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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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219 魔女の遺物

 アビスサーペントの崩壊と同時に圧縮されていた水が解放される。大量の水が津波のように大広間の下部を飲み込み、水位を上げていく。
 アルヴェリンデの姿は――砕かれた壁にめり込んで引っかかっていた。サーペントの牙で喰らい付かれた部分にはごっそりと大穴が穿たれ、その他の部位も水圧と水流で致命的なダメージを受けているようだ。
 ウロボロスを構えたまま近付くと、アルヴェリンデは目を閉じて笑う。

「楽しい戦いではあったが、この様では流石に続けられんよ。魔人殺しとの交戦は避けろと、奴は言っていたが……確かにそうだな。クク……」

 奴と言うのは……恐らくシルヴァトリアの王太子のことではないだろう。ガルディニスも言っていた、魔人達のリーダー格だと考えたほうがしっくりとくる。
 となれば、こいつは王太子の目的とは別に、魔人集団としての目的を持っていた可能性が高い。封印解放の時期に合わせてきた辺り、例えば瘴珠の運び役やあわよくば宝珠の奪取を狙っていただとか。王太子がそれを知っているかいないかは、また別の話だ。

「瘴珠を持ち込んでいるのか?」
「……察しがついているのなら話は早い。欲しければ宿にある私の荷物でも漁れば良い」

 ……やはりか。瘴珠が封印に関わる物である以上、安易に破壊するわけにもいかないというのが性質が悪い。管理を放棄するというわけにもいかないしな。瘴珠については引き続き調べていくしかないだろう。

「それにしても……お前のような例外が存在するとは――ああ。循環を使えるというのは、そういうことか。パトリシアとか言ったか? お前も……あの術師達に連なる血を持つというわけだ」

 俺が目を見開くとアルヴェリンデは愉快そうに笑った。

「何を、知っている?」
「さあ、な。お前が答えを追うなら、いずれ知ることもあるのではないかな。恐らく、お前こそが我らの最大の障害になるのだろうし」

 アルヴェリンデは四肢の端から光の粒子になって魔光水脈に消えていく。

「もう、時間のようだ。久方ぶりに……楽しかった。私は満足したよ」

 その言葉を最後に、目を閉じたまま笑みを残して。アルヴェリンデは虚空に散った。
 大きく、息をついてかぶりを振る。ちりちりとした痛みが全身にある。
 あちこち焦がされたり細かな切り傷を食らってはいるが……まあ、許容範囲だ。心配そうな声を漏らしているウロボロスや、ネメアとカペラの頭を軽く撫でて労う。

 体内魔力で留められない分を体外に纏って制御する方法も、大きな負担を感じない。もっとも、今回は自分の身体を媒体に魔法を放ったわけではないので単純比較はできないが。
 前よりも、強くなれているのか。そして俺はこの先もっと強くなれるのか。前に進めていると信じたいものだ。瘴珠に関して連中が企んでいることも踏み潰して進めるぐらいには。

「テオドール様!」

 アシュレイを先頭に、みんなが飛んでくる。

「なんとか終わったよ」
「お怪我を見せて下さい」

 少しだけ泣き出しそうにも見える、アシュレイの表情。安心して欲しくて笑みを返してから、上着を脱いでいく。
 アシュレイの指先に治癒魔法の輝きが灯り、頬や肩の細かな切り傷や、腕や胸、背中に腰といった、あちこち焦がされた部分を治療していく。アシュレイの細い指先が触れると、痛みが和らいでいった。火傷の治療も久しぶりだ。
 火傷用の治癒魔法であるヒーリングシェルを張りつけられる。ひんやりとした感覚が心地よい。
 アシュレイだけでなく、みんな一様に心配そうな表情。
 そうだな。いつも心配をかけてしまっている気がする。そう。もっと楽に勝てればそれに越したことはないのだ。やはりもっと強くならなければ。

「もっと、強くなるからさ。心配かけなくて済むように」

 そう言うと、アシュレイは背中からそっと寄り添ってきて。そのまま治療を続けてくれる。

「――終わりました。でも、ご無理はなさらないで下さいね」

 そう言って、離れたアシュレイが少し困ったような笑みを浮かべた。

「ありがとう。アシュレイ」
「はい」

 アシュレイは胸に手を当てて、小さく頷いた。

「みんなの怪我は?」
「怪我については、今回は大丈夫です」
「そう……か。良かった」

 アシュレイの髪を撫でると、はにかんだように笑う。まずは休憩と回復も兼ねて反動の解消と循環錬気をしないとな。足元が浅瀬なので土魔法で滑らかな石の足場を作る。
 グレイスに封印を施し、アシュレイと一緒に抱き寄せる。反動解消のために肩から手を回すと、向こうも微笑んで、胸に顔を埋めるようにしてくる。
 うん……。前回グレイスが相手をしたヴァージニアは吸血鬼で……色々な意味でグレイスと噛み合う相手だったからな。今回は前に比べると、反動も比較的緩やかな気がする。
 マルレーンを抱き寄せると、腰に手を回してひしと抱きついてきた。笑みを浮かべてこちらを見てくるマルレーンの髪を撫でる。

「クラウディア」
「ええ」

 少し頬を赤くしたが、微笑んでやや遠慮がちに寄り添ってくる。そのまま循環錬気を発動。クラウディアも転移が大技だったからか、かなり魔力を消費しているようだ。こうして複数人で循環錬気を行うことで相乗効果を得られたりする。1人1人の疲労が少なくなり、回復が早まったりするのだ。
 体温と、柔らかな感触。鼻孔をつく優しい香り。みんなの魔力の流れを束ね、高めていく。

「……暖かいです」

 グレイスの静かな声。マルレーンが小さくうなずく。そのまま魔力のうねりに身を任せ、しばらく循環錬気をしてから離れた。

「マリーは……大丈夫か?」

 ローズマリーも人形との接続強化は割と大技だったからな。

「魔力の消費のことなら、そこまででもないわ。もう大分回復してきているわよ」

 と言うが……んー。ローズマリーとも循環錬気をするのが良いのだろう。

「マリーもこっちへ」
「ええと。循環錬気……かしら?」
「そうだな。魔力枯渇は後で体調に響くし」
「……とはいえ。私だけというのもね」

 ローズマリーにはやや遠慮があるようだ。

「でしたら、湖の時と同じようになさるというのは?」
「ああ。私達も一緒に?」
「そうね。それに湖の時みたいに、抱きつく必要はないものね」

 シーラとイルムヒルトが言う。セラフィナが早速、嬉しそうに肩に乗ってきた。それでローズマリーは納得したようだ。羽扇で口元を隠し、隣に腰かける。
 シーラが右手。ローズマリーが左手を取る。

「ええと。それじゃあ私は、尾でも良いのかしら?」
「触れてる場所はどこでも平気だけど」

 と、イルムヒルトがやや遠慮がちに脇腹に尾を回してくる。滑らかな質感と感触である。……ん。では循環錬気を始めよう。

「……本当。暖かいのね」
「疲労が後に残らないのよ」

 ローズマリーの漏らした言葉に、イルムヒルトが答える。劇場の演奏で疲れていたようなので、それでイルムヒルトとも循環錬気を行ったりもしているのだ。
 そうやって暫く循環錬気を続け、丁度終わったところで通信機に連絡が入った。

『テフラ様の呪いが消滅しました。ジルボルト侯爵夫人と、令嬢の呪いも消えたことを確認しております』

 騎士団のメルセディアからだ。アルヴェリンデが滅びたからか。
 相手が魔人であった、そして撃破したことはカドケウスが通達している。

「あー。瘴珠を回収しないといけないみたいだ。魔人が宿屋に持ち込んでいるらしい」

 一息ついたし、動く事にしよう。あれについては俺の管轄だ。人任せに出来ないし、そのままにしておいて良いというものでもない。



「無事であったか。魔人であったと報告を聞いて、そなたらの身を案じておったぞ」

 アルヴェリンデの言葉通りというか。
 瘴珠を回収して王城へ向かうと、真っ先に戦装束のメルヴィン王が駆けつけてくる。

「首尾はこの通りです。こちらの被害は多少の手傷はありましたが、この通りではあります」

 ヒーリングシェルを見せると、メルヴィン王は瞑目した。

「……真に大儀であった」

 瘴気を放つ球体を、魔術師隊に預ける。魔術師隊は緊張した面持ちで、それを2人がかりでレビテーションを使って運んでいく。

「ふむ。この荷物は?」
「魔女の持っていた荷物です。幾つか気になる点がありまして」
「これは……」

 発見したものをメルヴィン王に見せると、表情を曇らせた。
 中央区の宿の現場はまだ混乱していたが、アルヴェリンデの言葉通り、荷物の中から瘴珠を発見することができたのだ。そこまでは予定通りではあった。

 他の荷物はまあ……衣類であったり路銀であったり通行証であったりと、旅支度が多かった。アルヴェリンデの荷物の中で気になったのは、転界石を加工した触媒らしきものと、シルヴァトリア発行の通行証である。

 アルヴェリンデ自身は消滅してしまったが……奴とシルヴァトリアの公的人物との繋がりを示す物的証拠であったりする。王太子に対する反撃手段として有効に働くだろう。

「通行証に触媒か。確かに気になるところではあるが……今日のところは後の始末は余が引き受ける故、ゆっくりと休んで英気を養ってほしい。魔女の持ち物について分かったことは、そなたにも連絡しよう」
「ありがとうございます」

 今回は――ガルディニスの時に比べれば傷は軽かったが、全力で飛び回ったり体内外の二重魔力で上級魔法をぶっ放したりと、色々やったからな。このまま休めるというのならそれに越したことはない。

「それから――精霊テフラとジルボルト侯爵より、そなたへの面会を希望したいと申し入れを受けているが……それも明日以降にして欲しいと伝えておいた。そなた達も今日のところは疲れているであろうからな」

 そう言って苦笑するメルヴィン王に見送られて、俺は王城を後にした。
 テフラやジルボルト侯爵とは、明日にでも会いに行かなければなるまい。
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