルモールへの最短距離を突き進む。シールドを前面に展開。受け止めず、後方へと流すような角度で散らす。命中するはずの軌道を逸らされた結晶弾がすぐ耳元を過ぎ去っていく。

「グラインドダスト!」

 土と風の複合魔法。硬砂の戦輪を作り出して肉薄する。先程のように結晶の盾では防げる術ではない。
 ベリルモールの判断は早い。背中に広がっていた結晶が腹側まで覆った。そのまま突っ込み、打ち合いに応じると見せかけて――グラインドダストが奴の鎧に触れた瞬間、魔法の制御を放棄する。回転する砂と風が、遠心力に従って四方に散った。それはつまり、術式分の魔力が四方に飛び散るということだ。煙幕――いや、レーダーを狂わせるチャフか。

 同時に高めていた魔力を内側に収めて懐に飛び込む。それで――ベリルモールの反応が僅かに遅れた。結晶の鎧の上から衝撃打法を叩き込むと、その身体が僅かに揺らぐ。
 が、巨体故のタフネスに任せて、下から掬い上げるような爪の一撃を放ってくる。シールドを張りながら爪に乗るように跳躍。
 ベリルモールは結晶の枝を伸ばしながらその場から全速離脱していき、俺がそうしたように結界を足場として利用して跳ね返ってきた。

 高速のぶちかましと、結晶の枝。性質の悪い組み合わせだ。引っ掛けてしまえば裂傷を与えられるし、面積も広いので大きく避ける必要がある。範囲が広いので敵は懐まで踏み込めず、攻防一体となっているというわけだ。
 ネメアとカペラの瞬発力を合わせて大きく飛ぶ。ベリルモールは2度、3度と高速突撃と反射を繰り返す。

「――レゾナンスマイン!」

 突っ込んでくるベリルモールの動きと速度に合わせるように。その場に共鳴の爆弾を残しながら上に飛ぶ。複数の音響弾を炸裂させて一点で衝突させる内部破壊の魔法だ。
 直撃すれば結晶の鎧など何の役にも立たない。しかし魔法の発動を感知されるのは承知の上だ。まずこのうるさい突撃を黙らせる。
 危険を察知したベリルモールが前足を結界に引っ掛けて急ブレーキをかけ、顔を逸らす。目と鼻の先でレゾナンスマインが炸裂した。音響弾の炸裂。直撃こそ避けられたが、聴覚や奴の鎧にもダメージを残せる。

 結界天井を蹴って垂直に落下。地面に激突する前でレビテーションで慣性を殺し、直角に飛んで肉薄する。
 ウロボロスに魔力を纏わせ、マジックサークルを展開しながら振り被った。ベリルモールの嗅覚は生きている。そちらに気を取られた瞬間、ネメアの爪が逆方向から叩き込まれていた。続けざま、挟み込むように再度の逆方向から頭部に衝撃打法を叩き込み、空いた左手でウロボロスを握って、至近から魔法を打ち込んだ。

「シーリングウェッジ!」

 第6階級光魔法。光の楔が鎧の亀裂からベリルモールに突き刺さる。突き刺さった場所から光の茨が伸びて、ベリルモールの身体に巻き付いていく。同時にベリルモールの纏った鎧がボロボロと崩れていった。
 母さんの遺した封印術の1つ。動きを封じるものではなく、相手の術や能力を1つ封じるというもの。魔法封印と違って実戦を想定した術であるため、発動が速いのは利点ではあるが、魔法封印と同様、抵抗を受けやすいという欠点がある。

 だが母さんは実戦で使っていた。相手の不意を突いて当てるか、そうでなければ今のように、相手に十分なダメージを与えて、意識に空白を作ってやればいいのだ。その意識の隙間に楔を打ち込み、崩す。

「ガァッ!」

 短く苛立たしげに咆哮。鎧が機能しないことを悟ったのか、ベリルモールは別の術――結晶弾に切り替えて弾幕をバラまきながら後足で立ち上がって爪を振るってくる。
 身をかわしながら踏み込み、打点をずらして勢いを殺し、シールドで受け止める。今度こそ懐を取った。ウロボロスを振り抜いて脇腹を打ち抜く。
 衝撃が突き抜け、ベリルモールの巨体がくの字に折れた。顔面が下がったところに、掬い上げるような掌底を叩き込む。

 ぐらりと揺らぐ。揺らぎながらも足元から巨大な結晶を生やして串刺しにしようと狙ってくる。大した闘争心だ。ウロボロスを地面に突き立てるように空中に飛び上がり、肩からカペラの後足を生やして頭上に飛ぶ。溜め込んだ魔力を解放。巨大なマジックサークルを展開する。鎧を失ったのなら、雷撃で撃ち抜くだけだ。結界内部に逃げ場など――。

 と、そこでベリルモールは小さな目を丸くしたかと思うと、自分から後ろにひっくり返って腹を見せた。こちらを押し止めるように、前足を眼前に翳している。

「……敵わなければ降参ってことか」

 このあたり、迷宮の魔物とは違うところだな。ベリルモールに察知されないように魔力を極力抑えていたが、全開にしたことと、今までの戦いの内容から力量差を理解したのだろう。
 そうなると、この個体自体が凶暴なのかそうでないのかを判断してやる必要があるが……。

 ベリルモールは街を襲うこともあるが鉱石が目的と言う話だったか。冒険者も鉱石を捨てて逃げたら見逃したし……積極的に人間を襲うというよりは、とにかく食い意地が張っているだけとも言える。
 マジックサークルを展開したままで地上に降り立つ。こう……完全に抵抗を止めて身体を丸くしたままひっくり返っている。

「……スリープクラウド」

 ベリルモールの鼻先に眠りの雲を浴びせてやると、そのまま全身から力が抜けた。このまま魔法封印を施してライトバインドをかけて……レビテーションで浮かせておくか。そこまでやれば、力だけでは何もできまい。



「それで、どうするのかしら、それは」

 ひっくり返ったまま寝息を立てているベリルモールを見やり、ローズマリーが羽扇を広げながら苦笑する。

「……ああいう態度を取られると、異界大使の立場としてはちょっとな」

 魔力が原因で凶暴化しているのなら最後まで戦うだろうし、ベリルモールは本能や習性に従っているだけとも言える。結構な大物だし、生息場所が場所だけに今まで敵無しだっただろうからな。
 割と知能も高いようだし、人間にとって不都合なことを学習してもらえれば共存は可能ではないか、とも思うのだが。

「鉱山に来たのは、お互いにとって不幸な事故みたいなものですからね」

 グレイスの言葉に、マルレーンも頷いている。
 かと言って、放逐することもできない。鉱脈を食い荒らしてしまうのは明らかにマイナスなのだ。

「……使い魔や召喚獣にするという手もありますね」
「目を覚ましたベリルモールがそれを承知するのならだけれどね」

 アシュレイが言うとクラウディアが眠ったままのベリルモールを見やって笑った。どちらであれ契約を結べば魔術師から魔力を受け取れるからな。今よりはかなり小食になるだろう。

「承知しなければ?」
「……迷宮の魔物と敵対しないよう腕輪をつけさせ、人間を襲えないように隷属魔法を用いてから、迷宮の旧坑道あたりで放つというのはどうかしら?」

 ……ふむ。そのあたりが落とし所だろうか? 当事者である侯爵領の住人の意見も聞きたいところだ。
 マルコムやエドガーを見やると、こちらの言いたいことが分かったのか苦笑する。

「野生のものである以上、処罰というのは些か違いますな。これ以上の被害が出ないのであれば私からは何も言うことはありません」
「元より、儂らには何もできませんでしたからな。命乞いするものに慈悲をかけないというのも後味が悪い。怪我人は出ましたが、死者は出ておりませんし」

 その言葉にドワーフ達も頷き合っている。ふむ。どうやらマルコム達は問題ないということのようだ。
 では、今後の処遇を決めるためにもベリルモールが目を覚ます前に契約の儀式の準備を進めてしまうことにしよう。



「使い魔を持っていないことと、土魔法を得意とすることが条件になるかしらね。相性が悪いと魔力を与える場合も効率が悪いし、契約も難しくなる。召喚獣でも良いけれど、その場合はマルレーンが引き受けて、やはり普段は腕輪をつけて旧坑道に篭ってもらうことになるわね」

 準備を進める傍らで、誰がベリルモールを引き受けるのかを決める。集落から道具を借りて、簡易ではあるが祭壇を築くことができた。
 マルレーンの魔力資質は雷。巫女としては夜に親和性の高いものということで、地中で暮らしているベリルモールとの相性はそこそこだと予想される。普段は暗闇にいるからだ。
 マルレーンは皆の顔を見渡して、一歩下がってから静かに頷いた。俺の顔を見た時に自分の二の腕に触れるような動作を見せたあたり、腕輪が必須になるということを気にしているようだな。

「希望する者がいなければ引き受けるっていうことでいいのかな?」

 そう尋ねると、マルレーンは笑みを浮かべて頷いた。

「土魔法なら、ステフが得意でしょう? 光魔法もだったかしら?」
「私でお役に立てるのなら引き受けるけれど……」

 アドリアーナ姫の言葉を受けて、ステファニア姫が俺を見てきたので、肯定するように頷く。他の面々からも異論は出ない。

「それなら、私が責任をもって預からせてもらうわ」
「では……始めましょうか」

 ステファニア姫がマルレーンから儀式細剣を受け取る。契約儀式の魔法陣の中心に浮かんだままのベリルモールだったが、スリープクラウドの効果を中和してやると、小さくかぶりを振って意識を取り戻した。

「私の声が分かるかしら? 話を聞く気があるのなら、首を縦に。その気がないなら、首を横に振りなさい」

 円の外からクラウディアがベリルモールに声をかける。ベリルモールはクラウディアを見やると、首を縦に振った。

「あなたは人間達の領域に迷い込んでしまった。あなたの食べ物は人間達にも必要なもの。だから、衝突した。互いにとって好ましくない出来事だったけれど、今なら他の方法で収めることができるわ」
「但しそれには私の使い魔になるか、それとも別の場所に行って静かに暮らすか。このどちらか2つの道を選ぶ必要がある。使い魔になるなら首を縦に。別の場所に行くのなら、首を横に振りなさい」

 ステファニア姫が儀式細剣の切っ先を、ベリルモールに向ける。ベリルモールは俺を見てからステファニア姫に向き直ると、はっきりと頷いた。

「では……」

 ステファニア姫は自分の指を儀式細剣で切ると、水を満たした盆に垂らし、告げた。

「これよりあなたの名は、コルリスよ」
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