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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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244 ベネディクトの出自

 カドケウスが城に飛び込んだ時には割と慌ただしい動きになっていた。
 城の状況を把握していく。こちらに魔人がいる可能性だってあるが、そうであるならクラウディアの転移魔法による退避を視野に入れつつ、グレイスやシーラ達にも加勢に行ってもらう必要だって出てくるだろう。
 カドケウスは城内の天井――暗がりを滑るように移動していく。眼下に若い騎士と魔術師混成の一団。計6人。2班分の人数だ。
 班分けにあたり、彼らの希望も聞いたそうなので――こうやって固まって炙り出されるのもむべなるかなと言ったところだ。

「ヴォ、ヴォリス隊長、貴賓室にも警備がいるのでは?」
「他国の貴族が自ら警備を連れてきているそうでな。それに遠慮してか兵の数は少ない。その警備も女子供ばかりだ。恐るるに足らん!」
「ベリンダ様かロミーナ様を捕えてしまえば我等の勝ち、ですか?」
「そうだ。最悪、町に来ているベネディクト卿と共に、町を脱出することぐらいは出来よう!」
「副長の言う通りだ。急げ! 我らの動きもすぐに察知されるぞ!」

 とまあ、こんな調子だ。ベリンダというのは侯爵夫人のことであるが……家臣にあらざる言動だな。
 城のどこを移動しているのか。何が目的か。全て通信機を通して筒抜けだ。
 彼らの目指しているのは貴賓室。今日は帆船が帰ってくる日で、町中の警備に多くの人員が動いている。城の警備がやや手薄になり、内通者にとっては好機というわけだが……それも炙り出し策の一環で掌の上だ。
 今日は貴賓室回りの警備も薄くしてあるしな。といっても、その賓客というのが相当な戦力だったりするので、彼らの見込みは最初から間違っているのだが。

「いたぞ! ロミーナだ!」

 廊下の向こうにロミーナの姿。男達の姿――その剣幕を認めると慌てた表情を浮かべて、脱兎のように逃げ出す。

「捕まえろ! 回り込め! 相手は1人だ!」

 警備の兵が手薄なほうへとロミーナは逃げる。回り込んできた連中を避けるように階段を降りて屋内にある地下練兵場へ。非常時である現在、練兵場に人はいない。男達は顔を見合わせて笑う。袋の鼠だからだ。

 階段をけたたましく降りてロミーナを練兵場の奥へ追い詰める。

「大人しくなさって下さい。抵抗するとお怪我をなさいますぞ」

 と兵士に言われたロミーナであったが、彼女は薄笑いを浮かべて高々と何かを掲げた。閃光弾。それが何かを知らない男達は、それを目で追う。
 床に叩きつけられる瞬間、カドケウスは柱の陰に隠れて閃光をやり過ごした。周囲が真っ白に染まる程の白光が練兵場を満たす。

「ぐおおおっ!?」
「お、おのれええっ!」

 まともに閃光を見てしまった男達は顔を押さえたまま武器を抜き放つ。

「やめろ! 剣は抜くな! 同士討ちになる!」

 そこに――背後から飛び出してきたイグニスが突っ込む。手近にいたローブの男を強烈な拳で吹き飛ばし、足を踏み潰して逃走手段を奪う。
 イグニスの狙いは――まず制圧が厄介な魔術師連中だ。

 魔法が使えると言っても彼らとて命は惜しい。だから足を奪って逃走手段を封じる。それによって魔法で反撃を試みても結局逃げられないという状況に持ち込むわけだ。そうすることで戦う気概そのものを奪ってしまおうという狙いである。
 その間にロミーナの姿を模していたアンブラムはドッペルゲンガーとしての正体を現して、練兵場の隅へと逃げていく。
 アンブラムの役割は本来ステファニア姫の影武者。しかし相手の目的が夫人とロミーナだと分かった時点で、ローズマリーは守勢に回っての撃退より、陽動からの包囲を選んだということだ。

 連中はまだ混乱から立ち直っていない。その間にイグニスが2人目を両の拳を組み合わせて振り下ろして叩き潰す。

「う、うわああっ!」

 堪らず悲鳴を上げて逃げだそうとしたそこを、ソーサーと氷の塊、角笛の音弾といった飛び道具が階段の上から飛来して吹き飛ばす。
 イグニスが手あたり次第に蹴散らしていく。その重装甲故に反撃は意味を成さない。狭い通路を抜けられたとしても――階段上にはデュラハンが待ち構えているのだ。この分なら、内通者の制圧はすぐに終わるだろう。

 では――目の前のことに集中しよう。
 こちらはベネディクトと対峙しながら、魔力を高めているところである。ウロボロスに纏う魔力放射にも奴は動じたところを見せない。

 じりじりと間合いを詰めてから、一気に踏み込んだ。細剣ごと叩き折るような勢いで、身体ごとぶつかっていく。
 だが、それを弾いたのは大きな盾だ。左腕に生じた氷の盾。力任せに盾で払うと同時に魔力を纏う細剣が閃く。
 浅い突きを顔面に向かって幾度も繰り出してきた。真っ直ぐ突き込むと見せて、手元の動きで切っ先の軌道を微妙に変えてくる。

 首の動きとステップだけでそれをやり過ごし、上体を屈めるようにしてから、下方からウロボロスで掬い上げる。
 飛ぶ。ベネディクトは後ろに飛ぶ。跳躍しながら両腕を左右に振れば、氷の散弾が交差しながら弾幕を形成して迫ってきた。
 距離は取らない。回避もしない。逃げられては元も子もないからだ。前面にシールドを展開して真っ直ぐ突っ込む。狙いは――着地地点。

 ベネディクトの左手にマジックサークルが輝く。氷の壁が行く手を塞ぐように生える。一旦左に飛ぶ姿を見せて、空中でシールドを蹴って右へ飛ぶ。左右に弾かれるような軌道を描いてベネディクトに迫る。

「器用な真似を!」

 一瞬でベネディクトの右腕――肘から先が氷に包まれる。細剣は長大な大剣と化し、その一撃を左斜め上方から打ち落してくる。同時に――ベネディクトの右足から氷の蔦が地面を這って迫ってきた。対角線上の攻撃だが、見えている。
 回し蹴りを繰り出すように爪先から火球を放って蔦を吹き飛ばし、蹴りを出した動作そのままに踏み込んで転身。氷の大剣を回避しながら踏み込む。
 再びの至近戦。大剣を半ばから砕いて、ベネディクト本来の右腕と細剣が姿を現し、そのままこちらを迎え撃った。

 竜杖の中程を握り、左右から連撃を放ってベネディクトと打ち合う。剣戟の音を響かせ、輪舞曲でも踊るように刺突と打撃を応酬しながら地上戦を繰り広げる。
 細剣をすり抜けた竜杖の一撃が脇腹を捉えた。人間であれば肋骨をへし折り、魔人であれば怯ませる程度にはなるか。
 だが、返って来たのは硬質の手応え。ベネディクトが纏ったのは氷の鎧だ。
 構わない。掌底と共に魔力衝撃波を叩き込む。

 歯を食いしばって、ベネディクトは後ろに一歩下がる。身を屈め、全身のバネと魔法を併用して最高速で突っ込む。身構えるベネディクトの脇をすり抜けるように飛ぶ。
 すれ違いざまに――ネメアが飛び出し、その爪を振るった。

「何っ!?」

 ぶつんという紐の切れる音。宙に舞う帽子と仮面。
 俺の狙いは、最初から奴の仮面だ。仮面をベネディクトの頭に繋ぎとめているその紐が、邪魔だった。

「おのれっ!」

 ベネディクトは表情を憤怒に歪めて、後ろに飛ぶ。その顔――左の頬からこめかみまで、一条の火傷の痕が、確かに在った。それを晒すのが屈辱なのか、ベネディクトは左手で傷痕を押さえてこちらを睨む。

 だが問題は火傷ではなく。俺の注意は別の物に注がれていた。
 額の真ん中に埋め込まれた宝石。そして……その顔だ。
 銀色の髪と、紫色の瞳。それは俺の身近にいる人の面影がどこかにあって――。

 甲板の上から、ラヴィーネの長い長い遠吠えが響いた。その声は、必死に俺に何かを伝えようとしているようだった。
 ……ああ。分かった。分かったよ。アシュレイ。そうか。そうなんだな?

 再び距離を取り、向かい合って対峙する。そして数拍の間を置いてから、言った。

「……エリオット=シルンだな」
「何を……言っている?」

 ベネディクトは俺が何を言っているのか解らないとばかりに、困惑の表情を浮かべた。記憶喪失というのは、本当か? それともあの宝石が記憶を封じているのか?

 エリオット=シルン。6年前に船の事故で亡くなったとされている、アシュレイの兄だ。
 船は沈んだが、遺体は上がらなかったそうだ。
 留学先はシルヴァトリアでは無かったはずだが――。航路の途中でシルヴァトリアのどこかに寄港したか。それとも生き延びてシルヴァトリアのどこかに漂着したか。どういう経緯があったかは分からないが、エリオットはここにいる。

 仮面を付けている理由も。火傷の痕を隠すためという名目であったが、本当はあの宝石を隠すためなのだろう。

「貴方の本当の名前だ」
「出鱈目を……!」
「本当のことだ。貴方の妹だって知っているし、今この町にいる」

 ベネディクト……いや、エリオットが目を丸くする。
 カドケウスで連絡を回す。城の内通者の制圧は終わっている。アシュレイがこちらに向かっても問題は、ない。

「その宝石は、何だ? ザディアスが用意した物じゃないのか? それは、何のためだ?」
「黙れッ! 君に話す必要などない!」

 俺の言葉に、額の宝石が明滅して、靄が纏わりつく。そう。揺さぶりをかけるたびに。
 ザディアスへの疑念やら過去の記憶やら。そういったものをエリオットが考える度に、あの宝石が邪魔をしているわけだ。それはつまり――あの宝石の支配が完全ではないということを意味している。

「エリオット兄様!」

 リンドブルムの背に乗って。城からアシュレイが駆けつけてくる。そのまま、俺の隣に。上から飛び降りてくる。
 地面に降り立ったアシュレイを見た、エリオットのその目が驚愕に見開かれた。
 自分に容姿の似た少女が現れたとあらば、口から出まかせとも言えないか。エリオットは首を横に振る。

「わ、私は……君など、知らない。私に、妹なんて。私の妹はもっと小さかった。だから、違う。違う、はずだ……」

 エリオットの言動が、支離滅裂になる。宝石が明滅を増す。アシュレイが見守る中、ぶつぶつと何事か呟いていたが、その内にエリオットが笑い出した。

「……そう、そうだよ。君が、私の妹だと言うのなら。私と共にザディアス殿下に仕えれば良いんだ! ああ、それはいい! それがいい! さあアシュレイ。私と共に行こう!」

 笑って手を差し出すエリオットの言葉に、アシュレイは悲しそうな表情を浮かべて首を横に振り、それからはっきりと言う。

「……行きません。私の居場所は、テオドール様の隣です。昔に出て行ったきりの、エリオット兄様が帰ってきて下さい。私だって、爺やだって。シルンのみんなは、ずっと兄様の帰りを待っているんですから」

 そう口にするアシュレイは、もう悲しみの表情を浮かべていない。何かを決意するように、真っ直ぐにエリオットを見据えていた。

「お……ああ……」

 その瞳に宿る意志の強さに気圧されるように、一歩二歩と、エリオットが後退りする。
 大きく息を吐いて、ウロボロスを構える。

「……逃がさない理由が、また一つ増えた。何があってもこの場に留まって――いや、アシュレイのところに必ず、生きて帰ってもらう」
「テオドール様……」

 アシュレイの目を見て、頷く。アシュレイもまた、俺を見ながら頷いた。

「は――ははッ。ああ? そう、そういうことか!」

 それを見たエリオットが笑う。目を見開いて笑う。

「君か! 君がいるからアシュレイは私と来ない!」

 魔力を全身から漲らせて、エリオットがこちらに迫ってくる。こちらも――合わせるように踏み込んだ。
 闘気を纏った細剣を力任せに叩き付けてくる。二度、三度とウロボロスで受けたところで、奴は後ろに飛びながら、細剣を頭上に掲げて巨大なマジックサークルを展開させた。偽装さえしていない。術式が剥き出しだ。

 第7階級水魔法フローズンビーク。巨大な氷の鳥が形作られていく。第7階級ともなれば破壊の余波が大きい。周囲の物を巻き込まないよう、こちらもマジックサークルを展開しながら上空へと飛ぶ。

「逃がすものか!」

 エリオットが細剣を振る。その動作に合わせて氷鳥が放たれる。翼をはためかせ、猛烈な勢いで迫って来た。

「甘い」

 命中する寸前。俺の魔法が完成する。コンパクトリープ。短距離転移の魔法でエリオットの背後に回り込みながら、一挙動にその首に腕を絡めて、締め上げる。
 タルコットの時以来だな。首を絞めて、無傷で落とす。

「な、に!?」

 間合いを無にされたエリオットが驚愕の声を上げる。細剣を俺の腕に突き立てようとしたが、無駄なこと。しがみ付くようにしてネメアとカペラが腕の動きを封じる。

「ぎ……っ!」

 完全に決まっている。エリオットが声を上げると、やり過ごしたはずのフローズンビークが弧を描いてこちらに向かってくる。諸共に俺に叩き付けるつもりなのだろうが、そうはいかない。アシュレイに約束をしているのだから。

「グレイス!」

 次の瞬間、地から空に向かって紫色の閃光が走った。残光を残してフローズンビークの胴体を突き抜け、氷の彫像を微塵に砕く、その姿。

「邪魔は無用です」

 それは闘気を纏ったグレイスだ。それを目にしたエリオットはますますもがく。もがいて全身から氷の槍を放つ。だが、通さない。プロテクションを発動させた竜鱗防具を、貫けない。
 顔や手など、露出した部分を氷の欠片が掠めるが――そんなものは問題にさえならない。

「アシュ、レ……」

 そんな言葉を残して、エリオットの全身から力が抜けた。
 意識の喪失と同時に魔法封印を施してエリオットから離れる。そのままライトバインドで拘束。

「はあっ……」
「テオドール様! エリオット兄様!」

 終わった。大きく息を吐けば、アシュレイが駆け寄ってくる。何はともあれ、エリオットは無傷だ。

「大丈夫。エリオットは怪我はしてないよ」

 答えると、アシュレイは泣き出しそうな顔ではあったが、状況を確認して安堵の表情を浮かべる。それから小さくかぶりを振った。

「けれどテオドール様は……お怪我をなさっています」

 頬などに負った細かな傷を治癒魔法で治してくれる。
 その顔色がやや青ざめていた。そうだな。最後は密着しながら氷の槍を受け止めていたし……アシュレイからすれば、どちらが怪我をしてもというところだ。
 まあ、俺のほうは掠り傷程度だけれど。アルフレッドに感謝しておかないとな。水竜やアルケニー達にもか。

 さて。この宝石。このまま破壊してもいいものかどうか。
 そういった裏の術や古代の秘術に詳しい人間が2人もいるのだ。対応はまず、彼女達に話を聞いてからが良いだろう。
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