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境界迷宮と異界の魔術師 作者:Phage321/小野崎えいじ
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13 迷宮潜入

 さて。境界迷宮の地図という物はそこまで役に立つわけでないとは思うが、それも未知の区画の先行攻略時だとか、一度地図を作ってしまえば半永久的に使える通常の迷宮に比べればの話だ。
 その有用性は、場合によると言うか、人による所がある。需要がないわけではないし、消費期限があっても活用の手段がないわけではない。寧ろ消費期限があるからこその地図の使い方という物があるのだ。

 つまり先行メンバーが新月の翌日からアタックを始め満月に至るまでの間に、出来る限り早く攻略して地図を作る。後発組は先行組の作った地図を売ってもらう事で最短ルートで先の区画に抜ける事が出来るようになる、という寸法である。

 つまり自分と相性の悪い狩場を避け、相性の良い狩場まで歩を進める為だとか。
 どうしても必要な素材がある為に早めに間にある区画を抜けたいだとか。そういった理由で需要と供給が成立しているのだ。
 但し、ボリュームゾーン以外はなかなか需要と供給が噛み合わず、地図が売り出されても期限切れになってしまう事が多々ある。なので新月のタイミングで冒険者同士の間で地図作成の依頼が出されて、それを受けるという光景がBFOでは見られた。所謂受注生産と言う奴だ。

 現実である今となっては――地図には期限がある事から、自分が安定して攻略出来るレベルの階層の地図を作って販売し続けるという生業が成り立つわけだ。
 ギルドの入り口に、浅い階層の地図を売ろうと声掛けをしている冒険者がいた。新しくやってくる新人相手に地図を売りつければ、まあそこそこの日銭ぐらいにはなるのかも知れない。

「地図を買いたいんだけど良いかな?」
「毎度! 何階の地図がお入用で?」

 と、彼は明るく答える。

「とりあえず、地下一階のかな」

 迷宮地下1階部分は構造的に変化しない。そこの地図を見れば彼の描いた地図がどの程度参考になるか解る。

「でしたらタダでいいですよ」
「いいの?」
「1階部分は変化しませんし。サービスって奴です。気に入ったらそこより下を買ってもらえると助かるんですけどね。後三日で使えなくなっちまいますし」

 逆に言うと地下1階部分を見てもらえばその下も買ってもらえる自信があるって事か。
 見せてもらうと中々詳細な内容の地図だった。
 使う人の事を良く考えているというか、初心者に優しい感じの。
 まあまあ気に入ったので地下5階ぐらいまでの地図を4枚購入する。値段は全部合わせて16キリグだ。

 買った地図を一枚一枚眺めながら外に出る。

「あら。地図を買ったのね」
「ロゼッタさんが同行するとおっしゃるので」

 ギルドの外で待っていたロゼッタと合流すると、そんな事を言われた。
 別に俺とグレイスの二人だけなら、浅い階層なんて完全なパワープレイでも良かったのだけれど。
 油断して調子に乗っていると思われるのも困るので、今回は丁寧に行こうと思っただけの事だ。

「そうねえ。基本に忠実というのは好印象ではあるわね」

 基本かどうかは知らないが……まあ、普通の事を普通にやるだけである。

「こんな格好で基本も何もないですけどね」

 俺は相変わらずお仕着せだし、グレイスもメイド服だ。

「ローブか皮鎧でも買ってきたら?」
「出直すのが面倒です。間に合わせは嫌なのでじっくり選びたいですし」
「グレイス。あなたは?」

 ロゼッタに服装について水を向けられると、グレイスは不思議そうに首を傾げた。

「この格好、ダメなんでしょうか? 動きやすくて機能的だと思いますが」
「機能的かも知れないけれど」

 ……実際、鎧なんて彼女にして見たら動きの邪魔になるだけだろうしな。身体の動きを阻害するだけで、自らの力で鎧を破壊しながら動くなんて羽目になりかねない。
 グレイスの種族を思い出したのか、ロゼッタは彼女の説得も諦めたらしい。

「それにテオドール様のお召し物はよくお似合いだと存じます」
「ええと。似合うとか似合わないとかの問題じゃないのよ?」

 ロゼッタは困惑したような表情で俺の様子を窺ってくる。
 いや……まあね。グレイスは実際仕事が出来るし、そういう雰囲気もあるけれど、案外天然な所もあるので。
 読み書き計算をグレイスに教えた母は割合のんびりしている人であったし、ガートナー伯爵家も一般とは乖離しているだろう。なのでグレイスは、割と世間から隔絶されてここまで来ている部分があるのだ。

 せめても学舎の講師であるロゼッタからの採点が芳しくなるよう、迷宮に関しては基本に忠実な行動を取ろうじゃないか。
 というわけで、今日はあまり深くまで潜るつもりもないのだが一応の準備をして行く事にした。広場に隣接する市場に向かう。
 神殿前の市場はギルドから産地直送された物資の他、これから迷宮に入る冒険者向けの品を取り扱っている。水筒、背嚢、携帯食、非常食と言った最低限の装備を整え、厩舎に預けた馬車の中から杖と斧を取り出し、馬車内部に転送魔法陣を描いた布を敷いて、いよいよ迷宮に出発である。迷宮入り口はギルドの隣にある神殿だ。

「この神殿は何の神様を祀っているのですか?」
「月の女神シュアスだね」

 迷宮が月の満ち欠けに影響を受けている事や、シュアスが旅や航海の安全を司るとされている事から月神殿になったのだろう。
 シュアスはその性質上冒険者にも人気がある。他の神と並べても殊更相性が悪いという相手が存在しない、穏やかな性質の女神とされているから多種族が出入りする場所としても適当なのかも知れない。

 太い柱の立ち並ぶ神殿内部に踏み込むと、正面に巨大な女神像と祭壇、神官や巫女たちの姿が見えた。
 その神殿の中央には大きな縦穴があり、穴の内径に沿うように下層へ降りる為の螺旋階段状の通路が続いている。

 3人で連れ立って長い長い螺旋階段を下って行くと……やがて縦穴の底、円型状の広場に辿り着いた。
 そこにあるのは大きく口を開けた迷宮の入口と……緑色の燐光を放つ石碑だった。
 石碑は一度行った階層、区画に転移させてくれるという代物だが、近付いてみても一切反応しない。
 ダメか。まあ、そうだろうな。もしかしたらBFO時に辿り着いていた階層まで行けるかと思ったけれど。インベントリが開けないのだから、そういうのも無しだろう。

 視界の端の方から、例の冒険者グループの姿が近付いてくるのが見えた。
 先に階段下の広場に降りて来ていたのだろう。六人組で20代前半から後半ぐらいの年齢層で構成されている。柄は……はっきり言えばよろしくない。如何にもという風体だ。
 連中は俺の脇を通り過ぎ、石碑から転移で大迷宮の中へと消えて行った。

 どう、なんだろうな。別に今の所、連中に何をされたというわけではないんだ。
 ただ視線があっただけ。俺達が降りてきたタイミングで石碑から転移していっただけ。
 個々で見ればそれだけの事。それが重なったというのが気に入らない。

 ……ロゼッタには注意を促しておくか。俺は彼女の実力を知らない。
 母との関係や今の彼女の立ち位置を考えればロゼッタが弱いとも思えないが、それでも不意打ちで怪我をされても困る。

「さっきの連中、一応ご注意を。取り越し苦労なら別に良いんですけれど」

 と告げると、二人の表情が引き締まった。
 こちらが降りてくるのを待ってから石碑で迷宮に入るというのは、典型的な新人狙いの手口だったりする。
 浅い階層で駆け出しの冒険者が追剥に襲われたという話は多い。同様に、ゲーム中でもPKのポイントになっているのがこの辺の浅い階層なのだ。

「日を改めた方がいいんじゃないかしら?」
「もし狙いを付けられているなら日を改めたって無駄でしょう」

 実際の話、大迷宮で特定の相手を狙うというのは実はかなり難しい。石碑から各々好きな場所に転移出来るのだから、情報が無い限り追い掛けようがないというのが正解だが。
 一方で新人は必ずこの階層を通らなければならない。逆に言えば……ある程度迷宮深くに進んでしまえば、ああ言った輩から狙われる心配は減ると言う事でもあるが。

 何かしら思惑があって彼らに目を付けられたのだとするなら、その理由はどこにあったか? この服装か、子供だからか、それとも登録完了したばかりの新人だからか。
 いずれにせよ他人が魔が差すかどうかにまで配慮してやる事に必要性を感じない。防犯意識とはまた別の問題である。
 その程度の良心しか持ち合わせていないなら、それはもう俺達がどうこうという問題ではなく、居合わせたのが偶々俺達だった、というだけの話でしかないのだから。

「ロゼッタさんは――街道にゴブリンが出るかも知れないという、ただそれだけで往来を諦めますか?」
「随分過激ね……。誰に似たのかしら」
「母は母。僕は僕ですので。邪魔をするなら排除するだけです」

 グレイスの指輪に口づけをし彼女を解放状態にしてから、入り口より中へと進んだ。
 とは言え、この辺りで先程の連中の襲撃を警戒する必要はないだろう。入ってすぐの階層だから人目に付きやすいし、走って外まで逃げ出す事も出来る。

 入口の所はとても広かったのに、通路はすぐ狭く低くなり、四方に枝分かれしていくような構造になっていった。白い石壁はタームウィルズ中心部の建造物に使われている素材と同じものだ。

 だがこの辺の構造は地図などなくても元々暗記している。稼ぎ的に目ぼしいものもないので、最短ルートを通って地下5階まで進むつもりだ。

「ライトボール」

 カンテラ代わりに第2階級光魔法のライトボールを用いて周囲を照らす。読んで字の如くだ。光を放つ球体を生み出す魔法である。

「……暗視の魔法は使えないの?」
「出来ますよ?」

 答えるとロゼッタに首を傾げられた。
 彼女の言いたい事も解るが、こういうのは場合による。

「なら何故? 的にされてしまうんじゃないかしら?」
「この辺の魔物ってゴブリン、コボルト、キラーアント程度でしょう?」

 ライトボールを通路の先へと先行させる。
 暫く迷宮を進んでいくと、曲がり角の先へ、光球が飛んでいったところで床にゴブリンの影を映し出した。合計2匹。

「……なるほどね」

 ロゼッタがどこか感心したような声を上げた。
 影が見えた瞬間には踏み込んだグレイスの斧が唸りを上げてゴブリンの首を叩き落としている。曲がり角の向こうから水気の音が聞こえた。

 一匹が驚いて固まっている所を、俺が無詠唱で放ったファイアボールが焼き払う。この辺りの魔物など、面と向かってもこれっぽっちも脅威ではない相手だ。正面切って戦う事については何一つ不安は無い。
 角待ちや不意の遭遇戦などの方が面倒臭いというか。警戒して光を使わなければ移動速度だって遅くもなるし。
 問題は――あの冒険者グループか。まともな判断力と良心を期待したいんだがな。

「何かありましたら、私が盾に。連中弓を持っていました」

 解放されているグレイスにとっては……当たり所が悪いなんて事はないのだけれど、痛い物は痛いのだそうな。
 ああ……それは気に入らないな。想像するだけで気分が荒んでくる。連中が短絡に走っても何もさせたくない場面ではある。俺は目を細め、未だ光の届かない迷宮の闇の奥を見つめた。
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