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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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233 旅支度

 温泉施設のお披露目は実に盛況であった。温泉街への出店の話ももう持ち上がっているそうで、これからどんどんと開発が進むだろう。
 運営諸々含め、留守の間はメルヴィン王が境界劇場などの設立理念を念頭に責任を持ってくれるそうだ。

 大衆浴場らしく、入場料も手頃な価格になる予定である。まあ、市民の娯楽と福利厚生の一環ということで。俺の目的やクラウディアの望み。そして迷宮村の住人の安全。それらの諸々の目指す方向性が合致しているなら言うことはないしな。
 そんなわけで温泉街は一区切りついたということもあり、俺達はシルヴァトリアに出かけるための、旅支度を整えている。

「飲み水は必要ないのですか?」
「必要な時に生活魔法で作るから大丈夫かな。空の水筒だけ積んでおいて」
「分かりました」

 グレイスは頷くと、必要なものと不必要なものを選り分け、俺、クラウディアとセラフィナという面子で竜籠に荷物を積み込んでいく。セラフィナが重そうに鞄を持ち上げたところをラヴィーネが下から支えたりと、中々和む光景だ。更に、荷物の運び込みは家に泊まりに来たテフラも手伝ってくれている。
 積み込まれた荷物はイルムヒルトとローズマリーが整頓。マルレーンとシーラがリストから漏れがないかチェック。

「ポーションはどうなさいますか?」
「嵩張るから程々に。テフラ山に着いたら一度転移で戻る予定だし」
「わかりました」

 アシュレイはポーションを小瓶から竜籠での持ち運びに適する銀容器に移していく。
 ポーションは短時間に使い過ぎると中毒症状が起こるのがネックだ。なので俺とアシュレイが治癒魔法を使えることを考慮すると、俺達のパーティーではあくまでも補助用ということになる。
 マジックポーションによる魔力回復も便利ではあるのだが、補給した魔力が身体に馴染むのに僅かに時間が必要だったりするし。俺以外の面々なら循環錬気で消費した魔力を補える。それほど多くを持っていく必要もあるまい。

「なるほど。着替えも最小限で済むというわけね」

 積み込まれた荷物の衣類の少なさに、ローズマリーが言う。

「そうだな。王都についたらドレスも必要になるかも知れないけど、それも一度戻ってきた時に回収すればいいし」
「ああ。あの迷宮に着ていけそうな戦闘服?」
「そう、それ」

 俺の言葉にローズマリーがにやりと笑う。
 ルナワームのドレスに魔石の装飾をあしらった、プロテクションなどのエンチャントを重ねられるドレスである。前に持ち出したのは、先代ブロデリック侯爵に晩餐に呼ばれた時だったか。
 空中戦装備が組み込んであったり、解毒の魔道具に破邪の首飾りにと、毒殺や呪法にも対策万全という代物で……ローズマリーが戦闘服と呼称するのも仕方が無い。多分ローズマリーはああいう装備が好みなんだろう。

「ん。揃った」

 シーラが俺の用意したリストと、竜籠に積み込まれた荷物を見比べながら言う。マルレーンも真剣な面持ちでこくこくと頷く。

「よし。最後に俺も点検しておく」

 衣類、食料、調理器具、食器、調味料などの生活必需品。毛布にランタン。方位磁石に地図。カードや書物、楽器類といった嗜好品。ポーションに解毒の魔道具等。
 サボナツリーの樹液から作られた石鹸や洗髪剤。これは多目に持っていく予定だ。うちの女性陣は髪の長い面々が多いし、衛生管理は健康維持にも繋がるからな。
 それでもまあ、人数の割に荷物は少ないほうだと思う。テフラ山のこともあるが、フォブレスター侯爵領でもジルボルト侯爵領でも補給は出来るし。

「我も同乗して行っても良いのか?」

 と、テフラが尋ねてくる。転移で先に移動しておけば竜籠のスペースも空くということなのだろうが……クラウディアが笑みを浮かべて言う。

「一緒に旅というのも、悪くないんじゃないかしらね。そうでなくても私達は、土地に縛られてしまうところがあるでしょう?」
「む。確かに」

 テフラは神妙な面持ちで頷く。

「だからこうやって、みんなで旅支度を整えるのが、とても楽しいわ」

 そう言って、クラウディアは穏やかな笑みを浮かべる。
 そうだな。クラウディアにしてみれば今までは旅行1つ気軽に出来なかったわけだし。
 だからきっと、その口ぶりから俺達が想像する以上に、大切な時間なのだろう。花見に行った時も伯爵領に出かけた時もそうだったのではないだろうか。
 土地に縛られるという部分にテフラも思うところがあるのか、静かに頷いた。

「そうだな。今まで生まれた山にいるのが当たり前と思ってきたが――我も少々浮かれているところがある。それはつまり、そういうことなのかも知れぬな」

 テフラは俺に向き直り、口を開く。

「というわけで今後ともよろしく頼むぞ。我が友よ」
「お安い御用だ。うちには何時でも遊びに来てくれて構わない」
「うむ」

 テフラは嬉しそうに笑みを浮かべる。それから今度はクラウディアに言う。

「今回みたいな遠出じゃなくて、小さな旅をもっと増やすようにしようか」
「春のお花見みたいな?」
「うん。そういうの。目的があるとせわしないし、単なる行楽でさ」
「ええ。それは素敵ね」

 そう言って、クラウディアは楽しそうに笑みを浮かべるのだった。



 出立の準備が終われば――後は留守の間の備えをきちんとしておくことぐらいか。
 セシリアとミハエラ、それから迷宮村の住人の主だった者達を中庭に集めて注意点などを話しておくことにした。

「騎士団も巡回を増やしてくれるけど、留守の間、問題があったら迷宮の村に避難できるようにしておくこと」
「わかりました」

 俺の言葉にセシリアは真剣な面持ちで頷く。
 留守を任せるにしても、セシリアやミハエラのように武術の嗜みがある者が指揮をしていてくれると、俺としては安心できる。彼女達が有事にも動ける胆力があるのは、盗賊団襲撃の時に分かっていることだ。

「通信機による定時連絡と、夜間時の警報装置の稼働、それから迷宮村の住人の点呼かな。このへんをしっかりやっておいてくれればいい」

 セシリアとミハエラにもそれぞれ通信機が渡されているし、迷宮村に避難出来るようにと、腕輪がクラウディアより支給されている。もしもの場合は全員で迷宮村に退避する事が可能である。

 警報装置と、ローズマリーお手製の簡易人形による警備体制。更に迷宮村の住人の訓練も進んでいるところがあり、家にいるほとんど全員が護身手段を身に付けている。
 元より、迷宮村の住人は膂力の面において人間の平均的なそれを上回っていたり、特殊能力を持っていたりする。そういった面々が訓練を積んだ今、かなりの戦力となってきている。例えばケンタウロスであれば……生まれながらに騎射や馬上槍が得意分野みたいなものである。

 そんなわけで我が家の戦力と防御は厚い。通信機による連絡体制とクラウディアの転移もある。有事には駆けつけられるし、後顧の憂いはないだろう。

「わしはなるべく屋敷の中ではセシリアと行動を共にしておるかのう。来客があればセシリアと共にそやつの人となりを見るようにすれば良いのではないかな?」

 と、カーバンクルの長フォルトックが言う。カーバンクルは人の心の動きが分かるらしいからな。ポケットの中にでも隠れられるし実績もある。

「姿を見られないようにするならそれでも良いかな」
「うむ。そこは充分注意しよう」
「ああ。それからみんなにマジックシールドの魔法を教えておくよ。魔法が使える者は、各自魔力操作の基礎練習と共に、詠唱無しでも使用可能になるのを目標に練習しておくこと」

 該当する迷宮村の住人達が頷く。アルケニーのクレアなどもその一人だ。
 魔法が使えるかどうかは魔力資質の個人差による。そこは人間も魔物も変わらずだが……魔物は魔力を保持していても人間以上に特殊な魔力資質が多い。なので俺が魔法を教えるという方法を取りたくても、画一的には進められない部分がある。

 なので、魔法が使えそうな魔力資質の者を循環錬気で見繕い、生活魔法と魔力操作の基礎練習から進めてもらっているのだ。
 ともかくマジックシールドは応用範囲が広い。なにより防御用の魔法だ。習得しているかいないかで生存率が大きく変わる。集団で使用できるなら心強いことこの上ないし、覚えておいて損はあるまい。

「私は護身術の訓練を進めます」
「よろしくお願いします」

 ミハエラは静かに一礼する。
 留守の間の注意事項はこんなところか。俺からは早速マジックシールドの詠唱を伝えておく。復唱してもらえば後は各自練習というところで。

 出発は明日の朝早く。パーティーメンバーに加えてステファニア姫、アルフレッドとビオラ、オフィーリア、ジルボルト侯爵家にテフラという面々だ。
 大型の竜籠で、まずはフォブレスター侯爵のところへ。目的あっての旅ではあるが、道中は楽しいものにしたいところだ。
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