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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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17 新しい生活を

「……っと」

 目が覚めるとすぐ横にグレイスの寝顔があって、一瞬鼓動が早くなるような感覚を覚えた。
 すぐ昨晩の事を思い出して納得したが、寝覚めに何の心の準備も出来ていない状態で目に飛び込んでくる相手としてはやや刺激が強いというか……グレイスの顔は整い過ぎている感じがする。見慣れてはいるけれど、こんな間近で顔を突き合わせるなんて暫く無かったし。

「――ん、おはようございます。テオドール様」

 こちらの身じろぎで起こしてしまったのか、グレイスが薄く目を開いて微笑んだ。

「……うん。おはよう」


 別に何があったというわけでもないが……少々気恥ずかしいな。
 寝台さえまだ入っていないので主寝室の床に適当に毛布を敷き、その上に別の毛布を掛けて二人で眠ったのだ。

「テオドール様はまだお休みになられていては? お食事の準備が出来ましたら声をおかけしますので」

 そう言ってグレイスは体を起こす。
 窓の外はまだ白み始めたばかりという感じだ。少々早く起き過ぎたらしいが……熟睡出来たのか気分はすっきりしていた。

「手伝うよ。着替えて顔を洗ってくる」



 朝食は旅の道中で買った食材の余りで作った野菜スープに黒パン。この辺は定番と言う感じもするが、食材は悪くなる前にきっちり使い切るべきだ。市場で買ってきたウサギの肉もスープに入っているからグレードもそこそこ上がっている。
 とは言えそれだけでは折角境界都市に到着したというのに味気ない。昨日迷宮に潜る前に買った非常食や食材の中に、ウィスパーマッシュと言われるキノコの魔物があったので、今回はそれをメインに据える事にした。

 ウィスパーマッシュは例によって宵闇の森で採取……というか討伐出来る魔物だ。
 現物は西瓜ほどの大きさの、歩き回るキノコだ。体当たり攻撃は大した事がないが、眠りの魔法を使うから若干注意が必要ではある。それから有毒の亜種にも注意する必要があるが……この辺はカサの色や模様で割と簡単に見分けが付くので問題は無い。

 市場に並んでいたのは既に討伐されてスライスされた代物だが、元が西瓜サイズだけに1枚1枚が大きい。1枚を適当に切り分けて俺とグレイスで食べれば丁度良い感じだろう。

 グレイスが竈でフライパンを熱し、オリーブオイルを薄く延ばしていく。程良く温まった所でキノコとベーコンを投入。フライパンの上で炒られる小気味の良い音が響き渡る。
 そこに塩と香辛料を振っていき、十分に火が通ればそれで完成である。ウィスパーマッシュのソテーだ。
 メインが食卓に並んだところで向かい合っての朝食となった。

「どうでしょうか?」

 ウィスパーマッシュの味はエリンギによく似ている。食感もコリコリしていて風味があり、なかなかに美味である。グレイスも手慣れた物で塩加減も絶妙だ。

「うん。美味しいよ」
「そうですか? ありがとうございます」

 率直な感想を述べるとグレイスは笑みを浮かべた。
 ふむ。サボナツリーの樹液と言いウィスパーマッシュと言い……宵闇の森には早めに到達したいな。色々重宝する物が多いから自分で使っても良いし、需要も多いから安定した収入源にもなるだろう。

「昨日は知らない食材が色々あって、ちょっと迷いました」
「境界都市ならではだね。あれは」

 ウィスパーマッシュもそうだし、フライングシャークのヒレなんてのもあったな。冒険者の動向次第で市場に並ぶ物は変わってくるが、ワーム肉とか一部の代物は勘弁して貰いたい所ではある。

「今日はどうなさるご予定ですか?」
「ギルドで情報を貰ってから買物かな。家具を買い揃えようと思うんだけど……出かけるのはまだ少し早いかな。それまでちょっとの間腹ごなしがてらに庭の草刈りでもしようかと思う」
「解りました」



 という訳で食後の腹ごなしである。
 荒れ放題になった庭の草を端から刈っていくわけだが……これは鎌など使わず魔法で刈る。
 杖を使うと簡単に寿命が尽きてしまうので、素手で魔法を使って行く事になるわけだが……たかが除草作業とは言え、全く危険がないわけではない。

 こう言った手つかずの草むらには、街中であってもイビルウィードと言われる魔物が紛れている事があるからだ。
 蕾や花の部分が口のようになっていて、ご丁寧に歯まで生えている。基本的には大して脅威でもないのだが、手を出されると噛み付いてくるという……自衛手段を持つ雑草だ。
 口から種を遠くまで飛ばして増えるので割とどこにでもおり、その性質上庭師のような職に就いている者にはかなり嫌われている。

 雑草の名を冠されるだけあって基本的には弱いのだが……噛まれるとちょっと痛い。痛いと言うか鬱陶しいで済むか。子供が知らずに手を出し、噛まれて歯型から血を流して泣いて帰ってくる……という程度の魔物だ。まあ、ススキの葉で手を切ったり、棘で指を刺さない程度に注意という所か。

 秋口は噛み付きに加えて種飛ばしという攻撃手段が増えるが、これもそんなに危険度はない。目に入ったりすれば危ないのだろうが、大事な種を攻撃に使うのは連中も不本意なようで、滅多にやらないからだ。
 ちなみにイビルウィードからの剥ぎ取りは期待出来ない。秋頃になると種から多少の魔石成分を抽出も出来るのだが……今は抽出の魔法をかけても雀の涙である。本当、雑草である。

「じゃあ始めようか」
「はい。お怪我をなさらないようお気をつけて」
「グレイスもね。ウィードはいると思うから」
「はい」

 グレイスも呪具から解放状態になって戦闘態勢万全である。陽光の下ではグレイスの再生能力も落ちるから、怪我をしても即回復と言うわけには行かないから、怪我を避けるに越した事はない。
 さてさて。端から刈って行こう。用いる魔法は水魔法第3階級のウォーターカッターだ。掌に纏った水の刃で苦もなく雑草を根こそぎ刈り取って行く。

 グレイスはと言えば、こちらから充分離れた位置で斧を振るって豪快に草を薙ぎ払っていた。
 ちゃんとした鎌があれば良いのだろうとも思うのだけれど……解放されている場合は道具に耐久性がないと端から壊してしまう。封印状態ではグレイスは常人と同レベルなので、結局解放状態で斧を振るっていた方が効率が良いという事になってしまう。
 金属柄の大鎌とか完全に戦闘用になってしまうだろうし、草刈りの為だけにそんなものを購入するのも些か勿体ない気がするな。

「発見しました」
「ギピィッ!」

 案の定イビルウィードは紛れ込んでいたようで、グレイスに首根っこを掴まれ、容赦なく根本から斧で刈り取られて悲鳴を上げていた。
 と、言っている傍からこちらにもウィードを発見。ウォーターカッターで丁寧に刈り取って、風魔法第2階級のサイクロンで他の雑草共々巻き上げて、日当たりの良い場所に積み重ねていく。

 うーん。生活魔法じゃないからか、こういう場面で初級の攻撃用魔法を使って行くのは一々力加減が面倒だな。制御にかなりの力を注いでいるせいか、かえって余計な魔力を消費している感じがする。
 とどのつまりが、肩が凝るのだ。早い所生活魔法を覚えたいものだが。



「すみません、こちらテオドールさんのお宅でしょうか?」

 しばらくそうやって庭の草刈りをしていると、玄関の辺りから庭に声が響いた。
 門の所まで歩いていくと、そこにいたのは昨日のギルドの受付嬢だ。名前は確か……ヘザーと言ったはずである。その後ろにフォレストバード達までいる。

「ええ。ここで間違いありませんよ。ええと、ヘザーさんでしたっけ」
「はい。お忙しい所済みません」
「いえ、ただの草刈りですし」

 と、ヘザーとの受け答えを経て、フォレストバードに視線を移す。

「おはようございます、テオ君」
「おはよう、テオ君」
「うん。おはよう」

 とりあえず彼らには門を開いて庭に入ってもらう事にした。

「まだ家具を揃えていないので家の中が閑散としていてお見苦しいのですが、お茶ぐらいなら出せますよ?」
「いえいえ、お構いなく」

 ヘザーは苦笑した。

「昨日はゴタついてしまって、頼まれた事を忘れてしまっていたものですから。私、休日は散歩するのが日課でしてどうせならと思いまして。こちら、紹介状と住所になります」
「ああ、ご丁寧にどうも」

 住所を書いたメモ書きと書状を受け取る。そうするとヘザーは散歩がてらにフォレストバードの所にも立ち寄って伝言を伝えて来たという感じだろうか? フォレストバード達もそれで同行してきた感じだろうな。
 依頼を受けていない時のフォレストバードにしては早起きなのかもしれない。フィッツなどはやや眠そうにしている。

「昨日は災難だったなあ、お二人さん」
「ほんと。狙われたって聞いて驚いて」
「ああ。それで来てくれた?」
「まあ……そういう事ね。二人とも怪我はしてないみたいで安心したわ」

 モニカが照れくさそうに頬を掻きながら言う。

「二人が怪我とか余程だし、そりゃ無いだろ。待ち伏せも逆に奇襲をかけて潰したんだろ?」
「しばらく冒険者連中の間じゃ噂で持ち切りでしょうねぇ」

 彼らはそんな事を言いながら盛り上がっている。
 まあ……フォレストバードが気の良い奴らというのは解っていた事ではあるけれど。昨日の今日で心配して来てくれる辺り、義理堅い連中だな。
 俺の方こそ、彼らが狙われなくて良かったとは思う。
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