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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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212 ジルボルト侯爵

「お帰りなさいませ」
「ご無事でなによりです」

 竜籠を家の前に降ろすと、セリシアとミハエラが迎えに出てくる。

「ただいま。留守の間、何か変わったことは?」
「平和です。お留守の間も、皆さん真面目に頑張っていましたよ」

 セシリアは嬉しそうに笑みを浮かべる。
 うん。それは何よりだ。竜籠の中の荷物をみんなで手分けして、手早く家の中に運び入れてしまう。

「……さて。またすぐに出かけるようで悪いんだけど、少し王城に行ってくる。竜籠も置いてこないといけないし」
「かしこまりました」

 報告もあるしな。竜籠に乗り込みリンドブルムに命令を下すとリンドブルムが他の飛竜に命令を下し、籠が高度を上げていく。
 王城までは竜籠ならすぐだ。厩舎の前に籠を降ろして、王城に降り立つ。
 すぐに厩舎員達が集まって来て、慌ただしく飛竜から装具を取り外したり竜籠を片付けたりといった作業に入る。装具を外された飛竜達は一頭一頭手綱を引かれて竜舎の中へと戻っていく。
 気性の荒いリンドブルムは……まあ、一部の慣れた者以外には扱えないようだが。

「これは大使様」
「ああ、マシューさん」

 その一部の慣れた厩務員であるマシューが、愛想の良い笑みを向けてくる。

「飛竜達の調子は如何でしたか?」
「素直でいいですね。リンドブルムが上手く統制しているようなのでこっちは手がかからないというだけですけど」
「こいつがそんなに頑張ってくれるようになるとは思いませんでしたよ」

 マシューがリンドブルムの肩を撫でながら、楽しそうに笑う。リンドブルムは自分のことを言われているのが分かるらしく、そっぽを向くように首を巡らしてしまった。マシューと苦笑する。

「リンドブルム、俺は王の塔に用事があるから。後で俺の家に行きたいなら、好きにして良いぞ」

 言うと、リンドブルムはこちらに首を巡らして、返事をするように声を上げた。

「食事はこちらで与えておきますね」
「よろしく頼みます」

 そんなやり取りをかわして王の塔へと向かう。
 今回は事前に戻ってくる大体の時間を連絡済みなので、あまり待つこともないだろう。
 いつも通りにサロンに通されて待っていると、何やら迷宮商会の職人達が作った遊具が一角に置かれているのが目についた。
 うん……。なかなかしっかりした作りだ。王城に納めるということで、職人達も相当気合を入れたのだろう。

 王の塔に納入した分はここに置いたのか。騎士の塔や兵舎、迎賓館などにも置くという話だったが。

「テオドール。戻ったか」

 遊具の出来栄えを見ていると、メルヴィン王がサロンにやってきた。

「ただいま戻りました」
「うむ」

 メルヴィン王は頷くと、テーブルにつく。向かいに座っていつものように話を進める。

「そちも久方ぶりの帰郷であったろうに、無粋よな」
「いいえ。火が燃え広がる前に消し止められたと思えば」

 そんな風に答えるとメルヴィン王は苦笑する。

「報告は聞いた。それに基づいてこちらでも連中から裏付けは取っておる。また例のジルボルト侯爵の名が出ておるな」
「前回の一件との関連は、やや不明瞭なところがありますが」
「うむ……。その前回の一件であるが……」

 メルヴィン王はやや暗い表情を浮かべる。

「エベルバート王には親書を届けることができなんだ」

 エベルバート王。シルヴァトリアの国王だ。メルヴィン王の話によると王自身は善政を敷いているという話だが。

「それは……何か良くないことでもあったのですか?」
「いや、厄介事があったというわけではない。エベルバート王が病床に臥せているそうでな。使者の面会が叶わなかったというわけだ」

 それはまた……。確かに、ジルボルト侯爵の工作に関することや、ベリオンドーラと魔人の関係などは、余人の目に触れさせるわけにはいかない内容だしな。特に、王太子に知られたらどうなるか分からない。

「事が事だけに、親書を預けるというのも問題がありそうですね。シルヴァトリアの内情はやや不透明ですし」
「うむ。実は使者に持たせた親書は、2通用意してあってな。もしもエベルバート王との謁見が叶わぬ時は、当たり障りのない内容の書状を渡すようにと使者には伝えてあった。こちらがジルボルト侯爵の放った手の者を押さえているという情報も、王に伝える前に漏れる可能性があっては慎重にならざるを得んしな」

 逆に……親書を盗み見るような輩がいる場合は、ヴェルドガル王国側はジルボルト侯爵の情報を何も掴んでいないと思わせて油断を誘えるというわけだ。

「病床というのも怪しいですね。王太子の暗闘の結果としてそうなっている可能性はありませんか?」
「それも有り得ると見ておる。シルヴァトリアへの働きかけは一時保留。国内の諸侯達に、他国の間者が領内で動いて私掠などを働く可能性があると通達して、警戒を促すつもりではあるが」
「なるほど……」

 対症療法にはなってしまうが有効な手だ。どこの領主だって自分の領が荒らされるのに良い顔をする者はいないし、何も無くても山賊の類には風当たりが強くなるし。
 あくまで限定しない「他国の間者」であるからして、表向きは特定の国との関係が悪くなることもないというわけだ。

「問題がもう1つ持ち上がっている。当人であるそのジルボルト侯爵が、見識を広めたいとタームウィルズ訪問を打診していてな」
「それは……ヴェルドガル国内に放った工作員との連絡が目的でしょうかね」
「その可能性は高いな」

 ……なるほど。メルヴィン王の打った手は守りの策だ。ジルボルト侯爵に接触の機会があるなら、何か……攻めの手が欲しいところではあるな。

「……ジルボルト侯爵が放った者達に会うことはできませんか?」
「ふむ。何か考えがあるのかな?」
「多少ではありますが。考えを聞いて頂きたく」



 王城の地下牢へ向かう。流石にメルヴィン王と一緒に行くというわけにもいかないので、騎士団長のミルドレッドが護衛についてくれた。

「……お前、か」

 牢にいたのは工作部隊を率いていた、シルヴァトリアの魔法剣士エルマーだ。牢の中の寝台から俺の顔を見るなり、何とも言えない微妙な表情を浮かべた。
 一応、捕虜ということで割と人道的な扱いをしてはいるらしい。魔法薬と魔法審問で情報を引き出せるしな。魔法も使えないので痛めつける必要もないというわけだ。治療もしてもらっているようで。
 牢を開けてもらって俺1人で中に入って向かい合う。

「少し、話を聞きにきた」
「……話すことは何もないし、俺達が知っていることならお前達がもう引き出しただろう。それともまだ足りないのか?」
「ドノヴァンとライオネルという名に聞き覚えは?」

 前置き無しで切り出してやるが、エルマーの表情に変化はない。あの2人も投獄されているが……さて。

「まだ聞いていない、大事なことがあるんだ。お前達もドノヴァンも。何故……ジルボルト侯爵なんかに従う? 失敗した場合最初から切り捨てる気満々だろう、侯爵は」

 一拍置いて尋ねた俺の言葉に、エルマーは渋面を浮かべる。
 ジルボルト侯爵か、シルヴァトリアへの忠誠故にであるなら……まあ、関係を伏せる以上、それを口にすることはできまいが……。

 母さんの家を荒らそうとしたり、父さんを誘拐して自白を促すためにキャスリンを拷問にかけようとしたりと……かなり手口が気に入らない相手ではあるのは確かなのだが……そんな手を使おうとするくせに、あれだけの人数がいて結局1人として裏切りや保身に走らなかった。

 そこの不一致が、気に入らない。だからこそ、この場で確認しておかなければならないことがある。
 こうしてメルヴィン王に引き渡し、魔法審問が使える環境下ならばペテンにかけられる心配もない。
 こいつらに、やむを得ない事情があるのなら便宜を図ってやるし、無いなら無いで、別に構わないのだ。その時はメルヴィン王に言った通り、こいつらから情報を引き出して、心置きなくアンブラムで姿を借りた上で、ジルボルト侯爵に接触して情報を引き出させてもらうだけの話である。

「何か、枷でもあるのか?」

 尋ねると、エルマーはそっぽを向いた。何も答えないというような反応。なら、もう少し勝手に話を進めさせてもらおう。

「例えば――肉親を人質に取られている、だとか」

 そう言った途端、エルマーは目を見開いてこちらの表情を窺ってくる。この――反応。

「もしも裏切りが発覚したら肉親が殺されるだとか? それなら、誘拐犯として処刑されただとか……。そういう情報を流したほうが、お前達にとっては有り難い話なのかな?」
「お前……」
「俺は、お前達のやり方を是とする気はない。そういう事情があってもこちらに同じことをしようとしたわけだから、はっきり言えば気に入らないんだ。だけど……魔法審問があるから、正直に話すっていうなら、お前達の言動を信用することもできる」

 そう言うと、エルマーはかなり長い間葛藤していたようだったが、やがて口を開いた。

「そうでは、ないのだ……。人質を取られているのは我らではなく……侯爵のほうなのだ」

 その言葉に、思わずミルドレッドと顔を見合わせていた。事情を察したらしいミルドレッドの顔に、不愉快そうな色が混じる。ジルボルト侯爵が人質を取られている。それは一体、誰にだというのか。
 愚問だ。恐らくは、シルヴァトリアの王太子にである。王太子の代わりにジルボルト侯爵が汚れ仕事を一手に引き受けていると……そういうわけだ。

「確かに……。我らがしようとしたことを考えれば……虫の良い話だということは、重々承知している。だが……どうか侯爵を、助けては頂けないだろうか。貴方ほどの魔術師が、助けて下さるというのであれば……或いは……」

 そう言って、エルマーは深々と頭を下げて平伏するのであった。
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