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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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113 冬の嵐

「まず、メルヴィン王の部屋へ。魔道具は持った?」
「こっちは大丈夫。マルレーンは?」

 マルレーンも真剣な面持ちで頷く。廊下を出て、まずはメルヴィン王の部屋へと向かう。
 ノックすると、すぐにメルヴィンの返事があった。

「マティウスです」
「うむ」

 開錠の音が響いた。部屋の中に入ると待っていたとでも言うように、メルヴィン王自らが俺達を迎えた。

「何事か」
「敵です。外の森から警備兵に扮した一団が迫っています」

 手短かつ簡潔にメルヴィン王に状況を報告する。

「大がかりな手を打って来たな……」

 その意味する所を、メルヴィン王も当然、即座に察したらしい。

「僕はこれより打って出ます。犯人には外の騒動を悟られないようにしますが……もしもの時は脱出を」
「うむ。だが、余の命運はそなたに預けた」

 口元に笑みを浮かべるメルヴィン王に、こちらも笑みを返して身を翻す。アルバートを部屋に残し、マルレーン共々廊下に出る。
 もう随分と夜も更けている。これから騒動が起こるなどとは思えない程に静かだ。

 さて、と。……ここから犯人が、どう動くか。
 ここに至れば後はもう単純な話。賊が踏み込んできて、応戦している所を内側から攻撃すると言った具合だろう。
 混乱に乗じて、自ら目標を暗殺するつもりかも知れない。
 つまりだ。逆に言えば、外の敵が館に到着した事を気取られなければ、向こうは確実を期す為に待機し続ける公算が高い。

 廊下にカドケウスによる監視を残し、屋敷の正面玄関から外に出る。
 マルレーンがレビテーションとエアブラストの魔道具で結界の外まで飛んでいく。主戦場からの退避と、結界外で召喚魔法を用いる為と。

 その姿を見送ってから俺はマジックサークルを発動させる。使うのは水魔法第6階級レイニークラウド。
 術式が構築されると雲が湧き立ち、館の周囲でぽつぽつと雨が降り始める。
 広範に雨を降らせる事で水魔法を強化・補助する為のフィールドを構築したり、火炎系の魔法や魔物に対抗したりする為の魔法ではあるのだが……バトルメイジが循環状態で行使すれば、それは局所的な豪雨となる。外で騒動が起きていても、雨音で察知が出来なくなるというわけだ。

 ――さあ。準備は整った。敵の排除と行こうか。
 隊列を組んで森を進んでくる敵団に向かって、真正面から歩を進める。
 ウロボロスを木陰に置いて、連中と接触した。

「む――」

 先頭の1人と視線が合う。警備兵の姿をした男達は、俺を見て怪訝そうな面持ちを浮かべる。

「使用人のマティウスです。お屋敷からあなた方の姿が見えたのですが、こんな夜更けにどうなされました?」
「……道に迷ってしまってね」

 そんな事を言う。包囲を狭めておいて迷ったも何もないだろうに。だがまあ、万が一にも、と言う事も有り得るのだし。茶番に付き合ってやる。

「そうでしたか。僕は道に明るくないので、今お屋敷に行って、人を呼んで参ります。ここでお待ちいただけますか?」
「ああ、分かった」

 背を向ける。小さな金属音――刀身と鞘の擦れる音が聞こえた。
 皆殺しにするのだから、ぎりぎりまで屋敷にいる者達に気取られる愚を犯すべきではない、という所か。屋敷に帰られては困るよな。

 ま、そういう事なら俺の出方も決まったようなものだ。
 汚れ仕事を請け負って、魔法を使えない相手を多勢で襲撃しようなどという輩だ。手心を加える気にもならない。何人か……ぎりぎり生きていられる程度の力加減で殴り飛ばせば十分だろう。

「来い、ウロボロス」

 風切り音。背中目掛けて振り下ろされた刃が打ち下ろされる寸前に、マジックシールドを蹴って、斜め上方へと飛ぶ。一瞬遅れて竜杖が俺の手の中に収まった。

「なっ!?」

 驚愕の声。木の幹を足場にして鋭角な軌道を描き、未だ剣を振り下ろした姿勢のままであらぬ方向を向いている刺客へと迫る。突貫の勢いに任せてウロボロスを叩き付けると、鎧のひしゃげる感触と骨の砕ける音が聞こえた。

「おのれ!」

 近くにいた別の刺客が躍り掛かってくる。振り返る必要もない。背後に展開した薄いシールドで動きを察知。ウロボロスの逆端を跳ねあげて顎を跳ね上げ、転身しながら足元を薙ぐようにして脛を砕いた。

「ぎっ!?」

 声にならない悲鳴と共に崩れ落ちる。
 他の連中も異常に気付いたらしい。剣を抜いてこちらに走ってくる。
 なるほど、刺客を任されるだけあって訓練はされているのだろう。不測の事態にしっかりと隊列を組んでいる。だが――真っ当に相手などしてやらない。

 木から木へと飛び回る。こちらの姿を追い切れずに見失い、円形に隊列を組み直そうとしている連中の、直上を取った。

「弾けろ」

 第4階級水魔法アイシクルスパイク。青白い煌めきを放つ小さな魔力の塊が円陣の中心へと着弾。途端、放射状に氷の槍が飛び出して連中の足をまとめて串刺しにしていく。苦悶の声が真っ暗な森に響き渡る頃には、そこにはもう俺の姿はない。

 背中から追い縋る悲鳴を尻目にジグザグに木立の間を縫って飛び、次の獲物へと肉薄。下段から思いきりかち上げると刺客の身体が、木よりも高く飛ぶ。呆然とそれを見上げる男を、薙ぐように弾き飛ばす。真横に飛んで、木の幹にまともにぶち当たる。

 止まらない。遠近問わず、目についた者へと無作為に打ち掛かり、当たるを幸い薙ぎ倒す。ミラージュボディによる虚像の分身を木々の中に躍らせ、幻惑する。
 大混乱に陥った。まだまだ頭数がいるようだが――こうなればもう連中に対応の手はない。

「ぐぎゃあああっ! う、腕があっ!」
「畜生! 何だってんだ!」
「そっちだ! そっちに行った――うげえっ!」

 絶え間なく夜の闇に響く、破壊の音。苦悶の声。悲鳴に怒号の絶叫、咆哮。全ては雨音と夜の闇に吸い込まれ、屋敷にいる誰の耳にも届かない。
 屋敷の周囲は既に暗黒に閉ざされている。あれはマルレーンの手札だ。闇の精霊シェイドの使役により、音だけでなく、僅かな夜の明かりさえ遮られて、この有様を窺い知る事は出来ない。

「糞っ! 糞っ! こんな化物とやり合うなんて聞いてねえ! 聞いてねえぞ!」

 混乱の極みに有りながらも、連中なかなかに錬度が高い。中には初撃を受けられる程度の奴がいる。だが暗殺者相手に一々技量でねじ伏せるなんて事はしてやらない。
 屋敷に光が届かないのなら、こちらも手札を選ぶ必要がないのだ。ウロボロスを剣に叩き付けた瞬間、雷撃を纏わせる。体を跳ねさせて感電した所を振り抜いて、顔面を打ち砕くようにして杖を振り抜き、中空を一回転させた。

「有り得ない! 魔法が使えるわけがないんだっ!」

 そう叫んだ男はトランプルソーンによって捉えられて茨蔦の中に閉じ込められて苦痛に悲鳴を上げた。

 既に総崩れ。逃げ出そうとする者も出てくる。だが、それは叶わない。第一、この場から逃げおおせたとして、外界から隔絶された孤島から、一体どこに向かおうと言うのか。

 背中から氷の弾丸が迫り、木々に縫い留める。悲鳴を上げながら氷弾を掻い潜った刺客が安堵の表情を浮かべるが、次の瞬間には恐怖に歪んで凍り付いた。
 蹄鉄の音を響かせ、虚空から現れるは緑の炎を瞬かせる首無しの騎士。デュラハンがその剣を振るえば、刺客が血をしぶいて倒れ伏していく。

 妖しの馬が虚空を前足で掻いて嘶きを上げ、首無しの騎士もまた自らの首を誇らしげに高々と掲げて笑う。
 既に俺が引っ掻き回した後だったからか、その姿のインパクトによる効果は絶大だった。

「ひ、ひいっ!」

 デュラハンに追い立てられるようにして、こちらに逃げて来た所を叩き潰していく。
 逃げてきた男を1人、2人と叩き潰す。3人目に打ち掛かろうとした所で――

「だ、駄目だ! 隊長ッ! 隊長ーッ!」

 そんな風に音を上げた。それに反応して振り向いた男が1人。
 反応してしまった事に気付いて、呆然とした面持ちで俺を見やってくる。

「お前か」

 目を細めて笑い、目の前の刺客を風魔法で巻き上げて空へと高く高く舞い上げる。
 それから刺客を率いてきた男へと向かって歩みを進める。
 させまいと俺に打ち掛かってくる連中を――杖で、魔法で。文字通りに捻り潰していく。

 気が付けば既に怒号も悲鳴も聞こえない。苦悶の声があちらこちらから漏れてくるだけだった。
 自害出来ないように意識を飛ばしただけの者も何人かいる。証拠品はこんな所で十分だろう。

「何人――いたと思っている。俺達が……こんな、こんな、僅かな時間で……?」

 隊長と呼ばれた男が、周囲の状況を確認して、呆然とした声を上げた。

「さあ? 数えていないから解らないな」

 ライフディテクションで確認してみるが、隊長とやら以外は反応がか細くなっている。遠くに見えていた反応が、デュラハンに切り伏せられたのが見えた。……これで粗方叩き潰したかな。

「デュ、デュオベリス教団に、栄光を!」

 隊長がそんな事を言いながら剣を構えるので、思わず笑ってしまった。

「な、何がおかしい!」
「いやあ……。手口が分かったんでさ。デュオベリスの手の者が暴れたとする事で、教団に汚名を着せて、暗殺の首謀者の名誉を守るって所か?」

 言うと、隊長が驚愕に目を見開いていく。どうやら図星らしい。
 確かに。デュオベリス教団の者達が魔人殺しを敵視しているという情報はタームウィルズにも伝わっている。その情報や環境を利用した策なのだろう。

 暗殺を成功さえさせてしまえば、疑う者がいたとしても強権で無理筋を押し通す事も出来ただろうが――負けそうな局面で自分から名前を出すのは下策だ。

 教団の刺青をした死体を用意するだとか。教団の連中が使う紋章入りのシミターやハルパーを現場に残すだとか……。その程度の準備はありそうだが、それでもこいつらは違うと断言できる。

「でも残念。お前らの剣技――技術体系は、1人残らずヴェルドガル王国騎士団のものだ。教団の暗殺者が使う技法じゃあない。それなりに腕が立つ奴を連れて来たのが仇になったな」
「……なん、なんだ! お前! 一体何なんだよ!?」

 激昂して躍り掛かってくる。冷静さを欠いてしまえばそれでお終いだ。嘲笑うような声を上げるウロボロスが振り抜かれ、隊長の剣を砕いてその体を諸共に吹き飛ばした。



「終わりました」

 マルレーンと連れ立って、メルヴィン王の所まで報告に戻る。出て行った時と変わらず。外は雨音が響いているが、状況は静かなものだ。
 ライトバインドで拘束して連れて来たのは先ほどの隊長格の男。骨折をしているし気絶もしているが……まあ、命に別状はあるまい。

「……この者は」
「指揮官と言った所でしょうか。ヴェルドガル王国騎士団に連なる技術体系を持った連中です。後ろから切りかかって来たので、全員残らず捻り潰しました。外の森にまだ転がっているはずです」
「……面倒な役回りを押し付けたな、テオドール」
「いいえ」

 面倒とは思わない。マルレーンの事もあるし。
 そもそもこういう企みだって俺の生活にとっても百害あって一利無しだしな。こいつらは、俺の敵だ。

「誰かあるか! ジョサイア達を呼んで参れ!」

 さあ、詰めといこう。首謀者を叩き潰さなければ終わらないからな。
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