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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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260裏 魔法王国の動乱

「ベネディクト……貴様。殿下に拾って頂いた恩を忘れたか?」

 前に出てきたエリオットを見やり、黒騎士の1人が憎々しげに言うが――それを黒騎士の長は手で制した。

「ラグナル隊長……」
「奴は俺に用があるらしい。お前らは殿下の御心のままに」
「はっ!」

 エリオットとラグナルが距離を取って対峙した。ラグナルは目を細めて笑う。

「恩などとは、俺は言わんぞ」
「あなたが、個人的な因縁を優先するとは思わなかった」
「何のことはない。俺は所詮、自分が戦いを楽しみたいだけで殿下にくっついているのさ。部下共には慕われちゃいるが、集団戦なら副長のほうが上手く采配を取れる。それにな……あれからお前がどれだけ力を付けたのか、確かめるのも面白かろうと思ってな」

 ラグナルは、そう言って嬉しそうに口の端を歪め、燃え盛る長剣を構えた。

「なるほど……」

 対するエリオットは……冷たい眼差しと、氷の細剣をラグナルに向ける。そこに――横合いから、冷気の津波が押し寄せてきた。
 それを合図にするかのように。どちらからともなく踏み込んでいく。互いが地面を蹴って肉薄。空中で氷と炎の剣がぶつかり合って、蒸発するような音が響く。
 謁見の間は氷に覆われていた。空中で鍔迫り合いを続けながら、ラグナルが笑う。

「この広域冷却魔法はお前の妹のか! それにお前も空中で戦えるとは、随分驚かしてくれるじゃないか!」
「あなたは炎魔法の使い手だ。この魔法では効果がないだろう」
「そういうことだ。楽しませてくれよ、ベネディクト!」
「それは私の名ではない!」
「ああ、そうだったな!」



「凍てつけ……!」

 アシュレイが頭上に掲げた手に大きなマジックサークルが輝く。マジックサークルが収束するように真っ白な冷気の球体になり、それを地面に叩き付ける。その一点から謁見の間全体が凍り付いていく。床を氷が覆い、そこから氷の柱が天井までを貫くようにあちこちに乱立した。第7階級水魔法アイシクルパレス。広域を氷で閉ざす、拠点防衛用の魔法だ。効果時間が長く、効果範囲を継続的に極寒の世界に変える魔法であった。

「氷の術者! 相当な腕だぞ!」
「障壁は邪魔が入らなければ我らの瘴気術で壊せる! まず邪魔者を蹴散らし、ディフェンスフィールドを張っている、あの銀髪の娘を潰す!」

 黒騎士達はエベルバート王やアドリアーナ姫を目標と見定めている。そのように彼らの主であるザディアスが命令を下した。
 エベルバート王を殺害し、ザディアスが王位の継承を宣言しなければならない。アドリアーナ姫やステファニア姫をどう扱うかはまだ定かでないが……良くて幽閉や人質として扱い、そうでなければやはり殺害するということになるだろう。

 だがそれらの目的を達するためには、謁見の間に張り巡らされた障壁を破壊しなければならない。障壁を破壊するならば結局は、正面に立ち塞がってディフェンスフィールドを構築している術者を排除しなければならないとなる。
 だから結局のところそれは――彼女達が得意とする戦いの形であった。

 黒騎士達は隊列を作り、瘴気弾を防御陣地の只中にいるアシュレイに対して一斉に放つ。しかし――氷壁や氷柱が生まれて、瘴気弾のほとんどを阻んでしまう。

「祝福か! 距離が離れると瘴気弾が減衰される!」
「通常魔法で対処しろ!」

 攻撃手段を変えてもディフェンスフィールドによる減衰は起こる。防御陣地にいるアシュレイ達は悠々と飛び道具を防いで見せた。
 返礼とばかりに雷撃や氷の散弾、光の弓矢、音弾などが雨あられと撃ち返される。
 遠距離で矢を射掛け合うのは結局小手調べに過ぎない。瘴気の盾で双方に被害は出ないが――アシュレイのアイシクルパレスは生きている。そうしている内にも謁見の間の温度が下がっていた。吐く息が白い。

「遅延戦闘で凍えさせるのが狙いか……!」
「だが奴らとて、低温では音を上げるのでは?」
「備えがないとは思えんな」

 その黒騎士の直感は正しい。テフラの祝福がある以上、双方に作用するはずのアイシクルパレスは一方的に黒騎士達の不利に働く。
 ならばゴーレムで防御陣地を突破すれば――と視線を巡らせば、慄然とする光景が飛び込んできた。
 ――巨体を誇るゴーレムと、まともに渡り合う女と、巨躯の騎士の姿。
 ゴーレムと戦っている連中は、はっきり言えば化け物の類だ。巻き込まれればどちらの攻撃であれ、鎧ごと粉砕されるだろう。黒騎士達にとってすこぶる相性の悪い敵だとしか思えなかった。完璧に抑えられている以上どうしようもないが、それは向こうとて同じこと。

「……被害を覚悟で踏み込むしかあるまいな。ディフェンスフィールドは瘴気を全開にして突っ込めばある程度効果を抑え込める」
「4人で突っ込め。残りの者はやや後方から付いていき、援護射撃を行う。連中の後衛が放つ弾幕もこちらが引き付ける! 突っ込んで押し潰せ!」
「はっ!」

 遠距離攻撃では埒が明かないと、黒騎士達が前に出たところで、呼応するようにシーラとデュラハンが防御陣地から出てくる。だが防御陣地から離れるなら黒騎士にとっては望むところであった。黒騎士達は瘴気弾を放ちながら。シーラとデュラハンは弾幕の隙間を縫うように。互いに猛烈な速度で突っ込んでいく。

「退け、獣女如きが!」

 雷を纏う剣が振り下ろされる。シーラはそれを避けるように斜め上方に飛んだ。
 黒騎士達はそれを目で追い、軌道を予測するように瘴気弾を叩き込もうとする。
 だがシーラにとっては当然のように、黒騎士にとってはあざ笑われているかのような直角軌道で、その眼前を横切っていった。3人で放ったはずの瘴気弾は虚しく何もない空間を貫いていく。

 シーラの動きに反応し、目で追おうとしたそこに――粘着糸が浴びせかけられた。視線さえ向けていない。斜め後方へと、正確な軌道で放ってくる。

「ぐっ!?」

 視界を塞がれた黒騎士は顔面にへばりついた糸を取り除こうともがくが、その程度でどうにかなる代物でもない。触れた左手にも糸が粘着して収拾が付かなくなった。

「避けろ!」
「それは無理」

 別の男が仲間に叫ぶが、視界を塞がれ左手の自由まで奪われて、シーラ達の動きに反応できるわけもない。援護射撃も、同士討ちになりかねない。シーラの淡々とした声が響いて、次の瞬間デュラハンの駆る騎馬の後ろ脚が黒騎士の後頭部を蹴り倒していく。兜で守られているといっても、衝撃まで防げるわけではない。

「まず1人」
「舐めるなっ!」

 白目を剥いて落下していく仲間の姿に激昂して瘴気弾を放つが、不規則な軌道で離れていくシーラに、狙いが定まらない。氷の柱を盾にして、裏に回ったところで全く違う方向へと飛び出す。

「なんだあの動きは!?」
「ヴェルドガルの飛行術か!」
「無理に狙うな! おおよそでいい! 面で射掛けるのだ!」
「させると思う?」

 シーラに瘴気弾の制圧射撃を行おうとする後衛の只中を、イルムヒルトの光の矢が掠めていった。セラフィナの呪曲増幅により高く澄んだ音が広がれば、飛行術が乱されて黒騎士達が一瞬落下しそうになる。
 すぐに持ち直すも、その頃には前衛の状況が動いていた。続けざまにソーサーが2枚3枚と飛来。剣で受け、盾で弾いたところで、姿を消したシーラが横合いから回り込んできて、兜を蹴り飛ばしていく。

「ぐ!」

 黒騎士達はそれでもシーラが鎧の隙間を狙ってくると分かっているからか、隙を見せまいと脇を締めて空中で踏み止まる。糸にさえ警戒を払えばいいという理屈なのだろう。闘気を纏う剣は、闘気で受け止めればいいのだから、剣技の勝負に持ち込める。それに、シーラとていつまでも同じ動きが維持できるわけではない。体力もそうだし、魔道具の使用には魔力を使う。

 だが――蹴られた黒騎士は動きが止まっていた。音さえ立てずに迫ってきたデュラハンの巨大な剣が容赦なく薙ぎ払っていく。瘴気で強化されているからか、両断にまでは至らないものの、鎧ごとひしゃげさせる勢いでまともにぶち当たって吹き飛ばされる。

 辛うじて意識は繋ぎ止めたようであったが、それではセラフィナの角笛から放たれた音の塊も当然避けられない。共鳴弾が兜ごと頭蓋を揺さぶる。鼓膜を破壊。三半規管を揺らして意識を刈り取る。

「鎧に守られていれば、安全とでも?」
「これで2人」
「おのれええええっ!」

 シーラとデュラハンを無視して、瘴気をありったけ振り絞って身体に纏うと、1人が無理矢理防御陣地に突入した。残された前衛は1人で周囲を舞うソーサーの動きと、シーラの円軌道、デュラハンの所在を把握するのに躍起になっていて、反撃に転じるどころではない。
 防御陣地に突っ込んだ黒騎士は――そこまでだった。

「残念。さようなら」

 横合いからクラウディアの転移魔法が発動。完全装備のヴェルドガル騎士団が待ち受けている迷宮地下1階の広間へと転送されてしまう。半魔人と戦った経験を持つヴェルドガル騎士団に対して、黒騎士1人。どうしようもない戦力差だ。

「何だ今のは!」

 それを見ていた黒騎士達が呆然とした声を上げる。仲間が1人、その場からいなくなったのだ。
 消滅? 転移? ともかく単騎の強行突破さえ許されないということだ。前衛最後の1人が、仲間の消失に気を取られた瞬間、粘着糸を背中に張り付けられ、糸を介してマルレーンの雷撃で意識を刈り取られて落下していった。
 そのままシーラ達が後衛に向かってくる。迎え撃とうと剣を構えるが、真っ直ぐには来ない。右に左に散開する。

 気が付けば――相手の頭数そのものが増えていた。シーラ、イルムヒルト、デュラハン。あちらこちらを舞う、無数のソーサー。アシュレイとラヴィーネの作り出す氷の彫像を、マルレーンの作り出す幻影が覆う。残された黒騎士達を包囲するように円舞を描く。

「こ、こんなことが……! 何なのだ、こいつらは……」
「何故だ……。我らが、こうも手も無く……」

 そうしている間にも気温が下がっていく。既に寒さではなく――痛みへと変じた、極低温の地獄。剣を握っている感覚さえ奪われていく。聞こえる音も遠く、近くと、滅茶苦茶になって……幻であると分かっていても本物と偽者の区別がつかなくなっていく。黒騎士達は己の置かれた状況に戦慄しながら、眼前の光景を眺めることしかできなかった。



「行きます」

 アシュレイの広域魔法を合図にするかのように、グレイスは黒いゴーレムに突っ込んだ。相手はイグニスを上回る巨躯。それだけに、動きはグレイスのほうが数段早い。
 影さえ留めない、放たれた矢のような速度。グレイスはあっさりと懐に飛び込んでいた。勢いのまま、すれ違いざまに。装甲のない部分に斧を叩き込む。

「これは――」

 今までに感じた、何物とも違う手応え。打ち込まれた勢いの分だけめり込んで、ゴーレムの身体そのものが馬鹿げた弾力を以ってグレイスの斧を押し返してくる。
 後ろに弾かれる。そこに黒ゴーレムの正拳が唸りを上げて迫る。真っ向からグレイスは迎え撃った。斧を横合いから叩き付けるように打ち払えばゴーレムの腕は大木がしなるように曲がる。しかしそれも瞬間的なもの。しなっただけで、勢いをつけて元の形に戻ってしまう。

 身に付けている装甲ではなく、その下が問題であった。ゴーレムの黒い身体そのものが尋常ではない弾力を備えており、斬撃も打撃も通さないのだ。そういう特性を持っている。腕や足。身体にある装甲は防御のためではなく、攻撃のため。相手を引き裂き、叩き潰すための鈍器に過ぎない。

 腕をしならせて勢いをつけ、しなる巨木がそのまま鞭になったかのような攻撃を繰り出してくる。
 闘気を纏った斧で迎撃。馬鹿げた体格差を物ともせずにゴーレムの一撃一撃を打ち落とし、すり抜けて闘気による斬撃を見舞う。しかしそれも通じない。

「……なるほど。魔法王国のゴーレムは中々変わった能力を持っているのですね」

 グレイスは僅かに不愉快そうに、眉を顰めた。
 一方で白いゴーレムはと言えば――イグニスとローズマリーを相手に、大立ち回りを演じていた。

 黒ゴーレムのように極端な弾力を持っているわけではない。だが、攻撃が通らない。命中しても堪えないのだ。
 イグニスの戦鎚が唸りを上げて白ゴーレムの脇腹を打ち抜く。しかしそこから青白い光の波が全身に走ったかと思えば――やがてその光が拳に集まって、魔力の弾丸として放たれる。

 ローズマリーがイグニスの援護に放つ、様々な魔法も同様の結果だった。白ゴーレムの装甲に触れた瞬間、装甲に吸い込まれるようにして、装甲表面を走る光の波に代わり、反撃の光弾に変換されてしまう。

「魔法や衝撃を吸収――。魔力に変換して攻撃に転化……なるほど。合理的ね」

 ローズマリーは白ゴーレムから一定の距離を取り、魔力弾をやり過ごしながらゴーレム達を観察する。
 恐らくはどちらも……シルヴァトリアの騎士団や魔術師達を制圧することを想定して作られているのだろう。圧倒的な防御能力を盾に、質量で蹂躙、駆逐する。魔法も打撃も通じない、と。
 テオドールは例外として――グレイスか、或いはイグニスでなければまともに相手をするのは難しいだろう。

 白ゴーレムと黒ゴーレム。相手を入れ替えるか。いや、お互い、このままで良いはずだ。
 そこまでローズマリーが計算したところで、イグニスを突破した白ゴーレムが体当たりを仕掛けてくる。飛び退きながらイグニスに魔力糸を伸ばす。接続したイグニスに引っ張られるように軌道を変えて難を逃れた。
 白ゴーレムは壁に激突。その衝撃を魔力に転化。イグニスに目掛けて魔力弾を放つ。イグニスは真っ向から戦鎚で魔力弾を砕き散らす。

 イグニスと白ゴーレムの激突。矛を交えるただそれだけが、白ゴーレムに次弾の準備をさせるに等しい。ローズマリーを狙って引っ切り無しに放たれる魔力弾。一発一発の威力を落して指先から放ってくる。全てを捌き切るのは難しい。主人の盾になるようにイグニスが射線に出て、鎚で、拳で撃墜する。
 だがそれは強制された動きだ。イグニスの動きが制限されたところを、白ゴーレムの拳が捉えた。

 威力はそれほどでもない。自身の打撃を変換しているからだ。しかし至近からの魔力弾はそうもいかない。直撃。イグニスが後ろに下がることを余儀なくされた。イグニスに問題はないが……人形の強度がどれほどかを確かめようとは思わない。
 不快げにローズマリーは眉を顰めた。恐らく、操り糸を用いるのも下策だろう。触れた瞬間に魔力を過剰に吸い取られてしまうからだ。

 グレイスに向かう黒ゴーレムは――思い切り屈み込むような体勢を取ると、弾力を活かして跳ねるように突っ込んでくる。グレイスが斧で打ち払っても、毬が弾むようにグレイスに直線的に飛んでいく。身体に回転を加え、装甲で引き裂くように。かわされてもお構いなしだ。アシュレイの作った氷の柱の1つを砕いたところで、グレイスの斧が手から放たれる。闘気を纏ったままの鎖が黒ゴーレムの身体に絡みつき、そのままグレイスが引けば、両者の動きが拮抗する。

「ルヴァンシュとスパエラを何時までも単身で押さえておけると思うな! すぐに貴様らを叩き潰し、あの小賢しい小娘どもも血祭りにあげてやる!」

 戦況を見て取ったザディアスが吼える。

「ふっ……」

 その言葉を、ローズマリーは鼻で笑った。
 確かに。ゴーレムの戦い振りを見て有利だと判断したザディアスの見立ては――ある面では当たっている。

 黒ゴーレムを相手にするグレイスは……再生能力を持つとは言え、純血の吸血鬼ほどではない。だからたった一発でも直撃すればそれだけで天秤はゴーレム側に大きく傾くだろう。

 白ゴーレムとイグニスではどうか。力や装甲など……単純比較すればイグニスのほうが基本的な能力面で勝る。しかし、その主と思われるローズマリーは生身の人間だ。後はどうイグニスを突破して、背後に控えるローズマリーに攻撃を加えるかの問題でしかない。

 だが。それでも羽扇の下のローズマリーの表情は変わらなかった。

「――面倒なことね。ねえ、グレイス?」
「全くです。斧で片が付かない相手というのは……私は嫌いです」

 暴風のような黒ゴーレムの連撃を、闘気を纏う斧一本で捌きながら――グレイスもまた、薄く笑みを浮かべた。赤く輝く瞳と、口元から覗く牙。

「ですが彼らの動力は……至って普通の魔力のようですね」
「そもそも生物ですらないもの。別に良いんじゃないかしら?」

 そう言ってグレイスとローズマリーは一瞬だけ顔を見合わせ、笑う。
 黒ゴーレムに絡んだ鎖と。イグニスに接続された魔力糸と。それぞれに変化が生まれた。
 鎖が魔力を吸い上げ、魔力糸が魔力を送り込む。

 それまでとは比べ物にならない、爆発的な速度でイグニスが踏み込んだ。鉤爪を装甲に引っ掛けて、勢いそのままに白ゴーレムの巨体を持ち上げる。

「そう――。生物でなければ。血液でなければ構いませんが――それでも本当に、嫌いなんです」

 そのすぐ近く。黒ゴーレムの攻撃を払い続けながらグレイスが言う。言葉とは裏腹に、暴力的な衝動が己の内側に湧き起こっていくのをグレイスは感じていた。その唇が、裂けるような獰猛な笑みを形作っていく。
 闘気を纏う鎖を通じて。青白い光が黒ゴーレムからグレイスの手元へと引き寄せられていく。

 エナジードレイン。ゴーレムの動力たる魔力を奪い取り、グレイスの魔力として吸収、同化――。吸血鬼にとっては初歩的な能力の1つだ。月夜のドレスで強化されていれば、何時だって使える。
 普段その能力を見せないのは……単に嫌いだから。使う必要もないからと。ただそれだけに尽きる。
 それを見たローズマリーが、笑う。

「変換は大きな損失が生まれて効率が悪い。わたくしのイグニス強化だってそう。さて――。このゴーレムはどれほどの力まで耐えられるのかしらね?」

 白ゴーレムを頭上に掲げたままで。何の前触れもなく破壊の力が解き放たれた。ローズマリーの、ありったけの魔力を込められたパイルバンカーが、最高出力で放たれた。
 爆音と爆風。猛烈な勢いで射出された杭が白ゴーレムの腹に叩き込まれる。
 吸収――し切れない。魔力変換装甲を貫き、ゴーレム本体に穴を穿って亀裂を走らせる。内部で放たれる爆風の魔法が更に亀裂を広げる。パイルバンカーが引き抜かれると同時に、横合いから迫ってきたイグニスの戦鎚がゴーレムを捉えた。

 今までとは明らかに違う、鈍い音。穿たれた穴から一気に亀裂が走り――胴体部から白ゴーレムが真っ二つに砕かれた。

「ふふ、あははっ! あっはははは――ッ!」

 一方で魔力を吸収された黒ゴーレムの末路も無残なものだった。魔力を消費することで得ていた弾力が失われ、右手を突き出せば右手が。左手を突き出せば左手が。哄笑を上げるグレイスの斧によってずたずたに刻まれて飛び散る。
 もう一方の斧を手元に引き戻して踏み込む。跳躍。闘気を纏った斧が黒い稲妻のような残光を残し、黒ゴーレムの頭部から腰のあたりまでを唐竹割りに掻っ捌く。

 終わらない。グレイスは、それに留まらない。
 テオドールやリサへの感情。ザディアスや黒騎士達に対する感情。エナジードレインを使わされたという自己嫌悪。それらがグレイスの破壊衝動を後押ししていた。
 ほとんど時を同じくして砕かれ、宙を舞っていた白ゴーレムの腕を掴むと、遠心力をつけて謁見の間の外へと投げ飛ばす。

 その先には――飛行船があった。船に残った者達が、命令があればいつでも撤退や砲撃できるようにと謁見の間に横付けしていたのだ。

 砲撃を行う暇すらなかった。飛行船の腹を横合いからぶち破り、白ゴーレムが飛行船の中へと叩き込まれる。遅れて、まだ辛うじて生きていた白ゴーレムの両腕からの光芒が、飛行船を内部から貫いた。
 それが――飛行船にとって何か致命的な破壊を齎したか。まるで海の底へと沈むように。飛行船は城の中庭に向かって――緩慢な速度で降下していく。



 ――氷の煌めきと炎の残光とが絡み合って激突する。互いに退かず、剣と剣をぶつけ合う。細剣であることの質量の不利は、纏った氷で補う。
 剣をぶつけ合いながら至近で放たれる氷槍と炎弾。蒸発した氷が霧となり、霧から更に氷の散弾が放たれればラグナルが炎の鎧を纏って掻き消す。互いの得意とする術は干渉し合い、決め手にならない。

 エリオットの斬撃を、ラグナルが瘴気の壁で防ぐ。攻撃を流して体勢を入れ替えたそこに切り込もうと構えを見せれば、エリオットは背後に向かって水の刃を放った。

「ちいっ!」

 炎剣で迎撃。しかし氷と違って水の刃は防ぎ切れない。ラグナルの兜を捉えていた。
 エリオットと言えば、アシュレイの作り出した氷の柱を足場に、横合いに飛んでから距離を取って向き直る。
 ラグナルは兜を脱ぎ捨てる。エリオットと戦うには兜の面覆い越しでは視界が悪い。だから水の刃への反応が遅くなった。

「こいつは意趣返しってわけか?」

 ラグナルは歯をむき出して親指で自分の顔を指差し、エリオットを見やる。
 エリオットが負わせたラグナルの傷は、エリオットの顔の火傷痕と同じ場所……とまではいかないが、近い場所目掛けて放たれたからだ。面覆いの隙間をすり抜け、頬に切り傷を残していた。

「兜の隙間から右目ぐらいは奪えるかと思っただけの話だ。倒せなかったのなら、意味はない」
「くくっ! 良いな、お前は! 止めを刺さないでおいて、正解だった!」

 ラグナルは笑うと右手に長剣。左手に炎の鞭を携えて踏み込む。エリオットは不規則な軌道の鞭に対抗するように全身に氷の鎧を纏っていく。

 空中戦において分があるのは、やはり一日の長があるラグナルだろう。しかしアシュレイが氷の柱を障害物として乱立させているために、機動力を活かすような挙動が取れない。
 対してエリオットの機動はシールドからシールドへと、レビテーションを制御しながら細かな跳躍を繰り返す反射的な動きだ。慣性を殺しながら動く為に、障害物は然程苦にならない。

 結果として有利不利の差はそこまで大きくならず、互いに戦場を選ばずに空中で地上でと、目まぐるしく場所を変えながらの戦闘となった。

 すれ違いざまに剣を交差させ、瘴気の盾と氷の盾をぶつけ合う。力任せに蹴り飛ばし、体勢を崩してから切り込む。跳ね飛んで離脱。反転しての斬撃と刺突。頬を掠める炎と氷の刃。炎の鞭があらぬ方向から迫り、エリオットが広範囲に放った氷の茨が絡め取る。互いの魔法が干渉し合い、蒸気になって弾ける。

「これでは埒が明かんなあ!」

 熱気と冷気の極端な温度差。砕ける氷塊。舞い散る火の粉。互いの首を刈ろうと唸りを上げる剣と剣。受け流し、ぶつけ合い、至近距離から魔法を叩き付け合う。
 互いに弾かれたところでラグナルがマジックサークルを展開した。頭上に巨大な炎の球体が膨らむ。対抗するようにエリオットもマジックサークルを展開する。

 魔法の完成はラグナルのほうが一瞬早かった。大火球を前方に向かって解き放つ。遅れて放たれたエリオットの氷塊が、真正面から激突した。
 一瞬拮抗し、一方が押し勝つ。勢いの乗っていた分だけ勝ったのはラグナルの魔法であった。氷を砕き火球の進行方向に爆風を撒き散らす。爆炎と氷の散弾とが、腕を交差させて受けるエリオットを飲み込んだ。

 ラグナルが爆炎に乗じて踏み込む。エリオットの首を刎ねるように、燃え盛る長剣を振り切った。
 硬い手応え。振り切れば氷の兜が宙を舞う。

「違う――ッ!?」

 そこにあったのは抜け殻。エリオットの纏っていた、氷の鎧だけだ。背中側から鎧を脱ぎ捨てるように離脱したエリオットが、ラグナルの左手側から風のような速度で踏み込んできた。細剣が纏うのは氷ではなく、闘気――!

「ちいっ!」

 繰り出される細剣に向かって左掌を突き出し、瘴気防壁を作り出す。祝福と闘気を纏ったエリオットの細剣は防壁を貫き、ラグナルの左掌を串刺しにしていた。
 それを分かっていたとばかりに串刺しにされたままの左手を握り込み、ラグナルが右手に持つ剣を振りかぶる。避けるならば次の切り返しで瘴気の斬撃を飛ばす。この距離。武器も塞がれた生身のエリオットが、避ける術はない――!

「貰った!」

 だが、エリオットはそのまま前に踏み込んできた。ラグナルの振り下ろしてきた刃の、その根本を――肩口で受けて斬撃を殺し、骨で刃を止める。一切合財お構いなしで細剣を手放し、傷を負わせた掌を生身の右手で掴む。

「ロトンブラッド!」
「がっ!?」

 左手の傷口から。形容しがたい痺れと怖気のような物が全身に波及していく。抵抗を許さない強烈な干渉力。長剣を振り抜くことはおろか、持っていることさえできなかった。

「治癒の――裏魔法……? ククッ、清廉で知られた魔法騎士が使う技にしては、エゲつねぇ……」
「妹から教わった術式だ。愚弄は許さん」

 握り込まれるエリオットの右拳には、巨大な氷の塊が生まれていた。細剣はロトンブラッドを使う際に手放してしまっている。確かに――甲冑相手への攻撃としては、斬撃や刺突よりも理に適っているだろう。ましてや、毒を受けていては――。
 氷拳が振り抜かれる。ラグナルの胸部を打ち抜き、衝撃とともに砕け散った氷塊が顔面を襲う。それっきり、ラグナルの意識は暗転。墜落していった。
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