挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
234/1057

223 水竜の住処

 メルヴィン王はシルヴァトリア周りの対策を進めると。
 それはそれとして……俺にも差し迫った仕事が1つ残っている。

「僕はまず、魔光水脈の一件を間違いなく終わらせてしまおうかと思います」
「うむ……。此度は魔人の邪魔が入らねば良いがな。人員は予定通り配置させるが……魔光水脈には若干の問題があるのであったか」
「彼女の話ではそうですね」

 魔光水脈にある封印の扉解放が後数日に迫っている。アルヴェリンデが例の魔人達と繋がりがあったのは間違いない。
 今回は解放前に戦闘になったと見ている。本番で邪魔が入る可能性は確かに低いのだろうが、だからと言って無警戒というわけにはいかないし、クラウディアの話によると、水の精霊殿は他と違って、やや守護者の毛色が違うそうだ。

「とはいえ、問題は少ないとは思います。怪我はほとんど治っていますが……当日の体調を万全にすることに集中しておきます」

 その言葉にメルヴィン王の表情が一瞬沈む。んー。高位魔人の相手をできるのが俺だけという状況を気に病んでいるようだからな。
 ふむ。それじゃあ、話題を変えようか。

「ああ、それから儀式場の件ですが」

 口調と共に話題を変えると、メルヴィン王はややぎこちなく笑った。儀式場の一件については通信機で連絡済みである。油断しているわけではないが、明るい話題の1つも欲しい場面である。

「……温泉が湧いたという話であったな」
「そうですね。周辺を整備しようと思うのですが。湯治場と公衆浴場などを作りたいと思っています」

 こちらも何時も通りに。早めに模型を作り、必要になるだけの資材を用意してもらって着工といきたいところだ。

「今の公衆浴場は、誰が管理をしているのですか?」
「あれは役人達の管轄だな」

 ふむ……。そういうことなら競合相手については考えなくてもいいのかな?
 メルヴィン王の言葉によると浴場には民衆の娯楽としての側面もあるが、清潔さを保つだとかそれに伴う美観の維持といった意識の向上などを意義とした施設だそうで。要するに福利厚生であり、公共のためにもあるものなのだそうな。
 故に国が管理しているというわけだ。あちこちにある沐浴場も然りである。

「とはいえ、それほど多くの手で回しているわけではない。規模を拡大するとなれば新たに人員を増やす必要があろう。そうさな。施設の規模を見ながら追々決めて行こうか」

 このあたりは劇場と同じだな。儀式場周辺の整備に関しては、縮尺模型をあれこれとこねくり回すのがそのまま魔法制御の訓練になっているし、空いた時間を見ながら進めておこう。



「精霊殿か……。扉の向こうはどうなっているのかしら?」

 工房に集まって魔光水脈の封印解放当日についての打ち合わせを進めていると、ローズマリーが疑問を口にした。ローズマリーは精霊殿に向かうのは初めてなのだ。細かく説明をしておく必要がある。

「今までの場所からすると――開けた場所に神殿のような建物がある感じだな」
「扉の先の地形は区画に応じて違うけれど、建造物の形は今までと共通ね。当時のヴェルドガル王家側が精霊殿の守護者を配置したのも同じだわ。ただ……水の精霊殿については今までとは少し違うところがあってね」

 俺の言葉をクラウディアが補足する。

「何か問題があるのかい?」

 装備品の点検をしながらアルフレッドが首を傾げる。

「当時のヴェルドガル国王が、近海で怪我をして浜辺に漂着していた、(つがい)の水竜を保護しているの。迷宮を利用するための術式が当時はいくつか残っていてね。聖域での儀式の際に、外の魔物を組み込む許可をと求められたわ。それはゴーレムだけでなく、その水竜も含めるの」

 水竜。しかも番だ。
 騎乗用に用いられる飛竜や地竜などの亜竜とされる区分とは違う、正真正銘の竜種である。とはいえ気性は温和とされている。魚介を主食としているために人に対して敵対的になることは少ないが……実力は竜と呼ばれるのに相応しいものを持っている。
 確かに……長命で強力なことを考えれば宝珠の守り手としては打ってつけなのではないだろうか。

「魔人による攻撃を原因として水竜は手傷を負わされ、子も失っている。だから魔人を封印することに協力的ではあるわ。休眠と活動を繰り返して……活動期には魔光水脈の深層部で、他の迷宮魔物を餌にしているのよ」

 魔光水脈は妙に食材が豊富だと思っていたが……この話を聞く限り水竜の餌場としての機能もあるのかも知れない。

「魔人は水竜まで攻撃していたのね……」
「子供を捕えて従属させようとした者がいたそうよ」

 それを奪い返そうとした水竜との間で戦闘になった結果、水竜は手傷を負い、子供も戦闘に巻き込まれて命を落としたというわけだ。

「まあ、王家や迷宮側に属するのなら戦闘にはならないだろうけどね」
「なるほど……」
「だとしても魔人を倒しているからと気を抜くわけにはいきませんね」

 グレイスの言葉にみんなは真剣な面持ちで頷く。
 訓練の類はきちんと進めている。期間が近くなれば訓練に力を注ぐより体調を整え、装備にガタが来ていないかなど、準備をしっかりとしておくことが重要になってくるだろう。特に、俺達のところは魔道具の類が多いしな。

「魔光水脈のことが終わったら、儀式場周りのことも進めるよ。テオ君のことだから、色々考えているんだろう?」

 アルフレッドは魔道具の回路や動作に問題がないかを一通り点検し終えたらしく、そんなことを聞いてきた。

「まあ、一応は」

 魔道具化してもらうために術式を書き記せる程度の段階にはある。それも合間合間を見てやっておかないとな。



 ――そして、魔光水脈の封印が解ける日がやって来た。
 騎士団、魔術師隊に兵士達、冒険者ギルドが警戒態勢を敷き、物々しい雰囲気だ。
 王城に神殿周辺、儀式場などの重要設備を固めて通信機を持つ者達が各所に分散。連絡を密にしながら不測の事態に備えている。

 ミルドレッドやペネロープ、アウリアと言った面々に見送られ、魔光水脈へと飛び――水中洞窟を抜けてアルヴェリンデと戦った大広間へと向かう。
 流れる水の音と封印の扉。ここは前に来た時のままだ。俺の魔法で破壊された壁については綺麗に修復されているが。このへんは迷宮ならではだな。
 そうして待っていると刻限がやってきた。
 封印の扉のレリーフに光が、その天体図が動きを見せる。中央から亀裂が入るように、ゆっくりと扉が開け放たれると――通路の奥から水が押し寄せてくる。

 みんなで高度を取って水位の増加をやり過ごす。水の中にたくさんの小さな魚が紛れているのが見えた。色とりどりに光り輝く魚の群れ――。色彩豊かで熱帯の海を連想させる。

 たっぷりと魔力を含んだ水と共に魚群が通り過ぎると――あちこちで光り輝く水晶やら珊瑚やらが飛び出し、猛烈な勢いで成長していく。何も無かった大広間があっという間に随分と賑やかなことになってしまった。
 今もまだ封印の扉の奥から水が流れ続けてきている。海の生き物にとっては、恵みの水というところか。
 魚群は精霊殿から押し寄せてきた水と共に、大広間へ繋がる魔光水脈の水中洞窟を突き進んでいく。

「さっきの水は洞窟を抜けて近隣の海に出るわ。しばらくの間、魔光水脈だけでなく、タームウィルズ周辺でも豊漁が続くのではないかしらね」
「……そう言えば、魔光水脈は海と繋がっているって話だっけ?」
「出入り口があるわけではないけれどね。海底のあちこちから噴き出すような形よ」

 ……なるほど。ともかく封印の扉は開かれた。通信機には異常無しの報告。魔人が転移してくるような気配も今のところはない。
 みんなと顔を合わせて頷き、封印の扉を奥へと進む。

 半ばまでが水没した通路を奥へ奥へと進むと、視界が開ける。

「綺麗……」

 アシュレイが思わず感嘆の声を漏らした。みんなも言葉を失っているようだ。今までの精霊殿以上に広大な空間。水竜の塒になっているだけのことはある。
 だがその大半が水没しているようだ。精霊殿も、半ばまでが水に浸かっている状態で、飛び石のような足場が点々と続いている。
 光り輝く水晶が壁や天井から迫り出し、地底湖のような佇まいの水底を照らしている。……魚群が飛び出してきただけのことはある。目に鮮やかな色合いの海草、紫、橙や桃色の珊瑚に、無数の小魚――。いやはや。凄い光景だ。

 その深奥から大きな白い影が、揺らぐ。影は2つ。水竜だ。
 ……なにやら、背中に海草やら珊瑚が生えているな。そのまま魚達の住処になっているわけだ。

 真っ白な体に青い瞳を持つ2頭の水竜はゆっくりと浮上してくると、水面から長い首を出して、こちらを見てくる。
 攻撃してくる意志はないようだが――。さて。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ