挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
235/1204

224 竜鱗

「久方ぶりですね、クラウディア」
「解放と同時に貴女から訪れてくるとは」

 落ち着いた調子の男女の声が聞こえる。その声は水竜の口からではなく、どこか別の場所から響いているように感じられた。可聴域ぎりぎりの高音が微かに聞こえる。何かの魔法で会話を成立させているのかも知れない。

「ええ。おはよう。目覚めの気分はいかがかしら?」

 クラウディアの問いに、水竜達は目を細める。クラウディアとは顔見知りなようではある。

「悪くはありませんよ」
「少々空腹ではあるがな」

 やや冗談めかした雄竜の言葉に、クラウディアも笑う。

「それは何よりだわ。お互いを紹介しても良いかしら?」

 水竜達が頷くと、そのままクラウディアがお互いを紹介してくれた。水竜達は夫がペルナスで、妻がインヴェルと言うそうだ。
 俺については婚約者という紹介であったが……水竜の夫婦は興味深そうにまじまじと覗き込んでくる。

「なるほど……。王家の娘達と行動を共にしているのも、そのあたりが理由ですか?」

 インヴェルの言葉にクラウディアは苦笑する。

「そんなところね。宝珠を受け取らせてもらっても良いかしら?」
「迷宮の主とヴェルドガル王家の者達が揃って宝珠を受け取りに来たのなら、我等に是非もない」
「元より、私達はそのために協力していますからね」
「ありがとう」

 ヴェルドガルはその長い歴史の間に、様々な王が出たらしい。メルヴィン王のような賢王もいれば、暴君もいたそうだ。
 結果として、伝承を途絶えさせた代もあったそうだ。だが、状況の停滞と迷宮村の安全を望むクラウディアは、葛藤こそあっても王家に対しては積極的に関わろうとはしなかった。
 だから……この水竜達のことも王家側が忘却してしまった部分なのだろうが……水竜達は王家と交わした約束を忘れてはいないのだろう。
 となれば宝珠について色々話を聞きたいところではあるのだが。そんなことを考えていたら、向こうから視線を向けられた。

「宝珠の受け渡しは構わんのだが……婚約者殿と少し話をしたい。良いだろうか?」
「俺は構わないよ。俺からも少し話を聞きたいと思っていたし。その間に、宝珠を取って来てもらえるかな。他にゴーレムやガーゴイルは配置されていないみたいだし」
「分かりました」

 俺の言葉に、みんなは精霊殿へと向かう。その背を見送ってから、水竜達に向き直った。

「我らと単身で向き合っても物怖じせぬか。その胆力たるや良し」
「まあ……魔人と戦うのに怖気付いてたら始まらないしな」
「そう、ですか。あなたは魔人と……。その魔力の洗練のされ方、よくそこまで……」

 インヴェルが光の向こうにある物を見定めるかのように、やや眩しそうに目を細めて、言う。

「我等は、これで驚いているのだ。君に興味があると言っても良い。クラウディアが王家の娘と行動を共にし、ああも柔らかく笑うとは」
「クラウディアは、元々優しいからな。そこを自分に甘いところがあるって認識していたから、あまり関わらないようにしていた部分もあるんじゃないかって思うけど」

 手酷く裏切られて余り関わりを持つまいとしていても、封印解放の時期が近付いたから心配して出てきたんだと思うし、一貫して地上の人達の味方と、迷宮村の住人を庇護し続けているという点に変わりはない。

「……かも知れんな。我等とて永遠不滅というわけではない。暮らす場所も違う。眠りにつけばしばらくは顔を合わせることも出来ぬ」
「だから、貴方と言葉を交わしておきたかったのです」

 そうか……。クラウディアを心配しているんだな。

「ラストガーディアンを破壊して、クラウディアを迷宮から自由にしたいとは思ってるよ」
「なるほど……」

 インヴェルは目を閉じて言う。

「俺からも、宝珠や瘴珠について聞いてもいいかな?」

 俺が言うと、2人は首を縦に振る。

「ですが、貴方の知りたいことを、私達が知っているかどうか」
「我等が王家と交わした約束は、4つの宝珠を守ることであるからな」
「ここの宝珠だけではなく?」
「うむ。宝珠が不貞の輩の手に渡った際、その在処を王家に示し、必要とあらば取り戻すための役を担っている。故に封印についてはそこまで詳しくはないのだ。我らから多くの情報を引き出すことが出来ぬようにするためだろう」

 例えば外に出て、魔人と戦えばどうなるか分からないからということだろう。事実、彼らは魔人との戦いで手傷を負わされたらしいし。だから王家と協力して事に当たる――つまり宝珠についての伝承を絶やさない目的もあるのだと思われる。

 その任に縛られる代わりに、水竜達はこの魔光水脈を安住の地としている。
 水の精霊殿のガーディアンたる彼らは魔光水脈の中ならどことなりと転移が出来るそうだ。タームウィルズ近海になら出ることも可能なそうで……。このあたりはテフラと同じようなところがあるな。契約して宝珠の守護の役割を負っていると言っても、それほど不自由をしているというわけでもなさそうだ。

 それにしても……水竜達は宝珠の在処も分かると。
 となれば瘴珠についても同様のことが出来ると考えておくべきだな。やはり瘴珠の隠蔽や破棄にはリスクがある。

「当時の魔人達については?」
「あの連中は昔から変わらぬが……盟主がいた時代は、今よりももっと統率されていたように思う」
「盟主は……どういう力を持っているんだ? あの連中がただ強いだけで従うとも思えない」
「盟主は魔人を覚醒へと導くと言われていたがな。とはいえ、盟主に覚醒させられた低級の魔人と、自ら覚醒を果たした高位の魔人とでは比べるべくもないそうだ」

 なるほどね。魔人それぞれの能力開花か。
 戦力の底上げができるというのは確かに脅威だ。個体でなく、魔人という種全体の強化に繋がる。それに、盟主については水竜達が知っている情報だけとは限らないし。

「あまり役に立つ話ではなくて、ごめんなさいね」
「いや。参考になった」
「少し待っていてください」

 インヴェルが水底に潜っていき……ややあってから戻ってくる。そうして口に咥えていたものを足場に置いた。
 これは――鱗か? しかも複数枚も。

「人間は私達の鱗や牙を珍重すると聞きます。これは前に生え変わったもので、できるだけ状態の良いものを選んだつもりではありますが……こんなものでも貴方達の役に立ちますか?」
「十分過ぎるほどに」

 竜鱗。削り出せば武器にも防具にも使える。使用用途を色々と考えないといけないな。
 グレイス達も精霊殿から戻ってくる。その手に宝珠が輝いていた。

「私達はずっとこの場所にいます。何か私達に協力できることがあれば、何時でも来て下さい。この場所に足を踏み入れれば、私達には分かります」

 そんな言葉をかわして水竜達は精霊殿の奥に広がる広大な空間へと、ゆっくりと泳いで行った。その途中でもう一頭――小さな水竜が顔を出す。
 振り向いて、一家で会釈するように頭を下げて水の中へ消えていった。……なるほど。今は、3人家族なわけだ。

 水竜達を目を細めて見送っていたみんなと視線が合う。その光景にみんな思うところがあるらしい。水竜の境遇だとか、大昔の約束を今も尚守っている律儀さだとか。

「帰ろうか」
「――はい」

 そう言うと、みんなは微笑んで頷くのであった。



「竜の鱗……!」
「しかも水竜――!」

 王城に宝珠を届け、今回の顛末を報告。その後で竜の鱗を工房に持ち込んだ。
 竜の鱗を見たビオラとミリアムのテンションの上がりようが、中々にすごい。ミリアムは商会に入っていた遊具の注文の手配が色々終わったので報告に来ていたのだ。

「さ、触ってもみても良いですか?」
「どうぞ」

 と答えると、2人は鱗を手に取って歓声を上げる。

「おおおお……!」
「軽い――! 軽いですよ! もっと重いのかと思ってました!」

 と、興奮しっぱなしだ。

「加工方法、どうしようか」

 その光景にアルフレッドが苦笑を浮かべる。

「んー……まずは防具かな。鎧や服の下に付けられる胸当てだとか」

 何せパーティーメンバー全員に行き渡る分があるからな。厚みや軽さからいっても動きの邪魔にもならない。首や心臓に脊椎など、急所になる部分を重点的に守れるような防具が欲しいところである。それにエンチャントを施せばかなりの防御能力向上に繋がるはずだ。
 防具を揃えてから端材をイルムヒルトの巨大矢の鏃に使ったり、マルレーンのソーサーの縁を補強したりして行けば、いい具合に戦力の強化が出来るのではないだろうか。

「了解。それじゃあ、防具を揃えるっていうことで」
「うん。それから儀式場周りの魔道具なんだけど……まあ、幾つか考えてきた。泡を出す術式だとか、水を汲み上げたり流したりの術式だとか。後で実演して見せるよ」
「それは楽しみだな」
「そんなに大した難易度の術はないけどね」

 大衆浴場の目玉にということで、ジャグジーやウォータースライダー、サウナなどを用意したいところである。大衆浴場では、珍しい娯楽を提供することで入浴料を取り、代わりに湯治場にはそういう物を置かず、療養目的の場所とすることできっちり差別化が図れるだろう。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ