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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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249 ステファニア姫の訪問

「どうでしょうか?」

 アシュレイの染髪が終わる。アシュレイの場合は、元が銀髪ということもあってか、俺よりも若干黒の発色が薄く、やや紫がかった色合いになっている。
 ……何というか。瞳の色と相まってアシュレイには良く似合っているな。

「うん。似合ってる」

 率直にそう答えると、アシュレイは嬉しそうに頷く。

「他にはどんな色があるのですか?」
「ええと――」

 仕上がりが良かったこともあってか、みんなの話題は染髪のことで盛り上がっている。色も簡単に落とせて髪も傷まないとなれば、手軽に染色を楽しめるといったところか。マルレーンなら何色が似合いそうだとか、なかなか盛り上がっているな。
 うむ。和気藹々とした女子会であるが、俺のほうは出かける前に少しばかり、俺にやれることをやってしまおう。

「良かったら魔法建築で、地下通路と隠し部屋を作っておこうかと思うのですがどうでしょうか?」
「地下通路ですか?」

 ジルボルト侯爵にそうやって話を切り出すと、少し怪訝そうな面持ちを浮かべる。

「要するに避難部屋ですね。兵を忍ばせておくなんてこともできます」
「ほう。それはなかなか面白そうですな」

 ということでジルボルト侯爵も乗り気なようなので、別宅の間取りを見せてもらい、外部から突入されにくい、奥まった書斎に地下通路入口を作ることにした。
 本棚ごと壁をどんでん返しにして地下通路を作り、全員が中に入れるだけの部屋を作る。

 更に避難部屋側からの出口も作製。書斎に追い詰めたはずが逆に背後を突かれるといった具合の作りだ。他にも何かしら侵入者対策の仕掛けを施したいところではあったが……面会の約束を取り付けるために王城へ向かわなければならない。取り急ぎということで、今は最低限の体裁を整えておく程度に留めておこう。

「今はまあ、こんなところでしょうか。もし敵に囲まれたり踏み込まれた場合は、書斎に逃げ込めば反撃の態勢を整えられるし、不意打ちも挟撃も可能……といったところです」
「……武器と保存食を運び込ませておきましょう」

 ジルボルト侯爵がにやりと笑う。

「これは面白いわね」

 本棚の仕掛けをステファニア姫は随分と気に入ったらしい。どんでん返しの本棚を回して通路から出たり入ったりしている。

「ん、んん……。まあ、王城へ行って、面会の手続きを取らないといけないわね」

 ステファニア姫はこちらの視線に気付いたらしく咳払いをして、気を取り直したかのように体裁を取り繕う。
 ……好奇心が旺盛というか何というか。ステファニア姫は品行方正な淑女という評を聞くが……多分こっちが素なんだな。

「姉上の領地にも同じようなものを作るというのはどうかしらね?」
「俺は構わないけど」

 ローズマリーの言葉に頷く。

「あら。それは嬉しいわ」

 ステファニア姫の領地もシルヴァトリアから距離的には近いしな。こういった避難部屋があれば安心という部分はあるかも知れない。

 避難部屋については一先ずこのへんで切り上げて、動くとしよう。
 使用人に扮したシーラが御者を務める馬車に乗り込み王城へ。テフラとエリオット、それからジルボルト侯爵は、そのまま別邸にて一時待機だ。こちらも別邸側の戦力と連絡役としてカドケウス、ラヴィーネとアンブラム、それからイグニスを残す。こちらの手札は事態が動く面会ぎりぎりまで伏せる予定だ。

 シルヴァトリアのエベルバート王と、ヴェルドガルのメルヴィン王は、それぞれが即位する前から、ある程度の交流があって旧知の仲ではあるそうだ。ステファニア姫の縁談も、そういうところから始まった話なのだろう。

「ステファニア殿下は、エベルバート陛下とは面識があると仰っていましたね」

 ステファニア姫に質問をする。

「ええ。小さい頃に、父様やジョサイアと一緒に、お茶の席に呼ばれたこともあるわ。……穏やかで、優しい方だったと記憶しているけれど」
「エベルバート陛下の重鎮で、信用が置けそうな相手というのは?」

 ローズマリーが尋ねると、ステファニア姫は思案してから答える。

「重鎮というわけではないけれど……何人かはいるわ」
「その方達が王太子を問題視しているなら味方になってくれそうではありますね」
「その可能性は高いな」

 グレイスの言葉に頷く。
 相手の立場を含めて、シルヴァトリアの国内事情に通じている人物がこちらに複数いるという点は心強い。仮に接触してくる者がいるなら、背景を見ながら判断するとしよう。

 馬車は王城の跳ね橋を越えて進み、城門の内側に入ったところで止まった。馬車から降りたステファニア姫を見て、迎えに出てきた王城勤めの侍女は僅かに驚いたようだが、それも一瞬のこと。恭しくステファニア姫に一礼してくる。どうやら顔見知りのようだ。

 まあ……そうだな。ヴェルドガルの使者であることを示す紋章を馬車に付けているし。対応に当たるなら気心の知れた者を、となるだろう。

「これはステファニア殿下。ご機嫌麗しゅうございます」

 侍女の言葉に頷き、ステファニア姫は用向きを伝える。

「久しいですね、カルメーラ。エベルバート陛下の御加減について聞き及び、遅ればせながらこうしてやってきた次第です」
「それは……国王陛下もさぞやお喜びになりましょう」

 侍女……カルメーラは笑みを浮かべる。

「しかし、このまますぐにお会いできるとも思っていません。詳しい事情を私は知りませんので、このような突然の訪問では何かと不都合もあるでしょう。今日はそのために参りました」

 他国の王女が国王を見舞いにきているのに、正式な謁見の場や、私的な見舞いの機会も与えないというのは両国の面子上、有り得ない対処だ。
 だからまずは面会の約束を取り付けることで、エベルバート王の体調の良い時を見計らってもらったり、シルヴァトリア側にも準備の時間を与えたりと、互いの面目が潰れないように配慮をすると……そうステファニア姫は言っているわけだ。やや回りくどいが……前回の使者の訪問では向こうが病床という名目で謁見を渋ったからこそ、これを断るのは難しい。

「畏まりました。どうぞこちらへ」
「よしなに」

 侍女の立場では返答も約束もできる内容ではない。カルメーラはそのまま王城の中へと案内してくれる。
 俺達はステファニア姫の同行者であり、身の周りの世話や護衛なども兼ねている。なので、城内での帯剣もそのまま許されるところがある。このあたり、王族の訪問ならではなんだろうな。

 そのまま広々とした城内の廊下を通り、王城の貴賓室に通された。豪華な内装の部屋だ。
 案内をしてくれた侍女は他の使用人に連絡事項を伝える。侍女の話を聞いた使用人は一礼すると部屋を退出して行った。ステファニア姫が訪問してきた話とその用件を、然るべき人物に伝えに行ったのだろう。

「ステファニア殿下は王城にご逗留なされるのでしょうか?」
「私は、タームウィルズを訪問していたジルボルト侯爵に同行する形でシルヴァトリアに来ましたから。侯爵の紹介して下さった宿に泊まるつもりでいます」

 侯爵別邸の目と鼻の先にある高級宿だな。まあ実際、そちらに泊まるのはステファニア姫に化けたアンブラムではあるのだが。

「ジルボルト侯爵、ですか?」

 カルメーラは目を丸くする。

「ええ。侯爵の別邸の、すぐ近くですね。私の供の者の他に、侯爵が護衛を用意してくれているのでこちらとしても安心できます」

 ステファニア姫が笑顔で返すとカルメーラは表情を曇らせた。
 カルメーラは一瞬、俺達の表情を窺うような視線を見せる。ステファニア姫はそれを見て、問い掛けた。

「……侯爵に、何かあるのですか?」
「い、いえ。それは、その」
「大丈夫。彼らはヴェルドガルの出身で、いずれも信用のおける人物です。このまま遠慮せずに仰いなさい」

 ステファニア姫は穏やかな笑顔でカルメーラの言葉の続きを促す。

「その……ジルボルト侯爵はザディアス殿下と近しい立場だったと、思い出しまして」

 カルメーラは遠慮がちに言う。

「……なるほど。そういうことですか」
「その……私は」
「心配はいりません。貴女の立場ではそれ以上を口にするのは難しいでしょう。今のお話は留意しておきます。他の者の耳にも入れません」

 ステファニア姫は静かに笑みを浮かべて答える。その返答にカルメーラは安堵したような表情を浮かべた。彼女の脳裏を過ったのがジルボルト侯爵への――そしてその後ろにいる王太子への警戒であると言外に物語っている。

 そう。ザディアスに反感を抱いている者が、ステファニア姫に警告なり協力の要請なりで接触を試みてくる可能性も考慮しているのだ。
 表向き、ジルボルト侯爵はザディアスに近しい立場だ。だから侯爵を信用しているように見えるステファニア姫の身を案じるのなら、ジルボルト侯爵が護衛をという部分には危惧を抱くだろう。だから今回ジルボルト侯爵は同行しなかった。

 逆に言えば、そういった名目で接触してくる人物は心情的にこちら側ということでもある。
 カルメーラは、ジルボルト侯爵やザディアスに対して悪い印象を持っているということを明かしてでもステファニア姫を心配していたわけで。
 彼女の立場からすると、それを伝えようとするのは、実際かなり勇気がいることだろう。言いにくいことでも伝えようとしてくれたのはステファニア姫の人徳なのだろうが。

 無論、俺達は侯爵の抱えていた事情を知っているから侯爵を信用しているし、侯爵自身も敵味方を判別するために自分の悪名を利用するのを了解している。……ザディアスの一件が片付いたら……侯爵の名誉回復は必須だな、これは。
 何はともあれ……カルメーラは彼女の負担にならない程度になら信用しても良さそうな相手であろう。王城内の状況に探りを入れるなら彼女からだろうか。

「ザディアス殿下は、今こちらに?」
「いえ。今は不在です。魔法の研究開発が忙しいのだと賢者の学連に滞在なさっておいでです」

 ほほう。それは好都合だ。そもそも自分の手が離せないからエリオットを派遣したのだろうし。
 とはいえ学連にいるのならステファニア姫やジルボルト侯爵の訪問にはそれほど時を置かずして気付くだろう。

 こちらへの接触は……してくるだろうな。アルヴェリンデについては、エリオットから偽情報を流してもらって不意打ちまでの時間稼ぎをするか。
 そうだな……。あいつは魔人だったのだし、何かの事情でベリオンドーラに向かったことを臭わせるというのはどうだろうか?
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