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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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26 アシュレイの気持ち

「アシュレイと同じ症状って、強い魔力を持っている者に時々見られるのよ」

 ロゼッタにアシュレイの身体についての意見を聞いて見ると、そんな事を言われた。
 強い魔力を持っているから必ずそうなる、というわけではないらしいが……体質的なものに強い魔力が合わさると起こりやすい傾向があるという、複合的なものらしい。

「つまり、よく熱を出したり体調を崩したりというのは体質から来る副次的な物で――そう言う意味では魔法や薬を用いても根本的な治療法とはならないわね。解決法としては魔力制御を鍛え、心身を鍛えるというのもあるけれど」
「僕が循環錬気で治療を続けるのは?」

 そう尋ねると、ロゼッタは僅かに目を細めた。

「あなたの方法は非常に効果的だと思うわ。私も魔力循環を覚えようと研究したもの。文献も少なかったし、結局私の資質には向かないって解ったからね。だからあなたが……それを使えるというのは驚きなんだけれどね」
「……なら、アシュレイ様の治療はこのまま僕が続けます」
「それが良いと思うわ。そんな巡り合わせって中々無いものね」

 ……ロゼッタが治癒魔法を志した理由とか、特性を抑える母の呪具の本来(・・)の目的とか。それらは色々繋がっているのかも知れない。
 ロゼッタは俺がどうやって、どんな経緯で魔力循環を覚えたのかを聞いてこなかった。

 ――目的が母の為だったと思っているのか。
 それは違うけれど。俺だって使えるものならばもっと早く使えるようになりたかったとは思う。
 だからきっと、これも俺の望んでいた力には違いないのだろうが。

 ロゼッタは穏やかに微笑んでいたが、ふと何かを思い出したかのような表情になって言ってきた。

「あ、もう少しここにいて貰えると助かるわ」
「まだ何かあるんですか?」

 タルコットの話は解決したようだし、ロゼッタに聞くべき事も聞いた。
 俺達が空き教室にいる理由も無いように思うんだが。

「んん。あなた達に何かあるってわけでもないんだけどね。ただ鉢合わせすると――」
「――困ります、伯爵! その方は居合わせただけで関係が無いのですから!」
「何を言うか。不肖の息子が迷惑をかけたのなら挨拶ぐらいはせねばならんだろう?」

 ロゼッタは、廊下の向こうから聞こえてきた声に額の辺りを抑えた。

「……あれほど知らせるなって言ったのに」

 ……なるほど。鉢合わせ、ね。直接御本人が出向いてきたわけか。

「ここだな!?」

 空き教室の扉が乱暴に開け放たれ、中年太りした男が飛び込んできた。身なりは良いが粗野な雰囲気がある。
 モーリス伯爵、か。
 室内を見渡し――俺の所で視線が止まる。
 それまでいかにも不満げな表情をしていたくせに、俺を見つけた途端、笑みを浮かべた。ただ、目だけは全く笑っていない。

「やあ、君かね。タルコットを止めてくれたというのは」

 モーリスはそんな剣呑な表情を維持したまま、両手を広げて近付いてくる。

「ロード=カーディフ。彼は――」

 ロゼッタが間に入ろうとするが、モーリスは笑みを浮かべたままで言う。

「何かね君は。私は恩人に礼を言うだけだ。そこを退きたまえよ」
「いえ、ですから話を――あっ」
「僕に御用があるようですので」

 俺の事でロゼッタに累が及ぶのもな。腰を浮かせかけたグレイスやアシュレイを手で制して、ロゼッタの前に出る。
 いやはや。全く白々しいったらない。半端に知恵が回るだけ嫌な手合いだ。

「ふむ。私はモーリス=トーラム=カーディフ。カーディフ伯爵家の当主だ」
「テオドール=ガートナーと申します」

 建前だけの礼儀作法に則った自己紹介。
 向こうに合わせるように俺も挨拶はしてやる。

「タルコットが世話になったらしいな。いや、その歳で全く素晴らしいものだ。お互い怪我が無くて何よりだったな」

 えーと。意訳すると、タルコットの行動や処分よりも、お互い無傷で終わったのが気に入らない、と。
 俺が無傷でタルコットを制圧したのも、タルコットが俺を傷付けられなかったのも。モーリスとしては己の沽券に関わるとでも思ったか。年下だからという部分もあるだろう。
 というか……今更そんな所にだけ恥を感じるぐらいなら、色々気を回すべき所があると思うけどな。

「ルールの決まった試合の上での事でしたので」

 というのは本当。
 殺傷能力の高い魔法の使用が前提になるのなら、俺だってもっと確実に沈められる戦い方を選ぶし。

「そうかねそうかね。大変優秀で結構な事だな。礼儀作法も身に着けておるようだし、これはなかなかのものだ」
「恐れ入ります」
「だが思い出せんのだ。ガートナー伯爵家の嫡子は2人いたはずだが、君はどちらの方だったかな?」
「……どちらでもありません」
「ほう? とすると、君は庶子かね?」

 片目だけを細め、口の端を吊り上げる。モーリスの顔に浮かんだのは嘲笑だった。

「――ああ、そういえば、聞いた事があるな。ガートナー伯爵家のもう一人(・・・・)の話は。とすると困った物だ。私は君をご兄弟の内のどちらかだと思ったからこそ無礼があってはいけないと、わざわざ挨拶に来たのだが。どうやら勘違いをしてしまったようだ」

 何が勘違いだ。最初から……俺の出自を知ってたな?
 何をしに来たのかと思っていたが。要するに俺を怒らせて意趣返しするなり、利益を引き出すなりしようというわけだ。
 だとしたら見込み違いだ。俺が自分が庶子である事ぐらいで引け目を感じているとでも――。

「――君のご母堂は聖女などと言われて有名ではあるが……貴族の出ではなかっただろう?」
「モーリス伯爵ッ!」
「リサ様の、事をッ!」

 ロゼッタの咎めるような声。グレイスも椅子を倒して立ち上がったのが解った。
 モーリスは彼女達に構わず、笑みを浮かべて俺に言う。

「5年前、だったか。私はここにいたから難を逃れたがね。地方の――私の領地でも下賤な者(・・・・)が大量に野垂れ死んだようだ。いやはや。全くあれは災難であったが」

 ――。
 下賤……だと? 野垂れ死んだだと?
 お前のような奴が言うのか? 中央でぬくぬく肥え太った豚が。
 母さんの生き方を。死に方を語るのか?
 こいつ――こいつは殺――

「あなたに――何が解るのです!!」

 真っ白になった頭で、目の前の豚を確実に消し飛ばせるだけの術式を組み上げていたが。
 俺の頭を冷やしたのは、そんな怒りの声だった。
 え……アシュレイ?
 アシュレイが目尻に涙を溜めて、そんな風に叫んでいた。
 見れば、指輪に手を掛けたグレイスも、今にも殴り掛かろうとしていたロゼッタも……驚いた表情でアシュレイの剣幕に固まっている。

「あなたなどに何が解るのです! リサ様の事を! 私達の事を! あの方がいたから、沢山の人が助かった! それだけじゃない! 私の父と母の仇を討ってくれた! その方を侮辱するような言動! 恥を知りなさい!」

 ああ――そうか。彼女は、知っていたのか。
 だからグレイスも彼女の事を気に入っていたんだな。

「小娘……誰に対して口を利いているのか解っているのか?」
「あなたこそ、ご自分が何を言ったのか解っておいでですか! シルン男爵家の当主として、当家の恩人と父母を下賤と侮った事を看過する事は出来ません!」
「シルン男爵家だと……?」

 モーリスは一瞬眉を顰めたが。
 思わぬ伏兵が現れた事に状況が読めなくなったか、舌打ちすると部屋を出て行った。
 明確な言い回しはしなかったが、面と向かって別の貴族の当主を侮蔑したようなものだからな。
 伯爵家から見れば下の家柄とは言え、このタイミングで失点を重ねるのは拙いとでも思ったか。

 だが――解った。解ったよ。
 この場は――母の為に怒ってくれたアシュレイの顔を立てて見逃してやる。
 だが……お前は明確に俺の敵になった。
 必ずだ。必ず今の言動のつけは払ってもらう。

「ごめん、なさい。テオドール様、私――」

 アシュレイは口元を抑えて小さな嗚咽を漏らしている。

「アシュレイ様が謝る必要は、どこにもありません」

 グレイスも無理に指輪を外そうとしたから爪から血が滴っているし。ロゼッタも怒りを落ち着けるように深呼吸をしている。
 はぁ。割と無茶苦茶だ。アシュレイの声がもう少し遅かったら3人の中の誰かがあの豚を叩き潰していただろう。そうなっても後悔も呵責もないだろうが、面倒な事になったのは間違いない。

 ――冷静に、だ。アシュレイが代わりに怒って、言いたい事を言ってくれたような物だから。その分だけ冷静に立ち回れ。
 俺だけの事で済むなら突っ走るのもいいだろう。だがその結果でグレイスやロゼッタを苦境に立たせてどうする。あの程度の豚を処断するのに、代償など毛ほども支払ってやるものか。
 大きく息をつく。

「……グレイス。手を」
「申し訳、ありません。私は――」
「良いよ。解ってる」

 アシュレイの肩を抱いているグレイスの、力無く垂れ下がっている手を取って、治癒魔法を掛ける。
 あそこで叫んだのが。この中では一番母さんからは遠い位置にいるはずだったアシュレイじゃなかったら。間違いなく行く所まで行っていたな。
 母さんのした事を。その命を賭して成した事を。
 身内以外の誰かがそこまで思ってくれているんだと解ったから。それがアシュレイみたいな、大人しい子だったから、か。

「……ありがとうございます。アシュレイ様」

 アシュレイは小さく首を横に振る。ごめんなさいと、何故だか謝られてしまう。何で謝っているかは……彼女自身解っていないのだろう。
 少々混乱している感じがする。
 こんなにも強く怒った事自体初めての事なんじゃないだろうか。何も――アシュレイは悪い事なんかしてないのにな。
 彼女の頬をそっとハンカチで拭うと、彼女は驚いたように顔を上げて、またぽろぽろと涙を零すのであった。
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