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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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309 白き飛行船

 造船所への資材及び、施設内部の備品の搬入と設置などはかなりの急ピッチで進められたようだ。エリオットの新居の家具の手配より先に討魔騎士団の訓練初日となった。
 広場に居並ぶ討魔騎士団の面々を前に、朝の挨拶をしてから訓練を開始する。

「……さて。それではまず初日ということで、基本的な訓練の内容から始めたいと思います。あちらをご覧ください」

 と言って、広場の少し離れた場所にいるシーラを示す。

「準備はいいかな?」
「ん」

 シーラが頷く。では始めよう。

「まずは基礎です。マジックシールドを用いて空中を走るところからですね」

 俺の言葉に反応し、シーラは魔道具を使用しながら広場を走る。シーラだから動きは軽快ではあるが、軽く流す程度の速度である。

「これはまあ、基本的なところです。目的としては体力と魔力の消費と鍛錬。そして魔道具の扱いに慣れてもらうことということになりますね」

 騎士は魔力、魔術師は体力の底上げが望める。

「単純ではありますが効果が高いでしょうね」

 と言うエリオットの言葉に頷く。エリオットに対しては、討魔騎士団団長ということで事前に訓練の内容を伝えてあったりする。

「ええ。そして慣れてきたらシールドだけではなく、レビテーションやエアブラストの魔道具を併用することで魔道具の使い分けと切り替えの速度と精度を上げ、訓練場一周あたりの時間を短縮していく……という方向に段階を踏んでいってもらいます」

 俺の言葉に合わせるように、シーラの一歩一歩の跳躍が大きく、速度も速いものになっていく。シーラの動き自体は変わっていないのに、魔道具を切り替えることにより、一歩一歩の移動間隔と速度が増しているのだ。
 レビテーションで蹴った後の跳躍力を増し、エアブラストで加速しているわけである。
 ヴェルドガル騎士団は既に空中戦装備を導入していることもあり……そのスムーズな魔道具の使用切り替えに目を見張っている者もいる。

 熟達すれば騎士は魔力の不足を体力と体術で補えるし、魔術師は体力の消耗をレビテーションやエアブラストの併用で補えるわけだ。どちらが有利不利とは一概に言えないところがある。

「利点としては取っ掛かりとして入りやすく、幾つかの段階があるので、それぞれの熟達に応じて内容が高度なものにしていけるわけです。最終的には今シーラが行っているような動きを、隊列を乱さずできるようになることでしょうか」

 そう言うと、何人かの者は少し思案するような表情を浮かべた。難易度を計りかねているのだろう。
 最終的な目標はなかなかハードルが高そうにも思えるが、空中移動にしては平面的な動きでしかないからな。力加減と魔道具使用の切り替えがうまく行けば案外簡単である。
 もう1つのメリットとしては内容が単純なだけに俺が迷宮攻略や魔人対策、調べ物等々、その他の所用で不在の時も討魔騎士団だけで訓練を進められることだろう。
 俺がいる時は直接指導すればいいだけの話なのだが、所用で不在ということもそれなりにあると想定される。

 その間に訓練が滞っていては話にならない。なので空中戦の訓練内容を伝えておく形だ。
 とはいえエリオットが指揮しているし、騎士団員のモチベーションも高いので積極的に進めてくれるだろう。

「イルム、次の訓練に」

 イルムヒルトの立っている場所は、色とりどりの柱が乱立していた。
トーテムポールのような、と例えれば良いのだろうか。高さによって色分けされていたり、異なる図形が描かれていたりして、一本一本違う。あれも訓練用設備だ。朝早くに足を運んでおいて、木魔法を用いて作っておいた。

「次の基礎訓練は、あの林立している柱を用いたものになります。この訓練は立体的な動きに慣れてもらうためのもの、そして瞬間的な判断力を養うためのものですね」

 こちらの訓練も簡単なものだ。俺が不在でもできるし、効果も上がる。

「では、始めます。イルム。赤、四角、三角、黄」

 俺の出した指示通りにイルムヒルトが柱の間を身をくねらせて飛び回り、色と図形に触れていく。触れると言っても別にタッチでなくても良い。イルムヒルトは泳ぐように指示された場所に触れていくが、柱を直接足場にして次の箇所へ跳ぶというのも有りだ。
 イルムヒルトが指示をこなすのを待って、4種類1セットで次の箇所を指定していく。柱の間を縫ってそれに応える。こちらの出した指示と同じようなリズムで動いているあたり、なかなかイルムヒルトは楽しんでいるように見えるが。

「赤の四角、三角、青色の三角、最上段の白」

 といった具合に指示を複雑にしてやることも可能だ。イルムヒルトはきちんと俺の指示をこなしていく。その後何セットかこなしてもらってから、終了の合図を出す。

「ありがとう、イルム」
「結構楽しかったわ」

 それは何よりだ。確かにゲーム感覚かも知れない。騎士団に振り返り、言う。

「以上のように、色と模様で分けられた箇所に、指示に従って触れていく訓練です。空中で体勢を入れ替え、目的の箇所そのものを足場にして次の場所へ移動するのが素早く行うコツですね。空中戦装備を用いて、立体的な動きと判断力を養う訓練となります」

 目的の箇所を見つけて最短距離を移動することになるので、柱と柱の間を上下左右に移動させられることになる。
 目的の箇所を足場にして次の箇所へ移動――というように、ピンボールのように移動できるようになれれば理想的といったところだが、まあ、そこまで望むのは酷かも知れない。
 その他、空中での組手、連携の仕方、瘴気弾による弾幕を想定しての回避方法など訓練を進めていく予定だ。その中でゴーレムとの演習もやってもらう形になるだろうか。

「今日はまず、魔道具を使って空中を走ってもらいます。その後休憩を挟んでゴーレムと模擬戦と行きましょうか」
「では、走り込みについてはこちらにお任せを」

 エリオットが頷く。ということで……エリオットの監督の下、騎士団の面々には造船所の広場を何周かしてもらう。不慣れな者は動きで分かるので課題などがある場合は後でアドバイスをさせてもらうことにしよう。



 既に空中戦装備の広まっていたヴェルドガル騎士団はなかなかの水準にあるようだ。他の面々も魔術師隊の精鋭や魔法大国シルヴァトリアの諜報部隊の混成ということもあり、かなり良い動きをしている。中にはぎこちない動きをしている者もいたが……周回を重ねる内に段々動きが良くなっているようだ。

 エリオット、チェスター、メルセディア、エルマー、ドノヴァンあたりはかなりハイレベルである。魔法を使える面々はレビテーションを自前で行っていたりして、軽快な足取りで跳んでいる。
 エリオットの場合は日が浅いはずだが……このへんはセンスだろうか。
 まあ……殊更助言をしなくてはいけないという人物はいないようだ。基本的な動きに問題は無いようなので訓練の意味合いで少し走ってもらうこととしよう。

「それじゃあ、こちらはこちらで作業を進めましょうか」
「魔法陣の構築と素材の準備じゃな」

 ヴァレンティナとジークムント老の言葉に頷く。
 土魔法で船を置く土台を作り、その周囲に魔法陣を描いていく。
 砕いた魔石、錬金薬、魔法薬などの触媒などを混ぜ合わせた粉を用いて、魔法陣を描き、土台を囲うように巨大な円を描く。四方には小さな円。小さな円の内部に資材を置いて準備完了といったところだ。

「では――始めます」

 みんなの視線を集めながら深呼吸する。循環。魔力を束ね、ウロボロスで増幅。ジークムント老から教えてもらった術式に従い、マジックサークルを展開する。
 呼応するように大小5つの円から淡い光の柱が立ち昇る。
 そして真ん中の大きな円の中心部に真っ白な光の球体が生まれた。四方の小さな円からそれぞれ配置された材料が巻き上げられて白い輝きの中で渦を巻く。溶けて、混ざり合う。坩堝か溶鉱炉にでも放り込まれたような具合だ。

 やがて、光の中で出来上がっていくそれを――飛行船の模型と同じ形になるよう、引き伸ばして形にしていく。
 強く、正確にイメージを描く。まずは竜骨から。土台の上に船の骨格となる部分がじわじわと長く伸びていく。シルヴァトリアで見た白ゴーレムと同じ質感の金属が、俺の思い描くイメージのまま、明確な形となって広がっていく。
 竜骨から船底の装甲へと。制御が複雑さを増すごとにマジックサークルが肥大化していった。確かに……材料が混ざる速度も精製される速度も遅い。それに制御の難しい部類の魔法だ。

「こんな速度で――この大きさを加工していくなんて……」
「凄まじいものじゃな……。通常は幾人かの術者が工程を役割分担するものなのじゃが……」

 下方の構造を安定させ強固なものにしていく。制御は手放さない。
 伸ばす。伸ばす。四方の円から資材が光の渦に巻き込まれて目減りすればするほど船の外観がその姿を現していく。
 船体側面――主翼を作る。船首、船尾部分を作り――そして甲板に至る。マジックサークルは既に第8階級と同規模にまで肥大化している。ウロボロスを強く握ったまま地面に突き立て、循環錬気で出力を増していく。

 船体上部を甲板が覆い、甲板からは艦橋が生えていくように上へと伸びていく。外装はただ一枚で作り切る。
 魔力を誘導する回路や内装などは後で船を建造する際、術式を用いて魔力を変換しない状態にして行ってやれば十分だ。
 マジックサークルは尚も広がり、輝きを増していく。俺の身体もウロボロスも、循環で高まった魔力が周囲に火花を散らしていく。

 目を閉じ、イメージを描きながら意識を集中。最後に一際マジックサークルが肥大化し……一気に艦橋上部までが形成された。

「はぁぁ……」

 全体が安定したのを確認してから術式を解き、大きく息を吐く。相当な魔力を練って放出し切った疲労感が残る。
 深呼吸してから目を開けば、模型をそのまま巨大にしたような船の姿がそこにあった。船の姿と言っても、竜骨と外装だけだが。
 魔力を込めて船体を軽く叩いてみると、受けた衝撃が魔力に変換され、装甲の表面を光の波が走っていく。ふむ……どうやらうまく行っているようだ。

「まさか――息継ぎ無しで外装全てを一度で制御し切るか……」
「もう……言葉もありません」
「先生ならばと納得するしかないのでしょうか」

 ジークムント老は目を見開き、ヴァレンティナは首を横に振る。シャルロッテは引き攣ったような笑みを浮かべていた。
 一枚岩にしてやれば魔力変換の能力も上がるという話だからな。かなり気張らせて貰ったが……。マジックサークルの規模やら光の渦やら出来上がった飛行船の外装やらと、無闇に派手だったせいか、騎士達は目を丸くして足を止めてしまっていたが……かぶりをふったエリオットに促されて周回を再開した。

「形だけなら出来上がってしまいましたね」
「白くて、綺麗な船ですよね」

 グレイスとアシュレイが船を見上げて微笑み合う。マルレーンもセラフィナと一緒に、にこにこしながら拍手してくれている。

「あっさり作ったように見えるけれど……第8か、第9階級魔法並の制御の難易度だったでしょう、今のは」
「……制御能力が足りていればこそね。時間をかければ作れるというものでもないわ」

 羽扇に隠して苦笑いを浮かべるローズマリーと、静かに目を閉じるクラウディア。

「まあ……外殻だけね。中身は何も入ってないし、建造はこれからだ」

 後はアルフレッドが加工しようとする際、装甲の魔力変換が反応しないように術式で制御したりしていかなければならない。
 心臓部や推進器の設置。魔法生物を配置して艦橋の水晶板と繋ぐ回路を這わせ、音響砲をあちこちに配置し……そういった動力部や配線の類を覆うように内装も入れていく形になる。船室に廊下に、艦橋だとか銃座だとか……結構やることは多いな。
 外側に装飾も入れるという話もあったか。飛行船は、これからじっくりと完成に近付けていくとしよう。
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