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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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159 迷宮に踊る

 風呂に入ってから主寝室へ向かうと、グレイス達はカードで遊んでいた。
 お風呂上がりのみんなが寝間着姿で盛り上がっている様は……何というかお泊り会という風情である。
 家の中にある以上、玩具であるカードも家具扱いなのか、セラフィナがカードに触れずに浮かばせてゲームに参加している様は、なかなか見ていて面白い。

 ああ。クラウディアはアシュレイの寝間着を借りたのか。ますますそれっぽい雰囲気だな。
 まあお泊り会というか……クラウディアも今日からこっちに寝泊まりするわけだが。
 あの後……劇場の後片付けなどに行っている間、クラウディアは一度迷宮村に戻って、俺と婚約したことを報告してきたらしい。
 今後村の住人達と関わることも多くなると思うので、俺も今度迷宮に行く際、挨拶に行くことにしよう。

「ああ、テオドール。戻って来たのね」
「うん。出てきた」

 流石にこの人数だと風呂も手狭だからな。最近は普通に順番に風呂に入るようになっているところもある。

「テオドール様も、参加なさいますか?」
「あー。調べ物があるんだ。みんなが盛り上がっているのを見てるのも楽しいから、続けていていいよ」
「そうなんですか? ふふ」

 見ていても楽しいと言う、その返答が面白かったらしく、アシュレイは小さく笑う。
 人数が多すぎてもゲーム性に影響が出るところもあるし、カードに関しては経験値が違い過ぎるからな。俺が加わるのはみんながもう少しセオリーを掴んでからが良いだろう。

 それに、母さんの手帳の暗号解読ももっと進めていかないと。クラウディアを解放すると豪語した手前、できませんでしたでは格好がつかないしな。
 椅子の配置を皆が見える場所に移して、そのまま作業である。

「……何だか、申し訳ないわ」

 しばらくそうやって作業していると、クラウディアが俺に言う。

「ん。何が?」
「折角地下室を改装してもらったのに。あまり使わなくなってしまうのが勿体ない気がして」
「そうだなぁ」

 何か使い道を考えるか。家具の類は移し替えれば良いとしても、元々異界大使としてクラウディアを迎えるために作ったものだしな。

「村の住人に来てもらった時に使うというのはどうでしょう」
「それは……良いかも知れないわね」

 グレイスの言葉に、クラウディアは静かに笑みを浮かべる。寝台の上にちょこんと座ってカードを手に持っているクラウディアだが……いつものドレス姿ではないからか、印象が結構違うな。

 っと。思考が逸れた。村の住人に使ってもらえるようにするのはいいが、住人を招待するとなると一室ではちょっとな。地下室を拡張するとしても限度があるし。
 そう言えば隣の家は、空家だったか。
 ……買うか。今の家と塀を繋げて地下を広げて……それから連絡通路を作ってだな。うん。それなら行けそうだ。



寝間着姿のみんながカードゲームに興じるという光景で目の保養をしつつ、改築の構想を練ったり解読作業を続けたりしていると、マルレーンがやや眠たげに目蓋を擦った。

「んー。そろそろ寝ようか」

 と言うと、みんなが頷く。
 ここのところ生活が不規則になっていたからな。劇場の方も落ち着いたし、生活リズムは戻していこう。

「じゃあ、私はお仕事するー」

 セラフィナは家妖精の本領発揮とばかりに、嬉しそうに部屋から出て行った。みんなが寝静まった頃に家の中の掃除をするのが生きがいというような部分があるらしいのだ。

 寝台の方へ移動して、身体を横たえる。
 クラウディアは小さく咳払いすると、頬を赤くして身を小さくした。
 郷に入りては郷に従えではないが、クラウディアもローテーションに組み込まれたようで……女神だ月の民だと言わず、みんなと同じようにというのが本人の希望らしい。

 初日ということで少し順番を変わり、今日はアシュレイとクラウディアが俺の両隣に来る形。マルレーンはグレイスの隣。横たわって微笑み合う彼女達はなんというか、少しだけ歳の離れた、仲の良い姉妹と言った風情だ。アシュレイと手を繋ぎ循環錬気を行う。 

「……循環錬気で魔力の補強をしたらクラウディア様の魔力にも余裕ができるでしょうか?」

 アシュレイが小首を傾げて言う。

「ん……。試してみる?」
「そ、そうね」

 首を巡らしてクラウディアに問うと、僅かに逡巡したようだったが小さく頷いた。クラウディアの手も取り、同時に循環錬気をしていく。
 何というか……初めて見る魔力のパターンだな。非常に良質の魔力で、相性も良い気がする。循環錬気の効果が大きそうだ。

「暖かいのね……」

 クラウディアは目を閉じて大きく息を吐いた。
 そのままゆっくりと循環錬気の心地よさに身を任せながら、呼吸を深いものにしていく。

「明日からは……どうなさいますか?」

 明かりを落とした主寝室に、グレイスの静かな声が聞こえる。
 眠る前に目を閉じて相談する。穏やかな時間。

「……炎熱城砦に挑むための準備かな」

 統率されたリビングアーマーだ、マグマだと、物騒な場所だ。きっちりと対策装備を整えて行きたい。

「循環錬気の効果が出たら、私の転移ももう少し気軽に使えるかも知れないわ」

 なるほど。それなら迷宮のあちこちに素材を取りに行くということが可能だな。

「ん。頼りにしてる」
「ええ。私も、私にできることを、頑張るから……」

 そのままゆっくりと。誰からともなく眠りに落ちていった。



「敢えて何も言わないから実戦形式で進んで行こう。危険があったら援護に回る」
「了解」
「分かったわ」

 ――明くる日の目覚めは実に快調であった。
 俺達は迷宮の一角、砂塵回廊へと向かう。ここにはファイアーラットという、高い火炎耐性を持つ鼠の魔物がいるのだ。お目当てはその毛皮である。パーティー全員分揃えるので、乱獲するつもりでいる。
 迷宮のシステム上、魔物と戦えばクラウディアの負の感情の処理にも結び付くだろうしな。迷宮側と本人。両方から彼女を援護する形だ。

 さて。ここは流砂の迷路とでも言えば良いのか。通路部分を砂が流れていて動きが制限される。部屋にも流砂トラップがあったりして、気が付くと嵌って動けなくなったところに集中攻撃を食らったりする。空を飛んでいれば砂は関係ないと油断していると、砂で目潰しされたりと色々あるわけだ。

 結論から言うと、循環錬気の恩恵はあった。移動を賄うだけの魔力が補強できたので、早速本来まだ到達し得ない区画に足を運んだというわけである。帰りは普通に転界石で帰るということにしておけば魔力の節約にも繋がるだろう。

「何か来る」

 シーラとイルムヒルトが反応する。立ち並ぶ柱を縫うように、薄暗い迷宮の奥から砂の中を滑ってくるものがあった。

「鮫……?」

 流砂の中を進んでくるのは鮫の背鰭だ。砂を泳ぐ獰猛な鮫。油断していると足に食いつかれるので、ヒレを見逃さずに警戒する必要がある。図体は決して小さくないのに、気が付くと接近されていたなんてことがあるので注意が必要だ。
 とは言えそれだけではないのだが……俺は何も言うまい。何時でも対処できるように構えておくだけだ。

「ここは私が」

 イルムヒルトが弓に矢を番える。砂の下にある全容が見えないのに前衛役に突っかけさせたりはせず、まずは遠距離武器で、ということだろう。

 イルムヒルトの動きに合わせるようにマルレーンのソーサーが動く。
 矢を放つ。同時に高速回転するソーサーが直線的な軌道で飛んでいく。
 鮫は動いて矢とソーサーの軌道上から身をかわす。が、無駄な話。イルムヒルトは同時に2本の矢を放っている。
 偏差射撃。鮫の行く手を阻むように飛んでいった矢が、砂中の鮫に突き刺さる。回避する方向は、2本目の矢の方にしかない。マルレーンが退路を塞いでいたから。

 また、足元からの攻撃も既に防衛策が取られている。アシュレイが水魔法を足元に展開。それをラヴィーネが凍らせて、即席の防御陣地を作り出す。

 奇襲が完全に失敗したことを悟ったのか、左目に矢を食らった鮫が飛び出す。空中で身をくねらせると、落下せずにそのまま最短距離を弾丸のように突き進んできた。
 フライングシャーク。砂中を進み、空を飛んで獲物に襲い掛かる、砂漠に生息する魔物だ。

 それを横合いから薙ぎ払ったのは、大きく弧を描くように動かしていた2枚目のソーサーであった。真っ直ぐに進んできた鮫に直撃。大きく吹き飛ばす。

「行きます」

 敵の特性を見て取ったグレイスが続く鮫の群れへと突っ込む。ぴったりとその背に重なるようにシーラも続いた。

「上から」
「下を取る」

 必要最低限の短い会話。空中を突き進むグレイスに合わせるように鮫達が飛び上がる。
 腕を交差。大顎を開けて迫ってきた鮫の攻撃を片方の斧で受けると、もう片方の斧で同時に掻っ捌く。グレイスの足元から滑り込むようにシーラが飛び出した。上方へと視線も向けずにダガーを投擲しながら、上に気を取られていた鮫達の腹をすれ違いざまに薙ぎ払っていく。

「あいつら偽の音で騙されない」

 セラフィナが言う。

「砂の外は嗅覚か温度で判断しているのね。視力はどうなのかしら」

 そんな言葉をかわすや否や、ラヴィーネが突っ込む。身体の周囲に弱い冷気を纏っている。完全に外気とほぼ同じ温度なのだろう。一瞬遅れて、ラヴィーネの周囲が暗黒に包まれた。マルレーンの使役する闇の精霊シェイドの力だ。
 あれではラヴィーネも見えないが、アシュレイの五感リンクによる視覚情報を優れた嗅覚で補い、迷うことなく鮫に躍り掛かった。鮫の喉元に齧り付こうとしたその一撃が、空を切る。察知できるなら避けられる。察知していないなら食らう。その程度に加減された動き。ともあれ結論は出た。

「嗅覚」

 ラヴィーネのいる闇の中から氷の散弾が至近でぶっ放される。それを――鮫達はロクに避けることができなかった。手傷を負って動きの鈍った鮫を、物凄い勢いで掃討して行く。

「まず性質を把握し、感知系を潰したら圧殺。……呆れるくらい優秀ね……」

 その一部始終を見ていたクラウディアが呟くように言う。

「最近はゴーレムの形状を変えて、それぞれに弱点があるからそれを探しながら戦うっていう課題で訓練してるからね」

 本当にゴーレムの弱点が変わっているわけではないが、設定された弱点を食らうと大きくよろけたり、今のように設定された探知系の穴を突かれると、ただ腕を振り回すだけになったり、攻撃を避けられなくなったりと……色々細かく挙動を変えているのだ。

 ふむ……。劇場でゴーレムにダンスさせるなんていうのはどうだろうか。見た目を無骨なゴーレムじゃなく、女性型にしてだな。……うん。案外行けるかもしれない。

「さて。みんな攻略法を見つけたみたいだし、俺も少し暴れて来ようかな」

 衝撃打法も実戦で使わないとなまるからな。手足に杖。どこからでも放てるように修練していかないと。
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