挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
286/1206

274 王女と隠し部屋

「今日はたっぷり演奏できて楽しかったわ」

 夕食後の時間を使って演奏をし、それから貴賓室に戻ってきたイルムヒルトは満足そうに大きく伸びをする。

「ん。楽しかった」

 と、シーラが率直な感想を述べる。

「お疲れ様。前より曲の種類が増えてたね」
「みんな気に入っていたみたいですね」

 俺とグレイスの言葉に、イルムヒルトは少しはにかんだような笑みで応えた。

「シリル達に教えてもらった曲が結構あるの。みんなと一緒にこっそり練習してたのよ」

 ケンタウロスのシリル嬢。迷宮村の住人達だな。

「村の住人達が知ってる曲というのは、元々はクラウディア様が?」
「私が教えたものもあるわね。故郷に伝わっていた曲、それに村の最初の住人達が元々知っていた曲もあるわ」
 クラウディアの故郷――月から伝わった曲。それから魔物達の部族に伝わっていた曲、ということになるか。

「なかなか興味深い話だわ。知っている呪曲を伝える魔物の部族と出会うことがあったら、祖先が同じである可能性が出てくるということになるものね」

 と、ローズマリー。好奇心が刺激されたらしい。
 確かにそういうことになるか。ルーツを探ったり研究したりと、資料的な価値もあるかも知れない。

「どこかで魔物の部族に会ったら呪曲を聞かせ合ってみるのも面白いかも知れないわね」

 呪曲を扱うような魔物の種族というのは、あまり遭遇する確率が高いわけではない。敵対する可能性で言うなら更に低くなるが……一応気に留めておくか。呪曲1つで戦いになるのを回避できたりする可能性もあるからな。



 小高い山の上に建つ城の門から出て、跳ね橋を渡り、朝靄の煙る坂道を馬車で行く。目的地は領地内の月神殿だ。
 一晩が明けて――まずは早朝の内に月神殿に足を運んでしまうことにした。今日の予定としては、ステファニア姫の城でゆっくりと休息し、昼食を取ってからのんびりと出立する予定だが、隠し部屋を作るのにもそれなりに時間をかけたい。
 坂道を降りて町の中を行く。舗装された道は広く、開放感がある。朝日を浴びた大通りはまだ人通りは少ないが明るい雰囲気があった。

「姉上の領地に足を運ぶのは初めてだけれど、なかなか栄えているのね」

 馬車の窓から外を覗いてローズマリーが言うと、月神殿までの道案内を買って出たステファニアが嬉しそうな表情をする。

「あら、嬉しいわ」
「……ま、思ったよりもよ」

 そんなふうに言って、ローズマリーは羽扇で口元を隠す。ローズマリーにしてみると若干油断していたというところだろうか。ステファニア姫はローズマリーが気を許していることは嬉しいことのようだが。それをマルレーンが楽しそうに見ている。まあ、姉妹仲が良いというのは悪いことではあるまい。

「それじゃあ、すぐに済ませてしまうわ」

 月神殿に到着すると、クラウディアが馬車から降りてヴィネスドーラと同じように魔法を用いる。今度は誰に目撃されることもなく、あっさりと術式が完了した。

「これでいいわ。後で月神殿の巫女達に通達しておいてね」
「分かりました」

 クラウディアの言葉にステファニアが頷く。さて。お次は魔法建築だな。



 隠し部屋を作るにあたり……どこにどう作るかという問題が出てくる。後から付け足すわけだからして、建物の強度やらスペースやらを考慮して上手く組み込んでいかなければならない。ふむ。城だからな。外壁の強度も考慮する必要があるか。

「ふむ。魔法建築と聞いたが」

 と、ジークムント老。

「まあ、独学ですが」
「それは尚更興味深いわね」

 ジークムント老とヴァレンティナだけでなく、アドリアーナ姫も興味津々といった様子である。しかし国外の人間であるため、隠し通路の場所がばれるのは拙かろうという観点から地下通路をある程度作ってから、一時目隠しして下に降りてもらってから目隠しを取って通路を見てもらうということで話が纏まった。

 隠し通路、避難用通路の存在そのものはどこの国にもある物ということで……あることそのものは前提としてバレていても問題はない。入口などがばれなければ良いだろう。
 ということで、シルヴァトリア組の人々には貴賓室で少しの間待機していてもらう。その間にステファニア姫の部屋に移動し作業開始である。

「それじゃセラフィナ。何時も通りに頼む」
「うん。任せて」

 肩に乗ったセラフィナは嬉しそうに微笑む。セラフィナがいることで建物の強度やらが直感的に分かる。そのお陰で色々アドリブを利かせたりできるわけだ。
 まずはステファニア姫の部屋や書斎、部屋の真下に何があるのかなど、間取りなどを把握するところからだ。
 隠し部屋への扉の位置を検討。今回は……クローゼットが良いかな。クローゼットの置いてあるその裏側は……壁一枚を隔てて、ステファニア姫付きの使用人の控室。階下に物置き部屋。ふむ。土魔法で模型を作り、上手く行くかどうかを確かめてみる。……うん。行けそうだ。

「では始めます」

 使用人の控室、及び階下の物置き部屋の壁を少しずらしてやることで壁と壁の間に螺旋階段を作るスペースを確保する、というのが良さそうだ。

 まずは隠し通路への入り口となる部分にあったクローゼットをどかす。壁からゴーレムを製造。使用人の控え屋に置いてある物を少しずつずらして配置してやる。
 そのまま床の建材を排除。壁と床から作ったゴーレムを、今度は階下への階段に形成し直していく。

 階下の物置き部屋も使用人控室同様、使用するスペースからゴーレムを使って物品をどかしていく。ここから地下通路と隠し部屋を作っていくわけだ。
 床部分の建材、床下の土砂などからゴーレムを作成。下へと掘り進むと同時に石の壁として控室と物置きの、偽装用の壁を作っていく。

 控室も物置き部屋も少しだけ狭くなるが……それなりに注意深く観察しなければ分かるまい。控室はお付きの使用人だから口裏を合わせればいいし、物置き部屋はあまり頻繁に立ち入る場所ではない。壁の前に物を積んで、少し狭くなったと錯覚させる方向で行こう。
 地下通路まである程度作ったところで、待っていてもらったみんなを呼ぶことにした。

「手を握って誘導しますので、付いてきて下さい」
「ふふ。よろしくお願いするわね」

 目隠ししているヴァレンティナは中々楽しそうだ。レビテーションをかけてゆっくりと手を引いて、廊下を歩き――ステファニア姫の部屋の中へと入る。まだ完成していない入口部分からはいって、下へと降りる。
 嗅覚や歩いた方向、距離などの情報を与えないようレビテーションで移動。風魔法で周囲をガードしている。

「下り階段です。下に降りますので注意して下さい」

 螺旋階段を降りてしまえばもう目隠しを取っても大丈夫だ。その調子でジークムント老とアドリアーナ姫も階下へと案内し、それぞれに目隠しを外してもらう。
 では、作業再開といこう。

 ガートナー伯爵領と同じように偽の部屋を作り、その手前に隠し部屋を作る。通路内部を石化させて固めて補強。どんでん返しの扉と隠し部屋を作成。
 どんでん返しの場所などは後で変えさせてもらおう。これはとりあえずの見本だ。

「このへんに柱があると良いかも」
「了解」

 セラフィナのチェックが入る。ゴーレムを組み体操のように積み重ねて土塊に戻して形成、石化、強化とすることで構造を補強していく。

「ふむ。ゴーレムを作り出すことで穴を掘り、建材に変え、そして建築のための労働力にもしてしまうわけじゃな。合理的じゃのう」
「合理的ではありますが、真似はできませんね。壁を作ったり穴を掘ったりの傍らでゴーレムを操っての並行作業となると、これは相当な難易度になります」
「うむ。この速度と精度は驚異的じゃな。土魔法が専門でもあるまいに」

 ジークムント老とヴァレンティナが魔法建築をそんなふうに分析している。身内にこう、分析される傍らで作業を進めるというのもやや気恥ずかしいが……まあ、手は抜くまい。

 隠し部屋から斜め下に穴を掘っていく。非常時に脱出するための通路だ。城の立っている小高い山の斜面に出るはずである。そこそこの距離まで掘り進めるが、最後までは作らない。ステファニア姫自身がこのトンネルを使う際に土魔法でトンネルを開通させれば十分だからだ。

「ここは非常時に脱出するための通路です。このまま穴を掘れば地上に出ますので、必要になった時に土魔法で突き当たりを掘り進めるというのが良いかと」
「ええ、分かったわ」

 やるべきことは一通りやった。これで作業終了と言ったところか。

「とまあ、こんなところです」
「息継ぎの跡が見当たりませんね……」

 ヴァレンティナが壁に触れてそんなふうに呟く。息継ぎというのは……魔法の処理の合間のことだろうな。迷宮商会の店主であるミリアムも魔法建築に関しては継ぎ目の話をしていたっけ。

「……うむ……。色々と常識外れなことをしておるな。お主は独学と言ったが……他の者には参考になるまいて」

 ジークムント老は壁や柱を見ながら言う。

「うーん。良いわね、これは」
「でしょう? 何というか、心くすぐられるものがあるわ」

 ステファニア姫がアドリアーナ姫と楽しそうに隠し部屋の中を見て回っている。次いで、隠し部屋入口のどんでん返しなどをアドリアーナ姫とぐるぐると回して遊んでいる。あれは見本だ。最後の仕上げとして皆に出て行ってもらってから場所などを変える予定である。
 ステファニア姫の部屋にある隠し通路入口部分はクローゼットであるが、どんでん返し部分は衣装箪笥の中に入り、一部分だけ回転して隠し通路側に入れるという仕様にする予定である。通路側から隠し扉に閂をかけられるようにするなどして、後からは入って来れないようにしよう。

「どうしたものかしら。保存食や武器、魔道書を保管しておくというところまでは良いとして、机と椅子に寝台に……間取りはどうしようかしらね。タームウィルズに行っている間に考えておかなくちゃいけないわ」

 気に入ってくれたなら何よりであるが。避難部屋というより秘密基地だな、これでは。
 脱出口は敢えて完成させなかったし、ステファニア姫はこれで公私の分別もある人のようだから城外に脱走するために使うということはないだろうが、用もないのに隠れたりするぐらいはするかも知れない。
 まあ……いいか。この調子でフォブレスター侯爵領にも立ち寄り、隠し部屋を作ってタームウィルズへ帰ることとしよう。
2月9日5:10頃、本文加筆修正しました。
シルヴァトリア側の者が隠し通路の入口部分が分かってしまうのは拙いとご指摘がありましたので、目隠しして分からなくする、
隠し通路入口をクローゼットの中にするなどの修正です。
話の流れそのものには変化がありません。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ