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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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28 続く道の先は

「タームウィルズに留学を――というのは、爺やが言ってくれた事なのです。爺やはそう言いながらも随分と心配そうにしていましたが……テオドール様との縁談も視野に入れて、という話だったのですね」
「……ベリーネさんの思惑もあると思いますよ。過分な期待を寄せて頂いてはいますが、僕は未だ何も成していないのです。なのでアシュレイ様とは友達としてお互いの気心を理解してから――もう少しゆっくりとこういう話を進めて、と思っていたのですが」

 俺の言葉に真剣な表情で、アシュレイは頷く。
 ロゼッタは――お茶の準備をしてくる、と部屋を出て行った。

 目を閉じて。改めてアシュレイの事を考えてみる。彼女がモーリスに言った言葉や。今までの事を。
 俺みたいな奴が、彼女の生き方や考え方をあれこれ論じるのはどうかと思うが……彼女は自身の身体の問題が解決した以上は、正しく貴族としてあろうとしているんだと思う。グレイスとの会話から察するに、だが。
 それはきっと母が歩んだ茨の道に近いものだ。アシュレイは母に対して、恩以上に憧れや尊敬に近い感情を抱いているようだし。
 だから応援……か。解るよ。グレイスの言いたい事は。

 アシュレイの考えている事を、子供が理想に燃えているだけ。現実を知らないだけと切り捨てるのは簡単だけれど。
 それを言われる事の屈辱は、知っているつもりだ。子供だから、何が悪いというのか。

 それにそんな生き方を最後まで貫いていた人だって、俺は知っている。
 でもその人は5年前のあの冬に――魔人と戦って呪われたんだと言われて、今まで助けてきた誰にも手を差し伸べられずに亡くなってしまった。
 グレイスは自分が吸血すれば助かると母に告げたけれど――あの人は首を横に振った。グレイスの身を、案じたか。
 それならば母は吸血鬼になって存在し続けられたかも知れないが、あの病気に罹患したとして、ダンピーラだから無事でいられるかどうかなんて何1つ確信が持てなかっただろうし。

 あの時――母を助けて連れて帰って来てくれたのは、契約で同行した冒険者達。父は農閑期であった為に領地を離れていて不在。父がそれを知った時には何もかもが遅かった。

 景久の記憶がある今なら……母から離れて行った連中の考えていた事も解るようにはなった。彼らにだって余裕は無かっただろうし、彼らの言う呪い――病気が伝染したらという心配であるとか、自分達に出来る事は無いとか。そういう諸々があって、子供に何が解るんだと手を振り払われた。
 雪の降る夜だった。去っていく大人達の背中を、忘れる事が出来ない。

 でも、最後まで。誰に対しても、母の口から恨み言は出てこなかった。
 けれど。俺はその理由が解ったうえで、納得出来ていない。
 何も出来る事がなくてもいい。母への感謝の言葉だけでも良かった。見捨てられてしまう最後など与えて欲しくは無かった。だから俺だってあの連中を見限って家を出たのだ。俺が出て行った後の事はどうなろうが、もう知った事ではないと思っている。

 ……グレイスであれアシュレイであれ。彼女達を認めて支えてくれるのなら。一緒に歩いてくれるなら。守ってくれる者であるなら。
 それは別に――必ずしも俺でなくても良いはずだ。どこかにはそんな者もいるのだろうし、上手く巡り合えるのならそれでいいんだと思う。
 だけど婚姻の話というものは……特に当主ともなれば、当人の自由にはならない。要するに俺は未だ現れていないその誰かを――どこかの知らない他人を、どこまで行っても信用なんか出来ないと言う事だ。

「今の時点で何を言っても、多分に願望でしかないでしょう。何も成せないようならアシュレイ様の方から遠慮なく破談なさって下さって構いません。それでも――俺にその権利を認めてくれるなら。あなたの人生に関わらせて欲しい」

 俺が婚約者になるだけで、様々な物からの防波堤になれるというのならそうする。
 だけどこんなものは全部、自分自身の為だ。見たくない物を見たくないからこうしている。俺は俺自身の為に動く。ただそれだけである。いずれアシュレイに幻滅されても仕方が無いが、母のような生き方は俺には出来ないし、するつもりもない。

 アシュレイがこれから先どういう生き方を選ぶにしても、それで俺が彼女への評価を変える事も無い。モーリスに言ってくれた言葉を、俺は忘れない。
 だからその資格を彼女達が俺に認めてくれている間だけでもいいんだ。全て、抱えられるだけ抱えて、走れるだけ走りたいと思う。

 アシュレイは俺の言葉を受けると、大きく深呼吸してから静かに言った。

「私の両親が亡くなってから……爺やは私を殆ど外には出してくれなくなりました。私も外から来るものが怖くて。それでもいいと思っていました。昔からずっと、体調を崩して横になっている事の方が多かったから。出来る事なんて、何もないって思っていて。私にはお兄様もいたから」

 ……出来る事なんか、か。

「でもお兄様も帰って来なくて。突然私が領主だなんて言われても、何をしたらいいか解らない。けれど、何時だったか聞いたんです。父と母の仇を討ってくれた人がいるって――」
「それが僕の母、ですか」

 アシュレイは目を閉じて頷く。

「沢山沢山、リサ様のお話をせがみました。それはまるで――物語の中のような人で。そんな人に……私は憧れました。私はずっと弱いままでしたけれどリサ様のようになりたかったから、立ち上がって前を向いて行こうと思えた。爺やは、私がちゃんと立てる日を待ってくれると――1人で頑張ってくれています」

 そこで言葉を切って、俺の目を見ながらアシュレイは言う。

「もう、解っているとは思うのですが。オスロの話を聞いた時――その方がガートナー伯爵家ゆかりの方だと聞いた時、リサ様のご子息ではないのかと思ったのです。私は――家を飛び出しました」

 それは確かに……謝罪の場面では俺には言えないだろう。
 母に憧れている。だからそのよしみで許して欲しい。そんな風に聞こえてしまう。
 それで……俺にではなく、グレイスと母の話をした――か。仲良くなるわけだな。

「でもテオドール様には許してもらえて、その上身体の怠さまで取っていただいて。それがとても不思議で――嬉しかった。私も大好きな物語の続きに加われたという、そんな気がしました。身体が軽くて、何でも出来るように思えて。だからそのまま離れてしまうのが嫌で、テオドール様とグレイスさんを引き留めたんです」
「その夜、でしたね。私にお話があると、訪ねてこられたのは」

 グレイスの言葉にアシュレイは頷く。

「テオドール様には……どうしても聞けませんでした」
「でもアシュレイ様は、最初から私の事も知っていらっしゃいましたね」

 母がグレイスを引き取っていた話も人伝に聞いていたのだろうか。だからダンピーラであってもアシュレイは怖がらなかった、か。
 母の話を聞いていると言う事は――細部までは知らなくとも、最後を看取ったのが俺とグレイスであった事も……知っているのかも知れない。

「はい。ですから、とてもお似合いの素敵なお二人だと思いました」

 アシュレイは微笑んだ後で少し表情を曇らせる。

「貴族である以上、多少の事は弁えているつもりなのです。縁談なんて、私にはまだまだ先の事、と思っていましたけれど」

 ケンネルがどの程度縁談絡みの事を教育していたのかは解らないが。
 少なくとも身近な事とは思っていなかったようだ。

「……ですが、それがお二方とのお話となると……後から来た私が隣にいていいだなんて。そんな事、許されるのですか?」
「私は――他の誰かではなく。アシュレイ様だったら納得ができます。リサ様に――伝えて欲しかった言葉を、アシュレイ様が持っていて下さったから」

 母に伝えて欲しかった言葉……か。
 或いは、俺が他人の口から聞かせて欲しかった言葉なのかも知れないが。

「俺の言葉はもう伝えたよ。変わらない」

 2人が俺を見てきたので、そう答える。
 誰からともなく、笑みを浮かべた。

「お茶はいかがかしらね?」

 話が纏まってから少しした所で、ノックの音が響いてお盆にティーセットを載せたロゼッタが、妙に良い笑顔で応接室に入って来た。
 このタイミング……てきぱきと紅茶を注ぎ、お茶請けを用意しているが……。

「――出待ちしてました?」

 と、突っ込みを入れると笑みを浮かべていたロゼッタの表情がそのまま固まり、視線が泳ぐ。

「まあ……いいですけどね」

 彼女も本当、心配性であるが。
 タームウィルズにいた彼女としては、俺に父がいる以上は自分の出る幕ではないと思っていたのだろうけれど――割と歯痒い思いをしていたんだろう。
 けれど俺がガートナー伯爵家で冷遇されていて、結果としてタームウィルズに来たとなると、母の事に後悔があって色々世話を焼いてやりたいとなったわけか。やや父に対して当たりが厳しい気がするのはそういう所に理由がありそうだ。

 ……明日からの事、か。まあ、時間はたっぷりあるし。ロゼッタも交えて話をしておくかな。きっとというか、間違いなく彼女も首を突っ込みたがると思うので。
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