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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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240 反撃準備

「まずは信用の置ける、主だった者を城の大食堂に集めます。顛末の報告とこれからの指示をしなければなりませんからな」
「私もその場に同席してもよろしいのですね?」
「勿論です。王都に向かってからの話を円滑に進めるためにも、意志の統一と疎通はなされていなければなりますまい」

 竜籠の中ジルボルト侯爵とステファニア姫が城に着いてからのことを打ち合わせている。となれば護衛役である俺はその場に同席する必要がある。
 テフラもジルボルト侯爵領での知名度を考えれば話を円滑に進めてもらうために同席してもらうのが手っ取り早い。

「籠から出るなら、我はもう少しこれを被っておかなければなるまいな」
「そうだな。窮屈な思いをさせて悪いけど」
「何の。我が友のためだ」

 テフラは笑ってローブを纏う。
 信用してもらうためにテフラを同席させるにしても、その姿を見せる相手は厳選したいところなので。
 竜籠が城の練兵場に降り立つと、すぐに騎士達が駆けつけてきた。

「お帰りなさいませ、侯爵」
「うむ。よく留守の間を守ってくれた」

 騎士達は侯爵に一礼をしながらも、俺達に一瞬視線を向ける。しかし何も言わず、侯爵の説明を待つという立場を堅持するつもりのようであった。

「皆を集めよ。留守中の報告を聞こう。此度の顛末もその時に話して聞かせる」
「はっ」
「して、呼び出す顔触れだが――」

 ジルボルト侯爵から事細かく指示を受けて騎士達が走っていく。騎士達に指示を下した侯爵は振り向いて口を開いた。

「慌ただしくて申し訳ありませんな。本来なら歓待しなければならない立場なのですが」
「状況が状況ですから」
「そうですね。楽しみは諸々のことが片付いてからということで」

 俺の言葉に、ステファニア姫と侯爵が口の端を歪ませる。

「では、こちらへ」

 侯爵の案内で城の大食堂へと通された。すぐに侯爵領の重鎮が集められた。

「皆の者、私が不在の間の領の鎮護、大儀であった。まずは報告を」
「はっ」

 肩に羽飾りを着けた鎧を纏った男が立ち上がって敬礼の姿勢を取る。どうやら侯爵領の騎士団長であるらしい。
 肩書きは騎士団長ではあるが諜報部隊のための技能訓練もしている立場にあるそうだ。

「町の様子は落ち着いております。喧嘩や揉め事、盗みを働いたという、小さな事件は幾つかありましたが、大きな問題は起きておりません」
「うむ」

 侯爵が頷いて視線を巡らすと、もう1人――ローブを纏った魔術師らしき男が立ち上がり、騎士団長と同じように敬礼した。こちらは諜報部隊で魔法系技能の後進育成に当たる人物らしい。

「団長に同じです。近隣でも目立った動きはありません」
「領内への訪問者はどうか」
「取り立てて言及するべきような者はこちらでは把握しておりませぬ。兼ねてから申し入れがあった通り、フォーブル子爵が湯治に訪れていたことぐらいでしょうか。商人達の出入りも、大口では昔から馴染みの者達ばかりですな」

 兵士達が港で話していた通りだ。少なくとも彼らの把握する範囲内では、ジルボルト侯爵領で大きな問題は起こっていないようではある。まあ、大前提として王太子の一件を除けばであるが。

「うむ……。各々の任務はそのまま引き続いて行え。変わったことがあれば迅速に報告せよ」
「はっ」

 団長と魔術師は口を揃えて答える。

「では、皆が気になっていることにこちらも答えなければなるまいが――その前に、まずはこれを見てもらいたい」

 そう言って侯爵が木箱をテーブルの上に置く。
 中からアルヴェリンデの胸像を取り出すと、彼らの表情が変わった。

「この者は――」
「ま、魔女……」

 2人は表情を歪める。この2人は魔女を見ているわけだ。少なくとも、ここに集められた面々はある程度侯爵の事情を知る重鎮なのだろうし。

「魔女についての問題は、タームウィルズの英雄の手で取り除かれたということを伝えておこう。テフラ山の精霊と、妻と娘を蝕んでいた憂慮は消え去ったというわけだ」

 と、侯爵が口にしたところでテフラがまずフードを取ってから、ローブを脱ぐ。
 テフラの姿にどよめきが走った。

「せ、精霊……! ほ、炎の髪にその山羊の足……ま、まさか……!?」
「精霊テフラ……!?」
「お、おお……!」

 居並ぶ者達の目が丸くなる。テフラは静かに答える。

「我はタームウィルズにて我が友に助けられた。その恩義と友誼に報いるために、今こうしてここにいるのだ」
「……あの魔女めは蝕姫アルヴェリンデを名乗る魔人であった」
「蝕姫ですと!?」

 魔術師が目を見開く。

「うむ。ともあれ王太子は魔人との繋がりを持っていたということだ。これは我が領だけではなく、シルヴァトリア存続の危機……いや、それ以上の事態にさえ繋がりかねない由々しき問題であると心得よ」

 侯爵の口から出る爆弾発言の連発に、重鎮達は目を白黒させたり生唾を飲み込んだりしている。

「ヴェルドガル国王、メルヴィン陛下にもお目通りが叶った。メルヴィン陛下は第1王女ステファニア殿下を使者として我が国に派遣して下さった。私は準備が整い次第、王都に赴き殿下と共に、此度の仕儀を国王陛下にお伝えせねばならん」
「そ、そうでしたか。で、ではこちらの御人は……」
「如何にも。ヴェルドガル王国第1王女、ステファニア殿下。その方であらせられる」

 ステファニア姫は侯爵の紹介を受けて、優雅に一礼してみせる。

「ステファニア殿下ばかりでなく、皆いずれ劣らぬ賓客である。くれぐれも粗相のないように」
「はっ!」

 侯爵は紹介の仕方をやや曖昧にぼかす。
 俺への注目はない。変装用指輪は付けていないが、執事の格好をしているからだ。ステファニア姫付きの使用人ぐらいで見てもらって、あくまでもノーマークでいるほうが楽だ。

「石膏像をこの型から複製してもらう。領内外にて重罪人として通達をする準備を整えよ。石膏像の存在。私の帰還とヴェルドガル王国の使者団の来訪については別に命令があるまでこれを秘すること。情報を漏らした者は如何なる理由であれ許さぬと心得よ」
「はっ! 仰せのままに!」
「……あの者の所業により、長らく苦汁を嘗めてまいりましたが……それも終わりということですな」

 騎士団長は直立不動で敬礼し、魔術師は感極まったように天を仰ぐ。その目尻に涙さえ浮かんでいた。

「……思えば、お前達にも大変な苦労を掛けた」

 瞑目する侯爵のその言葉に、騎士団長も大きく息を吸い、静かに言う。

「勿体ないお言葉。我が君と共に泥水を啜って耐え忍んで参りましたが、それもこれも全て、この日、この時よりのためであったと思えば報われるというものです」
「となれば……次にすべきことは内通者への警戒ですかな」

 そうだな。そう言った者が紛れていないとも限らない。

「常に3人1組で行動させ、関係者の領外への外出に制限を加えましょう。これは我等とて例外ではありません。領外への魔女の面相の通達と手配は……必要最低限の情報で済むよう徹底させます」
「よかろう。魔女の罪状については貴族への暗殺未遂の犯人ということでよかろう。通達する日取りは、私の船が港に帰って来てからだ」
「はっ。では……班分けについては後程、侯爵に内訳を見ていただき、その上で裁可を頂きたく」
「うむ。早速取り掛かれ」
「はっ!」

 このへんの手回しの良さは、流石は諜報部隊の長というべきか。彼らは敬礼を返すと自分の仕事をするために大食堂を出て行った。
 さて……。城内での安全はある程度確保できたところがあるだろう。となれば山頂の霧が晴れ次第、竜籠でテフラ山へ向かうというのが俺達の次にするべきことになるが。

「暗くなるまで霧が晴れないということもままありますからな。まずは旅の疲れを癒し、英気を養うのがよろしいかと」

 侯爵が俺に言う。

「そうですね。まだ猶予がありますからテフラ山への移動については今すぐ行かなければならないというわけでもありませんし。明日の朝にでも様子を見ましょう」

 港に船が入ってきた時に、王太子側の人間が現れるのか現れないのか。アルヴェリンデがシルヴァトリアに戻って来てから、どういう行動をするつもりだったかは今となっては分からないが……その時には諸々準備を整えて、王都に向かって竜籠で出発できるようにしておくわけである。

「では……貴賓室へ案内しましょう」



 結局霧は夜まで晴れず。テフラ山への移動は明日への持ち越しとなった。
 今日は城に一泊し、全ては明日からになるだろう。
 そんなわけで皆で貴賓室で寛いでいると、夕食前という頃合いになってノックの音が響いた。

「入れ」

 と、ジルボルト侯爵が入室を促した。
 護衛対象ということでジルボルト侯爵家の面々も貴賓室にいる。今回は守るべき相手が多いので一ケ所に集まってもらっていたほうがこちらとしても楽だし。

「失礼します」

 そう言って入って来たのはエルマーだった。エルマーはその場に跪いて報告する。

「先程、魔法騎士ベネディクトが我が領に来訪した模様です。取り急ぎ報告に参りました」

 思わずみんなと顔を見合わせる。例の王太子お抱えの武官……仮面の魔法騎士か。
 目的が魔女の迎えだと考えれば……早めに侯爵領に現れて滞在することにした、としても不思議ではないが……。さて。他に目的があるのか、ないのか。

「監視は?」
「付けております。ベネディクト自身は領内の宿へ宿泊する模様です」
「……城には来ないか。侯爵が現在、不在というところまではベネディクトは分かっているでしょうし」
「そう、でしょうな」

 ベネディクトが城を訪問してこないのは、まあ……普通だろう。

「問題はそれ以上のことが分かっているかどうか、でしょうか?」

 グレイスが首を傾げると、ローズマリーが羽扇を手の中でもてあそびながら思案して答える。

「罠だと察していれば領内で滞在はしないでしょう。もし内通者が訪ねてきたら一網打尽にされるもの」
「それを狙って、囮となって探りを入れている可能性はどうでしょうか?」
「無いとは言わないけれど……危険な手ね」

 アシュレイとクラウディアのそんなやり取りにジルボルト侯爵は顎に手をやって考え込んでいたが、やがてエルマーに指示を出す。

「監視は続行。王城関係者で彼の者に接近しようとする者がいれば、これを捕えよ。しかし、本人に手出しは無用だ」
「はっ」

 エルマーが敬礼して貴賓室を出ていく。逆に言えば……内通者がいるなら炙り出せる好機になるのだろうが。

「さて。どうしたものですかな」
「変わりません。まずテフラ山での儀式が最優先事項になるでしょう」

 これは退路の確保であるから絶対だ。

「後は監視をしながら、魔女が重罪人として手配されたことを知った時に、どう動くかでベネディクト自身が白か黒かを判断する……というところでしょうか。魔人かも知れない以上は、こちらから迂闊に手を出すのは危険です」
「確かに……」

 その時は――俺が直接相手をできるような状況を整えておかないとな。
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