挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

236/1266

225 タームウィルズの新区画

「よし。それじゃ始めるかな」

 朝早くから東区の門を出て、建築現場へと向かう。軽く腕を回して首を鳴らし、作業開始である。
 まずは外壁。次に地下下水道、その次は大通り。温泉設備は建築現場の安全確保とインフラの整備が終わってからだ。そのあたりを済ませてしまえば新区画の建築なども一気に進んでいくだろう。

 作業は外壁の一角から始める。まずは外堀に当たる部分をゴーレムにして、そのゴーレム達を外壁の材料にしていくわけだ。石化魔法で石に変えて、積んで固めて補強してを繰り返し、高さを合わせて外壁を延長していく。
 タームウィルズに入ろうと門の前で列を作っている商人などからの視線をひしひしと感じるが……あまり気にしてはいけない。

 まあ、なんだ。外壁ともなると劇場などと比べても巨大な建造物なのだが、いかんせん構造が単純である。一定間隔で兵士達の詰め所や監視塔を作ったり、上部を移動する為の通路を作っていく程度だ。
 このへんの構造はまあ……既存の外壁を元に精度を上げているだけである。もっとも気を遣うべきは外側だ。登ることができないようにとっかかりを排除。紙一枚入らないように石と石の隙間を埋めていく。
 鳥に姿を変えたカドケウスが上空を飛び回っている。鳥の視点から縮尺模型の通りに外壁が作られているかを確認するためだ。

「これなら、登るのは難しい」

 シーラが垂直に切り立った壁の表面に触れながら言う。ヴェルドガルの中枢で異民族や賊の攻撃というのはまず無い。外壁が何に対する備えかと言われれば、まず魔物に対する備えとなるだろう。

「イルムは? どう?」

 外壁上部の通路にいるイルムヒルトに尋ねてみる。イルムヒルトは弓を構えて遮蔽部から身体を見せ、矢を撃つような仕草を見せたり、また身を隠したりと通路の使い勝手を確かめていたがやがて頷く。

「んー。いいと思うわ。少し遮蔽用の壁が高いかなって思うけど、多分私より背の高い兵士のほうが多いと思うし、このぐらいの高さが良いと思うわ」

 ふむ。ではこのまま進めて行こう。
 新区画となる温泉街は規模としてはそれほどでもない。なので外壁の延長距離も大したことはないので……まあ、昼前には終わるかな。これが終われば次は地下の下水道だ。今度はその下水道をくり抜いた分を使って石畳の道を整備すれば大通りまでは完成と言うところである。

「これは……驚きましたな。いや、まさか、もうこれほどまでに外壁を延長してしまったとは。しかもこの壁の滑らかさと来たら……」

 作業を進めていると、昼前になってやってきたのは宰相のハワードであった。メルヴィン王に聞かされた話だが、ハワードは温泉好きで新区画が楽しみで仕方が無いそうなのだ。

「まあ、材料は外堀の土砂ですからね。堀作りと外壁の材料調達は同時に行っているのでそこそこに順調です」
「そうですかそうですか」

 ハワードはほくほく顔である。普段はメルヴィン王の直臣である俺への接触を遠慮しているそうなのだが……温泉好きというのは本当らしい。
 メルヴィン王の話によれば――劇場の大成功で俺が大衆浴場を作るなら集客が見込めるからと、温泉好きの宰相を筆頭に重鎮達も乗り気なのだとか。それで小規模ながらもタームウィルズの区画を一つ増やそうという話にまで発展してしまったそうだ。

 要するに人が集まるだろうから、どうせなら本格的に整備してしまえと、ヴェルドガルが本腰を入れているわけである。そんなわけでこうやって建築している間も、資材がどんどんと急ピッチで運び込まれている。
 現在、儀式場付近は精霊と月女神の力で神殿同様の結界が生成されている。外壁の延長が完了すれば温泉街はセキュリティの面ではかなり優れた場所になるだろう。儀式場はテフラ廟に巫女が詰めている施設だ。元々、防犯上の観点から壁で覆う予定だったしな。

 温泉街の中心を貫く大通り。温泉街の中心部に公衆浴場。広場と噴水。宿泊設備や市場を配置。中心部から少し離れた位置にテフラ廟。更に外側に湯治場。湯治場に来た者達がゆっくり静養できるよう、診療所を兼ねた滞在施設。
 これらの建造計画に従って、外壁で囲んだら次は下水道を新区画全域に張り巡らせる。掘って固めて、最終的にタームウィルズ側の下水道へ流れるようにしていくわけだ。

「いや、噂に名高い大使殿の魔法建築……堪能させてもらいました」

 宰相はしばらく俺の外壁の作成風景を眺めていたが、やがて満足したらしく上機嫌な様子で頷いた。

「余りお構いできませんで」
「いやいや。勝手に押しかけて、その上大使殿の邪魔などしたとあっては私が陛下にお叱りを受けてしまいます。温泉街の完成、陰ながら応援しておりますぞ」

 そんなふうに言って、宰相は護衛の兵士達と帰って行った。外壁が完成したのはそれから程無くしてだ。これで温泉街とタームウィルズの町を分断している元々の外壁に通路を作ってやれば完成である。

「テオ、お昼ができましたよ」
「分かった。すぐに行くよ」

 儀式場で昼食の準備を進めていたグレイスが俺を呼びに来る。
 ふむ……。昼前には終わったな。この分なら下水道と大通りの製作にも取り掛かれるだろう。



 儀式場で昼食を済ませてから、小休止ということで東屋に集まり、みんなでお茶を飲むことにした。アルフレッド達、工房の面々も儀式場に顔を見せている。

「テオドール。相談があるのだけれど」

 ティーカップを傾けて寛いでいると、クラウディアが言った。

「ん、何?」
「一度、テフラ山に足を運んでおきたいのよ。ここがテフラ山の飛び地になったように、向こうでテフラと契約すれば、山の一角を疑似的に迷宮の一部とすることで、こちらと繋いで、転移による移動が可能になるわ」

 ……ふむ。それならばジルボルト侯爵家の人々や侯爵領の領民を万が一の時に守ることができるか。石碑を作らなければ、二点間の転移が可能なのはクラウディアだけのはずだし。

「でも、それはジルボルト侯爵が首を縦に振ればだろうな」

 領内に外国からの直通路があるというのは……今の状況であれば保険として心強いだろうけれど、領主としてはリスクを抱える形だ。

「そこはジルボルト侯爵とも契約をして、ということになるかしらね。直通路の封印と解放を侯爵の判断に委ねるということでどうかしら?」

 なるほど。今の状況が落ち着き、用が済んだら基本的には封印しておけばいいわけだ。向こうは鍵を預かり、移動のための手段はクラウディアにしかない。非常用の通路は作るが、用が済めばお互い使えなくなると。連絡手段は通信機を渡せなくともテフラがいるわけだし。

「我の移動の妨げにはならぬのか?」
「テフラは自分の山と飛び地を行き来しているだけだもの。テフラから間借りした部分に新しく路を作るわけだから、干渉はしないわ」
「ならば我は構わぬがな」

 テフラは安心したように頷くと、笑みを浮かべてグレイスの焼いた菓子を齧っている。なんと言うか……儀式場が気に入ったらしく妙に馴染んでいるテフラである。セラフィナや、ローズマリーの使い魔アンブラムも並んで東屋で寛いでいる様は中々変わった取り合わせだ。

「ジルボルト侯爵領と言えば、フォブレスター侯爵領の近くでしたね。海を挟んで対岸と言いますか」

 と、アシュレイが思い出しながら首を傾げる。
 そう言えば口約束ではあるが……フォブレスター侯爵のところへ騎士団を鍛えに行くという話もあったな。

「……ジルボルト侯爵が帰る時に同行するか。フォブレスター侯爵のところにも顔を出す形で」

 クラウディアとテフラの護衛ということなら、まあ異界大使としての職務の範囲内だろうし。

「それじゃあ、オフィーリアに話を通しておくよ。使者がまだ決まっていないから、フォブレスター侯爵に書状を送る時間ぐらいはありそうだし」

 アルフレッドが言う。

「使者か。確かに人選は大変そうだ」

 魔人が絡んでいるかも知れなくて、しかも半分は向こうの王太子に文句をつけに行くわけだからな。人選は慎重にならざるを得ないだろう。

「ステファニア殿下は自分が使者として向かうと言っていて……父上が止めようと説得しているみたいだけどね」
「ステファニアは王太子ザディアスを嫌っていたわ。シルヴァトリアには世話になった人もいるみたいだから、指を咥えて見ているだけというのが歯がゆいのではないかしらね」

 ローズマリーがそんなふうにステファニア姫の心情を分析する。
 第1王女ステファニア姫。北方に領地を構え、シルヴァトリアにも馴染みがあるはずだ。確かに……難しい交渉になるだけに、ステファニア姫は適任なのかも知れない。それでもメルヴィン王は難色を示すだろうな。

 説得がどうなるかはわからないが、仮にそうなれば護衛の選出も重要になってくるだろうな。
 ふむ……。整備が終わったら少し王城に顔を出すか。ジルボルト侯爵の潔白を証言するためにテフラも同行することになるのだし、既に例の魔人達が絡んだ事件になってきていたりするからな。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ