挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

2/1265

1 グレイスの鎖

「――あんなもの、子供の喧嘩でしょう」

 後日。俺は庭の片隅で魔法の練習をしていた所を父、ヘンリーに見つかり書斎へと呼び出された。
 ダリルが母親のキャスリンに泣きつき、キャスリンが父さんに泣きついたらしい。

「魔法で一方的に嬲ったと聞いているが?」

 父さんはキャスリンに聞かされた、その詳しい内容を言わないつもりのようだ。俺との話を突き合わせて大体の実像を確かめるつもりなんだろう。
 多分キャスリンは話を盛り過ぎだな。ダリルがキャスリンに言った時点でも話を盛っていただろうから、尾鰭と背鰭が二重についているに違いない。
 恐らく、俺が弁明しても自分の言い分だけが信じてもらえるとでも思っているのだろう。

「先に水路に突き落としてきたのは向こうです。僕は足元に威嚇射撃はしましたが、石を当てるつもりで投げてきたのもダリルが先でしたよ。僕は身を守っただけですが、我慢して石をぶつけられていれば良かった、と?」

 俺に負い目は無い。本当に子供同士の喧嘩レベルだと思っているし、実際今の俺からすると撫でてやったぐらいのものだ。
 本気を出せば初級魔法でさえ死者が出そうな手応えを感じていたし、練習をしていてもそう思う。
 何せ魔法的な知識と魔力の操作感覚が記憶として残っている。鍛え方が足りないと思うのは魔力の絶対量ぐらいの物だが、それもどうすれば伸びていくか解っているし。

「しかしな、テオドール」
「……証拠を見せれば良いのですか?」
「あるのかね?」

 俺は肩を竦めて上着を脱ぎ、背中を見せてやる。

「……これは」

 父さんの声が強張ったのが解る。背中には割と新しい痣がいくつかあるはずだ。無数と言うほどではないが、ぶつけたと言い張るには不自然な数、ぐらいか。

「暴力に暴力で対抗するのは良くない、だなんて言わないで下さい。僕はただ自分の身を守っただけだ。これから先の事を考えたら、遅かれ早かれどこかの時点でこうする必要があった。僕としてはやり過ぎないように、子供の喧嘩程度で矛を収めたのを、誉めてもらいたいぐらいなんですが」

 子供の喧嘩程度、という部分を強調しておく。

「……解った。バイロンとダリルには私から話を聞いておこう」
「なら、奥方様にもでしょう」
「……な、に?」

 父さんの顔色が変わる。

「それはそうでしょう。父さんがあの二人をそんな風に教育した覚えがないのなら、誰がそんな風に僕への憎しみを煽っていたのかは、自明のはずだ」
「アレは……キャスリンは直接お前に手を上げたのか……?」
「手と言うか、乗馬鞭を頂きましたがね。一昨日の事なので背中にまだ残っていたと思いますが? 後は、グレイスの行動を縛ったりしていたようですが。彼女の指輪を使っていたそうですよ。僕もグレイスから聞いた時は少し呆れました」

 父さんは少し目を見開く。改めて俺の背中を確認しなかったのは、先ほど見た中にそれらしき痕があったのを認識していたからだろう。
 グレイスの行動を縛っていたというのも寝耳に水だったのか、頭痛を堪えるように額に手をやった。

 例えば俺の事を助けられないようにする。例えば俺の事を父に報告出来ないようにする。主側が悪意を持っているなら、そういう事を命令出来てしまうのがグレイスが肌身離さず身に着けている指輪である。
 正確には、指輪の形をした呪具だ。
 本来は種族的な長所を潰す代わりに短所も無くす為のもの。実質は奴隷契約の際に命令無視や逃亡、反乱を防止する魔法の派生系だが、それを受け入れ制御を他人に預ける事で彼女は人里にいる事や、日常に溶け込む事を許されている。

 ダンピーラ……つまり人と吸血鬼の混血である彼女に、指輪で命令を下せる「主」は、三人。父、それから今は亡き母、最後にキャスリン。それだけだ。バイロンとダリルは許されていない。
 それはそうだ。いくらキャスリンでも自分の子供に手綱を握らせるほど愚かではない。

「……気付いてやれなくて済まなかったな、テオ」
「いいんです。父さんもお忙しいですし」

 努めて無感情に言うと、ぎこちない笑みを向けてきた。

「何か――私にして欲しい事はないのか」
「……どこかで離れて静かに暮らせたらと思いますが。魔法を使える僕と、僕を嫌っている人が同じ屋根の下で暮らしているという綱渡りみたいな現状よりは、その方が父さんも安心でしょう? 使用人だって大半が奥方様の味方ですし。僕の味方に付いてくれるのはグレイスぐらいのもので、正直ここに来てからずっと針の筵なんです」
「……考えておこう」

 ちょっと父さんの胃に穴が空かないか心配だな。でもこの際だ。今まで我儘を言わずに我慢していた分だけ言いたい事を全部言ってしまおう。

「あ、僕の個人的な希望としては行先はタームウィルズなんかが良いですね」
「何故だ?」
「書斎の本などをこっそり読んで独学で魔法を学ぶのも限界だと思っていますので。あの場所でしたらきっと捗ります。そこそこ危ない場所ですし、奥方様やあの二人も賛成するんじゃないかと思いますが」

 父さんは長い長い溜息を吐いた。

「……私は、お前や家族の事を、随分と見誤っていたのだな。テオ……魔法の事もそうだが、お前がこんなに弁が立つとは思わなかったぞ」
「猫被ってたんですよ。僕も、あの人達も。父さんには嫌われたくないですから」

 猫被っていたという部分は、俺に関して言うなら本当は違うけれど。
 魔法だって、書斎の本だけで無詠唱だとか出来るわけがない。前世の記憶が蘇る前は詠唱による初級魔法が精々だった。
 だけどまあ、そういう事にしておこう。子供っていうのは大人から見たら突然グレたり切れたりするものだからな。



 結論から言うと、俺の希望はあっさりと通った。
 境界都市タームウィルズ。もしくは迷宮都市タームウィルズでもいいのだが、俺はあの都市に向かって馬車で移動中だ。
 父には少なくない資金と、向こうでの伝手、道中での護衛を手配して貰っている。あまり世話になりたくないというか、実家との結びつきを強くしたくないから、個人的には手切れ金だと思う事にしている。
 タームウィルズ市内のガートナー伯爵の別邸も……何かの折に実家の家族と顔を突き合わせていたら同じ事なので、使うのを拒否させてもらった。別邸の使い方が云々と突かれるのは目に見えているし。

 あちらにも父の知り合いはいるので、完全に没交渉とはいかないが、まあ束縛するものは少ない方が良い。

 さて。タームウィルズに存在する迷宮は異界に繋がっているとされている。
 月の満ち欠けで繋がる道と構造を変える……生きている迷宮。それがタームウィルズ大迷宮だ。奥深く潜れば異界から漂着した貴重な宝が見つかる事もある。だが最深部については解明されていない。辿り着いた人間は今まで記録に残っていないからだ。

 それはBFOでも同じ事で、深部はアップデートで追加実装されていく形を取っていた。だから俺も当然、あの迷宮の最深部がどうなっているのかを知らない。
 とは言え浅い階層ならそれほど脅威もない。色々実験したり腕を磨いたりするのにはもってこいの場所だと思う。逆に言うなら、その辺で通用しませんでしたなどとなったら、どっちにしろ俺に居場所なんかないという事だ。
 ま、そうなった時はそうなった時で考えもある。ガートナーの家で暮らすよりはマシだ。

 俺がタームウィルズを行先に選んだ理由はいくつかあるが……その一つが魔法を使える子供でも比較的目立たないから、だ。タームウィルズは迷宮がある為に色々な人種が集まってくる場所である。魔術師の弟子なんてのは珍しくもないし、尚武の気風が強いだけに腕が立てば自然と認められる。ま、適当に上手くやるさ。
 父に言った魔法を学べるからというのも嘘ではない。景久(おれ)の覚えた魔法は見事に戦闘目的ばっかりに偏っていて、正直日常生活では使い勝手が悪いから、そういう物も学んでいけたら良いなとは思っている。

「グレイスはこれで良かったのか? 家なんか出て自由になるチャンスだったろ」
「私はテオドール様付きですから。リサ様に拾っていただいた時から、私は生涯リサ様とテオドール様に仕えると決めております。それとも、私めは邪魔でしょうか?」

 と、馬車の向かいの席に座ったグレイスはそんな風に言って俯いた。リサというのは、病死した俺の実母だ。
 グレイスが困っていた所を母が身元を引き受けてくれたのだそうな。そのせいで母に随分な恩義を感じている。
 そんな経緯もあって思い入れが強いグレイスは俺がタームウィルズに行くという話を明らかにした時に、同行を強く希望してきた。

「いや、そういう他意はないよ。頼りにしてる。魔法の事を話せなかったのも悪かったと思ってるよ」
「いいえ。私こそ、あの二人からテオドール様を上手くお守り出来ずに申し訳なく思っています。だというのに、こうしてご同道を許して下さった事、感謝しています」

 上手く、ね。それはグレイスの性質上難しい。誰かを止めるとか、彼女はそういうのに向いていない。オンかオフ。そのどちらかしか彼女にはないのだから。相手が雇い主やその子供となったら尚更だ。
 それでも彼女が俺を直接的に庇おうとしたら、壁役になり続けるしか方法が無かっただろう。そんな物、俺は望まない。

 キャスリン達は専ら俺を甚振る方に意識が向いていたようだから、グレイスに矛先が向かなくて良かったとは思う。俺としても彼女に危害が及ぶのを回避したくて関わらせないようにしていた所があるし。
 いじめられているなどと、姉のように思っている彼女には知られたくないというガキっぽい自尊心からの理由というのも有ったが……なんだかそんな気持ちも随分昔の事に思えるな。
 とは言え、キャスリンはキャスリンでグレイスを怖がっている所があったから杞憂だったかも知れない。

「今度こそお役に立って見せます。グレイスをお傍に置いて下さいませ」

 今や呪具の管理者は俺一人。グレイスに命令を下せるのは俺だけとなった。
 呪具による制限を外せばグレイスは戦いだって出来ると意気込んでいる。俺は実際にその場面を見たわけではないが。とりあえず彼女の武器を聞いておこうか。

「グレイスって武器は何を使うんだ?」
「斧です」

 ……斧?

「斧?」
「はい。こういう代物ですが」

 馬車の座席の下から重そうに引き摺り出してきた包みの中に入っていたのは、ラブリュスと言われる両刃の斧だった。
 刃の部分が分厚くて大きいが柄は短めというアンバランスさだ。
 柄頭の部分から太い鎖が伸びている。近距離では腕力任せでぶん回し、遠距離では鎖を使っての投擲という感じで使う武器だろうか?

 そんな特異な武器が二本もあった。この武器で二刀流をするのだろうか?
 また……ワイルドというか何と言うか。
 見た目楚々とした美少女なのに、制限を外すととんでもない怪力を発揮するのである。だから彼女にはどちらかしかないのだ。
 呪具で縛られていれば見た目相応の少女のような身体機能しか持たないし、解放されていれば吸血鬼と同等の腕力を発揮する。

 迷宮に潜るとか言ったらついて来そうだな……。彼女の腕前はよく解らないし、彼女も俺の魔法の腕を良く知らないから現時点ではどうなるとも言えないが。
 こんな武器を持ってきた辺り、いざとなったら戦う気満々なようではある。

 制限がある中で、今までも間接的には色々庇って貰ったしな。迷宮云々は抜きにしても一人でタームウィルズに向かわせるのは心許ないと思われているのかも知れない。これはグレイスだけじゃなく、父も含めての話だ。

 過保護にされても困るが人の印象と言うのはすぐ変わるものでもないから、今の所は許容しなくてはならない。俺はあからさまに豹変して見せる事でグレました、切れましたと父には思わせてるわけだし。
 今までの評価は、段々塗り替えていけばいいだろう。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ