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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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177 行商人ミリアム

「そろそろお時間ですか」

 持っていくものを玄関先に並べているとグレイスが尋ねてきた。

「うん。大体良い頃合いかな」
「お話が纏まると良いですね」

 と、アシュレイ。

「うん。でもまあ、アルバートの紹介だからそんなに面倒なことにはならないと思う。他に予定もないし、遅くても夕飯までには帰るよ」
「分かりました。今日は私達もゆっくり家で過ごすことにします」
「最近、私も刺繍をしているの。グレイスから新しい縫い方を教えてもらう予定なのよ」

 クラウディアが言う。マルレーンも一緒に参加するのだろう。楽しそうに笑みを向け合っている。

「私とシーラは楽器の練習かな。シリルちゃんがバグパイプが上手いから、一緒に演奏してみようと思っているの」
「……バグパイプか。ケンタウロスだと絵になりそうだな」

 シリル嬢はケンタウロスの女の子だ。娯楽室で熱心にイルムヒルト達の演奏に耳を傾けていたようだったから、興味があるのかと思っていたが、イルムヒルトが元々迷宮村の住人であったこともあって、すぐ打ち解けて輪に入っているらしい。

「シーラは楽器を探してたんだよね。決まったの?」

 シーラもイルムヒルトと一緒に演奏をしたいと思っていたらしく、自分にあった楽器を探しているそうだ。

「ん。太鼓にしてみた」

 なるほど。確かに、彼女は器用だから慣れてしまえばすぐに上達するだろうな。打楽器が入ると楽曲の幅も広がるだろう。
 折角だしドラムセット一式を作ってみるのも面白いかも知れない。多分、シーラなら対応すると思う。

「シーラの上達、早いのよ」
「すごく正確なんだよね」

 イルムヒルトの肩に乗ったセラフィナが言う。セラフィナも今日は演奏練習を聞きながら過ごすのかも知れない。

「テオドールと会う前は生活に余裕がなかったから、あまりこういうのは考えられなかった。感謝してる」
「ん」

 そんな風にシーラから面と向かって礼を言われて、軽く頬を掻いた。

「私は指導を進めていきます。最初が肝心かと思いますので」

 セシリアは使用人の指導か。迷宮村の住人は自給自足で生活してきたので、炊事、洗濯、掃除といった家事面についてはほとんど問題がない。だからそれほど手が掛からないそうだ。そういう意味ではグレイスの時と似ているという感想をミハエラが漏らしていた。

 ミハエラ共々、迷宮村の住人に護身術の訓練も多少行っていくつもりらしい。今後街中に出た際、トラブルがあっても身を守れるようにだそうな。確かに必要なことなのでそのまま進めてもらおう。

 玄関先に用意したビリヤード台やらダーツボードやらをレビテーションで馬車に運び込む。
 警報装置に炭酸飲料作成機、かき氷機などはアルフレッドが用意して持ってくる手筈になっている。

「――さて。それじゃあちょっと出かけてくる」
「はい。いってらっしゃいませ」

 みんなに見送られて馬車に乗り込む。ゴーレムの御者に馬車を走らせて向かう先は北区だ。



 アルフレッドと待ち合わせる場所は、商工ギルド集会所の一室である。
 集会所は石造りのがっしりとした印象の建物である。集会所の前に馬車を停めて、必要な荷物をレビテーションで浮かせて集会所内部に運び込む。見覚えのある馬車が停まっていたから、アルフレッドはもう来ているのだろう。

 ここは何かあると職人の親方達や商人連中が集まって、話し合いの機会を持ったりする場なのだそうな。

「今日、ここで打ち合わせをすることになっているテオドール=ガートナーと申しますが」
「はい。お話は伺っております」

 初老の男性が頷く。受付ではなく、集会所の管理人ということらしい。
 打ち合わせの部屋まで案内してくれるそうなので、持ってきた品をレビテーションで浮かせると、やや驚いたような顔をされた。

「ああ。テオ君、来たか」

 部屋に通されると、アルフレッドが笑みを浮かべた。身辺警護であるタルコットも一緒だ。それから初対面の人物が1人。多分、彼女がアルフレッドの知り合いだろう。
 眼帯の女性だ。商人というより、冒険者と言ったほうがしっくりくる風情であった。

「お初にお目にかかります大使様。私はミリアムと申します」
「初めまして。テオドール=ガートナーです。今日はよろしくお願いします」

 と自己紹介を済ませて握手を交わす。どうやら俺が最後だったようである。

「んー。遅刻した?」
「いや、約束の刻限にはまだ少し早いよ。ミリアムさんも早く来たらしくてね」

 ……なるほど。まあ、スムーズに話が進められるようで何よりである。

「ミリアムさんは行商人で……いずれはタームウィルズに拠点を構えたいと希望していたんだ。丁度タームウィルズに戻って来てる時期で良かったよ。でなかったら話が暫く先になっていたと思う。旅の途中で、魔物に襲われて怪我をしていたビオラを拾って、タームウィルズの知り合いである鍛冶師の親方に預けたのもミリアムさん。僕が腕のいい職人を探している時に知己を得てね」

 ああ。ビオラの繋がりでの知り合いだったのか。顔も広そうだし、冒険者達への理解もありそうだ。冒険者ギルドとも繋がりがありそうだし……。
 アルフレッドが俺に紹介する理由も分かるな。

「行商で纏まった資金も集まって来ましたから、私もそろそろ自分の店を構えたいと思っていました。何時までも冒険者達と一緒に、魔物や盗賊の撃退をしながら行商というのも、命が幾つあっても足りませんので。生活自体は楽しいのですがね」

 などとミリアムは冗談交じりに言うが――冒険者に近いという印象は多分間違ってはいないだろう。握手をした時の手の感触もそうだし、身のこなしもそう。恐らく、武術の心得がある。
 冒険者と仲が良いということで……友好的な魔物に対しての理解もある程度深いだろう。

「そうでしたか。では、早速作った物を見ていただきたく思います」

 こちらとしては作った物を流通に乗せるため販売、営業、会計などを引き受けてくれる、信用のおける人物が欲しい。
 ビオラの繋がりや、彼女を助けてその後の面倒まで見たという点を考えれば、確かにその点については問題ないだろう。
 まあ、他にも俺の作るものを理解してくれるか、俺の目的に合致した考え方をしているかなど、色々あるが。さて。持ち込んだ物を見てもらうと同時に、試遊してもらって交流する感じで行くか。



「これはここに氷の塊を入れて、取っ手を回すと……こうなるわけです」

 と、かき氷機を動かして、器に盛ったかき氷にシロップをかけてミリアムに渡す。

「……ありがとうございます」

 ミリアムはスプーンでかき氷を口に運ぶ。随分真剣な表情だ。
 感触はどんなものだろうか。カード、ダーツ、ビリヤードと少し触れる程度に遊んで、それから警報装置、食品関連とプレゼンを進めてみた。最初の内は感心していたミリアムであったが段々と口数が少なく、表情が真剣になっていったのだ。

「これらを……大使様が作ったと仰いましたか」
「魔道具に関しては、アルフレッドとビオラが形にしてくれましたが」

 何やら考え込むような表情を見せていたが、突然、ミリアムが顔を上げる。

「凄い……。これは凄いですよ! 私も大概、色々な場所に行って様々な物を扱ってきましたが、こんな新しい品々を一度に見せられたのは初めてです! ましてや、大使様が作ったと!」

 そう言って、やおら迫ってくる。

「こ、これを私に扱わせていただけるのでしょうかっ?」
「え、ええ。僕としても価値を分かってもらえる方にと思っていますが……」
「ぜ、是非お願いしたく。全身全霊を傾けて事に当たらせていただきたいと思います!」

 あー……。問題は無いようだ。ミリアムは子供のように目を輝かせている。
 商人の類は腹の探り合いになるかと予想していたのだが、若干考えていたのと違う人種ではあるようだし。クールな第一印象だったが、意外に子供っぽい面もあるようで。

「落ち着いてください、ミリアムさん」
「っと……失礼しました」

 そこでアルフレッドからの制止が入り、ミリアムは俺の手を離しておずおずと椅子に座る。醜態を晒したと思っているのか、やや小さくなっている。

「どうかな、テオ君としては?」

 と、アルフレッドから水を向けられて苦笑した。

「うん。ミリアムさんさえ良ければお願いしたいと思う」
「本当ですか!?」
「はい。細かな話はこれから詰めていきましょう。よろしくお願いします」
「ありがとうございます……!」

 再び握手を交わす。

「話が纏まって良かったよ」

 アルフレッドが笑みを浮かべる。

「いやあ、アルフレッドの紹介だし纏まるとは思ってたけど。でももう1つ隠し玉を用意してきたんだけど、見せる前に話が決まっちゃったか」
「……何を作って来たんだい?」
「いや、これから作る」

 と、手荷物の中から砂糖の入った袋を取り出す。実演してやった方がインパクトがあるだろうし。

「砂糖……ですか?」
「ええ。これを、こうして……」

 首を傾げるミリアムに頷く。火魔法で熱し、溶かしてから風魔法で巻き上げ、糸状にして木の棒に巻き付けていく。
 溶かされ、糸のように伸ばされた砂糖が棒に巻き付いていき――綿あめの完成だ。
 原理自体は単純だし、魔道具化するのも容易ではないかと思うのだ。まあ、素材や形など、工夫するところは幾つかあるかも知れないが。

「とまあ、このように、砂糖を綿のようにして食べられるというわけです。着色すれば見た目にも変化を付けられるかと」

 一同に見せると、みんなして目を丸くしていた。

「これは……」

 恐る恐ると言った様子でミリアムは俺から綿あめを受け取る。
 少し千切って口に運ぶ。こくこくと頷き、目を見開きながら口元が笑みの形になる。中々良い反応だ。

「工房に帰ったら魔道具化の方法を考えないとね」

 と、アルフレッドが苦笑した。
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