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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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323 宴席と改名

「おめでとう、カミラ」
「ありがとう、お父さん」

 目に涙を浮かべたカミラと、穏やかな笑みを浮かべるドナートが言葉をかわす。

「この度はおめでとうございます」

 それを見ていたケンネルが静かに頭を下げて祝福の言葉を口にする。ケンネルもまた、静かに笑みを浮かべながらもその目が赤くなっていた。

「ケンネル殿……俺もようやく安心できたよ。どうかな、今晩は飲み明かすというのは」
「いやいや、それは流石に。この後も予定がありますし、何よりドナート殿の酒豪ぶりにはついていけませんからな。ですが、手が空いたら何杯かだけならお付き合いしますぞ」
「そう来なくてはな」

 というわけで……式が終わった後は再び馬車に乗り、シルン男爵家で宴席が開かれる予定になっている。俺は一旦馬車から降りてシリウス号の回収に向かうとしよう。



 シリウス号に乗り込むと金色の狼が操船席の前に陣取っていた。甲板にもイグニスを見張りとして置いているのだが……どうやら自分でも見張り番をしていたというところか。
 俺が近付くと金狼はゆっくりと立ち上がり、操船席を譲るように動いて口の端を歪ませる。
 ……ふむ。では船を動かすとしよう。シルン男爵領に到着した時と同じように、雑木林の上空に停泊させておけばいいだろう。
 既にお祭り騒ぎになっているシルン男爵領を眺めながら、雑木林の上に移動して船を停泊させる。この後は宴席の余興も兼ねて打ち合わせもあるので、ハーベスタも一緒にシルン男爵家に連れて行く予定だ。タームウィルズから持ってきたお化けカボチャも持っていく。レビテーションでカボチャを浮かせて船を降りようとすると、金狼もまた甲板に出てきた。

「お前も、宴席に一緒に来るのか?」

 尋ねると金狼は首を横に振った。このまま飛行船の番をするといったところだろうか。まあ、造船所ではないしな。船を護っていてくれるというのならそれは有難い話ではあるのだが。

「まあ……大丈夫だろ。イグニスも待機してくれてるし、仕組みを知らなきゃ動かせない。一緒に来ると良いよ」

 そう言うと、金狼は少し逡巡した後に頷いた。
 そもそも動力源が金狼の本体なのだし神出鬼没なところがあるので、いざとなればエネルギーの供給を断てるのではなかろうか。

「それにしても……何時までもお前じゃ不便だな」

 名前を付けるのならシリウスなのだろうが、船の名前と被るしな。そう思って言葉を漏らすと、金狼がじっと俺を見つめてくる。
 ……名前をつけて構わないということだろうか?

「……アルファっていうのはどうかな?」

 群れのリーダー狼を示すアルファウルフと、おおいぬ座α星から取った名前だが。
 金狼は特に何を言うでもなく、甲板の上に鎮座している。気に入ったのかそうでないのかはよく分からないが、抗議しているようには見えない。ゆっくりと尻尾が大きく右から左へと揺れる。
 まあ……アルファで良いというところだろうか。
 というわけでイグニスに船を任せ、アルファとハーベスタ、それからお化けカボチャと共に甲板から雑木林に向かって降下する。

「っと。俺のほうが先に着いたか」

 アシュレイの屋敷に到着したものの、馬車はまだやって来ていない。カドケウスとの視界リンクで確認すると、大通りを抜けてもうすぐこちらにやってくるところのようだが。
 ふむ。お化けカボチャは場所を取るからな。先に使用人に言って、邪魔にならないところに置かせてもらおう。



 そしてみんなも屋敷に到着したところで宴席が始まった。イルムヒルト達が引き続き楽士役を買って出てくれて、明るくて楽しげな音楽が奏でられる。5人も楽士役がいるからな。交代で食事を取ったり上手くやると言っていたけれど。
 身内が多いということもあって、シルン男爵家の大広間を開放し、そこにテーブルや椅子を並べて、互いに自由に話したりできる環境を整えたようだ。

 アルファはテフラと同様に人目を集めていたが、大人しいものだ。ラヴィーネと一緒に床に座って静かにしている。アルファもマルレーンとシャルロッテに頭を撫でられていた。
どうやら実体らしきものがあるようだが。

「テオドール様、アシュレイ様。この度はおめでとうございます」
「ええ、ありがとう」

 俺達のところに男爵家の家臣達が次々挨拶にやって来る。ここは領主とその婚約者ということでしっかりと役目を果たしておこう。シルン男爵家の将来が明るいということもあって、殊更自分を売り込むような真似をするというような連中はいないようだ。あくまで礼儀に則って、今日のお祝いムードに水を差すまいとしているようである。
 シルン男爵家は色々苦労しているしな。元警備隊長のオスロが不祥事を起こしたこともあり、襟を正しているのだろう。

「エリオット様に再びお会いできるとは……しかも、それがこのようなめでたい日で……ううっ」

 俺のところにも挨拶が来るのだから、今日の主役であるエリオットとカミラも当然というか。
 シルン男爵家の家臣や使用人達に代わる代わる祝いの言葉と挨拶を受けて、結構忙しそうにしているようだ。エリオットに挨拶をするにあたり、泣いている家臣もいた。
 ステファニア姫、アドリアーナ姫のところも代わる代わる挨拶を受けているようだ。2人の姫の周囲を固めているメルセディアやエルマーも気を張っているようである。



「お疲れ様です、お2人とも」

 そして――ようやく挨拶回りが一段落し落ち着きを見せたところでグレイスが苦笑する。

「ようやく落ち着いて料理を口にできるかな」

 と、俺も苦笑して返す。
 ケンネルが何日も前から準備させていたということもあり、よく煮込まれたシチューなど絶品である。肉を口に入れた瞬間にとろけるようだ。

「美味しい」

 シーラがシチューを口に運びながら言う。演奏班はまずシーラから食事して順繰りに交代していくようだ。

「町はすごいお祭り騒ぎでした」
「うん。シリウス号からも見えてたけど、かなり盛り上がってたね」

 アシュレイの言葉に頷く。飲めや歌えやの騒ぎというか。みんな着飾って往来で踊ったり歌ったりしていた。シリウス号で乗り付けてからこっち、演出で盛り上げた甲斐があるというものだ。

「ちなみに冒険者の方々にはギルドに集まって飲んでもらうように通達を出しておりますよ。酔っぱらっても住人の方々と揉め事などが起こる可能性は低いでしょう」

 と、ベリーネが笑みを浮かべる。確かに冒険者ギルドの前でエールを満たしたジョッキを掲げて乾杯している冒険者達の姿も見えたな。
 相変わらずベリーネはそつがないと言うか。シルン男爵領に合わせた気遣いといったところか。

「ところで……そのイビルウィードが例のハーベスタ君ですか?」

 俺の背後の窓枠に置かれたハーベスタを目に留めてベリーネが尋ねてくる。ケンネルから多少の事情を聞いているのだろう。

「そうです。アシュレイが種の時から水魔法で育てたものですね」
「魔物の幼少期に環境の魔力次第で性質が決定されるというわけね。勿論、種族によって差があるから、生来凶暴な種というのもいるわ」

 クラウディアの言葉にベリーネが頷く。

「……そのお話は興味深いお話ですね」

 冒険者ギルドとしては魔物の性質に関わる話なら聞き逃せないだろう。
 ふむ。ハーベスタの話をするのなら、みんなの酒が進む前に触れておいたほうがいいのかな。父さんとマルコムにも声をかけて話をしておこう。



「――ということで、これがそのカボチャになります」

 お化けカボチャをレビテーションを使って大広間に運び込むと、おお、という歓声が上がった。アシュレイに抱えられて大人しくしているハーベスタと言い、巨大化したカボチャと言い、かなり人目を引きつける。宴席の盛り上げ役としても優秀かも知れない。
 男爵家の家臣達は領内各所の農村を治める仕事を任せられていたりするので、まあこの場所で話すというのは理に適っているのだろう。

「そんなに大きく育ってしまって、味は悪くならないのですかな?」
「料理して食べてみましたが、甘くて美味しかったですよ」
「儂も屋敷の裏手で、預かったイビルウィードを作物と一緒に植えておりますが、それらも随分大きく育っておりましたな」

 と、ケンネル。アシュレイの屋敷でもイビルウィード農法は順調なようだ。

「折角だし、このカボチャもここで料理して出してみますかな」
「それは面白い」
「では、切り分けるとしましょうか」
「私がやりましょうか? そのままレビテーションで浮かせておいてくれたら切り分けるけれど」

 ローズマリーが尋ねてくる。……ふむ。俺の水魔法での切断より見栄えがしそうだ。ここはローズマリーに任せるとしよう。
 頷くと、ローズマリーの羽扇の先にマジックサークルが展開する。そのまま羽扇を二度三度と閃かせると、お化けカボチャが魔力糸で分断された。

「今日はお祝いの席だし盛り上げないといけないものね」

 と、ローズマリーは羽扇で口元を隠して小さく笑う。使用人達が浮かんでいるカボチャを回収して厨房へと運んでいった。招待客も盛り上がっているようで、何よりである。

「今後の課題としては……こうやって大きな作物を実らせてしまって次の作付の際に土の力が無くならないかどうか。イビルウィードが世代交代をした場合はどうなるのか。後は……他の作物……特に小麦に用いた場合はどうなるかを調べていきたいと思っているのです」
「ふむ。実に興味深い話だ」
「確かに。小麦は大きくはならないでしょうが、作物の育成を助けるのであれば収穫が安定するかも知れませんな」

 父さんとマルコムは勿論、男爵領の家臣達にとっても他人事ではない。真剣な表情で頷いている。

「小さな作物が大きくなるのであればそれだけ餓えに苦しむようなことも減る。余裕が出れば家畜も肥えよう。まだ調べることは残っているようだが……。これは大変な発見やも知れん」

 父さんは真剣な面持ちで唸っている。副次的に畜産品の増産も見込めるということか。それは確かに。乳牛もそうだし、農耕馬も力が出る、となるわけだ。

「ということで……実験的に性質の変わったイビルウィードを植えて小麦を育てる農民を募って欲しいのです。連作障害が出ましたら水魔法と土魔法で地力は戻しますし、うまくいかなくても実験に協力頂いたということで謝礼はしますので。メルヴィン陛下も後押ししてくれている話でもあります」
「素晴らしい話ですな。話に興味を持っている者もおりますので、その者にも今の話を通しておきましょう。明日、屋敷を訪れてくる予定でしてな」

 ケンネルもきちんと根回しを進めてくれているらしい。ケンネルの人選ならまあ、間違いはないだろう。

「しかしそうなると……イビルウィードなどと呼称していては些かそぐわない気がしますな」
「ふうむ。性質を変えたのであれば、名前も変えるべきなのでは? ハーベスタというのは、アシュレイ様の名付けた個体でしたな」

 と、男爵領の家臣達が言葉を交わす。そして俺に集まる視線。
 ……んー。イビルウィードの改名か。

「……ノーブルリーフというのはどうですかね。彼らは僕らを庇護者というより、相棒のように思っている気がしますよ」

 野生のイビルウィードの性質も、孤高故にと思えばそうだしな。周囲の植物の生育を助けるというのもノーブルという言葉に合っているかも知れない。
 このハーベスタやイビルウィード改めノーブルリーフの話もシルン男爵領にとって明るい材料ではある。宴席の出席者には楽しそうな笑顔が目立っていた。
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