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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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193 虜囚の書

 農作業も一段落したところでセシリアがかき氷を運んできた。天気も良いので外で食べながら、みんなと一息入れることにした。

「カボチャですか。収穫が楽しみですね」
「色々実験的なところもあるけど、そのへんも含めて楽しみだな」
「はい。私は……ミハエラ様のお作りになるカボチャのパイ、昔から好きなんです」
「そうなんだ。収穫して食べられるようならパイを焼いてもらうのも良さそうだね」

 そんな言葉にミハエラは居住まいを正して頭を下げた。

「お口に合うかは分かりませんが、私の焼いたものでよければ」
「その時は是非私達にもお手伝いさせて下さい」

 グレイスとセシリアが言う。ミハエラは穏やかな笑みを浮かべると頷いて、かき氷を上品に口に運ぶ。

「……そう言えば、迷宮の村に変わった作物はないのかな?」

 ふと気になって、クラウディアに尋ねてみる。何か珍しいものがあれば栽培してみるのも悪くないだろう。種撒きや植え付けと言った時期的なものもあるので、予定は早めに立てたほうが良い。
 俺の言葉に、クラウディアは少し考えるような様子を見せてから答えた。

「農作物に関してはそれほど珍しいものはないけれど……特産品と呼べるものならある……のかしらね。私は世情に疎くてよく解らないのだけれど」
「特産品か。販売を考えるのも良いかな。入荷した分だけ売る、みたいに」

 入荷した分だけの販売なら生産の負担も少ないだろうし。

「良いかも知れないわね。村の住人が着ている衣服なのだけれど、これはアルケニー達が紡いだ糸で作った生地で作られているの」
「それは……確かに珍しいな」
「売り物になるんでしょうか?」

 かき氷を食べていたクレアは自信が無さげな様子だが……。

「実際、タームウィルズでもマーメイドやセイレーン達が水蜘蛛の糸で編んだ服が交易で入って来て売られているわけだし。専門家に聞いてみるのが良いかもね。勿論、賛成意見が多ければにするけれど」
「それなら、他のアルケニー達に聞いてくるわ」

 ふむ。その生地をこっちで販売して稼いだお金で外の物資を買って迷宮村が潤ってと出来れば……実際交易みたいなものになるのだが。



「アルケニー達は乗り気みたいだわ。仕立てる前の生地があったから預かって来たのだけれど……どうかしらね」

 その日の夜にはクラウディアからの返答があった。手に持っていた生地を触らせて貰ったが、非常に良い手触りである。蜘蛛の糸か。実際、糸としてはかなり丈夫な部類だと聞いている。となると、アルケニーの糸も耐久性に優れるのではないだろうか。

「じゃあそれを街に持っていって、話を聞いてくるよ」

 以前、ルナワームのコートで世話になった仕立て屋が良いだろう。ミリアムと共に後日出掛けるとしよう。

「あの子達は、売り物になるのか試してみたいと言っていたわ」

 クラウディアは笑みを浮かべる。
 うん。色々刺激になっているようで結構なことだ。
 和室でのんびりしながら色々生地のことを思案していると、通信機にアルフレッドから連絡が入った。

『今から北の塔に来れるかな。問題が起きたらしい』

 ……北の塔で問題? ローズマリー絡みなのだろうが……一体何が起きたんだか。
 アルフレッドからの通信ではあるが、メルヴィン王からの話と見るべきだろう。

「……少し王城に出かけてくる。ローズマリーのことで話があるみたいだ。遅くなるかも知れない」
「分かりました」
「カドケウスは残していく。何かあったら通信機で連絡を」

 ……ウロボロスは持っていくか。何があるか分からない。キマイラコートを羽織り、通信機にすぐ向かう旨を返信してから、中庭でカーバンクル達と戯れていたリンドブルムのところへ向かう。

「王城へ」

 リンドブルムの背に跨って、行先を告げると一声上げた。カーバンクル達が離れるのを待ってから舞い上がる。
 王城に急行し竜舎の付近に降り立って、北の塔へと向かう。入口の見張りの様子は通常通り。どうやら脱走ということではなさそうだが。
 浮石に乗って北の塔上階に登る。回廊を通ってローズマリーの居室に顔を見せると、メルヴィン王が来ていた。北の塔に詰めている使用人達も数名。ローズマリーは……椅子に座ってじっとしているようだが。

「来たか」

 そう言う、メルヴィン王の表情はやや硬い。

「何があったのですか?」
「うむ。ローズマリーの様子がおかしくてな。余には少々手に余る」

 ローズマリーを見やる。部屋に入った時から気付いてはいたが……異常は明白だ。
 人形だと言われれば納得してしまうほどに、生気のない表情。瞳もぼんやりとしたままで、感情というものが抜け落ちていた。確かに、これは異常事態と言える。
 状況から判断するに、使用人が異常に気付いてメルヴィン王に報告したというところか。
 考えられるとしたら、魔法薬。或いは他に何か……。魔法薬であるなら破邪の首飾りで後から解除可能なはずだが……。

「失礼」

 ローズマリーの手に触れ循環錬気を行う。
 魔力の流れがおかしい。非常に少ないというか……何やら体外に流出してしまっているような……。
 細い糸を辿るように――ゆっくりとローズマリーの魔力を追う。その向かう先は――。

「……彼女を最初に発見したのは?」
「わ、私です」

 使用人がおずおずと手を挙げる。

「その時の状況を、詳しく教えてもらえますか?」
「その……気付いた時にはこの状態で。お夕食を運んできたのですが、呼び掛けてもお返事が無かったので……何時ものように机で調べ物をしているのかと思ったのですが……」

 なるほどな……。
 机の上には一冊の本が置かれている。ローズマリーの魔力はどうも、その本に吸い込まれているようだ。

 呪法に類する術式だろうか。本のページは開きっぱなしになっているが、そのままにされてローズマリー以外に異常が起こっていないところから判断するに、見ただけでは何も起こらないようだ。書かれている文字はかなり古い年代のものらしく、一見しただけでは何が書いてあるか分からない。

 古い文字か……。これは、そうだな。
 通信機を使って連絡を取る。状況を掻い摘んで伝えると、ややあって返信があった。

『それは古代の魔術師が仕掛ける魔法の罠ね。本に仕込んでおいて、特定の頁の意味を理解した者の魂を本の中の世界に引き込んで捕えてしまうというものよ』

 クラウディアからの返答は、そんな内容だった。
 捕える……か。即座に死に至る罠でなかったのは幸いだが……放置しても魔力枯渇と同じ状態になるので拙いということであった。

『解呪の方法は?』
『外部からは罠を仕掛けた者以外無理だわ。内部からは可能よ。……見張り番を倒して、実力行使という形だけれど……本の牢番はかなり手強いと聞くわ』

 クラウディアの話によると、内部からの脱出手段という穴を残すことにより、リスクを吊り上げて効力を増強させることでようやく成立する術式らしい。だから本に囚われても、すぐにどうこうなるというわけではないそうだ。本の中では外と同じように戦えるが……それは当然、その分だけ牢番の増強にも繋がるというわけだ。

 書斎を荒らす者に対抗するための罠と言ったところか。
 禁書庫ならば、そういった罠も用意しておくものなんだろうな。仕掛けた側としては、こうして罠に捕らわれて人形状態になった相手を、その間に煮るなり焼くなり好きなように料理できるというわけだ。

 状況を整理しよう。つまりローズマリーが罠の仕掛けられた古文書の解読に挑んだから本に囚われてしまったということになるか。
 自力脱出は、魔法の使用を封じられているローズマリーには無理だろう。後追いして救出に行くには――古文書の頁の意味を理解する必要があると。本の周囲にローズマリーの手記。ローズマリーの解読した文字の対照表もある。これならば……。

「状況が判明しました」

 クラウディアの話と、考えた対策方法をメルヴィン王に説明すると、眉根を寄せて瞑目する。

「このままでいると、どうなる?」
「魔力の枯渇に近い状態が続くのと同じでしょう。長時間出られなければ衰弱して弱り――いずれは、というところです」

 メルヴィン王は渋面を浮かべる。とは言え、俺の方針はもうすでに決まっていたりする。

「……本の中へ行ってこようかと思うのですが」
「――そなたがか。だが、アレのしたことを考えれば、そなたに危険な橋を渡らせるのでは筋が通るまい」
「そう、かも知れませんが、それはそれです。こちらの仕事の補助でこうなっている部分はありますし……何より衰弱していくという部分が、我慢なりません」

 衰弱していく肉親を肉親が見ているだけなんて言う状況は、傍目からでも胸糞が悪いのだ。
 騎士団に任せるのは無理。魔道書の内容の理解が必要だからだ。魔術師隊ならば後追いは不可能ではないだろうが……クラウディアがかなり手強いというような相手だ。生半可な腕では二重遭難も起こるだろう。
 いずれにしても、こんな状況で人任せにする選択肢は、俺にはない。二度とあんな苦汁を嘗めないためにもっともっと力をつけたいと望んでいるのだから。

「彼女と本を屋敷に運んでも良いでしょうか。もし、僕が戻らないようであれば増援をお願いしますということで」

 そう言って笑みを向けると、メルヴィン王はかなり長い間悩んでいたが……やがて告げてくる。

「すまぬ。……国王としてではなく、1人の父親として言わねばならぬだろうな。そなたばかりを矢面に立たせる余の不明を許して欲しい」
「いいえ。向かう戦場は自ら選んでいます。その結果ですから」

 さて――。本の門番か。どんな相手なのやら。
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