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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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259 赤黒き結晶

 使者一同、エベルバート王に作法に則り礼をする。

「大儀である。遠路よくぞ参られたステファニア姫よ」

 エベルバート王は鷹揚な仕草でそう言ってから玉座に腰かけた。
 ザディアスはと言えば……言葉もないようだ。何を言うべきか迷ってから、今がエベルバート王と使者の挨拶の席だと思い出したのか口を噤むことにしたようだ。ヴォルハイムも目を丸くしている。

「我が父、メルヴィンの名代として参りました。エベルバート陛下におかれましては此度のご快癒、真におめでとうございます。報せを聞けば父も喜びましょう」
「うむ……。そち達にはあらためて礼を言わねばな。貴国との友誼と信頼に報いることをここに誓おう。また……余が床に臥せていた間、そなたらにも苦労をかけた」

 エベルバート王は謁見の間を見回して、そう言うと側近達が臣下の礼を取る。一拍遅れてザディアス達もそれに倣った。

「これよりは民の前に姿を見せて安心させてやらねばなるまい。行き届いていなかった政にも力を入れねばならぬだろう。だがまずは……ステファニア姫、そなたはヴェルドガル王からの親書を預かっているそうだな」
「はい。こちらに」

 ステファニア姫が恭しく親書を取り出す。
 側近の文官が親書を受け取り、エベルバート王に手渡した。親書云々の話を全く聞かされていないザディアスは何が起きているのかと身を乗り出している。
 内容としては治療の後に渡したものと同じだ。公式の場で改めて受け渡しをしているに過ぎない。
 エベルバート王はじっくりと親書に目を通した後、頷く。

「……タームウィルズで暴れた狼藉者の一件、委細承知した。こちらでも対応するとしよう」

 エベルバート王は頷く。

「その下手人については、こちらで人相書きと石膏像を用意して御座います」

 石膏像を収めた木箱をステファニア姫が差し出す。文官の手で石膏像が取り出されてエベルバート王に渡る。

「ふむ。この者か」

 石膏像を片手にエベルバート王は眉を顰める。謁見の間に居並ぶ者達に石膏像の顔が見えやすいようにしているわけだ。ザディアスが息を呑んだのが分かった。奴が関わっているのは最初から分かっている。だから……ここで見るべきはヴォルハイムの反応だろう。ヴォルハイムも目を見開き、石膏像に視線を注いで険しい表情を浮かべている。この反応はまあ……共犯と見ておくべきだな。どちらにしろ母さんの一件があるから逃がしてやる気などないけれど。

「彼の者はシルヴァトリアからの船に乗ってタームウィルズに向かい、要人の暗殺を目論んだそうだ。貴族家の家人暗殺未遂事件にも関わっているそうでな。国内でも人相書きと石膏像を元に手配を進め、目撃情報を集めなければならん。至急手配するように」
「はっ」

 エベルバート王から文官に石膏像が手渡される。

「その者については、瘴気を用いたという目撃情報もあるらしい。もしも魔人であるならこれは大変由々しきことだ」

 魔人と聞いて側近達がざわつく。

「誰だ……。これを仕組んだのは……?」

 そんなザディアスの小さな呟きも聞こえた。奴の頭の中では誰が描いた絵なのか、思案が巡らされている真っ最中なのだろう。
 裏切ったのはジルボルト侯爵か、ベネディクトか。だとしたら何故その2人が裏切ることが可能だったのか。枷が外れたのは何時からか。
 それとも目の前のステファニア姫、或いはその後ろにいるメルヴィン王が察知したからだろうか。だとすれば、自分がこの場に呼ばれた理由は。
 奴の考えている内容としては、こんなところだろうか?

 いずれにせよ、これでザディアスには待つという選択が無くなった。手配が進んで情報が集まれば、遅かれ早かれ目撃者が現れるかも知れない。
 それ以前の問題として、裏付けが無かったとしてもジルボルト侯爵とエリオットの2人がエベルバート王に協力しているのならザディアスの企みは大部分が露見しているということなのだ。だから、流れに身を任せていたら今後の行動の自由など与えられるはずもない。どんな理由をつけてでもエベルバート王はザディアスに監視の目を付けて留め置くだろう。

 エベルバート王はそんなザディアスの様子を確認するように一瞬だけ視線を送ると、残念そうに目を伏せた。そして僅かな間を置いて顔を上げる。その表情には迷いはもうなかった。

「実は非公式ながら先に報告は受けていてな。貴族家の家人暗殺未遂については、ヴェルドガル王国の貴族ではなく、我が国の貴族という話なのだ。その者は丁度、ヴィネスドーラに滞在している。証人としてここに呼んである。侯爵はこれへ」

 ザディアスが目を見開き、謁見の間を見渡す。証人――ジルボルト侯爵は、堂々と正面から入って来た。俺達の近くまで来ると、ジルボルト侯爵がエベルバート王に跪く。

「ふ、はは……はははっ!」

 そこでとうとうザディアスが笑い出した。側近達の視線がザディアスに集まり、それを見咎めるようにエベルバート王が声をかける。

「何かおかしなことでも?」
「おかしなことも何も……。このまま黙っていては私にあらぬ嫌疑が降りかかりそうですので」

 観念した、というわけではない。ザディアスは両手を広げ、左手の席から謁見の間に出てくる。護衛の黒騎士と学長も、後ろに控えるように続く。
 ……俺達とはまだ距離がある。広間を挟んで対峙する形だ。

「誤解を恐れず、正直に申し上げましょう。その下手人は私と面識があります。しかし、ジルボルト侯爵の知己ということで紹介を受けたものでしてね。勿論、私はその者が危険であるとは夢想にもしませんでしたし、ましてや魔人であるなどとは知り得ませんでした」

 いけしゃあしゃあとザディアスはそんなことを言ってのけた。
 意表をつかれはしたが、優位に立っているのは自分だという自覚があるからだろう。逆に言えば唯々諾々(いいだくだく)と従っていては不利になるだけで、すぐそこに飛行船もあるのだからザディアス側が行動を起こすなら今しかない。

 わざわざこんな抗弁をするのは……この場にエベルバート王の側近達がいるからだ。理屈と膏薬はどこにでもつくという奴で、武力に訴える前に自分の正当性だけは主張しておこうという算段なのだろう。

 いざとなれば知り合った理由をジルボルト侯爵に押し付け、全ての罪を被せる。反論は武力を背景に封殺する。荒唐無稽に聞こえても理由さえ作っておけばいいというわけだ。
 目撃情報もジルボルト侯爵から紹介を受けたのだから当たり前となると。
 全く……往生際の悪い。

「ならば、両者には詳しく話を聞かねばなるまいな。ザディアスとその供の者達、そしてジルボルト侯爵、双方には王城に留まってもらう」
「まさか……父上は私を疑っておいでなのですか? 私は今まで身を粉にして国の発展のために尽力して参りましたというのに」

 身振り手振りを交えてザディアスは語る。

「確かに父上の病の治療には、我らの力は今一歩及びませんでした。しかし別の分野での成果はあります。父上は外の船をご覧になりましたか? シルヴァトリア発展のために、あのような物まで作り上げたのです。それを披露しようという晴れの席で、その言葉はあんまりではありませんか」
「国のため……と申すか。ではシルン男爵と、その兄エリオット卿をこれへ」

 エベルバート王が言うと、謁見の間の奥より2人の人影が現れる。その姿を見るなり、ザディアスの表情に驚愕の色が浮かんだ。
 仮面を付けたエリオットと、髪の色を戻したアシュレイの姿。エリオットの素顔を知るザディアスが見れば、両者が血縁だと分かるだろう。
 エリオットは仮面を外して跪く。その額にジェムはない。両者の容姿に、側近達からざわめきが起こった。この場合――仮面の隙間から普段覗いていた火傷の痕こそがエリオットがベネディクトと別人ではないと証明してくれる。ザディアスが名目上利用していた火傷痕が、仇となるわけだ。

「ヴェルドガルのシルン男爵家当主、アシュレイ=ロディアス=シルン殿だ。そして、我らがベネディクトと呼んでいた人物こそ、その兄、エリオット=ロディアス=シルンである」
「私は記憶を失った哀れな男を保護したに過ぎませぬ。男爵家などと。似た容姿の娘を連れてきただけではありませんかな?」
「そうか。では、これについても説明を求めよう」

 そう言ってエベルバート王が懐から何かを取り出す。それは――石版に埋め込まれた宝石であった。

「カエクスジェム……と言うそうだな。この宝石――いや、魔法生物については宮廷魔術師達の手により検分させ、資料を当たらせる。そなたは国のためにと申したな? 学連より流出した人材を追ったのであるならば、余に発見の報告がされなかったのは何故か? そして何故エリオット殿の額にこのような魔法生物が埋め込まれていたのか」

 ザディアスは無表情で押し黙った。エベルバート王がどこまで知っているかを測りかねたために返答のしようがなかったという部分もあるだろう。

「証人についてはまだおるぞ。ジルボルト侯爵領に広がる、テフラ山を司る高位精霊だ」

 言われて、テフラも奥から謁見の間に出てくる。フードを取ると炎の髪が露わになった。

「魔人……蝕姫アルヴェリンデは、ジルボルト侯爵家の家人と精霊テフラに呪法を用い、従うように脅迫したそうだ。侯爵と魔人が協力していたと言うのなら、何故その親しい者や、火山を司る精霊が人質に取られなければならなかったのか。答えよ」

 問われたザディアスは、目を閉じる。

「……答えを持ち合わせぬのであれば、これより全てが白日の下に晒されるまで、そなたの行動に自由を認めるわけにはいかぬ。黒騎士達に武器を捨てさせ、余の指示に従うがよい」
「……ふっ」

 ザディアスは口の端を歪ませる。

「何がおかしい?」
「瘴気に蝕まれ、老い先短いながらも儀式を続けられる間は価値があると思っていたのですがね」
「はっきり言うが……そなたは魔人を侮っておる。儀式の度、あれの片鱗に触れるたび、余には人知の及ばぬその恐ろしさが文字通り骨身に沁みておるのだ。だが……そなたは今まで何を見て、何を学んできた?」
「何を言うかと思えば……。そんな物は克服し、己の糧とすれば良いのです。このように」

 ザディアスは吐き捨てるように言うと、右手を掲げる。黒騎士達の身に付けた鎧の胸元にあしらわれた宝石が輝けば、瘴気に似た何かが立ち昇る。

「ザディアス……お前は……!」
「克服する手段を探していたと言ったはずです。我等は魔人達の瘴気を我がものとした。それだけではない。飛行術を手初めに、連中の使う技の数々を術式化に成功している。結界さえすり抜けて魔人達の秘術を操る、我等の研究成果を、見せてさしあげましょう」

 ……ザディアスの、余裕の理由はこれか。空飛ぶ船に魔人の飛行術を得た兵士達。瘴気弾や瘴気の武器化も使えるかも知れないな。

「このような結果になり、残念です。あなたは老いた。己の趨勢さえ見極められない。この場にいる者達も気の毒なことだが……これはあなたが招いた結果だ」

 その言葉に黒騎士達が抜剣する。ステファニア姫とアドリアーナ姫がエベルバート王を守るために駆け寄った。
 ――もう、十分だろう。
 ステファニア姫の持つ戦力を見誤らせておいたのも、これが理由。誰の目にも明らかな、言い逃れのできない状況に持ち込むためだ。

「エベルバート陛下」
「何か?」
「こうしてこの場に居合わせたのもの何かの縁。陛下に剣を向ける慮外者を叩き伏せる裁可を頂きたく」
「……よきに計らえ。……すまぬな。あれでは我らの手に余る」

 エベルバート王の言葉は受け取った。グレイスからウロボロスを渡してもらい、グレイスには手荷物を装ってレビテーションをかけていた斧を渡す。それまで何も言わず、目を閉じて静かに佇んでいたグレイスが目蓋を開けば、その瞳の色は既に赤。
 謁見の間の正面と左右を障壁が展開。同時にマルレーンとクラウディアによる祝福が俺達を覆う。

 まだ――踏み込まない。口火を切るのは側近達が退避してからだ。エベルバート王とアドリアーナ姫は……障壁と、ステファニア姫のディフェンスフィールドの二重防壁で、この謁見の間で守り切る。
 ウロボロスを構えて魔力を高めていくと、それを見て取ったヴォルハイムが口を開く。

「まさか……魔力循環か? そうか、お前が王の病を取り除いたか!」
「……ヴェルドガルから来たと言ったな? お前は……まさか、パトリシアの息子か?」

 ザディアスは愉快そうに笑うと、俺に向かって言う。

「今更……。そんなことを聞いてどうする?」
「本来主となるべき俺に杖を向けるとはな。今ならその無礼を忘れ、パトリシアの代わりに召し抱えてやってもいいぞ?」

 叩き伏せる場を作るためにここまで茶番に付き合ってやったが……。いい加減こいつにはうんざりしている。

「もう黙れ。お前は不愉快だ」

 ザディアスに向かって牙を剥くように笑う。押さつけえた感情の代わりに余剰魔力のスパーク光が身体の周囲に飛び散った。ザディアスは一瞬目を丸くしたが、次の瞬間には奴もまた笑う。

「クク。それが答えか。ならば四肢を切り落としてからもう一度同じ質問してやろう」

 ザディアスとヴォルハイムの手には赤黒い結晶。ザディアスの結晶から立ち昇る瘴気が全身を覆い、見る間に姿を変えていく。ヴォルハイムの手にした結晶は――そのまま長く伸びて錫杖のように変じていく。

「ザディアス、アレを船から出すぞ」
「やれ。ヴォルハイム」

 その言葉と共に大きな振動が城を襲う。

「テオドール様……! 船から巨大なゴーレムが……!」
「ああ、見えてる」

 アシュレイの声に頷く。黒色と白色――2体の巨大な金属ゴーレムが飛行船より飛び出してくるのが見えた。
 白いほうに待機していたイグニスがぶち当たる。謁見の間から逃げられないよう、外側にカドケウスやラヴィーネ、イグニスを配置していたのだが……カドケウスとラヴィーネでは相性的に足止めは難しいか。
 黒色ゴーレムはイグニスを構わず、柱をへし折り、壁をぶち破って謁見の間に飛び込んできた。だがザディアス達は逃げるつもりもないようだ。

 それもそうだ。退いたところで騎士団を掌握しているわけではないのだから。大逆罪で追われるだけの話だ。ここで勝たなければザディアスの計画は水泡に帰す。

「……グレイス。黒は任せて良いかしら」
「では、白はマリー様にお任せします」

 何の気負いもせず、両手に斧を携えたグレイスが前に出る。

「……分かった。俺はザディアスとヴォルハイムを。みんなは黒騎士達を頼む」
「はい。テオドール様」

 アシュレイが玉座を背にするようにディフェンスフィールドを展開。防御陣地を構築していく。マルレーンに召喚されたデュラハンが、その姿を見せた。

「黒騎士の長にはこの傷の借りがあります。あれは私が」

 エリオットが一歩前に出る。黒騎士達の中でも一際細かな装飾の鎧を纏った男が応じるように長剣を構えた。その鍔元から炎が噴き上がる。
 その後方に控えるザディアスの姿は……半人半竜と化していた。エベルバート王の変異した姿に少し似ている。しかしそれよりも遥かに禍々しい――赤と黒の体色を持つ竜人であった。

 結晶は魔人化のための魔道具といったところか。瘴気を取り除くのではなく制御することを克服だと。
 こうなるとカエクスジェムの使い道も単なる支配だけでなく、魔人化した後で己の力を高めるために利用する気なのかも知れない。
 ヴォルハイムとの変化の違いが気になるが……シルヴァトリア王家の体質か、特性だろうか。それともザディアスの結晶だけが特別製なのか。

 だがまあ、答え合わせは後からやればいい。いつぞやの半魔人より随分と完成度が高そうじゃないか。魔人化したというのなら、こちらだって手加減抜きで叩き潰せるというものだ。
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