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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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253 王女の密書

「そう言えば、病床の父上に治癒をとも聞きましたが」
「ええ。普通の治癒魔法とは異なる手法ならばお力になれるかもと思いまして」

 会話は見舞いの内容に関することに移行したようだ。

「そうでしたか。私も父上の治癒のための魔法は研究をしていましたが……異なる方法であれば何か展望が見えるかも知れませんな」
「そうなってくれると良いのですが。実は、未だに何も聞かされていないのですが、エベルバート陛下は、一体どのような容態なのでしょうか?」
「当日、お会いいただければ分かります。父上の周囲が伏せているのであれば、私の口からも申し上げないほうが良いでしょう」
「分かりました」
「上手く行くことを祈っていますよ」

 そう言ってザディアスは立ち上がる。

「では、ステファニア殿下。慌ただしくて申し訳ありませんが、そろそろお暇しなければなりません。城からの使いも、早ければ今日にでもあるのではないかと」
「はい」

 ザディアスを見送るためにアンブラムも立ち上がる。

「ベネディクト。しっかりと殿下をお守りするのだぞ」
「はっ」

 誰から、何のために守るという意味なのか。表面上は愛想よく、体裁だけを整えた言葉をエリオットにかけてザディアスは宿を後にした。



 ザディアスが帰った後で宿の部屋から地下へ向かい、顛末をみんなに伝える。

「全く……」

 一部始終を聞いたステファニア姫は眉をひそめてむくれるような表情を見せた。

「王族ともあろう者が……随分言葉の軽いことね」

 クラウディアも目を閉じて首を横に振る。
 ジルボルト侯爵やエリオットに対する表裏での扱い方だとか、エベルバート王の治癒のために魔法を研究しているという建前だとか。ザディアスの抱える本音との落差に彼女達は王族として思うところがあるのだろう。

 ローズマリーは羽扇で口元を隠しているが、冷笑を浮かべているようだ。まあ、ローズマリーの場合は自分の悪名も利用したし、矢面に立つことも厭わなかったからな。最初から順当な王位継承が約束されているザディアスのやり口は、中途半端に映るのだろうが。

「ザディアスは……治療のためでないのなら、何の研究をしているのでしょうか?」

 グレイスが首を傾げる。

「賢者の学連の長老達が秘匿していた魔法だとか……もしかすると魔人絡みで齎された技術も有り得るかな?」
「エリオット兄様はご存じなのですか?」
「……済まないアシュレイ。私も何を研究しているのか具体的なところまでは知らないんだ。ザディアスはジェムの制御がどういった時に起こるのか、長期的にどういった影響を与えるのかを、気にしている節があったからね。ジェムによる強制がありそうな場合は、私相手でも一応の理由付けはしていたんだ」

 アシュレイが尋ねるとエリオットはやや申し訳なさそうに答えた。
 エリオットで実験をしてはいたが……ザディアスにとって思っていた以上に使い勝手の良い人材だったから使い潰す方向には動かなかったということなのだろう。ジェムによる制御が頻繁に起こると、装着者への負担が大きそうだしな。
 普通に見ればとってつけたような稚拙な理由付けでも、ジェムによる制御を後押ししてくれたと言うわけだ。

「私はザディアスの身辺には詳しくないのですが……魔法騎士団や賢者の学連から、元々ザディアスに近かった派閥の者達が今の黒騎士達を構成しているのではないですかな?」
「そうだと思います」
「では、余人は関われますまい。体裁だけは取り繕っていたのならエリオット殿も同様でしょう」

 エリオットの言葉を補足するようにジルボルト侯爵が言う。
 派閥争いに勝って、賢者の学連を牛耳った連中とザディアスは結託しているというわけだ。

「ザディアスの、魔法騎士団全体への影響力は? 表向きの話で構いません」
「表向きというと……つまり内通者について無視をするならという話ですよね? それならば、それなりに……でしょうか。そこまで強くはありません」

 エリオットが答える。つまり、王族としては普通だ。
 それはザディアスに明らかに非があるならエベルバート王に仕えている魔法騎士団全体ではザディアスに同調しないということを意味している。
 しかし裏を返して考えれば、ザディアスは国軍全体を掌握しているわけでないのに、裏で立ち回っておいてあの余裕ぶりを見せているということでもあるわけだ。

「案外、企てが露見しても実力行使で王位を簒奪できるとか、余裕を見せられるだけの戦力を保有しているのかも知れないな」
「……それは余裕ではなく驕りね。何度か自分のやり方が成功すると、次も通じると思ってしまう。私は痛感させられたけれど、うまく行っている時にそれを自覚するのは難しいものよね」

 と、ローズマリーは肩を竦める。その言葉にマルレーンがこくこくと頷いた。
 ローズマリーは俺との一件を。マルレーンはロイの行動を思い出しているのかも知れない。まあ……俺も他人事と思っていると足を掬われるから肝に銘じておこう。向こうには予想のできない手札がこちらにはいくつかあるのだし、長所を押し付けられるように効果的に活用していきたいものである。

「っと。また馬車が来た」

 カドケウスの視界に、大通りをやってくる馬車の姿が映った。

「今度は? さっき言ってた王城の使い?」

 シーラが首を傾げる。

「多分、そうだと思う」

 馬車にはシルヴァトリアの国旗。王城からの使いに間違いないだろうが……ただの使者というには護衛が多かったりするな。
 ……ジルボルト侯爵に対して警戒をしているというところだろうか? となればザディアスに反感を抱いている者の使いでもある可能性もあるが……。

「んー……。エベルバート陛下からの使いなら、今度は私が直接話をするべきかしら?」

 ステファニア姫が首を傾げた。

「分かりました。護衛については引き続きということで。それから、少々考えがあるのですが……」

 と言うと、ステファニア姫は目を瞬かせた。



「――典医殿が仰るには、陛下の御容態は安定なさっておいでとのことです。そのため、明後日かその翌日か……早いほうが望ましいと。ステファニア殿下からご希望が御座いましたら、調整をしたいとのことでした。何なりとお伝えください」

 王城からやってきた女官はエベルバート王との面会について、日程の調整に来たようだ。

「私としても、1日でも早くエベルバート陛下にお目見えできる日を心待ちにしております。早いほうが良いというのは嬉しく思いますよ」
「承知しました。では明後日ということでよいでしょうか?」
「よしなに」

 そんな調子で女官とのやりとりをかわす。

「殿下、久しぶりに訪れたシルヴァトリアは如何ですか?」
「そうですね、まだ落ち着いていなくて、観光とはいかないのですが……」

 女官は視線があちこちに向いて、やや落ち着かない様子だ。と、そこで宿の裏口のほうから人の言い争うような声が聞こえてきた。

「……何事でしょうか?」

 ステファニア姫が首を傾げる。

「殿下の身辺を警護するよう仰せつかっております。私が見て参りましょう」

 そう言ってエリオットが席を外す。ジルボルト侯爵がステファニア姫に付けていた護衛達も声のほうを窺うように裏口の窓から覗き込む。
 それを横目に引っ掛けた女官は、どこかぎこちなく笑う。

「……この方達は、ヴェルドガルからの護衛でしょうか?」
「ええ。皆信頼のおける者達ばかりですよ」

 ステファニア姫が笑顔で答えると、女官は急に笑みを消して袖から書状を取り出し、それを食堂のテーブルの上に置く。

「こちらの書状は、アドリアーナ殿下からです。殿下からの伝言も預かっています。再会を楽しみにしていますと」
「確かに受け取りました。必ず後で……静かな落ち着ける時間にでも目を通しましょう。彼女にはよろしく伝えて下さい」

 念のために、もしもの場合を考えて俺が書状を受け取る。不審な重さや魔力は感じられない。そのまま懐に入れて周囲の目に触れないよう隠すと、使者の表情に安堵の色が浮かぶ。

「……お勤めを果たせて安心しました」

 女官は大きく息を吐いて、笑みを浮かべると一礼して去って行った。
 うん。まあ、都合よく騒ぎが起こってエリオットとジルボルト侯爵の配下が席を外したというのは……勿論偶然ではない。
 監視の目があると使者が反ザディアス派であった場合、行動を起こしにくいだろうと、わざと隙を作ったのだ。外で喧嘩騒ぎを起こしている者達も両方エルマーの手下であったりするので、程々のところで撤収するだろう。

「アドリアーナは私の友達よ。ザディアスの異母妹で……シルヴァトリアの第1王女ね」

 ステファニア姫が掻い摘んで説明してくれた。
 ……なるほど。わざわざ隙をつくようにステファニア姫に連絡を取って来たのだ。どうやら彼女は味方であると見て良さそうだな。
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