挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
326/1182

314 貪狼の爪牙

 空中で対峙したまま循環で魔力を高め、研ぎ澄ませていく。
 奴はますます笑みを深め――長い遠吠えを上げた。高く高く伸びていく獣の呼び声。そこに混ざるのは喜悦と歓喜。そんな遠吠えの終わりを合図にするかのように、どちらからともなく動いた。

 レビテーションとネメア、カペラの力を組み合わせ、初速から最大の速度で踏み込む。魔力と闘気の煌めきを空中に残光として残しながら交差。闘気を纏わせた爪と魔力を帯びたウロボロスがぶつかって火花が散る。
 弾かれない。絶妙な角度で人狼が受けて、身体が流された。逆らわずに加速しながら側転。一瞬遅れて、首を狙った爪の一撃が虚空に金色の軌跡を残す。

 即座に反転し、シールドを蹴って反射。向き直ったのはほとんど同時。すれ違いざまに互いへの攻撃を見舞う。
 鋭角の軌道を描いて幾度となく交差しながら杖と爪をぶつけ合って火花を残し、大回廊を縫うように飛び回る。速度を殺さずの高速戦だ。交わるのは刹那の一瞬。斬撃と打撃を応酬する。
 警戒すべきはその爪牙だけではない。右腕を如何にも大きく振り被り、上に意識を散らしておいて、直下から闘気を纏った膝蹴りが天を衝いた。砲弾のようなそれをすんでのところで転身しながら回避し、同時にウロボロスの横薙ぎを見舞うが、これは空いた左腕で受けられている。

 すれ違って、離れた位置で向かい合う。空中を踏みしめるように留まる人狼は、奇襲が避けられた以上は隠す必要もないということなのか、武闘家さながらの構えを見せた。

 初撃の太刀合わせから分かっていたことだが……確かな知性と近接格闘技術を持ち合わせているらしい。爪による斬撃だけでなく打撃や投げにも警戒せねばなるまい。
 分からないのは――奴が中空に留まっているその原理だ。俺のようにシールドを展開するのでもなければ、魔人達のように飛翔しているわけでもない。空中を地面のように見立てて、ただ走るのだ。
 それは――デュラハンの馬が空中を疾駆するのに印象が近い。或いは、精霊に近しい存在なのかも知れない。

 踏み込む。先程のようにはすれ違わず、足を止めて技と技の応酬になった。 
 杖とシールドで奴の攻撃を逸らし、返礼とばかりに竜杖で薙ぎ払う。奴もまたこちらの打撃の軌道を、闘気で強化した身体で受け流してくる。右腕と左足。意識を対角線上に散らしての爪による斬撃と蹴りを続けざまに放ってくる。通り過ぎたはずの足が直角の軌道を描いて落ちてきた。直撃すれば頭蓋を砕くほどの威力を持った踵落としだ。

 だが、虚空を切る。奴が捉えたのはミラージュボディによる幻影だ。脇腹目掛けてウロボロスを叩き込むが、肉の体とは思えないほどの強固な手応えが返ってきた。
 闘気で強化された奴の体毛は強固な鎧でもあるらしい。速度と膂力を併せれば、掠るだけで肉を削り取るような凶器と化す。皮一枚で避けているが、奴の体毛で頬を薄く切られている。大きく避けては反撃の威力を殺されてしまう。必要なことと割り切る。

 この分ではネメアとカペラではなかなか有効な攻撃を繰り出すことはできまい。あの体毛によって逆にダメージを負わされるのも避けたい。獅子と山羊は空中機動の補助と位置付ける。バロールも大物2匹を撃ったことにより充填した魔力をかなり使ってしまっている。ならば無理には引き戻さず、このままやり合うまでだ。

 2度目の幻影は通用しない。嗅覚か聴覚か。正確に俺のいる位置へと後ろ回し蹴りを繰り出してくる。シールドで蹴りを受け止めながら衝撃打法で反撃。だが、弾かれた勢いに任せて身体を回転させると、そのまま直上から大上段に爪を振り下ろしてきた。闘気を纏った爪は生半可なシールドでは受けられず、退いては反撃ができない。ぎりぎりまで引き付けて皮1枚で身をかわす。暴威を体現したような斬撃が身体のすぐ傍を薙いでいく。また奴の針金のような体毛が掠ったか。僅かな痛みが走る。

 だが、懐に入った。外側は堅牢無比。ならば内側は――。
 掌に魔力を集中させて螺旋状に束ね、被毛の薄い部分を狙って魔力衝撃波を叩き込む。人狼の表情が僅かに歪み、巨体が大きく後ろに飛ばされた。マジックサークルを展開。回避のできない間合いだ。

「ソリッドハンマー!」

 飛ばされた人狼目掛けて岩の塊を叩き込む。人狼はそれを見てとると、大きく息を吸い込みながら、その場で踏み止まった。
 上半身が膨らむ。そこからの力の解放。それは咆哮だ。咆哮が、指向性を伴う衝撃波と化してソリッドハンマーと激突した。相殺。微塵に砕ける岩目掛けて互いに突っ込んでいく。

 息のかかるような距離。超至近戦。竜杖の半ばを握って左右から打撃を繰り出せば、奴もまた肘打ちや膝蹴りで短い間合いに対応してくる。
 かと思えば人狼が人狼たる由縁か。頭ごと飲み込むように顎を大きく開いて齧り付いてきた。牙と牙のぶつかり合う音が、すぐ耳元で響く。問題ない。避けている。
 掌底。しかし今度は向こうも予期していたらしく、闘気を集中させた上腕で受けている。衝撃を叩き込まれるのは織り込み済みと、大きく腕を払われ、結果として互いに後ろに吹き飛ばされた。

 先程の意趣返しとばかりに人狼が腕を大きく後ろに引く。今までにないほどの闘気が膨れ上がり、引いた右腕に集中した。ぞくりと。肌の粟立つような悪寒と共に高揚が奔る。奴の動きに合わせるように大きく上へと飛んだ。

「オオオッ!」

 裂帛の気合。空間ごと引き裂くような爪の一撃。膨大な量の闘気が五重の巨大な斬撃となって唸りを上げ、先程まで俺のいた場所を薙ぎ払っていく。背後にあった石柱が輪切りとなった。
 凄まじい破壊力だが――当たらなかった攻撃に意味はない。互いに意に介さず、飛び上がった位置からそのまま矢弾のように突っ込んでいく。

 竜杖に雷を纏って切り結ぶ。生物に叩き込めば焼き焦がし、肉体の自由を奪うはずのその雷撃も、体表を覆う被毛を流れて散らされてしまう。火球も氷の槍もお構いなし。爆風を突き抜け、氷の槍は闘気を集中させて砕き散らす。耐久力を前面に押し出し、力技で突破してくる。

 ともすれば力尽くで押し潰そうと試み、それをシールドで受け流せば逆らわずに身体を流して、離れ際に闘気の斬撃を放ってくる。側転しながら回避。目まぐるしく天地が入れ替わり、弾かれるように左右に飛んで幾度となくぶつかり合う。何度かは打撃を通している。少なからず魔法を当てている。ダメージはあるのだろうが一切合切を無視して当たれば千切れるとばかりに無数の技を繰り出してくる。
 高い次元の技と、退くことのない闘争本能。そして無茶をまかり通す耐久力。ならば――。

 多重にマジックサークルを展開。ソリッドハンマーとミラージュボディ。幻影は俺の逆方向へと飛ぶが、奴は俺本体を正確に追ってくる。正面から岩を放ち、その岩を盾にするように踏み込む。
 人狼は飛来する岩を再び咆哮で迎撃しようという構えを見せた。両腕には闘気。続く俺本体を両腕に纏った闘気で迎撃しようというのだろう。放たれた衝撃波が岩を砕き――砕けた岩を突破した俺を迎え撃とうと構え――そこで横合いから飛来した岩弾が奴の側頭部に直撃した。幻影側が携えた岩だけは本物(・・・・・・)だ。

 多重にソリッドハンマーを展開して本体と幻影側と。十字に交差するように岩を放ったのだ。
 本体の位置を正確に見切れるからこそのトラップ。正面から放った岩は、敢えて砕かせた。音と臭い。双方に対する目晦ましだ。結果として予期しない角度からの攻撃が通った。被毛で受けようとも内部に衝撃を通しやすい岩の一撃を選択した。

 人狼は咆哮を放ったままの体勢で驚愕に目を丸くする。横合いからの攻撃の正体に理解が及ぶ前に、人狼のその大きく開いた口の中目掛けて、もう1つの魔法を解放した。

「砕けろ!」

 火、土複合第7階級魔法――マインエクスプロード。
 人狼の眼前で爆発が巻き起こった。火と土との複合魔法だ。岩の塊の生成。そして爆発。奴の顔面を爆風と破片とが飲み込み、引き裂く。
 ぐらりと崩れて、落ちていく。食いしばった口の端から血を零しながらも、それでも人狼は戦うことを止めなかった。その目には闘志が漲ったまま。落下しながらも右腕から巨大な爪撃を放ってくる。

 それは――最後の力を振り絞ったものか。距離を取れば、或いは人狼はすぐにでも力尽きるのかも知れない。だが反撃はさせない。無駄に苦しませもしない。きっちりと――止めを刺し切る。
 頭からそれに飛び込んでいく。五つに重なる爪撃の隙間をすり抜けて、人狼に肉薄。ありったけの魔力をウロボロスの角の先端、ただ一点に集中させる。

「貫けっ!」

 俺の声とウロボロスの咆哮とが重なる。槍を突き出すようにウロボロスで人狼の左胸を穿つ。螺旋衝撃波。細く束ねられた魔力が人狼の心臓を貫く。俺と人狼と、ひとかたまりになって地面へ落ちる。
 青い魔力の残光を残し、稲妻が落ちるように一直線に。強固な体表を呆気なく貫き、地面に縫い止めるように突き刺さる。激突と同時に大回廊の床に亀裂が走った。

 離脱し、一回転して少し離れた場所に降り立つ。心臓は貫いた。まだ立ち上がるか否か。人狼はその口から血を吐きながらも、それでも尚、俺に向かってその爪を伸ばした。だが――闘気が薄れていく。
 口の端を歪ませ、人狼が笑みを浮かべる。瞳が閉じられ、差し伸べられたその腕からも力が抜けて――それっきり動かなくなった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ