挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
16/1122

14 地図の用途

「申し訳ありません、テオドール様。ご不快にさせてしまったでしょうか?」
「――え」

 振り返ればグレイスが少し困ったような表情を浮かべていた。
 言われて自分の顔に手を当てる。駄目だな、表情に出てたか。
 そりゃ相当酷い顔をしてたんだろうな。もう少し――冷静になろう。グレイスを不安にさせたいわけじゃないんだ。

「いや……グレイスに怒ったわけじゃない。でも壁役になるとか、そんな心配しなくても良いんだ。今回は俺に考えがあるから」
「解りました」

 グレイスは目を閉じて頭を下げた。……壁役、か。
 母の時に何も出来なかったから。それで自分が許せないのはきっとグレイスだって同じで。
 だから自分に出来る事で俺を守ろうとしてくれているんだろうな。
 グレイスは自分が怪我をしてもすぐ治るからと思っているから、一時的な痛みなど埒の外なんだと思うし。

 だから俺がグレイスの立場でもきっと壁役を買って出る。感情的なものを抜きにすれば彼女の提案はきっと正しい。
 彼女から俺を見れば。いきなり戦えるようになって戦いの場に出るようになったんだから、戸惑って当然だろうとも思うが。

 キラーアントの時は――グレイスが前に出て戦うと言ってもこんな気分にならなかったのにな。
 オスロや今回の連中と蟻達と……その何が違うのかと言えば、キラーアントは本能や習性に従っているだけだからだろう。逆に、計算づくの悪意を向けられるというのは……どうにも容赦出来ない。
 うん。頭では解ったし冷静にはなってきた。感情が追いついてこないけどな。
 排除する事に躊躇はしないが、人間相手というのはしがらみが多いから一々面倒だし鬱陶しくて仕方がない。どうして放っておいてくれないんだか。

「ねえ、テオドール君? 考えと言ったけれど――あなたはあの連中を最初から警戒していたわよね?」
「ええ、まあ」
「自信がありそうなのに堅実に地図を買ったのがちょっと納得いかなかったんだけど……まさか理由はそれ?」
「それもあります」

 何事も無ければそれはそれでいい。地図を見て堅実な迷宮攻略が出来る所をロゼッタに見せられるし。
 もしもあの冒険者達が不審な行動をした場合、地図を見れば待ち伏せ(アンブッシュ)に適した場所を自ずと絞れる。

「連中が待ち伏せしそうな所はこことここ。それからここです」

 ライトボールを手元に戻し、地図を指差してロゼッタに示していくと、彼女の表情が段々と曇っていくのが解った。

「本命は地下3階。階段と石碑のある方向へ続くこの通路と垂直にぶつかっている、こちらの長い通路でしょう。ここが一番怪しいです。弓で射線を取れますし、通路の先と背後の小部屋に人を待機させておけば、逃げようとした所に挟撃が出来る」

 と、T字路を指差して説明した所でロゼッタが何故だか拗ねたような表情をする。

「基本どころじゃないじゃないの。誰よ、そんな事あなたに教えたのは」
「基本に忠実だとか言ったのは僕じゃありませんし、拗ねられても困るんですが」

 迷宮の構造からPKに適した場所を見て警戒しておく程度の事だ。
 今まで景久が遊びとして普通にやってきた事を普通にするだけ。ノウハウもセオリーもあるのだから何も難しい事は無い。

「はぁ……もう。隙あらばカッコよく助けて保護者ぶろうと思ってたのに。強盗冒険者は出そうだし二人は優秀だしで、色々当てが外れたわ」
「……そんな事考えてたんですか?」
「考えてたのよ。……それで?」

 と、不満げに唇を尖らせるロゼッタ。子供か。

「それでと言いますと?」
「テオドール君としては、その待ち伏せ。どうするつもりなのかしら?」
「ええと。かなり遠回りになりますが、この辺から迂回して進めば……ほら。射手の背後を取れるかと。連中、僕が地図を手に持ってるのを広場の所でしっかり見てましたから。新人である事と合わせて考えれば、僕達が最短ルートを通るものと思い込んでいるでしょう」

 見ていたと言うか、見せておいたんだけどな。
 新人であるから狙うというなら、新人がセオリー通りに動く事を疑いもしないだろうし。安直に仕掛けると手酷い目に遭うという所は、しっかりと教育してやろうじゃないか。

「という訳で、もしここに射手がいたら待ち伏せに十中八九間違いないと言う事で、有無を言わせず先制攻撃します」
「……何だか彼らが気の毒になってきたわね」

 ロゼッタはかぶりを振ると、溜息を吐いた。

「はぁ。もう良いわ。実力を見るとか見ないっていう段階でも状況でもないし。私も動くわよ。強盗を兼業してる冒険者なんて、見逃したら怒られる立場だもの」

 と言いつつ、何の武器も出そうとしないロゼッタに首を傾げていると、彼女は言った。

「私の武器は格闘術と治癒魔法全般。それから――その裏(・・・)の魔法。心配はいらないわ」

 治癒魔法の裏とか……。また随分えげつない手札を持っているな。格闘術も生命体の構造を把握しているからのチョイスだろうが。
 彼女の事は心配いらなさそうだし……迷宮攻略の続きを始めよう。とりあえずは今倒したゴブリンの処理からだ。

「アブストラクション」

 転がったゴブリン達の死体に向かって手を翳し、第6階級闇魔法を発動させる。
 ゴブリンの身体から赤い靄が立ち昇り、こちらの掌中に集まって来た。靄は固まって、米粒程の大きさの赤い結晶となった。
 魔石の成分を抜き取られたゴブリンの死体はと言えば、迷宮の床に溶けるように消えて行った。まあ……見慣れた光景だな。

「……魔石抽出の魔法まで使えるのね」
「ええ。でもゴブリン相手では全然採算が合わない気がします」

 それでもこの魔法を使ったのは確認の意味合いが強い。この辺の挙動が現実化してどうなっているかを実験して確かめておきたかったのだ。外と違って、迷宮では死体の処理が必要ないのはこの辺にある。
魔物が死体になると魔石の成分は自然に分離していくが、タームウィルズの大迷宮はそうなった魔物の死体を吸収してしまう。

 つまり抽出すると素材の剥ぎ取りも出来なくなるのだが……普通のゴブリンは元々素材にもならない。
 かといって大量にまとめてこの魔法をかけないと抽出する甲斐もあまりないという……かなり旨味のない相手だったりする。
 特に大迷宮のゴブリン達は外部に出て行かないので、家畜や農作物に被害を出すと言う事も無くギルドの討伐対象でさえない。他所とはちょっと立ち位置が違うのだ。
 なのでこの辺でもたついていても採算が取れない。道端に落ちている転界石を回収しつつ先に進む事にしよう。



 棍棒で殴り掛かって来たコボルトに、ロゼッタは身体ごと飛び込んでいった。振り下ろされるその一撃を易々と受け流すと円を描くように引き倒し、床に転がった所を延髄を踏み抜いて始末する。
 彼女の一連の動きには淀みが無い。流れる水のような流麗な武技だ。お陰で流血も少なく、グレイスはあまり血に酔わずに済んでいるし、俺の杖も健在である。杖術だけで済ませる事が出来ているからだ。

「で、その迂回路というのはこっち?」

 左手に続く道を示してロゼッタが聞いて来る。

「ええ。そうです。その地点が近付いたら明かりを消しますので」

 俺達は散発的に現れる魔物を撃破しつつ、さほど苦労もせずに件の地下3階まで歩を進めていた。浅い階層では湧いてくる魔物が弱いというのもそうだし、数もそれほど多くは出てこないのだ。
 脇にある小部屋は無視する。新月が近付いているという事は構造変化からかなり時間が経っていると言う事で、宝はあらかた回収されてしまっているだろうし。

「テオドール様。転界石を見つけました」

 グレイスが通路の隅に落ちていた豆粒サイズの転界石を拾ってきた。脇の部屋に入らずとも、通路を歩いているだけでも転界石は回収出来るのだ。
 拾える転界石は今グレイスが持ってきたように小粒な物が多い。ある程度の分量がないと転送はともかく帰還には足りないので、迷宮を巡って継続的に回収し続ける必要がある。だがまあ、3人が脱出するのに必要な分量は確保出来たと思う。次に転界石を見つけたら、蟻の顎やコボルトの尻尾などは順次転送してしまってもいいだろう。

 帰還に必要な転界石の量のギリギリの見極めはやや難しい。石碑から転送するに辺り、同時に7人以上となると途端に必要となる転界石の分量が増えてしまう。だから迷宮は最大で6人1組という規模で潜るのが普通である。

 段々と例の地点が近付いてきた。明かりを消して暗視の魔法をかけ、気配を殺して通路を進む。
 そして――その場所に辿り着く。角からそっと覗き込むと、ご丁寧に外套で体をすっぽり覆い、頭に布切れまで巻いて顔を隠した男達二人組が通路の奥を窺っていた。片手に弓を携えている。もう片方は杖。……魔術師か。射手に暗視の魔法をかける役割だろう。

 服装と顔を隠している理由なんて一つしかない。逃がしてしまった時の保険だろう。ああやって言い逃れの余地を作っておくわけだ。手慣れてる感じがするな。
 さて……どこからどう見ても黒だから攻撃は仕掛けるが……先制攻撃を仕掛けておいて、万が一にでも間違いでしたでは困る。とりあえずは非殺傷の魔法で反応を見るとするか。

 叩き込む魔法は風魔法第4階級エアバースト。魔法で圧縮した空気の塊を発射、破裂させて大音響と強烈な衝撃波を撒き散らすというものだ。連中の戦闘力を奪うと同時に――通路の先で待ち伏せている奴らも釣る(・・)
 暗視が掛かっているからだろう。マジックサークルの僅かな光に反応して連中が振り返ったが……もう何もかもが遅い。

「ぶっ飛べ」

 奴らの顔前で、衝撃波と大音響が炸裂した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ