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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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218表 蝕姫アルヴェリンデ

 魔女。その魔人としての本性は極彩色に透ける蝶の羽に加え、身体のあちこちに宝石のような、輝く楕円形の装飾を埋め込んだような姿だ。
 身体の周囲に光の欠片がちらついている。……以前出会ったザルバッシュという魔人が、銀の煙で幻影を見せていたのだったか。
 鱗粉に毒があることは否定できない。身体を覆うように風の防御フィールドを展開すると、奴は寧ろ楽しそうに笑みを深め、瘴気を固めて燐光を纏う剣を作り出した。

「アルヴェリンデ様。その者は我が」
「……いいや」

 護衛の魔人が俺の相手をすると申し出るが、魔女――アルヴェリンデは首を横に振ると、あの魔術師は私が相手をすると、そう言って笑う。
 どうやらアルヴェリンデは俺を敵と見定めたらしい。殺意と戦意を漲らせたまま笑っている。
 護衛の魔人――ベルゼリウスはグレイス達を相手に戦い、アルヴェリンデは俺と。双方の思惑が一致した形だ。
 こちらとしても1対1は望むところだ。真正面から向かい合う高さまで浮かび上がって睨み合う。
 カドケウスは緊急時の仲間達の救援。各所への通達。

 そしてクラウディアの転移魔法発動後には退路の確保役を担ってくれる。俺としては心強い話だ。
 思考を戦いのためのそれに切り替え、魔力を練っていく。

 アルヴェリンデ。多少魔人についても調べたが……確か、蝕姫と言う異名を持つ魔人だったか。結界魔法がもたらされる以前の時代に、どこぞの王国を内部から蝕み滅ぼしただとか。故に、二つ名が蝕姫。
 伝わっているのが異名だけでは能力や実力は推し量れないが……同一個体であるなら相当古参の魔人であるはずだ。

 どちらからともなく踏み込む。ウロボロスと奴の剣がぶつかり合い、絡み合ってスパーク光を散らした。
 次の瞬間、視界の端に光を捉える。反射的に身を捻ると、すぐ鼻先を蝶の羽の下部にある、帯のようなものが猛烈な勢いで通り過ぎて行った。

 斬撃。相当の切れ味を有していそうだ。身を捻った勢いに任せてウロボロスの逆端で突きを放つ。瘴気の壁で受け止めたのを見て取り、即座に魔力衝撃波を放つと、奴の腕が弾かれる。驚いたような顔。
 だがアルヴェリンデは弾かれるその動きに逆らわなかった。弾かれる勢いのままに弧を描くように後ろに舞い上がる。同時に、剣が下方から掬い上げるように迫ってくる。
 身を捻ってやり過ごして反転、間合いを詰めてウロボロスで薙ぎ払うと、羽の帯がそれを受け止める。

 向き直ったアルヴェリンデは牙を剥いて笑うと、その場に踏み止まってこちらを迎え撃つ。杖とキマイラコートを用いて、奴の剣と羽に対抗する。至近で無数の打撃と斬撃のやり取りとなった。
 夜空に残光の軌跡を描き、魔力と瘴気がぶつかり合って爆ぜるような火花を散らしながら、螺旋軌道を描いて舞い上がる。身体ごとぶつけ合う。互いに弾かれて反転。低級魔法と瘴気弾を撃ち合いながら接近し、すれ違いざまに攻撃を応酬する。

 奴の羽は結局のところ、瘴気が高密度で蝶の羽を形作っているようなものだ。実体がないというか、羽にまでは痛覚がないらしく、衝撃打法を打ち込んでも効果が見られない。
 それを分かっているのか、奴は攻撃手段を羽主体に切り替えている。剣はネメアやカペラの攻撃を受けるのに使ったり、或いは瘴気を纏わりつかせ、離れ際に斬撃や突きを瘴気弾の要領で飛ばしてくるという方法を取るようになった。

 互いに真っ向から突撃しようとしたそこで――クラウディアの転移魔法が来た。周囲が白光に包まれ、そして魔光水脈へと飛ばされていた。
 こちらにとっては予定通りの。向こうにとっては予想外の出来事。なら、お構いなしに突っかけるだけだ。

 大上段に打ち下ろす。そこで奴はまた違う動きを見せた。後方に飛びながら蝶の羽で自身の身体を覆ったかと思うと、その姿が景色に溶け込むように消え失せる。物体が動く、空気の流れ。転移ではない!
 勘任せでウロボロスを振るうと、金属音が響いた。奴もまた、俺の首を刈ろうと剣を振るっていたのだ。
 牙を剥いて笑うと、至近から瘴気弾を叩き付けてくる。シールドで受けると爆発が起こり、その反動で間合いが開いた。

「よもや手数で劣らぬとはな。その技の数々。そして転移を行ったのは迷宮の主。そうか、貴様か……」

 先程の対応や台詞から察するに――こいつはガルディニスの使っていた技の正体や性質を知っているということだ。
 あの魔人達との繋がりはあると見て間違いないだろうが、そうなると王太子がどこまで知っているのか、或いは、王太子自身は人間なのかという疑問が湧いてくる。だが、それを聞いて馬鹿正直に答えてくれるとも思えない。

 アルヴェリンデが両手を広げる。羽から零れ落ちた鱗粉が集まって凝縮。あちらこちらに水晶のような結晶が漂う。
 結晶は――動きを見せない。その場に漂うだけだ。恐らくは布石だろう。
 アルヴェリンデの頭上に光輝く瘴気が集まっていき――来るッ!

 撃つ寸前に身をかわした。青緑色に輝く光線――或いは熱線とでも言えば良いのか。熱量を伴う何かが身体のすぐ近くを通り過ぎていく。そう。恐らくはそういう技――。
 結晶に当たったそれが反射してこちらに迫ってきた。予想していた軌道にシールドを展開して防ぐ。内側に闇魔法と水魔法の霧を発生させても尚、灼けるような熱量だけが伝わってくる。

 威力はかなり減衰しているのだろうが――こいつも、マジックシールドを無視するような攻撃手段を持っているわけだ。霧を作り出して減衰を狙う――のは拙い。奴にとって有利なフィールドになる可能性が高い。
 先ほどの、姿を消した技もそうだ。瘴気を光に近い性質に変えて、反射させたり屈折させたりといった技を持っているのだろう。霧では減衰を狙っても威力を殺し切れないし、逆利用されて、スクリーンのように幻を投影されると厄介だ。

 ウロボロスを構えて魔力を高めていく。余剰魔力を身体に纏う。奴の頭上に光の球体が2つ、3つと浮かぶ。

 腹を括ろう。どの道、射撃戦に付き合っても不利になる。反射結晶だって、無尽蔵に生み出せるのだろうし、破壊しても意味がない。ならば今まで通りだ。奴とて反射による自爆を回避しなくてはならない。射線の限定される至近距離こそが活路だ。

「行くぞ」

 俺とキマイラコートの膂力を合わせ、真っ向から踏み込み、シールドからシールドへと蹴って細かな反射移動を繰り返す。奴もまた最高速で応じた。
 高速飛行をしながら魔法と瘴気弾の撃ち合い。すれ違いざまの打撃。そこまでは先ほどと同じだ。

 馬鹿げた速度で流れていく景色の中でそれぞれの位置を掴む。俺と奴。そして結晶の座標。アルヴェリンデの頭上に浮かぶ光球が放たれようとする前兆を掴んだ瞬間に、射線上にシールドを展開する。こちらを狙う狙わないに拘らずだ。
 結晶から結晶へ。光の槍が閃くたびに俺の身体の周囲にシールドが瞬く。結晶から結晶へ。反射に次ぐ反射。光の軌跡が旋回するルーレットの中で、どれか1つの結晶が俺を狙う本命の砲台となる。

 真っ直ぐ飛んでくる閃光。脇腹に熱。火傷ぐらいはするかも知れないが、減衰されている以上は致命傷にならない。吹き飛ばされるような性質でもないなら、痛みは忘れる。完全な防御を捨てるのと引き換えに魔力を高める。
 間合いを詰めて踏み込めば、奴の羽が振るわれる。1つ2つと、奴の斬撃を掻い潜る。間合いと角度が独特だったから多少戸惑ったが――この羽の動きにも慣れてきた。ネメアとカペラは攻防に使わず、機動力の足しにして一気に間合いに飛び込み、シールド越しに衝撃を叩き込む。と、奴の顔が一瞬歪む。表情を歪ませながら、アルヴェリンデはまだ笑う。

「信じられないような真似をするッ!」

 身体を回転。羽による無数の斬撃を繰り出しながら、頭上に浮かぶ光芒が3つ4つと閃く。この間合いなら、後ろからは撃てないッ!
 上に飛んで離脱。一瞬遅れて水晶からの反射光が俺のいた場所を左右から貫いていく。

「おおおっ!」

 アルヴェリンデは掌の中に巨大な結晶を生み出す。その場で光を炸裂させると、頭上に向かって放射状に光が拡散した。上に飛ぶのを読んでいたという動き。
 しかし範囲は広いが、収束はされていない。前面にシールドを展開して、そのまま光源に向かって突っ込む。突き抜けてウロボロスを打ち下ろす。直撃。歯を食いしばって耐えると、剣ではなく直接掌底を叩き込んでくる。シールドで受け、魔力衝撃を打ち込む――それよりも早く、アルヴェリンデが光を炸裂させる。焦げる熱量。こちらもお構いなしに魔力の衝撃を奴の掌にぶち込む。

「があっ!」

 互いに間合いを離す。こちらも多少焦げたが、奴の左腕にはしっかりダメージを与えた。しばらくは攻防で使い物になるまい。といっても、奴の武器は手足より羽だが。

「貴様、本当に人間か? よもや、我らの仲間ではあるまいな?」
「寝言は寝て言え」

 短いやり取りをかわして、互いに示し合わせたように突っ込む。光の槍があちらこちらへと反射を繰り返す。こちらもシールドからシールドへと高速反射で飛び回って突っ込んでいく。
 ネメアとカペラを機動に回したことで、最高速では奴を上回っている。動く方向を読んで並走。強制的に接近戦に持ち込む。杖と剣とを叩き付け、羽の斬撃を皮一枚で避ける。
 脇腹。脛。顎。ウロボロスを旋回させて三度攻撃を叩き込むと、奴の身体から膨大な瘴気が噴き上がる。

「おおおおおおおおああああああっ!」

 咆哮と、光の乱反射。頭上と足下を檻のように幾重にも光の槍が行き交う。両腕を大きく広げ、挟み込むように左右から羽の斬撃を放ってくる。ネメアとカペラで斬撃を受け止めると、二匹を捕えるように羽の帯が巻き付く。これの――意図するところは1つしかない。体術も速度も相手が上を行くなら、いっそ防御を捨てて大技を叩き込めばいい。

「捕えたぞ!」

 歯を食いしばるアルヴェリンデの前面に光の粒子が収束していく。最大級の攻撃。こちらも既にマジックサークルを展開している。魔法で迎え撃つ他に道はない。
 水魔法第9階級アビスサーペント。極大のマジックサークルからそれに見合うだけの大きさを持った、水竜の顎が生まれる。そこに――圧倒的な白光が叩きつけられた。

「このまま蒸発させてくれる!」

 アルヴェリンデが咆える。水竜の頭を通しても尚、光の熱量に焼けるような感覚を覚える。水の竜が内側から泡立ち、膨れ上がる。顔を腕で覆い、網膜が焼けるのを防ぐ。
 大丈夫。奴の姿はしっかりとカドケウスの視界で捉えている。どこにも、逃がさない。

「な、に?」

 その光景にアルヴェリンデが目を見開き、俺は笑う。そう。相性は悪くないんだ。完成に少々の時間がかかるのが欠点なだけで。だがこの場所でなら、確実に奴を仕留めることができる。
 魔光水脈の水という水が、作り出されたサーペントに向かって集まってくる。高密度に圧縮、凝縮しながらサーペントが凶悪に肥大化していく。それはそうだ。上級魔法2発分の魔力を注ぎ込んだのだから。

「喰らい付けッ!」
「お――おおおおおおおッ!」

 サーペントが大口を開けて、尚も光を浴びせるアルヴェリンデに迫る。その大顎で奴を捉えた。
 蝶の羽を紙切れのように千切り、アルヴェリンデを巨大な牙で噛み潰す。身体の周りに瘴気の壁を張り巡らせて耐えるが、それも無駄なこと。呆気なく水圧で押し潰し、膨大な水圧を一点に集中させながら真っ直ぐに。魔光水脈の壁面に向かって突き進んでいく。
 真横に進む、竜の形をした大瀑布。その水圧は全て飲み込まれた者にのみ集束される。
 サーペントの身体が最後の圧力を加えるために一瞬収縮した後、膨張。術式の完遂に従って、巨大な水の爆発を引き起こした。
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