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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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158 女神解放のために

「質問がある」

 クラウディアが落ち着くのを待って、尋ねる。

「ええ」
「クラウディア自身は、叶うなら迷宮から解放されたいと思っている?」

 クラウディアは一瞬固まったが、静かに首を横に振った。

「私は今の状況を自ら望んだから。ここに暮らす人達の支えになるのなら、このままでも構わないと思っているわ。勘違いしないで欲しいのだけど、私がこのことを話したのは――村の住人に深く関わった時、この辺りの事情を隠してはおけない理由があるからよ」

 ……そうか。単純な解放で済むという話でもないようだ。クラウディアが望むのは村の住人の安全な暮らしと魔物の制御であるが、それはそれとして迷宮の核であることを自分の務めとして受け入れている部分がある。

 仮に迷宮の維持にクラウディアが不可欠であるなら、解放されることで生じる混乱も望んでいないという事になるか。ヴェルドガル王国やギルドや……色々な影響も出るだろうからな。考えなしにとはいかない。
 だからそれはクラウディアの本心ではあるだろう。けれど、一瞬固まったあの間だって、クラウディアの葛藤の表れでもある。となれば、説得するだけだ。

「その理由っていうのは?」
「迷宮の村には嘘が分かる者がいる。私が情報を伏せて迷宮から彼らを出す方向で動いたら、あの子達は私が1人にならないようにと気を回して、あなた達に色々知っていることを話すかも知れない」

 まあ……それで情報を伏せて俺達に不信感を持たれるよりはというところか。ただでさえクラウディアは正体不明なところがあったしな。
 それにしても嘘が分かる魔物ね。魔法審問のような感じだが、パッシブな能力だとすると村を出た時に色々大変そうだし、その時はグレイスの指輪と同じ物を作ってやるのが良さそうだ。

「分かった。だけどラストガーディアンの機能停止と、魔物の発生の不具合修正についてはやらなきゃならないんじゃないのか?」
「それは……」

 クラウディアの悩みの大部分はそこに起因する。魔物が発生するのはいい。訓練は訓練として、死の危険無しに物資を調達できるのなら、こんなに良いものもないだろうし。
 元々迷宮は人間にとって都合の良いものだった。なら、それをもっと都合よく作り変えてやろうという、ただそれだけの話だ。俺がいつもやっていることと、何も変わらない。

「その上で、クラウディアが納得行く形での解放を目指す」
「どう、やって?」
「術式を改竄し返す」

 と言うと、クラウディアは呆気にとられたような表情を浮かべた。
 そう。修正じゃなくて、改竄だ。都合のいいように書き換える。魔物は訓練区画にのみ出没。命までは取らないように。

 そもそも、クラウディア1人が境界都市を支えるなんて形は彼女に甘え過ぎだ。ここに住む住人全員に、薄く広く負の感情を負担させるだとか……そんな風に術式を組み直したり、考えとしては色々あるが……。

「勝算がないわけじゃないだろ? 神の奇跡って言われたらお手上げだけどさ、そうじゃなさそうだし」
「……女神の祝福と言われているものなら、月の民の王族特性ね。私はその力が特に強かったから、再生を担う役割として打ってつけだったのよ。……女神として奉られてから、その力が強くなっている気はするけど」

 どこか疲れたようにクラウディアは言う。女神の祝福は、別に迷宮のシステムによるものではないということか。
 信仰……或いは忠誠かな? そういったものに対して加護を与えるのがシュアストラス家の持つ力なのだろう。

 グレイス達の言葉ではないが、神格化されてしまうのも分かる気がする。王族特性もあるし、月から来たその神秘性もある。だけど俺が一番それに納得する部分は、その生き方や考え方だ。
 気の遠くなるような長い歳月を、その身を犠牲にしてタームウィルズを見守ってきたというのなら……それをして神と表現するべきなのだろう。そうやって彼女の善性を認めながらも、俺は言う。

「俺達に危険な橋を渡らせる程の義理はない。言いたいことは分かる。でも、クラウディアは女神じゃなくて王族なんだろ? 実現できそうな環境があるなら、何でも利用ぐらいしないとな」

 俺の言葉に呆気にとられていたクラウディアは、一拍の間を置いてから、とうとう笑い出した。

「ふ、ふふ、あはっ、あはははっ、い、いえ、ごめんなさい。無茶なことばかり言うものだから……」
「まあ、多少は無理を言っている自覚ぐらいはある」
「……やっぱり、あなたは面白いわ。王族として、か。そうね。確かにそうだわ」

 どこか吹っ切れたようにクラウディアは言った。説得できた……かな?

 これはクラウディア側の問題解決であると同時に、迷宮村の問題を解決する方法でもあるのだ。
 ラストガーディアンを潰して術式を改竄してしまえば、村の住人達も感情を抑える必要がない。迷宮の外に出られるようにという話は並行して進めるが、そうなればヴェルドガル王国の政情如何に関わらず、迷宮の村が保険として使えるわけである。

 勝算がないとは思わない。術式の修正や改竄ができないなら、そもそもクラウディアがラストガーディアンを突破しようと挑む必要がないのだし。

「いいわ。分かった。それがあなたになら可能だとしましょう。それでも1つ問題があるの」
「と言うと?」
「そちらの問題の解決策はあるわ。だけど……その為には幾つか条件があって。少しだけ、グレイス達と話をさせてもらえるかしら?」
「分かった」



 ――ということなので席を外して、主寝室で待つことにした。
 それなりに長い時間話をしているようだが……何だろうか。
 と、グレイスが寝室に俺を呼びに来る。

「何だったの?」
「それはクラウディア様の口からですね」

 グレイスは静かに笑う。
 居間に戻るとクラウディアが言った。

「問題というのはね、私が解放された後の迷宮についてよ。魔物を生み出す機構を維持したとしても、私がいなくなった場合、迷宮の方向性を決定づけるものがないから……」

 なるほど……。舵取りする者がいないと、どうなるか解らないと。
 後は野となれ山となれというわけにはいかないんだろう。クラウディアとしては。

「ただ、解放された後も問題なく迷宮を維持する方法はあるの。当時の人間達を率いた者の子孫――ヴェルドガル王家とも私は契約を結んでいるけれど……それと似た契約魔法で……ええと」

 クラウディアは何やら言い淀むが……なるほど。迷宮の魔物の攻撃性は元をただせばクラウディアの精神を平常に維持するためのシステムだ。彼女が役割を降りた後のこともきちんと考えてあるらしい。

「そんな物があるなら、それをすればいいんじゃないか?」
「だから……条件があると言ったわ。この契約魔法は1つの血族を子々孫々縛るもの。その血族が絶えない限りは契約魔法の誓いにより――迷宮の方向性も固定されたまま不変になる」

 その代わり、状況に合わせた柔軟性のようなものは少なくなるのだとクラウディアは言った。まあ、世界の再生中なら色々状況に合わせる必要があったのだろうが、今となっては周囲の人間が迷宮に合わせているわけだしな。

「その条件っていうのは?」

 クラウディアは目を閉じて……たっぷり数秒の時間を取った後で言う。

「……結婚」

 顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。
 えーっと……。

「……私が長い役割から降りる時には、私のことを知る者は誰もいなくなっている。その時、せめて王家や政略なんて関係ない、心から信頼の寄せられる者を見つけて伴侶にしなさいと……私を送り出した父はそう言ったわ。それが私の最後の務め」

 クラウディアはまだ幾分か顔を赤くしていたが、俺を真っ直ぐに見てくる。

「ラストガーディアンと戦ってもらうには義理が無い。けれど、王族であるなら何でも利用すべき。その言葉はどちらも正しいと思うわ。だから義理は作る。申し出の通り、利用もさせてもらうけれど――命を賭けてもらうなら、私も私の全てを差し出しても、まだ釣り合わないと思う」
「……いや、釣り合わないなんてことはないけど、だからってそれは……」

 グレイス達と視線が合う。彼女達は――真剣な面持ちで頷いた。
 ラストガーディアンを倒す展望がある相手なのかとか、それに付随する義理はどうなのかとか、色々考えると俺以外にいない……ということになってしまうのだろうか?

「私だって――相手があなたでなければ、こんなこと言わないわ。それにその契約を行うには深奥の間に向かう必要があって、そこも申し訳ないのだけれど……」
「……分かった。でもさ。グレイス達にも言ってるんだけど。俺が相手として相応しくないと思ったら、そんな約束は反故にして構わないからな」
「王族が口にしたことを翻すとでも?」

 クラウディアはすっきりとした顔で笑っている。
 ……何はともあれ、ラストガーディアンの撃破か。

「他に質問はあるかしら?」
「えっーと。ああ、そう言えば月神殿の偉い人に、女神シュアスは妙齢の女性って聞いたんだけど」

 尋ねると、クラウディアは微妙に視線を逸らした。

「……私を見られてもそれと分からないようにというのはあるわ。後は……こんな子供が女神の正体だなんて知られたら、がっかりさせてしまうでしょう?」

 なるほど……。自分が女神と言われるのは不本意であっても、誰かの心の支えになるならイメージも大事にすると。
 多分ペネロープあたりは喜ぶと思うけど……。うん。頭が下がるな。
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