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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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216 火山の精霊

「まずは――精霊からかな」
「魔女はどうなさるのですか?」
「連絡はしたし監視も残してる」

 そう答えるとエルマーは周囲に視線を巡らせるが、もうカドケウスは動いた後だ。
 同行者はどうやら魔女の身辺の護衛のようだし……街中にも人相書きの手配が済んだ騎士団や盗賊ギルドの監視の目があるのだ。逃しはしない。
 まずは儀式場で精霊の召喚を行う。最も優先度が高いのは精霊だからだ。ジルボルト侯爵に接触し、夫人と令嬢の安全を確保するというのが次の段階になるか。
「では移動しましょう。エルマーさん達はジルボルト侯爵への説明の際に力をお借りします」
「はい」

 偽の報告をさせて情報操作工作などをしてもらう予定であったが……魔女本人が来たからにはタームウィルズから逃がさないので、上手く行っていると思わせる意味もない。
 2人を連れて馬車に乗り込み、儀式場へと向かう。

 船着き場についたジルボルト侯爵も、魔女達と共に馬車で宿へ向かうようだ。タームウィルズ中央部にある、貴族御用達の高級宿。まあ……これも予定通りだな。
 元々時期を合わせてタームウィルズを訪れ、エルマーやドノヴァンがジルボルト侯爵に報告をするという段取りだったそうな。

 門を出て、儀式場に向かう。パーティーメンバーのみんなと、アウリア、ペネロープと巫女達が集まっている。現状、儀式場に重要人物が集まっていることもあり、攻撃対象にされることも想定してみんなに護衛してもらっていたわけだ。

「魔女本人が現れたのですか?」

 グレイスが少し緊張した面持ちで尋ねてくる。

「ああ。この目で確認した。でも、打ち合わせ通りにだな」
「分かりました」

 ジルボルト侯爵にはクラウディアとマルレーンを連れて、直接会いに行く必要がある。魔女の呪法にその場で対抗できるようにだ。となれば戦闘になる可能性も高い。エルマー達に取り次いでもらい、パーティーメンバーで乗り込むというのが手っ取り早いだろう。

「まずは、火山の精霊――テフラからだな」

 ジルボルト侯爵領の火山の精霊は、山体の名のままにテフラと呼ばれる。北方であるシルヴァトリアに住む人々にとっては冬の厳しさを乗り越えるための恵みを与えてくれる火山でもあるらしい。

「では――始めましょうか」
「準備はできているわ」
「右に同じく」
「私達も大丈夫です」

 クラウディアの言葉に、ローズマリーとアウリア、ペネロープが頷く。

「遠く離れし北の地に住まいし、火の山の主。精霊テフラよ。我が呼びかけに応えよ。月と星の導きにより、我が前に姿を現せ」

 祭壇に向かって儀式細剣を掲げて詠唱を始める。一歩後ろに控えて同じ文言を唱和するクラウディアとローズマリー、そしてアウリア。跪いて、精霊に祈りを捧げるマルレーンとペネロープ。それから巫女達。
 儀式場の中央に魔法陣の輝きが走る。天体図の星々が瞬く。儀式場の中央に、揺らぐ炎。始めは小さな炎。そして逆巻く業火となり、あたりに灰を降らせながら顕現するための形を取る。

 それは燃え盛る炎の髪を持つ、半人半獣の女だった。二足で立ってはいるが、下半身は山羊のような蹄を持つ足だ。テフラ山には野生の山羊がいて、それが精霊の使いだとされているのだとか。

 山岳信仰というのか。地元民に敬われているだけあって、かなりの格を持つ精霊であることが窺える。精霊という括りよりは地母神や土地神に近い性質のものだと見ておいたほうが良いのかも知れない。

 テフラが顕現したことで、クラウディア達の詠唱が変わる。即ち、精霊をこの地に留めるための結界を張る文言に。

「我を……呼び出すは誰ぞ」

 テフラは炎の揺らぎと共に胸を押さえて、呻く。
 その胸に、黒い薔薇のような物が見て取れる。精霊の姿からは異質で調和が取れていない。――恐らくはあれが呪いそのものなのだろう。

「人……人の子、か。我に呪いの楔を打ち込むだけでは飽き足らず、この上縛り付けようと……言うのか?」

 儀式細剣を持つ俺を見て、テフラは苦しげに眉根を寄せる。
 火山ともなれば、恵みも災厄も表裏一体の性質だろうし、人々の畏れや敬いはそういう性質をテフラに与えているだろう。
 だから、呪いを掛けられたテフラが、召喚魔法で呼び出されたとしても人間に良い感情を抱くはずもない。

 だからこそ、召喚儀式に当たっては俺が一番前で儀式細剣を握る。儀式細剣を握る者が、最も召喚された存在から注視されるからだ。
 火山の精霊の機嫌を損ねれば溶岩弾や火山弾をぶっ放すぐらいのことはやってのけるだろうし。案の定、人に対する不信感を募らせているらしい。

「それは違う。その胸に刺さった楔を壊し、呪いから解き放つために、あなたをここに呼び出した」

 炎が渦巻く。燃え盛る炎が掌の中に生み出されたと思うと、薙ぐようにそれを放ってくる。だが、祭壇に届く前に見えない壁に阻まれて飛散した。
 炎自体もこちらに当たる軌道ではなかった。害意というより、拒絶や威嚇の意を示したと見るべきだ。話し合いの余地は――十分にある。

「結界に守られた安全な場所からよく言う。我に魔術師の言葉を信じろというのか?」
「召喚結界の外にいることが不満か?」

 召喚結界の中へ踏み込むと、テフラは予想もしていなかったのか、たじろぐというか、戸惑うような様子を見せた。ともあれ、これで術式にも守られず、対等ではある。

 一度裏切られている以上は、こちらだって誠意を見せなきゃならない。特に俺の場合は、テフラのために動いているとは言い難いのだし。
 だから精霊を鎮め、痛みを和らげる役はマルレーンやペネロープ達に任せる。
 召喚主としての俺の役割は、ペネロープ達とは違う。堂々とこちらの主張をして、召喚主として契約なりを結ぶに値すると、相手から認められることだ。

「我を――侮るか」
「違う。真実のみを口にしていると、知ってもらうためにこうしている。あなたに呪いの楔を打ち込んだ者は、噴火を盾に他の者を脅している。意に沿わなければその楔を用いて、その痛みと怒りであなたに噴火をさせると、他者に迫っている」
「人の子らの営みなど――知ったことではない」

 焦げるような熱気。赤々と儀式場を染める灼熱の空気。意に介さず、一歩踏み込めば、テフラが一歩下がる。それは――俺に気圧されたからではないように見えた。

「あなたを慕ってきた者が泣き、あなたを侮った者は傷一つ負わずに笑うだけだというのに? 怒りや痛みさえ連中の掌の上。これだけの力を持つ精霊が、そんなことを是とすると?」

 火山でありながら恵みを齎す。故に畏れ、敬われる。ならば、慈愛の性質もテフラは宿しているはずだ。俺が一歩踏み込んだから、焼かないために一歩下がった。さっきの動きは、そんなふうに見えた。
 俺の言葉を信じてもらうために、テフラを信じるしかない。しばらく向かい合って見つめ合っていたが、テフラはかぶりを振ると、言う。

「……我に――どうしろと言うのだ?」

 テフラは一瞬俺の背後に視線を送る。そこには、マルレーンと一緒に祈りを捧げるセラフィナの姿。巫女達の祈りと一緒にセラフィナの気持ちだって、届いているはずなのだ。

「しばらくの間、この地に留まって欲しい。必ずその呪いを解いてみせる。それを信じてはくれないか?」
「呪いを、解く――」

 熱気が、弱まっていく。燃え盛っていた髪も落ち着いて、柔らかな暖かさを感じさせる燐光をその身に纏うだけになっていた。

「この地は――そなたが整えたものか?」

 テフラが周囲を見渡し尋ねてくる。

「ああ」
「我を迎え、留め置くためか。よく、出来ておるな。あの小さき妖精に慕われるわけだ」

 テフラが、目を細めて笑う。それから真剣な表情になり、言った。

「我を偽らぬと誓えるか? さすれば、我とそなたは盟友。盟友の頼みならばこそ、言に従うこともできよう」

 ――盟友の契約か。

「この名に賭けて、誓う。テオドール=ガートナーは精霊テフラを盟友とし、あなたへの偽りを口にしない」
「――よかろう。では我は、この地に留まることとしよう」

 テフラは頷く。契約が成立したので召喚術式の結界が解かれた。巫女達の祈りによって祝福がテフラの身を包む。呪法に対抗するための輝きだ。

「高位精霊と盟友とはのう。儀式の途中で結界の内側に立ち入るとは中々肝が冷える」

 アウリアが苦笑してそんなことを言う。

「まあ悪魔ではなく、人に敬われる精霊ですからね」

 敬われるからにはそれに見合う度量もあるものだし。テフラ山も、荒ぶる火山というわけではなく比較的穏やかな性質みたいだしな。何でもジルボルト侯爵領では温泉が有名なのだそうな。

「では、私達は交代で祝福のための祈りを捧げます」
「はい。しばらくの間、お手数ですがよろしくお願いします」

 ペネロープに頷き返す。 

「テフラも、儀式場の周囲の庭園なら歩き回っても大丈夫だからさ」
「承知した」

 外の東屋などはテフラが過ごせるようにと作ったものだし、テフラが落ち着けるように庭園も整えたのだ。ここで祝福を受けていれば一先ずは大丈夫だろう。
 だがこれで一段落とはいかない。まずは、精霊。次にジルボルト侯爵家の面々である。魔女に察知されると呪法を発動される恐れもある。まだまだ予断を許さない状況であり、迅速な行動が必要な局面だろう。みんなと視線を合わせて、頷き合った。
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