挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
109/1061

102 精霊とエルフ

「さて。それじゃ、準備は良いかな?」
「お手柔らかにお願いするわね」

 中庭でイルムヒルトと並んで構える。
 俺が手にしているのは以前シルン男爵領で買った練習用の魔法杖で、イルムヒルトが手にしているのは巨大矢だ。
 ウロボロスはと言えば――塀の所で日に当たりながらこちらの見学をしている。他のみんなは俺の制御するアクアゴーレムとの訓練の最中だ。

 イルムヒルトの場合、魔光水脈では鳴弦の効果は発揮できるが、矢の有効射程が短くなってしまう。
 そこで巨大弓の矢をそのまま槍として流用出来れば、穴を埋められるというわけだ。後衛からだけでなく、中衛から攻撃出来るので単純に手数も増える。
 彼女の場合は尾による攻撃も可能だし、膂力も優れている。この辺もこなせた方が良いからな。
 幸い杖術はそのまま槍技として応用が利く所がある。指導をする分には問題ない。

 突きや薙ぎ払いなどの技を実際に披露しつつ、今度は向かい合い軽く穂を合わせる。
 緩やかな速度でお互いの動きを確認し合う。

「イルムは俺と同じ動きをする必要はないけどね。基本を覚えたら持ち味を生かしていく方向で良いと思う」
「例えば……こんな感じ?」

 イルムヒルトがゆったりとした動きで見せたのは、右方からの槍による薙ぎ払いと、左方からの尾による薙ぎ払いという、上下段で挟み込むような攻撃だ。

「いいね。それは上段に意識を向けさせておくと良いよ」

 それを側転するような挙動で避ける。実戦でいきなり繰り出されたら少々対処の難しい部類ではあるだろう。
 彼女の場合は半身が蛇なわけで。地面擦れ擦れまで上体を落とした状態から薙ぎ払いを見舞ったり、尻尾で槍を持ってリーチを伸ばしたり、槍と尾による同時攻撃を繰り出したり……色々人間には出来ないような動きが取れるわけだ。

「でも、尾を直接攻撃に使うのは、生身で殴り掛かるのと変わらないから、慎重にね」
「尾の先の方なら切れても再生可能だけど……うん。心配してくれてありがとう」

 そう言ってイルムヒルトが微笑む。それでも痛いものは痛いだろうし。

「うん。色々考えてみるわ」

 イルムヒルトは頷き、俺が制御しているアクアゴーレムとの訓練の方に戻る。

 後はアシュレイとマルレーンか。2人に目を向けると、身体の周囲あちこちでマジックシールドを展開させては閉じるという作業を繰り返していた。

 シールドを展開する速度と精度を強化する訓練だ。魔法の制御能力を上げながら近接戦での防御の強化にも繋がる。マジックシールドについては魔法を使うとか術式を構築するとか、そういう意識さえせずに即座に展開させられるようにしておいた方が良いからな。

「2人とも。疲れたら程々で休憩を挟んでね」
「はい。今の所は大丈夫です」

 アシュレイとマルレーンはこちらに向かって微笑むが、その間も訓練は継続している。
 最終的にはシールドを片手間で扱いながら近接戦闘をこなしたり、自身の得意とする魔法や大技を繰り出せるようにすると言うのが理想だ。

 ……と言った具合に訓練していると、メルセディアが門の所に姿を見せた。

「おはようございます、テオドール殿」
「ああ。メルセディア卿」
「今、時間を取らせて頂いても? 幽霊騒動について、冒険者から少々気になる情報が上がって来たので報告に来たのですが」

 おや。割と早いな。もう暫く時間がかかるかと思っていたんだが。流石は冒険者達による人海戦術と言った所か。
 メルセディアが報告に来た……というのは何だろうか。口調が上官に対するようなものになっているのは色々聞いたからなんだろうけれど。

「大丈夫ですよ。お茶を出しますので上がって行ってください」
「いえ。お構いなく。任務中ですし、訓練の邪魔をしては申し訳ない」

 メルセディアは苦笑する。ああ、やっぱり仕事なのか。

「見た所、大使殿は、ゴーレムを制御しておられる模様。立ち話や指導をしながらああいう動きをさせられるのだから、どれ程の処理能力をお持ちなのかと思うと慄然とする所がありますが……」

 メルセディアの視線の先にはアクアゴーレムの集団とグレイス、シーラ、イルムヒルトが空中戦の訓練をしている光景があった。

 グレイスが両手に、訓練用の木製の斧を持ってゴーレムへ迫る。
 迫ると言ってもいつもの爆発するような速度ではなく、充分加減された動きではある。訓練での動きと言えば良いのか。グレイスが触れる直前、アクアゴーレムの胴体部が裂けた。陽炎のようにボヤけるシーラが斬りつけながら離脱していく。
 そこにグレイスの木斧が打ち落されてアクアゴーレムが2つに叩き切られた。

 こちらも背後にもう一体打ち下ろしたグレイス目掛けて迫るが、横合いからイルムヒルトの槍が突き出されて追撃が阻まれてしまう。
 だがそれは予測済みだ。グレイスにもう一体切り伏せられてしまうのを防ぐ為に、水弾での牽制を時間差で放ってある。グレイスが避ければカバーに入ったイルムヒルトにも命中する弾道だ。

 よって、グレイスをその場に押し留める事に成功する。
 彼女が水弾を打ち払っている間に破壊されたゴーレムを再構築して戦列を立て直し、再度の激突を図る……と言った感じだ。絶え間なく攻防が入れ替わる。

 メルセディアは暫くその訓練風景に目を奪われていたようだが、小さくかぶりを振って顔を上げる。

「件の幽霊ですが。精霊の類なのではないかと報告が上がってきています」
「――精霊ですか?」
「いくつかの冒険者達からの証言ですので、ある程度信憑性はあるかと」
「なるほど……」

 精霊……ね。
 確かに半実体化した精霊だというなら……知らなければ幽霊と見間違える事もあるだろう。
 迷宮の封印が精霊絡みなら、魔人側の手も精霊で来るのは道理――だろうか。
 精霊に関しては、俺はやや専門外だ。マルレーンは……召喚術を使えるし巫女である為に精霊に対しても親和性は高いが……知識としてのスペシャリストというわけではない。

 俺としては――協力を求めるべき相手に心当たりがないわけではない。冒険者ギルドの長、アウリアだ。
 精霊に近しいエルフだけあって、宝珠を見た時にも精霊の力に反応していたからな。彼女に協力を求めれば、件の精霊を誘き出したりだとか、色々出来そうな気がする。
 そう言えば……母さんの思い出話もしたいというような事を言っていたっけな。

「分かりました。精霊に関してはこちらでも調べてみます。わざわざありがとうございました」

 と言うと、メルセディアは苦笑する。

「いえ。これも任務です。大使殿との連絡役を仰せつかりましたので」
「あれ。探索班じゃないんですか?」

 メルセディアの腕前で連絡役というのは勿体無いような……。

「メルヴィン陛下は近隣諸国に偽情報をバラまいて、魔人殺しの情報を隠しておられます。ですので、ある程度繋がりのある者に連絡役を任せたいと、直々に」

 なるほど……。俺に接触する役割を信用の置けて、俺とも面識のある者に限定したか。メルセディアならミルドレッドとも連絡を密に出来るしな。

「同様に、大使殿は実家との繋がりが希薄であると情報を流していますので、ご了承下さい」
「ああ。情報がある程度漏れた時に実家から攻められないように、ですか」
「そうなります」

 そこは何と言うか……伯爵領の領民の事もあるから、やや複雑な心境ではあるが……父さんを見殺しにする理由にはならないからな。
 タームウィルズ外で色々やられても厄介だし。まあ表向きは疎遠でも、シルン男爵領共々こっそり魔法通信機で連絡を取って行くという方向で。

 ……うん。通信機を開発している側が言うのもなんだけど、非常に便利だ。表向きの繋がりが全く出ないから情報戦で優位に立てるというか。



「こんにちは、テオドールさん」

 メルセディアから幽霊改め、精霊の特徴について詳細な報告を受けたので、早速冒険者ギルドに顔を出すと、俺の姿を認めたヘザーが挨拶してきた。

「こんにちは。ギルド長にお会いしたいのですが、いらっしゃいますか?」
「はい。只今取り次ぎますので少々お待ち下さい」

 そう言ってヘザーはギルドの奥へと消えて、暫くしてから戻ってきた。

「どうぞ。奥の部屋にてギルド長がお待ちです」

 ヘザーの案内を受けて冒険者ギルドの奥へ通される。階段を登り、一番奥まった部屋がギルド長アウリアの執務室であった。
 作業机に書棚。接客用のテーブルにソファ。落ち着いた佇まいの部屋だ。

「おお。待っておったぞ。よく来たのう」

 アウリアはそう言って相好を崩す。勧められるままにテーブルの向かいに腰かけ、茶を淹れてもらって歓待を受けた。

「お仕事中だったのでは?」
「ギルド長の平時の仕事というのは決裁が主でな。退屈をしていた所なのだ」

 と、笑う。

「ふむ。髪や瞳の色合いが、リサによく似ておるな」

 アウリアは俺の顔をしげしげと眺めて、懐かしげに目を細めた。
 ……母さんに似ている、か。そんな風に言われて、何となくくすぐったいような居心地の悪さを覚えた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ