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9 境界都市

 そろそろ――見えてくる頃合いだろうか。

 山間の窮屈な道がしばらく続いている。ごつごつとした殺風景な岩場を抜けると一方の山が途切れていきなり視界が開け、高所からのタームウィルズの全景と、その背後に広がる大海原が目に飛び込んでくるのだ。


「お、おおっ! すっげえ!」

「うわあ……」


 馬車の外からフォレストバード達の歓声が聞こえてくる。予想通りの反応に思わず口角が上がるのが解った。


「テオ君! グレイスさん! 凄いですよ!」


 と、ルシアンが興奮した様子で御者席から知らせてくる。

 グレイスと共に馬車窓から顔を覗かせると、そこには絶景があった。


「これは……確かにすごいですね……」


 グレイスもその光景に感嘆の声を漏らした。俺も久々に見る光景に心が浮かれてくるのが解る。正直この高所から見るタームウィルズが一番良いと思うのだ。

 日本のように観光雑誌などが作られる日がこちらにも来れば、タームウィルズ特集の際はこの辺からの写真が表紙を飾る事だろう。


 タームウィルズはほとんど真円に近い形の外壁を持つ都市だ。まず目につくのは都市の中心部で聳え立つ王城セオレムであろう。夕日と海原を背にそのシルエットをこちらへ見せている。

 セオレムは他の都市では絶対に有り得ないほどの、巨大で高層な建造物である。天を衝くような高い尖塔が立ち並ぶその威容は見る者全てを圧倒する。白い石材で作られた王城は筆舌に尽くしがたいほどに荘厳であった。


 セオレムに寄り添うように、迷宮入口となる神殿が配されている。非常識な規模を持つセオレムとは違って比較的大人しい建物だが……あれは後から王城に親和するようにデザインされて設計されたものだ。

 そんな城と神殿の周りにタームウィルズの街並みが広がっている。中心部に近いほど古い建築物となり、石造りの風格ある建物が増える。逆に外周側に行くほど常識的な建造物が増えていく。


 あの城も中心部の街並みも……元々は迷宮の一部だったのだと言われているが真偽は定かではない。本当であるなら遺跡をそのまま利用しているようなものだが、城の内部はスケールや装飾がいちいち桁外れな事を除けば、構造自体はまともらしい。まともというのは、迷宮化していないという、ただそれだけの話なのだが。


「話には聞いていたが、凄いな」


 フォレストバードは境界都市に憧れもあったらしいが、とりあえず地方で実力をつけてからと考えていたらしい。なので境界都市を実際に訪れるのは全員初めてという事になる。


「あの街の地下に迷宮が広がってるのよね」

「この場所もそうだよ」


 俺がモニカの言葉に補足説明を入れると、みんなの視線が集まった。


「え?」

「いや、だから。今いる道の下、この小さな山の内部も、丸ごと迷宮が広がってると思ってくれて良い。ここから見える、あっちの山もそう」

「なんだ、そりゃ……?」

「いや、山の内部は元々鉱山だったんだけど、迷宮に侵食されて内部構造が変化したんだって」


 生きている大迷宮なんて言われる由縁だ。構造だけでなく環境そのものも変化させるらしく、地下に降りたはずが森のように植物が生い茂っている場所まである。森林区画こと「宵闇の森」は通常の生態系とは全然違うけれど。

 海と繋がっているエリアもあるが……その下層が水没していない辺り、やはり普通とは違うのだろう。


 区画と区画の間を転送で移動させられる事も多々あり、迷宮全体の構造がどうなっているのかは(よう)として知れない。お陰で学者や研究員達は頭を抱える日々だそうな。ノイローゼ気味な研究員と実地調査に向かうクエストなんてものもあった。


 全体的な地図、見取り図を作るために整理していくと、明らかに位置関係と内部構造的に考えて区画の広さがおかしい箇所があるだとか、そもそも今まで無かったはずの新しい場所が増えたとか減ったとか……。そういうのが普通に出てくるのだ。まるで怪談話である。


 異界に繋がっているだとか境界都市だとか言われる理由もそこにある。この場所の直下となる「旧坑道」などは浅い階層なので比較的危険度が低い常識的な迷宮なのだけれど、深く潜っていけばいくほど段々と異常性を剥き出しにしてくるし、出てくる魔物も危険度を増していく。深い階層の探索は遅々として進まない。


「ごめん……俺、タームウィルズを舐めてたかも」

「大迷宮は違う階層か区画に行くと元の場所に戻れなくなるから、そこだけ注意ね。知ってると思うけど」

「一方通行の扉がある……んでしたっけ?」

「あるっていうか……上下一〇階以降の階段は全部そういう構造だし。隣の区画に繋がる一方通行の扉はそれと見て解るようになってるらしいよ」


 伝聞形で話しているが実体験ではある。父さんの書斎で読んだ本の中にもそういう一文があったし、まあ常識の範囲内だろう。


「じゃあ一度迷宮の奥に入ったら、どうやって帰るんですか?」


 と、グレイス。もっともな質問である。フォレストバードの面々はこちらは知っているようだけれど。


「転界石っていう石が内部に転がっていて……それを点在する石碑の前で使えば帰れるようになってる。赤い転界石ならその場ですぐ帰れるけど、それを使うと迷宮内部で拾った物が持ち帰れない」

「赤は緊急避難用、ですか」

「そういう事。ちなみに普通の転界石は持ち帰れない。赤転界石はまた別で、迷宮外に持ち出せるから高値が付く。赤を持ち帰りたくて使うべき場面で使えずに、判断を誤って死ぬ奴も多いから、あらかじめこういう時は赤を使うって、色んな状況を想定して話し合って決めておくと良い」


 迷宮に入る時は迷宮入口の石碑から一度行った階層なら転移する事ができるが……普通の転界石は迷宮外部に持ち出すと崩壊する。深い階層になればなるほど転送で向かうリスクも高くなるという事だ。

 だから転界石は大迷宮内部でしか機能しないし、現地調達が基本となる。

 石碑を見つけても転界石が無いから帰れないだとか、転界石を探しに行くと迷ってしまうだとか、そこを魔物に殺されて死に戻り……なんて事も起こるわけだ。BFOと違って、死に戻りは無いけれど。


「そうだな。じゃあ、後で話し合いをしようか。そんなので揉めたり死ぬのはゴメンだしな」


 ロビンが言うと一同は頷いた。この分ならフォレストバードは大丈夫だろうが。


「転界石って、迷宮内から物資の転送もできるんでしたよね?」


 ルシアンが首を傾げて聞いてきたので頷く。


「うん。白墨(チョーク)みたいに線が引けて……物品を転送する簡易の転送門が作れるんだ。多分、迷宮に降りるための許可を貰いにギルドに行けば、軽い講習みたいなものがあると思うよ」

「そういう細かい事を覚えるの、苦手なんだけどな」


 フィッツが眉根を寄せた。


「そんなに難しくないと思うけどね。本で読んだ限りでは」


 迷宮外にあらかじめ対になる出口の魔法陣を描いておくことで、迷宮内部からその場所に物品を送る事ができる。

 この魔法陣は図面が正しければ普通のインクで描いても構わないのだが、描く者は同一人物でなければ転送が機能しない。パーティー全員で書いておくのが望ましい。


 なので境界都市では貸し倉庫屋みたいな商売が成り立っている。貸し倉庫が宿に併設されており、宿泊料に含まれている冒険者向けの宿屋というのもあるが……そうでない宿の部屋に転送魔法陣を書くのはご法度だ。

 通常の転界石で生き物は送れないが、火災等々その他諸々の危険も考えられるという事なので。


「テオ君は物知りですねえ」

「本で勉強したからね」

「……他に気を付けるべき事は?」

「入口からの転送で迷宮に降りる時は月齢をよく確認しておく事かな。新月はともかく……満月の日は絶対に避けた方が良い。まあ、その時は入口の職員に注意してもらえると思うけど」

「どうなるんですか……?」

「新月の日は壁が閉じたり開いたり動いたりして順路が変わるだけだけど、満月の日に入口からだと、転送される場所そのものが危険地帯になるらしいよ」


 なるらしいというか、なるのだが。

 BFOプレイヤーの間では裏迷宮なんて呼ばれているが……まあ、稼ぎ的には美味しい。


「壁が閉じたり開いたりだけでも充分怖いんだけど」

「誰も見てない所で変化するそうだからそんなに危なくないんじゃないかな。最初からタイミングを知っていれば先入観で迷うことも無いし、脱出不可能っていう構造にもならない。新月と満月直後は新しい宝も奥から漂流してくるから狙い目ではあるね」


 構造変化に挟まれて死んだだとかパーティーが分断されたという話は聞かないので、そこはユーザーフレンドリーなのかも知れないが……地図は新月の晩は基本役に立たないし、活用するにしても定期的に書き換えなければならない。

 同じ性質と属性の物が同一区画に集まるという性質から、向かう場所の傾向によって対策を立てる事は可能だけれど。


「色々言ったけど、二〇階層ぐらいまではそこまででもないって話だね。先に進むかどうか考える時、転界石の有無で余裕を見ておくのが良いよ」

「テオ君の言う、そこまででもないじゃ安心できませんねぇ」

「だな」


 失礼な。


「こんなもの、誰が何のために作ったんですかね」


 グレイスが根幹に関わる質問をした。


「試練場だとか古代の秘宝を守ってるとか……色々言われてるけど。本当のところはよく解らない。最深部の記録は無いし、見た人間がいないから」


 そこに迷宮があるからあるとばかりに利用して、周囲に街まで作ってしまったんだから、人間というのは逞しいというかなんというか。


 迷宮内部のあれこれを話して聞かせながら進んでいると、段々とタームウィルズが近づいてくる。

 小高い山を下り丘陵地帯を抜けると、そこには草原が広がっていた。なだらかな道がタームウィルズへと続いている。

 もうすぐ日が落ちるというのに……市内に入るための外門には長蛇の列ができている。ここは大都市故にか、昼夜問わず市内に入れるのだが……この分では順番待ちは割と長くかかりそうだ。

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