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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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251 ザディアスとエリオット

「少し、良いでしょうか?」

 話が一段落したところでエリオットが言う。

「何でしょうか?」
「私からもザディアスに報告へ向かわなければなりません」

 ふむ。この後、ステファニア姫の影武者は宿に向かうことになっている。
 状況が落ち着いたとなれば、エリオットからもザディアスに報告に行くのが自然な流れというところか。

「仮面を取れと言われたりはしますか?」
「いいえ。寧ろあまり仮面を外さないようにと言われるぐらいですね」

 ザディアスからしてみればカエクスジェムを人前に晒されるのは避けたいだろうしな。

「……一応、多少の偽装はしたほうが良いかも知れませんね」

 念には念を入れてという奴だ。ローズマリーに視線を向けると、彼女は頷く。

「ええ。錬金術師の店で、似た感じの宝石を買ってきているわ」

 うん。宝石をつけてもらうことにしよう。カエクスジェムに似た形状になるよう、土魔法と水魔法で研磨して整える。加工の間にエリオットとザディアスとの会話を想定して色々な部分を詰めていく。

「ジルボルト侯爵の同行者については……ベリオンドーラのある方角に向かったことを仄めかしてください。ジルボルト侯爵からの伝聞という形で構いませんが、タームウィルズで面白い情報を掴んだから、古い馴染みに会いに行くと言っていたというのが妥当なところでしょう」
「分かりました」

 このへんの経緯は細部まで説明する必要はない。アルヴェリンデの行動が多少不自然であっても、エリオットやジルボルト侯爵に詳細を話すわけがないからだ。
 例の魔人集団絡みで得た情報をちらつかせておけば、ザディアス自身が勝手にアルヴェリンデの行動を深読みする。そのあたりでザディアスがアルヴェリンデの正体を知っていたかどうかも見分けがつくだろう。

「シーラ。粘着糸を」
「ん」

 アラクネアリングの粘着糸を利用し、仮面を外したエリオットの額に宝石を貼りつける。
 ふむ。……近くでしっかりと観察しなければ分からないぐらいにはなったかな?

「カドケウスを同行させます。そちらの状況は把握していますので、危険を感じたら退却を。その場合こちらからも救助に向かいます」
「分かりました」
「町の地図はありますか?」
「ええ。用意してありますぞ」

 ジルボルト侯爵は地図を持ってくる。諜報部隊を抱えているだけあって、地の利の重要性が分かっているのだろう。手回しが良い。

「合流場所は賢者の学連近くで……人目に付かない場所が良いのですが」
「それでしたら、ここなどはどうでしょう」
「そう……ですね。ここで良いと思います」

 地図を見ながら緊急時の打ち合わせをし、カドケウスをエリオットに張り付ける。

「では行ってきます」
「エリオット兄様、お気をつけて」
「大丈夫。これでも貴族の端くれだ。腹芸の一つぐらいできなくてはね」

 エリオットはアシュレイに笑みを返して仮面を被ると、サーコートを羽織って中庭に向かう。ヒポグリフのサフィールに跨って飛び上がると、そのまま賢者の学連へと飛んだ。

「私もすぐ動けるように準備をしておくわ」

 クラウディアが言う。

「頼む。俺からも一応タームウィルズに進捗状況を伝えておくよ」

 万が一の時は誘き寄せ、纏めて転移魔法で迷宮に飛ばしてしまうなんて手も使えるだろう。とはいえ、ザディアス1人を叩きのめして済むのならそれでいいんだがな。転移魔法では王太子を転移魔法で拉致してしまうという形になるし。

 ヴェルドガルとシルヴァトリアの関係を悪くするのは本意ではないのだ。
 最終的にザディアスを叩き潰すにしても、重要なのはそこに至る過程である。理想としてはきっちり道筋を整えて、それを明らかにしてからといったところか。



「これは、ベネディクト卿」

 賢者の学連の敷地の前にサフィールと共にエリオットが降り立つと、門番の兵士が挨拶をしてくる。

「ご苦労。ザディアス殿下はおいでかな?」
「はっ。塔にいらっしゃいます。迎賓館でお待ち下さい」
「承知した」

 学連は高い塀に囲まれている。敷地内には整備された小さな森があった。遊歩道が続いていて、緑豊かな公園というか何というか……外界から隔絶された静かな雰囲気がある。
 ……学連の魔術師はここで暮らしている、と言っていたよな。なら、ここが母さんの故郷ということになるのか。

 敷地内のあちこちに施設が点在しているようだ。魔法の研究施設はやはり……あの塔の部分に集中しているのだろうが。

 魔術師の姿。黒い甲冑を纏う魔法騎士もいる。ザディアスと黒騎士連中が拠点にしているようにも見受けられるが。
 エリオットは敷地の奥にある塔へは向かわず、門から程近い場所にある迎賓館の一室に通される。

 しばらくエリオットが部屋で待っていると、ノックもせずに扉が開けられた。口元に笑みを張りつけた、身形の良い男が室内に入ってくる。……ザディアスだな。

「これはザディアス殿下」

 エリオットはその礼儀も何もなっていない入室を、最初から分かっていたと言わんばかりに、抗議もせずに臣下の礼をもって迎える。
 一瞬エリオットの離反を察して突入してきたのかとも思ったが……どうやらそういうわけではないらしい。護衛の1人も連れていない。

 ザディアスの年齢は20代半ばから後半ぐらいか。中肉中背。……体格からすると武術の嗜みがあるように思える。

「報告を聞こうか。例の女は?」
「はっ。侯爵領にて彼女の同行を見届けました。しかし、彼女自身は侯爵から馬車を借り、別の場所へ向かった模様です。またジルボルト侯爵とヴェルドガル第1王女、ステファニア殿下の同行も確認しております」
「ほう?」

 ザディアスは片眉を上げ、怪訝そうな面持ちになる。
 ここでエリオットからステファニア姫の来訪の情報を与えておく。ザディアスが王城に戻るなり王城からの連絡が来るなりすれば、どうせこいつの知るところとなるわけだし。

「ステファニア殿下は、エベルバート陛下の見舞いにいらしたようです」
「……前にヴェルドガルに来た使者から、父の容態が伝わったというわけか」
「私は侯爵とステファニア殿下の、道中の護衛をしながらヴィネスドーラまで戻って参りました」
「……ふむ。ステファニアのことは一先ず置いておく。あの女について、もっと詳しく話せ」

 ザディアスはステファニア姫よりもアルヴェリンデのことが気になったらしくエリオットに続きを促す。

「彼女もまた侯爵に同行するものと思っていましたが……用事ができたから馬車で西へ向かうそうです。侯爵の話では、古い知り合いに会いに行くと」
「西だと……?」

 ザディアスは忌々しげに表情を歪める。腕を組んで顎に手をやり、思案しているようだ。

「……もっと詳しく情報を得ておいたほうが良かったのでしょうか? 護衛の剣士からは、私はかなり警戒されていたようですので」
「いいや。お前にはそんな命令を下してはいないはずだ」
「これはさしで口を」
「よい。あの女やその護衛は、別に俺の配下というわけではないし、既に取引は終わっている。互いにするべきことをしている以上、お前に姿を見せれば奴としても義理は果たしたというところだろう」

 ザディアスは不愉快そうではあるものの、そう言って肩を竦めた。
 ……なるほど。ザディアスとアルヴェリンデは、ある程度対等なパートナーだったというわけだ。
 エリオットにあまり情報を与えず、深入りもさせなかったあたり……アルヴェリンデの正体を知っていると見るべきだろうな。エリオットに下手に首を突っ込ませると、ザディアスとしては手駒を失うことに繋がりかねない。

 しかし……となれば気になるのは取引の内容だろう。
 アルヴェリンデからどんな利益を受け取り、その代償にザディアスは何を差し出したのか。
 ジルボルト侯爵を手駒として引き込んだのは、間違いなくザディアスにとっての利益だ。では、その後のヴェルドガルへの手出しは? ミハエラとセシリアの町を押さえようとしたのは? パトリシアの魔法を探したのは? それぞれ、誰の利益に繋がるものだ?

 或いは……両者の利害の一致かも知れないが、少なくとも呪法の対価としてザディアスからもアルヴェリンデに融通したものがあるはずなのだ。

「ステファニア殿下は、王城へ向かい、陛下への面会の約束をなさったようです。侯爵の別邸の近くに宿を取るとのことで、ジルボルト侯爵も身辺の警護をするとのことでした」
「……ああ。あの宿か。まあ、場所は分かった」

 ザディアスは頷く。

「ベネディクト。お前は、侯爵とステファニアの監視を続行しろ。同じ宿に部屋を取って、変わったことがあれば報告するのだ。理由を聞かれたら、俺が姫に付けた護衛だと答えて構わん」
「はっ」

 エリオットが近くにいるとアピールすることで、ザディアスに反発を持つ者の接近を防止しようという腹か。対外的には、ステファニア姫に執心しているからポイント稼ぎとでも映るのだろうが。まあ……こちらとしては好都合だな。

「ステファニアには後で挨拶に行くと伝えておけ」
「畏まりました」

 エリオットは一礼する。……宿に来るか。俺も護衛としてアンブラムの近くに待機しておくのが良いだろうな。
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