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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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194 本の中身は

 ローズマリーとその手記。魂を捕えているとする本。
 まず、これらを俺の屋敷に運び込むこととなった。クラウディアからのバックアップを得るためだ。
 ローズマリーは隷属魔法により、魔法行使や魔法薬作成の禁止。更に魔法薬で得た情報を漏らすことの禁止という措置を取られている。

 現状で問題となるのは前者だ。魔法行使が可能ならば自力で行うにせよ、俺と協力するにせよ、本から脱出することの一助となるだろう。しかし隷属魔法を解除するには本人の認識がどうしても必要であり、ローズマリー自身が受け答えをする必要がある。
 解除するには隷属魔法の手綱を握る者か、解除用の術式を習得した者か、秘宝である解除用の魔道具を持つ者のいずれかが、本人と直接接する必要がある。

 要するに、本の中に行かなければ解除の前提条件がクリアできないということだ。ローズマリーの隷属魔法の手綱を握るのはメルヴィン王であるからして、これは本の中に行ってもらうわけにはいかない。
 術式を知る者も同様。中に入っても非戦闘員では意味がない。

 そこで魔道具を持ったまま俺が本の中へと突入するわけだが……所持しているのは俺の肉体側である。本の中――魂だけの状態になってそれが適用されるのかどうかは未知数な部分があった。

「書かれている内容……術式の記述をある程度理解した時、罠が発動して中の世界へ引き込まれることになるわ。番人についての注意事項はさっき伝えた通りだけど……他に質問はあるかしら?」
「大丈夫。まず開かれていた頁の解読はせずに丸写しするから、二重遭難に備える態勢を取って欲しい」

 紙にインクで書かれている文字をそのままコピーし、クラウディアに渡していく。本に関わらない形で解読を進め、それにより後から人員の迅速な突入が可能な態勢を取ってもらうためだ。

「ええ。テオドールが中に入ってからのことは任せて」

 クラウディアは紙を受け取りながら真剣な表情で頷く。

「……どうかお気をつけて。もしもの時は、私も向かいます」
「テオドール様……どうかお怪我をなさらないで」
「帰って、来て」

 グレイスもアシュレイもマルレーンも……心配そうな面持ちであった。

「大丈夫」

 そんな彼女達に笑みを向けて、暫し抱き合う。単身突入ということでいつもとは勝手が違うから心配なのだろう。魔力枯渇による肉体側の衰弱については、マジックポーションで魔力補給をしてやることで遅延が可能なはずだ。

「気をつけて、テオドール」
「ユスティアとドミニクが来たら呪曲で応援するわ」
「私もイルムのお手伝いするから」

 シーラ、イルムヒルト、セラフィナ。彼女達に頷く。

「御武運を」
「どうかお気を付けて」

 そしてセシリアとミハエラ。フォルトックやクレア達、迷宮村の住人達。彼女達に見守られながら、本に向き合う。

「ん。じゃあ、行ってくる」

 中へ向かうにあたり、1つ問題がある。魂を引き込むために装備品を持ち込むのは普通は無理なのだそうな。

 なのでウロボロスとキマイラコートに循環させた魔力を通し、疑似的に俺の一部であるように誤認させる対策を取る。ウロボロスもキマイラコートも魔法生物だ。上手くいくかどうかは、これも半々といったところか。
 カドケウスは残す。魔力が繋がっているのは確認できた。外との連絡手段が作れるかも知れない。

 循環で魔力を高めながら、辞書とローズマリーの手記を照らし合わせ、解読していく。使われている文字は古い時代のものだが……解読作業は色々やっていたから慣れたものだ。
 元々が罠で、ローズマリーの手記もあるので解読の難易度自体もそこまで高くはない。

 術式の記述。意味の解読が進むにつれて、頭の中に情景が浮かんでくるような感覚を覚える。
 それは街。どこかの街並み。蠢く影達と空飛ぶ銀の魚。

 一瞬意識が遠のき――目が眩むような感覚を覚えて――気が付けば俺は見知らぬ街の只中にいた。

 周囲は開けているし色々蠢いているが、襲ってくる気配はない。ウロボロスとキマイラコートは――大丈夫だ。付いてきている。循環も……できる。問題ない。魔力の帯は、肉体と本を繋いでいたからな。
 カドケウスとの繋がりは感じるが……リンクはできないようだ。外の様子を見ることはできないが、まあ、最低限の指示は飛ばせるようなので無事だと知らせることも可能だろう。

 周囲に目を向ける。街並みはどこか不自然だ。人の生活している痕跡がない。年月と共に出るはずの劣化や風合いもない。作り物というか、無味乾燥な模造の町といった印象である。

 遠くに巨大な城。道行く人々は、虚ろな影のようなものだ。時折、苦しげなうめき声のようなものを漏らしている。
 目と口。丸い穴がただ三つ空いたような顔。ぼんやりとした靄のような身体。何の目的もなくそぞろ歩いているように見えた。

 空を見上げれば、弾丸のような速度で飛び回っている銀色の生き物。あれは……巨大な紙魚(しみ)だな。ブックワームなんて呼ばれているんだったか。空はどんよりと曇っていて不気味ではあるが……確かにこれは、本の中だ。
 所謂本の虫とされるのはシバンムシという虫であるが、そちらは見かけない。紙魚は食害が少ないからいるのを許されているのだろうか?
 ともかく、影の住人も紙魚も俺には見向きもしない。刺激をするとどうなるかは分からないが。

 それにしても……何となくではあるが、懐かしいような慣れ親しんだような感覚がある。

「ああ……これは――」

 この違和感は、VR上で再現された空間内にいる時に似ているんだ。
 そういう視点で見てみれば、街並みには時折ノイズが走り、意味を成さない断片的な記号のようなものがちらついたりしているのが目につく。

 クラウディアは、番人はこの世界を構築、維持している支配者ではあるが、虜囚とはあくまでも対等平等であると言っていた。そういう契約の術式、呪法なのだそうな。
 現実での本人の能力が正確に反映されるが、実態は精神世界に近いと言っていたが……なるほどな。
 魂を引き込む仮想空間か。言われてみれば、VRに似ている。

 だが、そのことをあれこれと考察するよりも、今は他にすることがある。分析はこのへんにして、ローズマリーを探さないといけない。
 差し当たっての問題は、どこにいるか分からない相手をどうやって探すかだな。

 嫌でも目につく城へと向かうというのがまず考え付くが……ローズマリーはああいう如何にもな場所に向かうよりは、まず状況をきっちりと把握をしてから動くタイプだろう。
 となれば――相手にそれと分かるサインを出しつつ騒ぎを起こすというのが妥当なところか。

 まずしばらく街を歩き――広場に出る。この辺で良いだろうか。本の中での魔法の使用感覚を確かめる意味合いも兼ねて、ローズマリーへのサインを発信することにした。
 方法は――ゴーレム作成。石畳を崩して、巨大なゴーレムを作り上げていく。
 影の住人達は緩慢な動作で離れていくが、紙魚のほうはこちらに気付いたらしく、俺目掛けて飛来してくる。

 紙魚ねえ。あまり相手をしたいようなものでもないが――。

「邪魔をするな」

 高速で突っ込んで来る紙魚共をウロボロスで打ち払う。魔力を込めた竜杖に触れた瞬間、銀の飛沫を残して砕け散った。動きは素早いが脆い。攻撃力のほどは確かめる必要もないだろう。

 シールドを展開。紙魚が触れた瞬間、魔力操作で衝撃打法を打ち込むと銀色の花火のように爆ぜる。一瞬遅れて、古代文字がノイズのように走って消え去る。
 十数匹ぐらいだろうか。ゴーレムを巨大化させながら適当に紙魚の相手をしていると、勝負にならないと悟ったらしく向こうから離れていった。

 まだ遠巻きにして飛び回っているが――とりあえず紙魚は俺への攻撃を諦めたようだ。他に攻撃してくる輩もいないようなので、ゴーレム建造に集中する。
 土魔法第7階級クリエイトヒュージゴーレム。そこらの建物より巨大なゴーレムであるが、見た目はそのまま俺の姿を模したものだ。多分、ローズマリーのほうが気付いて様子を見に来るのではないかと思う。俺自身は頭上あたりにレビテーションで浮かんでおけばいいだろう。
 まあ……これで気付いてもらえないようなら、少々街並みをぶち壊したりする必要があるかも知れない。



「とうとうわたくしの頭がおかしくなったのかと思ったわ……」

 目論見通りにというか、それから暫くしてローズマリーが広場に姿を現した。
 街並みを叩き壊そうかと思っていた矢先だ。間に合って良かった。

「怪我が無くて何より」

 そう言って地上に着地。紙魚どもに攻撃を受けたのか、ローズマリーのドレスの裾が破れたりしている。どこからか拾ってきたのであろう棒切れを持っていたりするが――見た感じ、怪我はしていないようだ。

「何故お前がここに?」

 ローズマリーは呆気にとられていたようだが、そんなことを言う。

「救出に。本の外じゃ、ローズマリーの身体が抜け殻みたいになってるからな」

 そんな答えを返すと、ローズマリーは目を丸くした。

「本の、外? そう……そういうこと。だからわたくしが逃げたのではなく捕らわれたと理解したというわけね。身体だけ外に残っているか。なるほど……」

 ローズマリーは俺の言葉で自分の置かれた状況を割合正確に把握したようだ。

「まずは……ありがとうと、礼を言っておくわ。けれど――」

 一瞬言い淀んだが、ローズマリーは渋面を浮かべる。

「情勢から考えれば、お前の身のほうがずっと重要でしょう? これは父様の判断なのかしら?」

 前情報無しで飛び込んだと思われているのだろうか? 確かに……ローズマリーからして見ると、外に出る手段があるかどうかすら分からないわけだしな。
 今のヴェルドガル王国にとっては俺の身のほうが重要だし、何よりヘマをしたのは自分だからというわけだ。

「いや。俺が提案した。とりあえず、そのあたりで座って話をしようか」

 噴水の周辺にある飲食店らしき店のテーブル席を指差して言う。ローズマリーは上空の紙魚が気になったようではあるが、襲ってこないと分かると頷いた。
 席についても給仕が注文を取りに来るわけでもないが、テーブル席に差し向かいで座る。

「結論から先に言うと外には出られる」
「どうしてそんなことが言えるのかしら?」

 ローズマリーはどこか居心地が悪そうだ。いつも使っている羽扇が無いからかも知れない。ドレスは着ているのにな。

「本に仕掛けられた罠のことを知っている人物がいるんだよ。出る方法は、本の中のどこかにいる番人の撃破だそうだ」
「番人……?」
「この世界の支配者だけど、条件的にはこっちと対等だってさ。そうすることで呪法の力を高めているわけだ」
「……不利を背負うことで効力を増強すると言うわけね」
「それで、隷属魔法を解くための魔道具も預かって来たんだけど……どうにもな。こっちで持っていないんじゃ、使いようがないっていうか」

 鍵の形をした魔道具なのだが……俺は今、そちらを所持していない。

「秘宝を出してきたの? わたくしには前科があるでしょうに」

 ローズマリーが仕掛けた罠である可能性か。それは、策というには雑過ぎる。

「それは考えにくいかなって思ってた。本の存在を予め知っていて、この中でも魔道具が使えることを確信していて、更に俺が助けにくることまで計算に入れていたってことになる」
「そうね。賭けにしても楽観が過ぎるかしらね。上手く行ったとして、戦っても不意打ちでも、戦闘では勝てる気がしないし」

 そう言って、肩を竦める。

「まあ、話を進めよう。あまりこの中でぐずぐずしていると、肉体のほうが衰弱して死ぬそうだ。魔力枯渇による衰弱か、さもなくば餓死か脱水になるだろうし。肝心の魔道具は使おうとしているんだけど、効力が出ないみたいだ」
「踏んだり蹴ったりね。紙魚共は魔法がなくても何とかなるけれど、番人のほうは恐らく、逆立ちしてもわたくしには無理でしょうね」

 どうやら俺が来るまで魔法無しで凌いでいたらしい。確かに連中は脆いが、それでもかなりの速さで飛び回ってはいるんだけどな。
 しかし隷属魔法解呪の魔道具が効力を成さないとなると、ローズマリーの力は封じられたままになってしまう。……まあ、それも予想していたことではある。何とかするしかないな。
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