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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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332 侯爵領の前途

 シリウス号はガートナー伯爵領を過ぎ去り、ブロデリック侯爵領を目指して進んでいく。
 俺にとってはあまり見慣れない景色ではあるが、街道沿いに進んでいるしマルコムも水晶板に映し出されて流れていく風景を横目に寛いでいる様子なので問題はあるまい。

「……いやはや。変われば変わるものですな。伯爵夫人は、前とは随分と印象が違っておりました」

 茶を飲んで一息ついてから、マルコムがしみじみと言う。機嫌が良さそうに見えるのは、キャスリンの一件があったからか。

「あの方も色々ありましたからね」
「私も兄として、もっとしてやれることがあったのではないかと思うのですが……」

 と、遠い目をする。どうやらキャスリンとの接し方には些か悔いがあるようだが……マルコムは先代ブロデリック侯爵に疎まれていたみたいだからな。
 諌言も厭わないマルコムに対して、先代は領地に関わらせようとしなかったようだし、そのために中央に留め置かれていたようだしな。
 そうなるとマルコムは、領地にいたキャスリンに対しても、できることは少なかったのではないだろうか。

「紆余曲折はありましたが状況も落ち着いていますし、侯爵の気持ちも今なら届いているのではないでしょうか」
「だと良いのですが」

 少し困ったようにマルコムは笑う。

「領地については最近はどうなのですか?」
「陛下と伯爵のお力添えもあり前に進んでおりますよ。何事も軌道に乗るまでが正念場ですが、やりがいのある仕事というものは良いものです」

 ふむ。先代と次男が好き勝手した分、順風満帆というわけではないのだろうが……それも含めてのやりがい、という言葉になるわけか。メルヴィン王もマルコムに関しては信頼していたようだし、堅実に仕事をしているんだろうな、という気はする。

「こうして働けるのも大使殿のお陰ではありますな。最近は胃の調子も良く、薬香があるために眠りも目覚めも快調ですので」
「そう言えば前より顔色も良いようですね」
「かも知れませんな。自分でもそう感じるぐらいではありますから」
「それは何よりです」
「テオ君の作っていた薬香には、僕も興味があるね」

 マルコムと話をしているとアルフレッドも会話に加わってきた。
 何となくだが……アルフレッドとマルコムは、話題というか気が合いそうな気がしてならないのだが。

「後でアルのところにも持っていこうか?」
「うん。一度試してみたい。僕は温泉や魔道具で疲れを残さないようにしているけれどね」
「体調管理は大事なことですからな。私は些か、自分の身体を顧みない期間が長すぎたのです」
「確かに。侯爵には僕の魔道具をお譲りしましょうか? 体力回復の術式を刻んだ魔道具を持って来ているのです」
「ほう。それはまた。しかし、アルフレッド殿にも必要なものなのでは?」
「僕はタームウィルズに戻ればまた作れますのでご遠慮なく」

 といった具合である。妙な方向で意気投合して盛り上がっている様子であるが。

「そう言えば……火精温泉が出来てから、父上と宰相は特に体調が良さそうだものね」
「ヴェルドガルもシルヴァトリアも安泰。良いことね」

 ステファニア姫が目を閉じて頷くと、アドリアーナ姫が相槌を打つ。
 メルヴィン王もそうだが、エベルバート王も瘴気の侵食から回復してジルボルト侯爵領の温泉に湯治に行けるようになっているから、健康面については大幅に改善したと見ていいだろう。何にせよ、政情が安定しているというのは良いことである。

「その点で言うならテオドールには魔力循環があるからのう」
「アシュレイ様も循環錬気で体調が良くなられたそうですね」
「そうですね。テオドール様のお陰です」

 ジークムント老とマルコムの言葉に、アシュレイは俺を見て微笑むのであった。



 やがてシリウス号はブロデリック侯爵領へ到着する。鉱山があって冶金技術も発展したという歴史もあって、外壁も街並みもかなり立派なものだ。
 領地の近くに聳える山。あれも侯爵領にいくつかある鉱山なのだろう。山体を切り崩したような、岩肌の見える作業場と、その近くの宿場町などが遠景に見える。 

 確かに現在の台所事情は苦しい部分もあるのだろうが、昔に作ったものは今でも健在である。侯爵の直轄地とその周辺に関して言うならば、空から見る限りそういった事情を感じさせないところがあるな。
 先代が名門であると自負し、外に対して見栄を張っていたのは、こういう背景もあるんだろう。

 外壁の上に立つ兵士達はシリウス号に目を丸くしていたようだが通達を受けているということもあり、通過する時には敬礼して見送りをしてくれた。
 操船席の水晶板から街の様子を見てみれば……割とドワーフの数が多いように見えるな。

「ドワーフが多いのね。やはり、鉱山の街だからということかしら?」

 ローズマリーが言うとマルコムが頷く。

「鉱山は減産の傾向にありますので人材の流出も多少はありましたが、ドワーフ達は昔気質で義理堅いですからな。侯爵領を離れる理由にはならないと考えていたようです」
「だから、相対的に目立つということね」
「そうです。侯爵領が今日までやってこれたのも、少なくなった資源を彼らが有効に使ってくれたからでしてな。ドワーフ達には頭が上がりません。そこにガートナー伯爵からの協力もあり……我が領としてもその話は実に有難いものでしてな。これでドワーフ達にも恩が返せそうです」
「なるほど……」

 ドワーフ達が頑張ったお陰か。それだけに先代侯爵の無駄遣いや、ノーマンの不正などはマルコムからして見ると忸怩たるものがあるのだろうが、そんな内心を感じさせず、やや冗談めかした口調で笑ってみせる。

 そして父さんも伯爵領側にある鉱山を見つけたということで……伯爵家と侯爵家は、求めるノウハウがお互いのところにあったりする。協力体制を維持できるならそれは望むところだし、雇用創出という面でもメリットがあるだろう。
 次期伯爵家の当主になるだろうダリルも、そのあたりの重要性は聞かされているだろうし、ブロデリック侯爵家とも血縁であるからな。今後も安泰であると言える。

「鉱山開発に関しては侯爵領からの出稼ぎ。或いは伯爵領の鉱山開発の協力という形なので、ドワーフ達も納得してくれているようですぞ」
「上手く行くと良いですね」
「ですな。そして、あれがブロデリック侯爵家の居城になります」

 街の中心に聳える城砦を指差してマルコムが言う。城も結構実戦的で立派なものだ。

「そう言えば、大使殿は神殿に用がおありとのことでしたな。神殿は居城の右手に見える――あの場所です」

 マルコムの示す指の方向を追う。街の中心部から程近い場所に月神殿が見えた。
 クラウディアを見やると、彼女は俺に頷き返してくる。転移に用いる規模としては問題がないということだろう。

「では……到着したらすぐに用事を済ませてしまいます」
「分かりました。神殿への通達は後程、間違いなく行いますので、こちらにお任せ下さい」
「ありがとうございます」



 居城の近くにある練兵場にシリウス号を停泊させ、早速馬車で神殿へと向かった。シリウス号の警備についてはラヴィーネとイグニス、アルファが行っている。ステファニア姫とアドリアーナ姫、それにアルフレッドとジークムント老達、工房組も討魔騎士団とカドケウスが護衛に付いて、マルコムと共に一足先に城へ。

 大通りを行く馬車の窓からブロデリック侯爵領の様子が見える。子供達が笑顔で通りを駆け抜けていくのを見て、マルレーンが笑みを浮かべた。

「街の人達の顔にも笑顔が見えますね」

 そんなマルレーンの様子にアシュレイは目を細め、嬉しそうに言う。うん。想像していたより活気がある。やはり、ドワーフの数は目立つが。

「評判の悪い先代と次男が失脚して、実直と言われる長男が侯爵となったわけでしょう?伯爵家と連携する堅実な方針に、信用の置けそうな領主。さぞかし領民達も安堵したでしょう」
「ヘンリー様も領民達から慕われていますから……ブロデリック侯爵領の方々にも心強いと思います」

 ローズマリーの言葉にグレイスが頷いた。
 街の様子を見ながら話をしていると、神殿の前に馬車が到着する。

「では、手早く済ませてしまいましょうか」

 クラウディアと共に馬車を降りる。クラウディアの足元でマジックサークルが輝くと、光の波が神殿の敷地と外部との境界を隔てるように走っていった。
 さて……。これで北方と東方の主だった拠点に転移可能な環境を築いたということになる。今回の旅行の目的の1つも達せられたというわけだ。
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