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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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196 影薙ぎの大鎌

「どうせお前が負ければ後はないし……わたくしの分まで頼んでいいかしら?」

 ローズマリーはフラスコと魔石を一組、俺に差し出してくる。

「私は構わんよ。それを受け取ったとしても先ほど約束した通りだとも」

 オルジウスは肩を竦めて、そんなことを言った。
 ……全く、気に入らない。
 こいつと契約した魔術師などとっくに死んでいるだろうに、その後に自分の楽しみを残すために、本を守る期限を契約の中に設けなかったのだろう。
 その結果が、町で見たあれだ。魂をすり減らされて、ただ彷徨する影のようになった人々の残滓。あれだけの者達が悪魔に挑み、或いは諦め、絶望の中で死んでいった。それでも解放されずに気の遠くなるような時間を玩具にされている。
 こいつは――ただでは済ませない。

「……分かった。ちょっと行ってくる」

 ローズマリーの周辺にディフェンスフィールドを張ってフラスコと魔石を受け取る。ガラスが割れないよう、土魔法で補強してから腰に紐で結わえる。それから、ゆっくりとした歩調でオルジウスに向かって歩いていく。

 オルジウスの手の中に闇が蟠る。その中から巨大な大鎌が引き摺り出された。向こうも武器は使うと言うわけだ。バトンでも回すように、オルジウスの手の中で大鎌がぐるぐると風を切って回る。
 ウロボロスを構えて魔力を高めていく。こちらが踏み込もうと身構えた瞬間、オルジウスは自分の足元に伸びている影へ向かって鎌の切っ先を叩き込んだ。呼応するようにオルジウスの伸びた影の頭部から刃が飛び出す。
 切っ先をシールドで止めて、そのまま一気に踏み込む。影の中から引き戻したオルジウスがそれを受ける。ウロボロスと大鎌がぶつかり合って火花を散らした。

「やるものだな!」

 対処されたことを喜ぶような、オルジウスの声。
 公正さを謳っておきながら、初手で正面からの奇襲。こいつとしては、仮に俺を一息に殺してしまってもローズマリーがいるから足掻きを楽しめるというわけだ。
 対等に戦うとは言ったが、それは前提条件。こうして向かい合ってしまえばルール無用。何でもありで当然だ。

 両刃の大鎌。内側で引き切るのも外側の刃で薙ぎ払うのも自由自在というわけだ。幾度か互いの得物をぶつけ合うと、大鎌の石突きが跳ね上がる。槍の穂先のように鋭く尖った先端が鼻先の空間を通り過ぎていき、そのままオルジウスの身体の周囲を一回転。身体の影に隠れて死角となる位置から刃が横薙ぎに襲ってくる。巻き込むような軌道。踏み込んで受ければ刃が背後から引き戻され、離れてしまっては反撃ができない。だからいっそ、体当たりをするほどに踏み込む。
 下からウロボロスを跳ね上げさせて、鎌を握る腕を狙う。肘のあたりを打ち、大鎌の軌道を乱してから前蹴りを放つ。触れさえすればいい。防御の可否を問わず、触れた瞬間に魔力の衝撃を叩き込んでから切り崩す算段だ。

 しかしオルジウスは無理に反撃や防御をしない。腕を打ち上げられた時点で大鎌を手放し、大きく後退している。回避しながらの反撃である。一拍の呼吸を置いて、大鎌が後ろから回転しながら戻ってくる。こちらは後方に跳躍して空中で転身。大鎌を飛び越えてそのまま着地を待たずにシールドを蹴って突っ込む。

 オルジウスの背中に梟の翼が現れる。空に飛んで離脱。レビテーションで慣性を殺し、直角に飛んでオルジウスを追う。

「全く人間の業というのは実に面白い! 君の名を聞いておこうか!」
「テオドールだ!」

 空中で切り結ぶ。幾度かの攻撃の交差。鳴り響く金属音。
 離れ際、オルジウスが翼で下から薙ぎ払うような仕草を見せた。徹甲弾のような速度で羽が飛んでくる。3方向の偏差射撃。真っ直ぐ飛んできた羽だけウロボロスで打ち落す。
 残り2枚の羽は大理石の床を易々と貫いていった。

 双方突っ込んでの激突。鍔迫り合いの形になったが、大鎌の刃が引っ込んで逆端――石突き側から刃が現れる。下からウロボロスを滑らせるように振り上げられる大鎌を、そのままシールドでレールを作るようにして、上方へと軌道を逸らしてやる。がら空きになった脇腹に竜杖を叩き込む。

「ぐッ!」

 大きく弾かれるが、吹っ飛ばされながらも羽をばら撒いてきて、追撃をさせない。転身転身。目と鼻の先を薄い刃のような羽が掠めていく。
 左に右にとミラージュボディと共に分裂して交差。通じない。精神生命体ということで予想はしていたが……こいつは正確に俺のほうへ狙いを定めてくる。

 オルジウスの周囲に複数の黒い球体が放たれる。意志を持つように、オルジウス本体から一定の距離を取って、衛星のように飛び回る。
 奴の目の前に黒い穴が空いたかと思うと、そこに大鎌を叩き込む。こちらに向かって円軌道で迫って来ていた黒い球体から大鎌の刃が飛び出す。逃げ道を塞ぐように羽弾が撃ち込まれる。首だけ巡らせて羽をやり過ごし、大鎌はシールドで受け止め、同時に衝撃打法を叩き込み返す。離れた位置にいるはずのオルジウスの腕が弾かれた。

 衛星軌道を描く球体はウロボロスもシールドも無視してすり抜けるようだ。それ自体は攻撃力を持たない、ただ暗黒の球体。用途は攻撃の補助。初手で影から影に渡って斬撃を仕掛けてきた術と同じものだろう。黒い球体に羽弾が飛び込んでいたが、そちらは転移してこなかった。できないのかやらないのかは定かではないが、オルジウスの作った影から影へと、大鎌の刃を転移させられるというのは確実なところだろう。

 距離を取って向き直る。頬に熱い感覚。羽が掠めていたらしい。
 ……多彩且つ変則的な攻撃手段を持っている。気が抜けないな。
 だから、もっと鋭く速く。もっともっと強くだ。こいつも踏み越えて、俺は先に進む。循環循環循環循環。牙を剥いて笑い、魔力を高めて研ぎ澄まさせる。

「楽しんでくれているようで何よりだ! 私も楽しい! 目が覚めるようだよ!」

 オルジウスが風車のように鎌を回す。目を見開きながら、肩を震わせた。

「クククッ! どうやってその域に至ったのか、興味が尽きないな! 君は――私の蒐集品の中でもさぞかし価値のあるものになるだろう!」
「やってみろ!」

 互いに咆えて突っ込んでいく。激突、衝撃。鎌に刃はない。石突き側に移動したわけではなく、先端に暗黒球が張り付いて飲み込んでいる。背後から飛んでくる別の暗黒球から鎌の刃が飛び出して、こちらの身体を両断すべく迫ってくる。
 背後にシールドを展開。触れた瞬間に衝撃を叩き込むが、今度は予期していたらしく、オルジウスは退かない。そのまま正面から俺を押さえつけ、背後から両断しようと力を込めてくる。

 シールドを多重展開。ウロボロスと大鎌の柄の間で火花を散らしながら均衡したところでオルジウスの顔面に向かって雷撃を放った。全く同時に嘴から魔力の閃光を放ってくる。爆発が起こって弾かれた。オルジウスが退けば刃も引っ込んでいく。即座に反転。爆風を突き破るように飛んできた羽弾の間をすり抜け、最高速で飛び回りながら斬撃と打撃とを応酬する。

 縦横に刃が飛び交う。羽の雨が降り注ぐ。身をかわし、受け止め、流しては飛び込み、幾度となく打ち込む。ただ一本の武器であるはずなのに、柄と刃を分離させるように操るオルジウスの技は相当なものだ。このまま切り結んでいても埒が明かない。
 柄で受け止めたオルジウスに対して身体ごと押し込んで、そのまま頭部に頭突きを食らわせる。額の部分にシールドを展開しているから俺にダメージはないが、オルジウスは面食らったように後ろに下がった。

「おのれ!!」

 激昂。頭上から振り下ろされる鎌。斬撃の軌道に暗黒球が割り込んできて刃が転移。切っ先が真下から迫ってくる。受けようとして、ウロボロスが巻き上げられるように弾き飛ばされた。切り返して、今度は真横から刃が迫ってくる。

 手を翳すがシールドが貫かれる。ウロボロス無しのシールドでは耐えられない。歯を食いしばり、大鎌の先端を掌で受ける。掌を貫通。オルジウスはその手応えに目を細めた。

「このまま腕ごとかっさばいてやろう!」

 そう言って力を込めようとして――オルジウスは固まった。ここまでが計算の内。
 動かない。貫通した掌ごと握り込んでシールドで四方から固定。戻すことも切り捌くこともできないよう完璧に動きを封じている。
 シールドで防ぎきれない、と思わせるところまでがこちらの策。俺の笑みを見たオルジウスは咄嗟に大鎌から手を離し、離脱しようとする。大鎌は自由に飛ばせるのだから、手放すことはデメリットにならないというわけだ。だからこそ――離れようとするのは読めていた。

「戻れ!」
「な――に!?」

 武器を飛ばすことができるのはこいつばかりではない。背後から突っ込んできたウロボロスが唸り声を上げながら、背中から抉り込むように押さえつけて離脱を許さない。ウロボロスが動けるのは、その身に宿した俺の魔力が尽きるまでの間だけだが――それで、十分に過ぎる。

「かああっ!」

 奴の口から放たれる閃光を首を傾げるように避けながら、開いた手でフラスコと魔石を放り投げる。驚愕に目を見開くオルジウスの顔の真ん前。
 拳を握り込みシールドを展開。そのまま衝撃打法を叩き込むと、フラスコと魔石が同時に砕け、緑の爆炎がオルジウスの顔面を飲み込んだ。

「ぐおおおおああああっ!?」

 魔力の炎でまともに顔を焼かれてオルジウスは身悶えする。顔面を押さえながら翼を振り回し、その場を離脱しながら無闇矢鱈に羽弾をばら撒く。
 多少の被弾は無視。巨大なマジックサークルを展開しながら最短距離を突き進む。羽が肩を貫通し、脇腹を掠めていく。弧を描いて、今度こそ掌の中に戻ってきたウロボロスを握り、一直線に――身体の中心、鳩尾を打ち抜く。

「がっ!」

 オルジウスの身体がくの字に曲がる。翼の付け根にウロボロスを打ち付け、床に叩き落す。まだ燃えている。簡単な作りなのに大したものだ。そして――俺の魔法も完成する。

「ぶっ潰れろ!」

 振り上げたウロボロスの先端に、真っ白に熱した巨大な岩が現れる。
 第9階級。火、土複合魔法――メテオハンマー。竜杖を振り下ろす動きに合わせ、初速から馬鹿げた勢いで大岩が撃ち出される。白熱する流星が、音速の壁をぶち破りながらオルジウスに迫る。

「お、おおおおあああっ!?」

 オルジウスは避けることも出来ずに、まともに大岩を身体で受け止めた。大理石の床を紙のように突き破り、玉座の間を中央から崩壊させながら。階下の一切合財を巻き込んで、地の底へと一直線に貫かれていった。
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