挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
277/1183

265 技術交流

「いずれにせよ、こうして回復したからには王城には挨拶へ向かわねばならんな。じゃが、その前にテオドールよ。お主の連れを、もう少し詳しく紹介してはくれんかね」
「そうですね。では――」

 記憶を戻す際に互いの名前を軽く自己紹介したぐらいで済ませていたからな。
 とにかくザディアスと戦った後、その足で学連に来たので戦闘用のドレスに武器を装備という出で立ちだったりする。何の集まりなのかという疑問は解決していないだろう。
 自己紹介の際にローズマリーやマルレーンに反応しなかったが……長老達の記憶封印の時期が、彼女達の名前がシルヴァトリアに伝わる前だったからだろうか。

 ということで皆を紹介するのだが……婚約者であるとか、王家からの降嫁という肩書きが連続で出てきて、みんなの表情が怪訝そうな顔から引き攣ったような笑いになっていくのが何とも言えなかった。
 シーラやイルムヒルトあたりでようやく婚約者という肩書きが途切れたのでジークムント老はやや安心したようにも見えたが。

「……確かに……魔人を撃破した実績があるのならば、そうもなるか」
「グレイスは僕が生まれてすぐに母さんと暮らし始めていますので……僕が物心ついていない時期の話も聞けるかも知れません」
「ほう。その話には興味があるのう。落ち着いたらゆっくり聞かせてもらいたいものだ」

 ジークムント老の言葉にグレイスは静かに一礼すると胸に手を当てて笑みを浮かべた。指輪に目を留めたジークムント老が瞑目する。

「その、指輪は?」
「母さんの作ったものです」
「この指輪は、今日まで私のことを守ってくれた大切な物なのです」
「封印の指輪か。それは本来、巫女から巫女へと代々伝えられる術じゃな。パトリシアは自分自身の体質を弱めるのに応用していた。グレイス殿の身を守るというのであれば、そのまま大切にするのが良いのであろう」
「ありがとうございます」

 グレイスは指輪に自分の手を重ねて頷く。と――その時、使者が戻ってきた。

「お邪魔でしたでしょうか?」
「いいえ。こちらの話も一段落というところです」

 そう答えると使者は相好を崩す。

「そうでしたか。上層に至るまで、塔の中にいた者達の全員の投降を確認しております。ついては……七家の方々にもお話を伺いたく、王城まで同行していただきたいのですが。勿論、体調不良などがありましたら、日を改めます」
「ふむ。渡りに船という奴じゃな。王城には儂自ら赴こう」
「ジークムント様。私もお供します」

 ジークムント老が立ち上がると、ヴァレンティナも続いた。



「……恐らくヴォルハイムの奴じゃな。儂の書斎が荒らされておったわ」

 数分後。準備の整ったジークムント老が渋面を浮かべて部屋から出てくる。
 ローブを纏い魔法杖を持って、長老という肩書きに相応しい、随分と威厳のある格好になっている。

「何か持ち出されていたのですか?」

 と、ヴァレンティナ。彼女も白地に刺繍の施されたローブを纏い、魔法杖を所持してと着替えてきたようである。

「いいや。記憶を封印をするにあたり本当に重要な資料や触媒などは、魔法の鍵をかけた宝物庫に運び込んでおるのでな。本がひっくり返されていた程度じゃよ。宝物庫に立ち入るには、儂の記憶が戻らねばならん」

 ジークムント老はにやりと笑う。
 結局ザディアスやヴォルハイムは宝物庫に踏み入ることも出来なかったわけだ。ヴォルハイム派の魔術師やらも瘴気術などを研究から作り出したわけだから、それはそれで頑張ってはいたのだろうが。

「では、参りましょう」

 使者に促され、馬車に乗って王城へ向かう。
 王城に着くと中庭に落ちている飛行船であるとか、破壊された壁の瓦礫であるとかに目を丸くしていた。

「これはどうしたことか」
「ザディアスがエベルバート陛下の命を狙ったので、それを取り押さえたのですが……まあ、その戦闘の余波と言いますか……」

 ザディアスや、奴のゴーレムが破壊した部分はあるが、俺も壁や床をぶち破ったりもしたからな。多少責任は感じなくもない。

「ザディアスが魔人化したし、不可抗力」

 シーラが言うと、マルレーンがこくこくと頷く。ジークムント老の口元が引き攣った。

「魔人と結託して……瘴気を操る術を確立していたようです」
「巨大ゴーレムを出してきて、謁見の間でそれと戦いましたからね」

 と、アシュレイとローズマリーが言う。

「嘆かわしい……。彼奴めも魔人と勇敢に戦ったと伝えられるベリオンドーラ王家の血を引くであろうに……魔人になるとは落ちるところまで落ちたものよ」
「しかし、魔人化したザディアスや巨大ゴーレムに打ち勝ったというのであれば、この有様も納得がいきます」
「そうさな。どうやら、テオドールらは儂らが考えておる以上の力を持っておるようじゃが」
「まあ……今まで戦った魔人に比べると、あいつは劣化も良いところでしたけれど」

 所感を述べるとジークムント老は苦笑いを浮かべる。

「魔人というのは……ああして人間が変化するものなのかしら?」
「私にはエベルバート陛下の瘴気侵食による変異を見て、制御を思いついただけに見えるけれど。何というか、本質的な所が違うように思えるのよね」

 イルムヒルトが首を傾げて疑問を口にすると、クラウディアが答える。

「……人は魔人に非ずと口伝の一文にはあるが……。お主らが見たザディアスのそれは、人を魔人に近付けた、成り損ないと言ったところかも知れんな。それであれば、文献にも記述がある」

 成り損ない。では、完成品が本物の魔人ということになるのだろうか。
 そうなると人から変じた成り損ないと、完成品の間にある違いは何かという話になる。ガルディニスとデュオベリス教団の作り出した半魔人よりは、かなり本物の魔人に近付いていたように思えるし。

 話をしながら王城の奥へと向かう。貴賓室に通されると、エベルバート王、アドリアーナ姫とステファニア姫、それから護衛のジルボルト侯爵達が待っていた。

「これは陛下」
「ジークムント殿か。もう出歩いても問題はないのか?」
「元々、記憶を自ら封じていただけですからのう。正しい手順で魔法を解いたわけですから、いたって健康といったところです」
「……そうか。そうであったな」

 エベルバート王は自嘲するような笑みを浮かべる。

「ともあれ、あの者の跳梁を許す結果になったことを詫びねばなるまい」
「……今となっては、それを言っても始まりますまい。王家と学連が1つとなり、魔人の脅威を退けるために力を尽くしましょう」
「……余に……そう言ってくれるか」
「アドリアーナ殿下がセルブラムを匿って下さったようですからな」

 セルブラム。母さんと同じく、記憶解放術式の片割れを渡された魔術師のことだろう。
 アドリアーナ姫は目を閉じる。

「あの方はシルヴァトリアは再び正道を歩む日が来ると、そう仰っておいででした」
「……彼の者の信頼を裏切るわけにはいかんな」

 エベルバート王が言うと、アドリアーナ姫が頷く。

「では……これからについての話をさせてもらおうと思うのだが」
「そうですな。儂らもヴェルドガルやテオドールについての相談事がありましてな」
「ほう……」



「ふむ。技術協力か」

 ジークムント老から、学連の面々のヴェルドガルへの派遣という話を聞いて、エベルバート王は真剣な面持ちで相槌を打っている。

「それについては僕からも。黒騎士の崩壊は、やはり戦力の低下だと思うのです。この場で確約はできませんが、それを補うために、こちらにも空中戦装備を導入できないかヴェルドガルに打診してみようと思うのですが」

 例えば瘴気術による飛行であるとか……ザディアスのようにカエクスジェムなどで支配を目論むのでもなければ、聞こえが悪すぎて正式な採用など出来るはずもない。

「それでは技術協力というより、技術交流であるな」

 エベルバート王は苦笑する。少し思案を続けてから顔を上げる。

「ヴェルドガルには返し切れぬ恩ができた。ここは余もタームウィルズに赴き、メルヴィン殿に面会を願うしかあるまいな」

 首脳会談ということになるわけか。まあ……どちらにも得るものの大きい話。対魔人で協力し合うというのはお互いにとって良い話なのではないだろうか。

「もう一点。月女神と月神殿の力を利用して、タームウィルズとヴィネスドーラ間の転移術が使えそうです。差し支えなければタームウィルズへ向かう際はそれを利用なさってはいかがでしょうか?」
「なんと……」

 エベルバート王が目を丸くする。併せて、月神殿の巫女達による祈りがあれば、危機的状況をこちらで察知できることも伝える。とはいえ、あまり頻繁に転移できるわけではないと付け加える必要があったが。

「月神殿か。うむ……。それは頼もしい話ではあるな。巫女達にはそのように通達を出しておくことにしよう」
「陛下。タームウィルズには儂らも同行してもよいでしょうかの。寝ぼけている間にすっかり世事に疎くなってしまいましてな。なるべく多くの情報を得る必要があると思っております」
「ジークムント様。それには私もお供したく存じます」

 と、ヴァレンティナ。2人もタームウィルズに行くと。

「あい分かった。ジークムント殿にとっては孫との初対面でもあるしな。だが……未だにステファニア姫を国として歓待してはおらぬ。これでは国の名折れ。祝勝などと余が言うのも違うであろうが、宴席も設けておるし褒賞の話もある。タームウィルズに向かう準備は追々進めよう。さすれば状況も落ち着こう」

 宴席。そう言えば、そういう名目で王城に来たのだったか。
 エベルバート王がタームウィルズにというのは……まあ、通信機で連絡を回しておくとしよう。

 他に話しておくべきことは、ベリオンドーラの調査に関することかな?
 これは藪を突いて蛇を出す結果にも繋がってしまうから、慎重に慎重を重ねるべきだ。少なくとも混乱から脱していない、今の状況下で行うべきではない。ヴェルドガルとシルヴァトリアの間で話し合いを重ねてからというのが良さそうである。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ