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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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252 演武

「エリオットさんはステファニア殿下の警護役に就くようにって言われたみたいだ」
「良かった……」

 エリオットは既にサフィールに乗って移動中だ。向こうの状況を掻い摘んで説明すると、アシュレイが安堵したように息を吐いた。みんなの緊張感も和らいだようだった。

「この場合、ザディアスからの密偵ということになるのかしらね」
「そうだな。何か変わったことがあればザディアスに情報を伝える手筈になっているから、口裏を合わせておく必要が出てくるかな」

 クラウディアの言葉に答える。偽情報という手を使うのなら向こうに与える情報は多過ぎず少な過ぎず、自然な加減を考えないといけない。リスクも大きくなるのでどうしても必要という状況でないなら可能な限り控えるべきだろう。

 こちらとしては警戒し過ぎてし足りないということはない。これが演技でエリオットの離反を感付いている上で監視を命じたと言うなら大したものだ。上手く行っていたとしてもここは敵地なのだし、不意打ちしてもまだ足りないと考えておくべきだ。

「それでは、姉上。こちらへ」
「ええ」

 ローズマリーとステファニア姫、それからアンブラムが連れ立って隣室へと向かう。
 アンブラムを着替えさせて影武者とし、宿に向かわせるためだ。使用人の服を着ているアンブラムだが、変身すると服のサイズなど色々問題が出るのでその前に着替えさせたりと、多少の手間がかかるのである。

 戻ってくるとステファニア姫が2人になっていたが、どちらかはアンブラムだ。……多分、使用人の服を着て、楽しそうにしているほうが本物だな。こう、ステファニア姫は王族以外の生き方に、憧れのようなものがあるように見える。

「ステファニア殿下、お手を」
「ありがとう、アシュレイ」

 アンブラムの変身のためには血液が必要だ。指先に付けた傷をアシュレイが治癒魔法で塞ぐ。

「それでは、移動しましょう」

 手当てが終わったところでグレイスの言葉に頷き、パーティーメンバーのほとんど全員で宿泊予定の宿へと移動する。但し本物のステファニア姫や、セラフィナ、ラヴィーネ、イグニス、テフラは目立つのでそのまま別邸にて待機だ。

「部屋を取ったら地下通路を繋げるから」
「うん。また後でね」

 セラフィナとテフラが手を振って見送ってくれる。
 ジルボルト侯爵の別邸の備えが薄くなっては本末転倒である。宿の亭主には悪いとは思うのだが、用が済んだら埋めることを前提にジルボルト侯爵の別邸から宿屋の部屋まで地下道を繋げさせてもらう。

「これはステファニア殿下。侯爵家の使いの方よりお話は伺っております。どうぞこちらへ」

 宿の主人に部屋まで案内してもらう。地下道と繋ぎやすくするために宿の1階にある部屋を3部屋取らせてもらう。真ん中の部屋にアンブラム。両脇を護衛が宿泊して固める形だ。

「大通りに面しておりませんが、こちらでよろしいのですか?」
「ええ」

 ローズマリーに制御を受けたアンブラムが頷く。
 1階部分であるために何かあった時に逃げやすく、裏路地に面するために、宿を包囲しようとした際、人員の展開が遅れて囲みも薄くなるというわけだ。

「ヴィネスドーラ滞在中はこの部屋を使わせていただきます。よしなに」

 と、アンブラムはかなり多めの金額を前金として支払う。まあ、迷惑料というかなんというかも込みの金額ではある。恐縮した宿の主人は一度は固辞しようとしたが、アンブラムがお世話になるのでと言うと、恭しく受け取る。
 宿の主人や従業員には良い印象を与えておいて損はない。ザディアスの人望の無さも手伝って、色々優位に働く面が出てくるかも知れないしな。
 ふむ。ようやくヴィネスドーラ滞在中の備えも整ったといったところか。



 ザディアスがやってきたのはそれから一夜明けて、昼過ぎになってからのことであった。
 エリオットが表通りに面した部屋に滞在している。同室にて待機していたカドケウスが表通りの見張りをこなし、大通りを騎士随伴の馬車でやってくる一団をいち早く発見した。

「来たみたいだ」

 俺の言葉にみんなが頷く。ステファニア姫の護衛ということで使用人の格好はしているものの、全員が帯剣などの武装をしていたり竜鱗装備を服の下に着込んでいたりと、きっちり臨戦態勢である。見た目は軽装なので普通の警備をしている程度にしか映らないだろうけれど。
 とはいえ向こうが引き連れてきた戦力も少ない。現時点では装備品の偽装もしておく程度の余裕はあるだろう。俺は細剣。グレイスは杖といった具合に、普段使っている武器を異なる物に持ち替え、実戦になるまで対策できないように手札を伏せる。

 部屋に押し掛けられても醜聞になるだけで何も良いことはない。
 アンブラムは食後の茶を楽しんでいる風を装うように宿の食堂の日当たりのよい席で待機している。その近くに俺、グレイス、シーラ、エリオットが護衛として控えているというわけだ。
 他の皆は本物のステファニア姫と共に宿の地下。互いの連絡役はカドケウスが中継といった具合である。

「ベネディクト卿。少々よろしいでしょうか?」
「何でしょうか?」

 宿の従業員がエリオットを呼んで耳打ちする。エリオットは頷くとアンブラムに告げる。

「ステファニア殿下。ザディアス殿下がお出でになりました」
「どうぞこちらへお通ししてください」

 話は通っているからとばかりにアンブラムが笑みを浮かべて答える。エリオットが宿の従業員にアンブラムの返答を伝えると、従業員は畏まった様子でザディアスの来ているであろう宿のロビーへと戻って行った。
 まあまあスムーズな流れだ。ここでもたついても段取りが悪いと言われてしまうのはエリオットだろうからな。

「これはステファニア殿下。ご機嫌麗しゅうございます」

 ザディアスは食堂に入ってくると、機嫌の良さそうな調子で一礼してみせる。

「ザディアス殿下。ご無沙汰しております」

 アンブラムは立ち上がり、スカートの裾を摘まんで礼を返した。

「いや、相変わらずお美しい」

 などとザディアスは言うが……実際のところ、こいつがステファニア姫に敬意の1つも抱いてなどいないのはエリオットとのやり取りで分かっていることだ。

「ありがとうございます。どうぞ、こちらへ」

 ザディアスは促されて、アンブラムの向かいに座る。
 わざわざ敵対的に構えて警戒度をあげさせるつもりはない。

「挨拶が遅れてしまい、申し訳ありませんな。何分多忙なもので」
「詮方ないことです。同じ王族として、理解できるつもりです」
「そう言って頂けると助かります」

 といった社交辞令的なやり取りをかわしてから、アンブラムが言う。

「ベネディクト卿の派遣、ありがとうございました。お陰で道中もヴィネスドーラに到着してからも安心できております」
「大したことではありませんよ。彼は仮面を付けておりますから、やや戸惑われたのではないかと思いますが」
「ジルボルト侯爵は身元の確かな方だと」
「そうでしたか。しかし、このような下々の者達が用いるような宿を手配するとは。あの者も無粋と申しましょうか。王城のほうが遥かに安全でありましょう?」

 宿を引き払って王城に滞在してはどうかと持ち掛けてくることは予想している。構造から作り変えてこちらのやりやすいように警備体制を整えるというのは、さすがに王城では出来ない。王城に滞在するのが例え影武者であれ、ここから動く気はないのだ。

「いえいえ。これは私が望んだのです。時には、こういった宿に泊まり旅情と異国の空気を楽しみたいと。それにこの宿も中々格式が高く、ザディアス殿下や侯爵が護衛をつけて下さっているので、不満や不安はありませんよ」

 アンブラムはなかなかにステファニア姫らしい言い分で笑みを返して見せる。実際ヴィネスドーラでもかなりの高級宿ではあるそうだ。従業員の気配りも行き届いているし、俺も不満は感じない。

「ふむ。これは無粋は私のほうでしたな。殿下のお連れしている護衛もお若いので、万が一のことがあってはいけないと、やや心配になった次第でしてな。誤解を招く言い方であるのは承知しておりますが、どうか悪く取らないでいただきたい」
「ああ。護衛に必要なものが威圧感というのは分かります。彼らは腕もなかなかではありますが、見た目で緊張を招かないので、友邦を訪ねるにはうってつけなのですよ」
「なるほど。そう言った理由がおありでしたか」
「マティウス」
「はい」

 アンブラムに名前を呼ばれて俺は一歩前に出る。髪は染めているが、変装用指輪は付けていない。まあ、偽名ではあるが。

「折角の機会です。お茶の席の余興として、貴方の演武をザディアス殿下に披露してみてはどうでしょうか」
「ほう」

 ザディアスが興味深そうに目を細める。探りを入れに来たのだとするなら、相手の戦力の程度ぐらいは把握しておきたいだろうしな。

「子供とは言え、ヴェルドガルの武官。それもステファニア殿下の護衛ともなれば、これは興味がありますな……」
「では、お目汚しを」

 一礼して応じる。披露する物は杖でなく細剣だし、魔力でなく闘気ではある。
 連れ立って、大通りのテラス席へと移動する。

「シーラ。合図をしたら適当な高さに小石でも放り投げてくれないかな」
「分かった」

 シーラが応じる。細剣を抜き放って二度三度と空を切り、ミハエラの教える細剣の動きや記憶にあるBFOプレイヤーの動きを参考に、細剣での立ち回りをして見せる。
 時折、踏み込みと同時に杖術からの応用で刺突系の武技を見せる。シーラに視線を送ると、2個、3個と小石が投げ上げられた。

「ふっ」

 短く呼気を漏らし、1つの石を両断、闘気を纏った刀身で小石2つを立て続けに宙で串刺しにして見せた。

「これは見事な。その歳でそれほど動けるとは思いませんでした」
「でしょう。私も将来が楽しみなのです」

 アンブラムとザディアスが拍手をし、俺は応じるように一礼してみせる。
 ザディアスの笑みには余裕があった。年齢から予想していた実力は上回ったが、この程度なら脅威にはならないといったところか。

 杖術や体術が細剣の扱いに応用が利くというだけで、循環錬気も用いていないし空中戦技術の1つも披露していないからな。
 ザディアスとしてはエリオットも擁しているし、甲冑の黒騎士達には細剣は相性が悪いと思っているのだろう。
 まあ、それで良い。ザディアスにはステファニア姫の連れてきた戦力を侮っていてくれたほうが何かと都合が良いのだ。こちらの戦力は、種明かしする寸前まで低く見積もっておいてもらうとしよう。
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